第39話 その歪みは誰の物?
「……一応、恩人になるであろう俺にとんでもない口のききかただな」
歪んでるってほぼ初対面の奴に言い放つ言葉か?失礼すぎないか?
「確かに失礼でしたが、それでも言わざるを得ません。この状況では普通何かを報酬として求める筈ですわ。そしてそれは金銭や何か欲しいものを報酬にする筈です。決して赤の他人に戻ることを報酬にすることは普通ではありません」
「普通ではないって……金もいらないし、欲しいものも別に無い」
別に報酬目当てで助けたわけじゃない。困っていたから仕方なく助けただけだ。
「…では何故わたくしを助けたのです?」
何故助けたってそれは…
「お前が困ってたから」
堀はポカンとした顔で呆れている…のか?どんな顔だそれは。
「貴方は困っている人がいたら報酬も求めずに無償で助けるというのですか?」
それだけは違う。
「違う。困っている人がいたから助けるんじゃない。助けるべきだと思ったから助けているだけだ。困っている人全員を助けているわけじゃない。それに、助けるなんて言ってるけど俺には無理だ。俺に出来るのは手助けだけ。たったそれだけなんだよ」
困っている人を全員助ける?そんなことは無理だ。俺は忘れられないほどの痛みを以てそれを知っている。俺は主人公じゃない。そして、主人公にはなれない。
ピンチになれば颯爽と表れて、味方も敵も両方を華麗に救ってしまうようなヒーローに俺はなれない。人は人を救うことは出来ないし、人が救えるのは自分だけ。誰かを助けたいなら人間を辞めるしかない。
俺が出来るのは俺の心に従って助けるべきだと思った奴の手助けをするだけ。金城の件もそうだ。俺は手助けをしただけ。勝手に助かっただけなんだよ。
「…手助けですか。貴方はわたくしを助けるとは言わないのですね」
助ける?そんな言葉クソくらえだ。
「絶対に言わない。お前を助ける気は毛頭ない。お前は勝手に助かれ。俺はその手助けをするだけだ」
「そうですか…」
堀は顔を俯かせている。堀の表情を窺わせることが出来ない。急に俯いてどうした?
「分かりました。貴方を信用します」
「は?」
一体どんな思考のプロセスを通ればこんな言葉が出るんだ?信用?何がどうしてそんな言葉が出てくるんだ?
「これから一週間よろしくお願いします」
堀はそう言って深々と頭を下げてきた。
「待て待て待て‼急に一体どうした?」
急に頭を下げられてもリアクションに困る。何かを要求したわけでもないし、そんなことをされても俺が困惑するだけだ。急に頭を下げた理由は何だよ?
「いえ、何でもありませんわ」
「何でもないわけないだろうが‼理由もなしに頭を下げられても怖いだけなんだけど」
「それもそうですわね。ええと…これからよろしくお願いしますという意味ですわ」
そんなわけがない。それはさっき言っていたし、今更頭を下げる意味も無い。
「本当の理由は?」
「女性にあまり理由を聞くものではありませんわ」
…イライラしてきた。急にお前は歪んていると言われ、少し話をしたら理由も無しに頭を下げられて、理由を聞いても解を得ないような答え。俺は馬鹿にされてるのか?
「お前ふざけてるのか?」
「いいえ、全く」
ふざけてはいないと言うように堀は真剣なまなざしで俺の目を見つめてくる。堀の目はブレることなく俺の目を見続けている。この様子では嘘でもなく、ふざけているわけでもないようだ。
「そろそろ渡辺さんが戻ってくる頃では?この話は一旦ここで止めにしておきましょう」
確かにナベがそろそろトイレから戻ってきてもおかしくはない。こいつに従うのは何だか癪だが、この話は此処で止めておいた方がよさそうだ。
「分かった。一旦止めだな。一旦な」
「ええ」
こくりと首を縦に振って堀は此処で話を止めることに了承した。なんだか上手く誤魔化されたような気がするのは俺だけか?首をかしげていると、
「それでもやっぱり歪んでいますわ」
堀がぼそりと何か言ったのが聞こえてきた。
「?何か言ったか?」
「いえ、何でも。あっ、ほら戻ってきましたわよ」
堀に促されるまま耳を澄ませるとコツコツと音が聞こえてきた。その音に目を向けるとナベがハンカチで手を拭きながら随分と急いだ様子でトイレから戻ってきた。
「すいません、お待たせしました。それでもう良いんですか?」
「ああ、後は家に帰って寝れば大丈夫だ」
「そうですか、なら良かったです。それで…こいつはどうするんです?最初の話では病院に連れていくだけでしたよね。堀とは此処でお別れですか?」
「…いや、さっきこいつから話を少し聞いたら、金城の友達らしいんだ」
「へぇー、そんな偶然あるんですね。それで?」
ナベの雰囲気がガラリと変わった。下手な答えだと許さないという雰囲気だ。まぁ、色々とやらかしてるからな…こうなるのもおかしくはない。
「それでな、その…堀が金城のことを心配して、俺の家に一週間居候させてくれって頼まれたんだけど…」
ナベの雰囲気がさらに重くなった。おいおい、まだ何も言ってないぞ。
「それであんたはそれを良いよと返事をしたんですか?」
「…はい」
「さっきおばばに電話したのもそれが関係してるんですか?」
「いや、関係していると言えば関係しているし、関係ないと言えば関係ないんだけど…」
「当主‼」
「すいません、関係あります。一週間おれじゃあ女の世話が出来ないからおばばを呼びました。でもこれ以外の他意はないです。これだけです‼」
実際は話せないような裏が一杯あるんだが、これは話す気はない。ことが終わったら忘れたころに笑い話として話すことにしよう。
「本当ですか?」
こちらに詰め寄りながらナベは俺に確認を取ってきた。
「本当です。嘘は無いです」
嘘は残念ながらある。けど、ナベがそれを知る由は無いだろう。
「じゃあ、もし嘘や何か隠し事をしていたらあんたはどうする?」
しかし、そんな俺の心情を知ってか、ナベはとんでもないことを聞いてきた。
「どうするって?」
「嘘や隠し事は無いんでしょう?なら約束してくださいよ」
「嘘や隠し事は無いって?」
「そうです。疾しいことが無いなら約束しても別に構わないはずです」
「そりゃ…勿論」
隠し事も嘘もある。バレたらまずい役満状態だ。しかし、此処で約束をしないのも変だ。
「ほら、いつもの」
ナベはこちらに小指を向けてきた。いつもの指切りだ。
「…はい」
指切りの時は何も言わない。ただ小指同士を組むだけ。普通の指切りと違うところと言えば指切りの最中は相手の目をじっと見つめ続けることだ。
「よし、じゃあそれで納得しときますよ。もし、約束が破られたら…」
「破られたら?」
ナベはやるときはやる男だ。それは良い意味でも悪い意味でもだ。こいつは変なところでやる気を出す男だ。長年の付き合いがある俺でも破られた時どうなるのかなんて分からない。
「…いや、信用したって言うのに破った時の話なんて失礼ですよね。すいません」
ハハッと笑ってナベはこちらに笑いかけてきた。
さて、どうしよう?
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