第29話 またこれか?

「…断るのが随分お早いのですね?」

「そりゃ無理だからな」


 これ以上家に女が増える?無理だ。ただでさえ金城がいるだけで俺の精神はギリギリアウトだ。


 もうアウトなのに増える?冗談じゃない。本当に死ぬぞ俺。


「一週間だけで良いのです。一週間居候させていただければすぐに出ていきますわ。ですから、一週間だけお願いしてもよろしくて?」

「無理。本当に無理」

「早いですわね…」


 一週間だけと言われたところで俺がOKなんて出すわけが無い。

 

 女が二人?想像すらしたくない。俺の穏やかな日々は今でも破壊されているのだ。それなのに何故もう一人受け入れないといけないのか。


「本当にダメでしょうか?」

「無理。絶対に無理」

「あなたの家に居候させていただければ、後日お礼を支払いますわ」

「悪いけど、金には興味ないんだ。むしろ、嫌いな方だ」

「…珍しい方ですわ」


 女は初めてそんな人間を見たかのように目を細めながら俺を見つめている。誰もがお金に興味があると思ったら大間違いだ。


 確かにお金は人を幸せにするかもしれない。でも、それと同じように人を不幸にするものでもある。俺はあんな紙切れで幸不幸を感じたくない。


 それだったら同じ紙切れでも小説の方が良い。紙幣と小説。紙切れでも文字が印刷されているか、数字とアルファベットが無数に印刷されているか。たったこれだけの違いで人は紙切れを紙幣か小説かを認識する。


 人を幸せにする可能性も、不幸にする可能性も秘めているのが紙幣だ。だが、小説は人を幸せにする可能性しか秘めていない、少なくとも俺は小説を読んで不幸になったなんて話は聞いたことが無い。


 だから、俺は小説の方が好きだ。数字とアルファベットが印刷されている紙を見て面白か?


「悪いな。居候先なら他を探せよ。お前だって友達とかいるだろ。友達に頼むとかの方が良いだろ?」

「……」


 友達という言葉を聞いて何か思い出しているのだろうか。パーカー女の顔が急に曇り始めた。その表情は何か嫌なことを思い出しているかのような表情だ。一週間前の金城の表情と似ている。


「おい?」

「…友達なんていませんわ」

「…そっか」


 どうやら地雷を踏んでしまったようだ。いや、初見の奴の地雷をどう見分けろっていうんだよ?


「じゃあホテルとか予約すれば良いんじゃないのか?」

「ホテルはダメです。すぐにバレてしまいますわ」

「バレる?一体誰に?」

「教えませんわ」


 こいつ…。何も教えない気か。俺に何も教えないなら俺もこいつを受け入れることは出来ない。怪しさ満点の奴をどうして家に受け入れる必要がある。居候させた結果、家が崩壊したり火事が起こるのは二度とゴメンだ。


 それにしてもこいつも何かの事情持ちか?ホテルもバレるってよっぽどのことだけど…


「少し聞いても?」

「わたくしが答えられる範囲なら答えますわ」

「お前誰かに追われてるのか?」

「一応そうなりますわね」

「えぇ…」


 またこのパターンか。今年になってから良いことが全くない。金城と出会ったこともそうだし、こいつとも出会ってしまった。これら以外にもウンザリするようなことも体験した。本気で厄払いに行こうかな。


「追われているってまさか借金取りに追われてるわけじゃないよな?」

「借金取り?なぜ急に借金取りが出てきますの?」

「いや、ちょっとな」

「全く違いますわ。間違いなく借金取りではありませんわ」

「そっか」


 流石に二連チャンで借金関係ではないか。また借金関係だったら俺は呪われてるとしか言えないところだった。


 暴利で利益を手に入れている金融会社があるという話は最近は聞いていない。古岡組が潰れたのが影響したのか、闇金関係はこの町からすっかりと消えた。後に残ったのは一応、本当に一応健全とされている大手の金貸しの企業だけだ。


 それも怪しいもんだが、まぁ闇金が跋扈するよりはマシな状況になったと言えるだろう。金貸し=犯罪ってわけじゃない。適切な方法で借り、きちんと計画的に返していけば借金だって別に悪いことじゃない。


 きちんとしてればの話だけどな。少し話が逸れたな。


「うーん…じゃあもう一つ。もしお前が追いかけられている奴に捕まったとして」

「絶対に有り得ませんわ!!」

「いや、もしもだよ。もしもの話」

「Ifの話はあまり好きじゃありませんわ」

「五月蠅い。少しくらい俺の話を聞け」

「…分かりましたわ」

「よし。もしお前が追いかけられている奴に捕まったとして」

「……はい」

「どんだけIfの話が嫌いなんだよ…。もしお前が捕まったとして、命の危険はあるのか?」

「……」

「命の危険はあるか?」


 パーカー女は答えない。答えないという事はそういう事だ。


「はぁ…。警察には?」

「警察もダメですわ。手がもう回っていますの」

「警察に?」

「信じられないのも無理はありませんわ。でも信じてもらうしかありません」


 警察に頼れないってことは俺が想像しているよりは物事のスケールは大きいようだ。警察にも手が回っているってことはそれに関係している奴らは絞れてくる。


 見放すことは簡単だ。こいつに構わずにここから逃げだせばいい。たったそれだけ。何も難しくはない。


 けど、そのあと俺は笑えるのか?笑って生きていけるのか?


「此処で奴らに捕まるわけにはいきませんわ。だから、助けていただけませんか?今日会ったばかりのあなただから頼め事が出来ますの。お願いします。わたくしを助けてください」


 質問をしているのは確かに女だ。でも、もう女の質問だけではない。俺が俺に聞いている質問だ。


 そういえば、前にも一度こんな質問を聞かれたことがあったのを今更思い出した。


 あの時もそうだったな。


『君はそれで笑えるの?』


 当時はなんのことだかさっぱり分からなかったが、今ならよくわかる。


 あいつもこんな感じだったんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る