第37話 爆弾
おばばにはナベから連絡がいっているだろう。
後は明日にならないと何もできないし、今日は取り合えずこれからの一週間に備えてゆっくり体を休めよう。今日買った新刊はこの一件が終わってから読むことにしよう。こんな気分で新刊は読みたくない。
本当に人生は予想通りには進まない。今までの自分の経験からも予定を立ててから行動してもその通りに上手くいった試しがない。じゃあ予定を立てるなと言われるかもしれないがそれはそれで出来ない。
予定を立てず頭を空にして行動することは俺にとってはあり得ないからだ。先を見ずに行動出来たらどれだけ楽なことか。先を考えて行動しなければ俺は動くことが出来ない。
我ながらめんどくさい性格だと分かっているが、今さえ変えることもできない。というか変えられない。
「終わったか?」
院長先生が何枚かの紙を携えながら俺に尋ねてきた。終わったかというのは点滴の事だろう。
先生に促されるまま俺の点滴のバッグを見てみると肥満ぎみだった栄養バッグはすっかりと痩せこけている。絞りきったボクサーみたいだ。
「終わってます。終わったからその…早く針外してくれませんか?やっぱりこの感覚は好きになれそうにない」
「ハイハイすぐに外しますよっと…。針が好きなんて言っていたらぶっ飛ばすところだった。好きになんてならなくていいんだよ。針が体に入るのを好きな人間がいてたまるものか」
「そうですか?たまに注射が好きな奴とかいません?」
「そういう人もいるが大抵はただのマゾだよ。針が好きなわけじゃなくて痛みが好きなだけだ」
「…結構言いますね」
「そりゃそうだろ。痛みが好きなのと針が好きなのは違うだろ?極少数だがそこを勘違いしている連中が多い」
ほらっと言って先生は俺の腕から注射針を抜き、すぐに止血用のガーゼをペタリと注射跡に張り付けた。張り付けたガーゼは純白を数瞬保っていたが、すぐに鮮やかな赤を染み込ませた。
処置はこれで終わりだろう。そのお陰か体調は大分マシになった。これなら飯も作れそうだ。
しかし、軽やかな体とは裏腹に心はどんよりと重い。体調が良くなっても現実は変わらない。その証拠に先生が持ってきた紙は俺だけのものではなかった。
「はい、取りあえずこれな。お前が払うって言うから見せてるんだぞ。普通なら…」
「あぁー…言わなくても分かってます。いつもすみません」
「お前らしいけどな。ったく誰に似たんだか」
「俺も知りたいですね…それで堀は今何処に?」
「処置はとっくに終わって今はロビーにいるよ。一応監視に渡辺がついてるよ」
「了解です。何か気を付けることは?」
「診た感じ長い間飲食をしていない。だから飯を作るなら胃に優しい液体状の栄養あるものを食べさせてやれ」
「となるとまたお粥か…なんか最近やけにお世話になるな…」
「良いじゃないか。俺は結構好きだけどな」
「健康な俺からしたらお粥が夕飯はキツイんですよ」
「我慢だな」
「はぁ…しゃあなしだ。薬は出しました?」
「一応出したよ。薬と言うよりはラムネに近いけどな」
「?」
薬ではなくラムネ?病院で?なんだそりゃ?
「見たら分かるよ。それよりも」
「それよりもって…薬の方が気になるんですけど…」
「見たら分かる物を説明するつもりはない。時間の無駄だからな。それよりもタクあの子に気を付けろよ」
「気を付けろ?そりゃ気を付けますよ。何抱えてるか分かんない奴に気を許す人間に見えますか?」
「いんや、濁りきったお前の目を見ればその心配はない。俺が心配してるのはそっちじゃない」
「どういうことです?それ以外に心配事なんてないでしょ」
「俺もそう思うんだけどな…医者としての勘かなぁ。なんか他に爆弾を抱えてそうだ。それもあと少しで爆発するやつな」
「は?」
あと少しで爆発する…?何がだ?というか爆弾!?
「いやいやちょっと待ってくださいよ!!爆弾!?しかも爆発寸前ってどういうことですか!?」
「言葉のまんまだよ…いやこの場合は言葉の使い方が違うか。本物の爆弾じゃなくて蓄積して爆発するタイプの病気とでも言うべきかな」
「全然説明になってませんよ!?」
「勘だしな…」
「じゃあ堀はまだ入院させておいた方が良いじゃないですか!!」
「無理。此処で爆発されても困るし、万が一爆発しても死ぬような物じゃない。それは診て分かってる。其所は安心しな」
「出来るか!!」
当たり一面を囲まれてるボンバー●ンの気分だ。
「堀には伝えたんですか?」
「爆弾について?伝えてるわけがないだろ」
「何でです?」
「医者が勘を理由に貴方は何かの病気ですって伝えられると思うのか?」
「確かにそうですけど…それでも何かの疑いがあるので要検査とか有るじゃないですか!!」
「それは無理だ」
「無理って…先生が無理って言うのは初めて聞きました…」
「だろ?」
「その理由を聞いても?」
先生が無理と言うのは初めて聞いた。実際に自分の耳で聞いた俺でも少し驚いている。先生が無理と言う理由が気になる。
「もう今日の営業時間は過ぎてるからな。これ以上は残業になる」
「……」
今度、先生に飯を作る時は先生の苦手なものでテーブルを埋め尽くしてやろう。うん。そうしてやろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます