第31話 約束

「立てるか?」


 声だけをパーカー女にかける。手を伸ばすことはしない。そんなことしたくもない。


「…無理そうですわ。足がまだ言う事を聞いてくれません」

「仕方ないか…。見た感じ熱中症っぽいけど、もしかすると脱水症状かもしれないしな。本当は病院に行った方が良いんだけど、嫌なんだろ?」

「はい。病院にも手が回っている可能性の方が大きいですから」

「じゃあそいつらの手が回ってなければ良いんだな?」

「そうなりますけど…無理ですわ。あいつらはここら一体に手を回すことは容易にできますの。今更あいつらが手を回していない病院があるとは思えませんわ」


 救急車を呼ぶなってそういう意味だったのか。確かに救急車で運ばれたらこいつの意志に関係なく病院に直行してしまうからな。


「いいや、手が回ってない病院なら心当たりがある。あんま頼りたくないんだけど信頼は出来るし腕も確かだ。俺がお前を信頼したんだ。これくらいは信じてもらうぞ」

「本当に大丈夫ですの?」

「手は間違いなく回ってない。そこの院長先生そういうの嫌いな人だからな。それに、俺の主治医だから事情を説明すればお前のことを見るくらいはしてくれるはずだ」


 権力とかそういうのが大嫌いな人だ。病院内に手を回させるような真似とかさせてないだろう。


「ちょっと待ってろ。今迎えを来させる」

「迎え?タクシーでも呼びますの?」

「タクシーは金がかかるだろ。俺もあんま手持ちも無いし、お前もそんなに持ってないだろ?」

「確かにそうですけど…」

「大丈夫だ。信頼できる奴らだから。今から迎えを呼ぶけど何も言うなよ。何か言った瞬間にお前を車から放り投げるからな」


 出来れば取りたくなかった手段だが、こうなったら仕方がない。迎えに来てもらおう。昼間の忙しいこの時間に呼んでしまうのは申し訳ないが、勘許してくれ。後で飯でも奢ろう。


 スマホを取り出し、連絡用のアプリを起動する。連絡するのも金城の一件以来だ。一度電話をかけると心配されるからあんまり電話はかけたくないんだけどな…


「もしもし?…俺。うん。今大丈夫か?いや、無理はしなくて良いんだけどさ…。うん。大丈夫?分かった。じゃあ頼みたいことあるんだけど、ちょっと迎えに来てくれないか?ちょっと脱水起こしてな。いや、俺はもう大丈夫。大丈夫だって。分かった。此処から動かない。ジッとしてるから。それと、あと一人車に乗っても大丈夫か?そいつを院長先生の所まで連れてきたいんだけど良いか?俺?いや、俺は良いよ。またなんか言われるし。うん。じゃあ頼むわ」


 また心配をさせてしまったな。そうはならないように行動しているはずなんだけど。まぁ仕方ない。とりあえず車が到着するまでは此処で待たないと。


「あと少しで来てくれるってさ」

「貴方がわたくしに幾つか質問をしたという事はわたくしも幾つか質問をしても良いってことですの?」

「俺に質問?したって何もないだろ」

「お迎えが来るまでまだ時間はあるのでしょう?わたくし静寂が嫌いですの。静寂を埋めるためにも、貴方について知るためにも幾つか質問がしたいのです」

「答えられないものもあるぞ」

「勿論、答えられないのは答えなくても大丈夫ですわ」


 俺としては出来る限り女とは話したくないのだが、俺の手持ちにこいつの情報が少なすぎる。情報収集をするためにもここは我慢して話しておいた方が良いだろう。


「申し遅れましたわ。わたくしほり いのりと申します」

「俺は村澤だ。名前までは教えん。それで質問は?」


 スマホを起動し、時間を確認すると時刻は午後を少し超えたくらいだ。位置情報も既に送ってある。迎えが来るのは大体十分から十五分ってところか。


 それまで俺が持つかね?


「今連絡を取ったのって貴方の家族ですか?」

「いきなり面倒な質問が来たな…。うーん…」

「答えるのが難しいなら答えなくても大丈夫ですわ」


 答えるのが難しいわけではないが、複雑なんだよな…


「本当の家族ってやつじゃないんだけど、何て言えばいいかな、その本当の家族ってわけじゃないんだが、赤の他人ってわけでもないみたいな。難しいな。でも一言で言えば簡単には説明できない仲だ」

「よくわかりませんけど兎に角複雑な関係という事でよろしくて?」

「それで良い」


 一から説明したら次の日までかかるくらいには複雑だ。まだよくも知らない奴に説明するにはこれで十分だ。


「で?次は?」

「貴方の家に今はその人たちは住んでいますの?」

「住んでない。俺の家に住んでるのは俺と最近増えた奴が一人いるだけだ。今日からもう一人増えて三人だけどな」


 金城もいるが、別にどうでも良いだろ。あいつも一人くらい増えたところでどうにも思わないだろうし、何かあった時は追い出せばいい話だ。


「あと一つだけ聞きたいことが。決して気を悪くされませんように」

「じゃあ気を悪くさせるような質問をするなよ」

「いいえ、これだけは今聞いておかなければいけませんわ」


 一体何を聞く気だ?気を悪くさせる質問なんてそんなにないだろ。


「失礼なのは承知しています。でも、貴方に聞いておかなければなりません」

「そんなに勿体ぶるなよ。何だ?」

「貴方のその目」


 俺の目?それがどうして俺の気が悪くなるのに繋がる?


「わたくしと同じ目をしています」

「同じ目?」


 何を言ってるんだこいつは?俺の目と此奴の目は全く違う。俺がただの黒目なのに対して、こいつは明るい茶が混ざった瞳をしている。何処にも同じ要素は無い。


「いいえ、同じですわ。その目は…

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