第30話 信用

「…一週間でどうにかなるのか?その保証は?」

「それは居候しても良いってことですの?」

「五月蠅い。それでどうなんだ?」

「…何とかなりますわ。一週間居候させていただけたらわたくしの叔父が匿ってくれることになっていますの。だから、一週間が過ぎれば追ってはいなくなりますわ」


 叔父の家?


「何で最初からその叔父の家に行かないんだ?」

「今はまだ受け入れる体制が整っていないのですわ。奴らも叔父を怪しんでガサ入れに入っているみたいで、今叔父の家に向かったら奴らに捕まりに行くようなもの」

「それで?何で一週間でそれが解けると?」

「一週間後には奴らは集会に参加しないといけませんの。集会に参加しないというのは考えられませんわ」

「集会?」

「すべては伝えられませんわ。本当に簡単に言えば家族と親戚の集まりの事ですわ」


 正月はもう終わっている。となると、普通の集まりじゃないことは確かだ。この時期に集まるってことは中間決済か、一族の大切な行事くらいしか思い浮かばない。どっちにしろ部外者の俺が入る余地はなさそうだ。


「奴らも参加ってことはお前を追いかけているのは家族か親戚のどっちかってことか?」

「そうなりますわ」

「それがどっちかは?」

「分かりませんわ。どちらにもわたくしを追いかける理由がありますから」


 追いかけてくる奴らが家族か親戚どっちかは分からないのか。それは怖いな。家族も親戚も頼れないし、信用も出来ない。その恐怖は存在するべきものじゃない。


「で?叔父がなぜ信用できるんだ?叔父だってお前を追いかけてる奴らの仲間かもしれないぞ」

「あり得ませんわ。彼はわたくしの祖父の秘書でしたから。裏切る要素がありませんわ」


 秘書か。秘書が必要な仕事は限られている。此処から分かったことはこいつの家は裕福という事だ。じゃないと秘書なんて雇わない。秘書を雇えるだけの余裕があるという事だからな。


「よくわからんが、叔父が裏切るのだけは無いってことで大丈夫か?」

「はい。その認識で大丈夫ですわ」


 裏切る要素は無いか…。本当にそうかね?後で調べておこう。勿論こいつのことも。あと一つだけ聞かなければ。これを聞いて答えも貰わないと居候させるのは無理だ。


「それじゃあ最後の質問。これだけは絶対に答えてもらう。じゃないと居候の話は無かったことにするからな」

「一体なんですの?」

「お前が追いかけられている理由はお前が何か悪いことをした結果か?」


 もしこいつが誰かを傷つけたり騙したりして追いかけられているなら自業自得ってことでこいつは此処に放置する。


 この質問にはこいつが正直に答えるかどうかも兼ねている。嘘をつけば後でわかる。その場合はこいつを追いかけてる奴らに身柄を渡す。


 最低限こいつのことを知っておかなければ何も始まらないし、手助けも出来ない。


「いいえと言いたいところですが、わたくしの行動が誰かを傷つけてしまったこともあるかもしれません。はっきりとわたくしが人として悪いことをしていないとは言うことが出来ませんわ」

「なんでそう言える?」


 こいつ側か。


 普通の奴は「私は悪くない。私の行動は正しい」とか「悪いことをしてきた。でも、あいつが悪い」って言い訳をするんだけどな。どうしてここまで素直に現実を認められるのか。普通は出来ないぞ。


 結果が起こるのはそれまでの過程があるからだ。過程なしに結果は無い。


 よく過程はどうでも良い。結果がすべてだと考えている奴がいる。それは半分正しくて半分間違っていると思う。


 結果という現実には過程という日常が表れている。日常をどう生きているかで現実は変化する。どっちも同じだと思うだろ?でも違う。此処が結果が全て派とは違うところだ。


 現実はその人が今まで選び取ったもので出来ている。日常は選び取るまでの日々だ。これが現実と日常の違い。


 結果が全て派はこの違いを考えていない。結果は全て選び取ったもので出来ていると考えているから日常も現実の中に組み込んでしまっている。


 俺の考えは結果はこれまで選び取ってきたものが表れるものであって、日常はそれに含まれない。ただそこに存在しているだけだ。


 現実はこれまでに選び取ってきたものという考えには賛成するけど、日常までは含めるべきじゃない。これが半分正しくて半分間違っている理由だ。


 日常を現実に組み込んでしまうとが起こる。滅多にそんなこと起こらないけどな。俺も今までその弊害にあった奴は一人しか見たことが無い。


「その人にとって良かった行動が誰かにとっては悪いことで。誰かにとって悪いことがまた違う誰かには良かったことで。わたくしがした行動は後悔していません。それでもその過程で傷つけてしまった人はいるかもしれませんわ…」

「そっか。したことは後悔してないんだな」

「はい。後悔なんてするはずありませんわ」


 ハッキリと言い切れるのか。ならこいつの倫理観がひん曲がってさえいなければ人として悪いことはしてなさそうだ。


 此処まで聞いたのだ。覚悟を決めろ俺。

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