第41話 車中

 結局、ナベが車を病院の正面に駐車させるまで堀と俺の間で会話は無かった。堀が俺に話しかけることは無かったし、俺が堀に聞きたかったことももうない。


 あの会話の後はしばらく無音が空間を支配していた。本当にこいつを連れ帰っても良いのか?


「お待たせしました…って何かありました?」


 静かすぎる空間に何か感じたのか、ナベは俺たちに聞いてきたが、


「何もないよ。本当に何も無かった」


 としか言えなかった。実際、本当に何もなかった。恐ろしいくらい。


「なら良いですけど…」


 病院から出て、ナベが運転する車に俺は助手席に、堀は後ろに乗った。病院から家までは大体二十分くらいだ。家に帰ったら飯作らないとな…


「じゃあ出発しますね」


 ナベはエンジンを掛け、ギアをローに入れた。エンジンは勢いよく震え、車をアクティブにする。そして、緩やかなスピードで加速していき、華麗な手捌きで変速していく。見てて惚れ惚れするほどだ。


 今時珍しいが、ナベはAT車ではなく、MT車に好んで乗っている。俺もMT車を運転できるが、MT車には教習所以来乗っていない。半クラッチを作るのが本当に面倒臭い。しかも、失敗したらエンストするんだぞ。道路のど真ん中で‼


 俺はそれが怖くて好んでMT車に乗ろうという気になれない。


 けど、ナベ曰く


『慣れたら楽しいですよ‼この楽しさが分からないなんてまだまだですねー』


 という事らしい。俺には全く理解できない。絶対にAT車で良い。俺はそう思う。


 それにしても…


「相変わらず運転上手だな」

「でしょう?」


 ナベの運転は非常に上手だ。同乗者に恐れを抱かせない運転で、一切の揺れを感じない。


 景色は緩やかに伸びていき、歩いているだけでは見ることが出来ない伸びを含みながら目に映りこんでくる。アニメのフィルムのように、少しずつ形を変えながら目に入り込んで映像を形成する。


 映像は常々変化を起こしながら脳に映像を届ける。脳内でその映像を楽しんでいると少し眠気が表れてきた。


 俺の表情を見て、


「着いたら起こしますよ」


 とナベは寝ても良いよと言ってくれた。しかし、


「お前に運転させておいて、俺は寝てるっていうのはその…あんまり良くないだろ?」


 左手で瞼を擦りながら眠気を脳から追い出そうと試みる。しかし、逆にあくびも口から出てきた。


「別に気にしません。当主はこれから夕飯も作るんでしょう?だったら今のうち寝ておいてスッキリした気分で作った方が良いと思いますけど。ほらほらあくびまで出てるなら寝ちゃった方が楽ですよ?」


 全然気にしないと言うようにこちらに声だけで明るく返事をしてきた。その言葉を聞いている最中も脳に靄がかかってきた。いよいよ眠気も限界…か…


「…じゃあ少し…寝る…着いたら…」

「えぇ、分かってます。どうぞごゆっくり」


 シートに体を預け、肩から徐々に力を抜いていく。後は脳に任せて瞼を閉じる。そうすれば…





「もう寝てる…やっぱストレスが凄かったのかな?」


 スヤスヤと瞼を閉じ、匠郁さんは無防備な状態で寝ている。普段は気を張り、死んでいるような眼のまま生きているこの人も寝ているときは普通の人間らしくなるんだな。


 一応寝ているかどうか確認するために頬に指をあてると、柔らかい頬の感触が人差し指に帰ってきた。頬を触られているにも関わらず、リアクションは無い。熟睡していると判断しても良いだろう。


 こうも無防備な状態で寝ているところを見れるのは自分が信頼されている証拠だとも考えられるのでそれを見れて少し嬉しい。


 さて、匠郁さんも寝たことだしこいつに色々と聞いておこう。


「起きてるか堀?」


 少し荒っぽい聞き方になってしまうが、別にこいつからどう思われても構わない。大事なのは匠郁さんに危険が無いかどうかだ。


「起きてますわ」


 流石にまだ気の置けない奴らの車では寝られないのかはっきりとした声で返事が返ってきた。


 良かった。寝てたら少し面倒臭かったところだ。


「聞きたいことがあるんだけど良いか?」

「なんですの?」

「金城の友達なんだっけ?」

「…えぇ」

「何時からの知り合いなんだ?」

「小学校からです」

「大分長い付き合いだな」


 ハンドルを右に回し、右折していく。揺れが無いようにゆっくりとしかし、確実に速度を上げていく。車がどんどんとスピードを手に入れていくこの過程が心地よい。


「…それで?一週間居候するんだっけ?」

「はい、少しの間村澤さんの家にお世話になります」

「…お前…いや…」


 …ダメだ。聞くことが出来ない。遠回しに確認してやろうと思ったんだが、良い質問が思いつかない。このままだと既に知っている情報を確認するだけになってしまう。こういうのやっぱり俺には向いてないな。それが分かった。もういいや、時間もあまり無いし、ストレートに聞いてしまおう。


?」

「なぜって…先ほども説明したとおり、金城さんの様子を見るために…」

「違う。そっちの理由じゃない」

「そっちではないとは?」

「ようやく思い出したよ。堀という名字を聞いて何か引っかかるなと思ったら何度かテレビやビルの広告で聞いたことがある名前だったからだ。それに最近巷を騒がせているニュースでも話題になってたろ?」

「…一体何の話をしていますの?」


 ルームミラーから見える噓つきは目を細め、俺を睨みつけるような顔を見せていた。


「惚けんなよ。堀っていう名字、それに一週間だけ居候するという条件。やけにタイミングが良いんだよなぁ…」

「タイミングが良いとは?私はただ友達を心配して…」

「もうその嘘はよろしい。こっちは写真もあるんだ」

「!?」

「驚いたか?うちは少々特殊でな。そういうのは嫌がヤでも入ってくるんだ」


 はぁ…あのひと本当に呪われてるわ。一度お祓いに行った方が絶対に良いと思う。じゃないとこんな頻度でこうも面倒臭いことに巻き込まれるわけが無い。後で予約しておこう。


「……」

「何も言わないのか?」


 いや、言えないのか。


「…どこまで知っていますの?」

「そんなに知らないさ。ニュースで報道されてるくらい」

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