第36話 おばば

 ただでさえ俺の胃はもうボロボロだ。今でギリギリ穴が開くかどうかの瀬戸際。どっちを選ぶにしろ胃に穴は開く。それは間違いない。だったら少しでも俺の胃に優しい方を選んだ方が良い。


 ならおばばを家に呼ぶことが一番の方法だな。女関係のことは出来ることならしたくない。なんなら余り接したくもない。おばばを家に呼んで俺の胃が壊れる速度を五とするなら女と接しているときに胃が壊れる速度は十、いや五十は超える。


 どっちにしろ胃は壊れる。違いはゆっくり壊れるか、一気に壊れるかだ。だったらゆっくり壊れるほうを選ぼう。というかこんな選択したくないんだけど…。


「しゃあなしだな」


 スマホを取り出しナベに電話をかける。おばばは携帯とかそういう機器が苦手みたいで持っていないのだ。だから一度ナベを経由しておばばまで直接連絡を取らないといけない。


 面倒だが仕方がない。おばばに連絡機器を持つように無理強いはしたくないし、もしおばばが連絡機器に慣れて毎日のように電話してくるというのも考えられる。現状維持が今の所最善だ。


「…もしもしナベ?」

『どうしました?処置は終わったんですか?』

「もう終わる。それで新しく頼みたいことが一つあるんだけど聞いてくれるか?」

『勿論!!一体何ですか?』


 いつも面倒な頼み事も嫌がらずに聞いてくれるナベには感謝しかないな。今度慰労の印として何かプレゼントしよう。うん。そうしよう。


「その…今おばばってどこにいる?」

『おばばですか?おばばなら今は会社の方に居ますね。で皆缶詰しないといけなかったのででその手伝いと飯作りに来てくれてます』

「…ごめん…」

『謝る必要はないですよ。当主が行動したってことはそう言う事でしょう?なら謝らないでくださいよ』

「今度皆に飯奢るって伝えておいてくれ…せめてこれくらいはさせてくれ」

『そんな気にする必要ないのに…それでおばばに何か用ですか?』

「急で悪いんだけどさ明日おばばに俺の家に来るように伝えてくれ。一週間ほどおばばの手を借りたいんだ。おばばが会社抜けても大丈夫そうか?」

『まぁ大丈夫ですけど…正気ですか?あのおばばですよ!?いや、確かにおばばを家に住ませた方が良いとは俺言いましたけど、まさか本気にしたんですか?それだったら俺が一週間当主の家に住みますよ?その方が絶対に良いですって!!』


 その通り。本当ならナベを家に呼んだ方が俺の胃には優しい。けど、それじゃあ今回はダメだ。


「本当はそうしたいんだけどな…ちょっと今回はおばばじゃないとダメなんだ。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

「おばばじゃないとダメって…念のため聞いておきますけど、また何かに巻き込まれたわけじゃないですよね?それこそさっき俺が背負ったあの子が何か厄介ごとを持ってたりとか…」

「ナイナイ。この短期間で俺がまた何かに巻き込まれたとかあり得るか?」

『ですよね!!まさかそんなことが起こってたら本当に寺か神社にお祓いを予約するとこでしたよ!!』

「ウン、ソウダネ」


 アハハとスマホの向こうから笑い声が聞こえてくる。確かに第三者から見てそんなことが起こってたら笑い話だ。例えるなら交通事故にあってようやく退院したと思ったら、病院から出て一歩を踏み出してすぐにトラックに轢かれたようなものだ。


 そんなこと現実には起こらないと普通は考えるだろうし、俺もそう思ってた。そう思ってたんだけどな…


『でも何でおばばを?それも一週間も。何でですか?』

「あぁー…ちょっと習いたい料理があって…」

『当主がですか?それもこのタイミングで?さっき車の中で少しおばばの話を聞いてテンションが下がってたじゃないですか?』

「いや、病院の中にいたら和食が食べたいなっていう気分になって…それにほら、和食はおばばの方が美味いし和食は調理に時間がかかるだろ?それでおばばを家に呼びたいなーって…」


 流石にキツイか…?


『…そうなんですね!!おばばにもそう伝えておきます!!』

「あぁ…うん…頼むわ…」


 それで納得しちゃうのか…。ちょっといろんな意味で心配になるな…いや、今はとりあえず良かったと考えよう。


『もう少しで処置が終わるなら車の準備しておきますね。終わったらまた電話ください』

「分かった。色々とすまんな」

『いえいえ、それじゃあ』


 それだけ言って電話はプツリと切れた。しかし、問題はこれからだ。ハードルを一つを乗り越えただけだ。後どれくらいハードルがあるかは分からないが、出来るだけ少ないことを祈ろう。


 じゃないと俺の胃だけじゃなくて俺の体が持たない。絶対に!!

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