第33話 院長先生

「このバカたれが!!自分の体は自分で世話をすると言ったのはお前だろうが!!それがこれか!?」


 前もって覚悟しておかなければ驚いたであろう声が診療所中に響き渡たる。こんなに怒られるとは思ってもいなかった。


「いや、だって…」

「言い訳はいらん。前から言ってるだろうが。もうちょっと自分の体に気をつけろって。ただでさえお前は自分のことに無頓着すぎるんだ。もう少し自分に興味を持て」

「自分に?無理ですって」

「無理でもやるんだよ!じゃないと一生改善されないぞ」

「別に改善とかしなくて良いんだけど…」

「お前なぁ…」


 自分に興味を持つイメージが持てない。そもそも自分に興味を持つってなんだ?それも理解できない。それに、そんななことする意味が無いだろ。


「やっぱりお前に一人暮らしは無理だ。誰か家にいた方が絶対に良いぞ」

「先生までそれ言うんですか?勘弁してください。さっきも言ったけど、そっちに戻る気はありませんよ」

「戻る戻らないの話じゃ無い。一人の人間として心配してるんだ。お前のそれは今すぐにでも治すべきものだぞ」

「別に直さなくても死ぬわけじゃないし…」

「今さっき死にかけてた奴が何を言ってるんだ」

「……」


 これ以上は止めておこう。勝てるビジョンが見えない。大人しく従ったフリをしておいた方が利口だ。


「ハイ。スミマセンでした。次からは気を付けます」

「心にも思ってないなお前…」


 言われて治るものならとっくに治っている。急には無理な話だ。


「ほら、とりあえず点滴打つからそこのベットに横になれ」


 先生はガラガラとキャスターを滑らせながら点滴台を運んできた。普通は看護師が運んでくるはずだが、先生曰く看護師はあまり信用できないらしい。どんな医者だ。


「点滴確定ですか?あんまり注射って好きじゃないんで薬だけ貰えるならその方が良いんですけど…」

「お灸もかねての点滴だ。お前ちっとも反省してなさそうだから薬を渡したとしてもまた同じことを繰り返すだろ。だから薬は無し」

「それ以外の選択肢って無いんですか?」

「一日入院かな」

「点滴でお願いします」


 入院だけは嫌だ。その間何も出来ないし、何をされるか分かったもんじゃない。前回入院したときは酷かった。カウンセリングと称した愚痴を延々と八時間も聞かされた。あの時は本当に辛かった。


 ベッドに横になると先生は注射の準備を始めた。注射針に液体がポトリと少し垂れている。注射針を確認して先生は手慣れた様子で針を俺の腕に刺してきた。


 刺した針が静脈に刺さり液体が流れだしているのが分かる。この感覚は余り好きじゃない。異物が体の中に入り込んでいるような気がして好きになれそうにないからだ。


「そうだ先生。あのもう一人の方なんですけど、みたいなんでそこの所よろしく」

「…お前そういうのばっかだな。渡辺からその辺は聞いてたから大丈夫だ。ちゃんとあの子はVIPルームにご案内してるよ」

「VIPルームって…まだあそこ使ってるの?」

「勿論。使わない理由が無いからな。それにVIPルームは快適だろ?」

「悪趣味なだけですよ」


 VIPルームと聞くと豪華な想像をするが、此処の病院では意味がまるっきり異なる。俺として二度と訪れたくない場所だ。


「あの子の症状は?」

「あのなぁ患者の個人情報だぞ。教えられるわけないだろ」

「あいつの医療費を払うのは俺です。それだったら良いんじゃないんですか?」

「…お前が女にそこまで首を突っ込むとは珍しいな。えっと何だっけあの幸薄そうな女?」

「幸薄そうな女?あぁ、金城?」

「そうそう。あの女もそうだったが今回も女だ。お前らしくないと思ってな。女嫌いは治ったのか?」

「本当にそう思います?」

「もしかして?」

「なわけないじゃないですか」

「一応俺も女なんだけど?」

「前から言ってるじゃないですか。先生は違うって」

「俺は女じゃないってか?」


 先生は額に青筋を立てながら俺を睨んできた。マズい。


「違います。いや、今の違うは本当に違うやつです。間違えました。本当に違うんです」

「そんなに焦るなよ…。で?」

「確かに先生は女ですけど、俺としては恩人なわけで。なんというかまた男女とは違う関係性なんです。だからその…」

「まぁ良い。今はそれで見逃してあげるよ。でもお前は女じゃないなんて言われて傷ついたなぁ…」

「…何か俺に出来ることはありますか…」


 こう言われると俺は弱い。こんなことを言われたら俺に出来ることは俺でも出来ることは無いか聞くことだけだ。


「じゃあ今度ご飯作ってよ」

「飯?先生自炊出来るじゃないですか?」

「そうだけど、お前のご飯が食べたいんだ。和食が良い」

「それだけ?」

「それだけ」


 …なんだか拍子抜けだ。最近はトンデモナイ願いばかりだったから少し物足りなく感じてしまった。本来は物足りなくても良いのだ。最近のお願いがハチャメチャだっただけ。それに慣れてはダメだ。本当にダメ。


「なら都合がいい日を教えてくださいよ。飯作りに行きます」

「わかった。後でメールする。ありがとね」

「それはこっちにセリフですよ。急だったのにわざわざありがとうございます」

「仕事だからね。あまり気にしないように」


 急な患者にも文句を言わずに対応してくれた先生には感謝しかない。


「それであいつの症状は何だったんです?」

「そっか。元の話はそれだったな。簡単に言えば熱中症と脱水、それに過労だな。失礼かもしれないが、よくこれで生きてたなと言えるくらいにはギリギリなラインだった。処置はしたから後は様子を見るだけだね。あの子にとって一線を超える前にお前に出会えたのは幸運だったな」

「俺は思いっきり不幸ですけどね」


 不幸ばかりが最近続いている。不幸が続くなら幸運が続いても良いと思う。だって不幸も幸運も起こる確率は同じのはずだ。それなのに不幸しか起こっていない。これでは不平等だ。不幸が頻繁に起こるなら幸運も頻繁に起こっても良いはずだ。そのはずなんだけどな…

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