第32話 心配

「いいえ、同じですわ。その目は…」

「やっと見つけた!何してるんですか!!」


 堀が何か言い終わる前に見知った人物が路地裏に表れた。随分と急いだのだろう。額からは汗が流れ、呼吸を荒くしていた。


 それも当然だろう。こんな暑い日なのに表れた人物は黒いスーツを着込んでいるのだから。


「…随分早かったな。もうちょっとかかると思ったんだけど」

「そりゃ早く着きますよ。急いだんだから!!あんたが脱水で倒れかかってた何て聞いたら誰でもこうなります!!」

「悪い。こんなに暑くなるとは思わなかったんだ」

「やっぱり家に誰か付けた方が良いですよ。あんた自分のことに無頓着すぎるって!それこそおばばとか家にいた方が絶対に良い!!」

「勘弁してくれ。おばばももういい年だろ。休ませてやれよ」

「いいえ、そのおばばも怒ってましたよ。あれだけ言ったのに全然分かってないじゃないかーって」

「マジ?」

「大マジです。この後はあんたもそのまま病院ですよ」

「行かないって言わなかったっけ?」

「行かなかったらおばばが強制的に連れて行くって言ってんすよ。どっちが良いですか?このまま行くか、おばばと一緒に行くか」


 それは良くないな。この年でおばばと一緒に病院は恥ずかしい。心配させた代償だ。行くしかない。


「分かった。行くよ。行きます。でも予約は?」

「院長先生にはもう言ってあります。後は行くだけです」

「仕事が早いな」

「ありがとうございます。でも、あんまりこういう仕事はしたくないんで、今度からは気を付けてくださいよ?」

「あぁ、気を付けるよ」

「あのー…」


 居心地が悪そうに堀は小さな声で会話に割り込んできた。少し堀を放っておきすぎたな。


「こいつが電話で言ってた奴だ。こいつも院長先生のとこに連れてってくれ。約束をしちまったからな」

「こいつがですか?」

「そうだ」

「女じゃないですか!?なんであんたが?」

「色々あったんだよ。というか、俺でもなんでこうなったかまだ理解できてない」

「まさか脅されたりとかではないですよね?」

「お前が心配するようなことは起こってないよ」

「なら、良いんですけど…」

「村澤さん。この人は?」


 待てなくなったのか堀はようやく俺に急に現れた人物について聞いてきた。


「こいつは渡辺。詳しくは面倒臭いから言わないけど良いやつだ」

「俺の紹介それだけですか?もっとあるじゃないですか?」

「そんなもんだよ」

「わたくし堀 祈と申します。お迎えに来ていただきありがとうございます」

「お前のためじゃないから、お礼何て要らないよ。それよりもた…」

「名前は言うなよ」

「えぇー、じゃあ何て呼べば良いんですか!?」

「自分で考えてくれ」

「村澤君…なんか違うな…村澤様?違うな」

「そこで迷うなよ。名前を呼ばなかったら何でもいいよ」

「何でも?」

「何でも」

「堀!当主を傷つけたら一生恨むからな!!」

「当主って…」


 止めろって言いたいけど、なんでもいいって言ってしまった手前何も言うことが出来ないな。


「はい。傷つけないように頑張りますわ」

「なら良い。しかし、堀…?」

「何か気になるのか?」

「どっかで聞いたことがあるような無いような?」

「堀なんて名字珍しくもありませんわ」

「そういう事じゃなくて。なんか引っ掛かるんですよね」

「?」

「ま、俺の気のせいかもしれません。そんなことよりさっさと院長先生の所に行きましょう」

「分かった。ナベ、こいつ運んでくれ。俺には無理だ」

「了解です。それじゃあちょっと失礼して…」

「ゴメンなさい。ありがとうございます」


 渡辺は堀の近くまで歩いていくと近くでしゃがみ込んでまるで体重がないかのように軽々と堀を担いだ。また筋肉が増えてないか?


「まだ鍛えてるのか?」

「はい、鍛えるのが好きなんです。当主はやらないんですか?」

「やってみたいとは思うけど、なかなか行動に繋がらないんだよな…」

「じゃあ今度一緒にジムに行きましょうよ。俺でも教えられることがありますから」

「人と行くのもいいかもな。考えておくよ」

「俺、楽しみにしてます!!」


 路地裏に入った時とは一人だったはずなのに、路地裏から出ると三人に増えている。こういうことが起こるから路地裏は嫌なんだ。


 手助けをすることを後悔しているわけではないが、もうちょっとインターバルが欲しかった。一週間前に中々出会わない事件にあったのにもう次の事件か?


「休息が欲しいよ…」


 口に出して言ってみるもののなぜかその願いだけは叶う気がしなかった。

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