第27話 パーカー女
パーカーの両裾を上に捲られたまま、パーカー野郎、もといパーカー女は空の方に胴体を向け静止している。頭が熱で死んでいるのか、現実を認められていないのかは分からないが、ピクリとも動かない。
傍から見ると何かとんでもない絵面になっている気がする。
捲られたパーカーはそのままに、水色のブラジャーが周囲に晒される形になってしまっている。下着の下にはしっかりと哺乳類の証が実っている。それを目にしてしまい、吐き気がする。何だってこんなもの見ないといけないんだ。
いや、俺のせいだよ。間違いなく俺のせいだ。でも、こいつも悪いと思う。女がパーカーを着るならインナーを着ているだろ。それに、こんな暑い日にパーカーを選ぶこいつも悪い。俺が8割、こいつが2割悪い。うん、そうだ。そう思おう。
路地裏だったのが幸いか、こいつの今の姿を目にしているのは俺だけ。俺が言うのも変な話だが、まだ被害はそこまで大きくない。また暑くさせてしまうが、パーカーを戻してやろう。俺もこれ以上ブラジャーなんて見たくない。水色がトラウマになりそうだ。好きな色なんだけどな…
捲り上げたパーカーを元に戻す。元に戻すと今まで影に隠れていた顔も徐々に見えてきた。
日焼けを一度もしたことのないような真っ白な肌。本当に同じ人間か疑わしくなるような顔のパーツ。そしてその配置。こいつだけ世界が違うみたいだ。まぁ、女の顔だ。どうでも良い。
「……」
女はまだ何も言わない。だが、息はしている。ただ頭がショートしているようで、意識が朦朧としている状態ではなさそうだ。
この女の雰囲気は金城のような活発な感じではない。間違ってもこんな炎天下の中、厚いパーカーを来て走り回るような雰囲気じゃない。家で大人しく勉強したり、本を読んだりしていた方がこいつの雰囲気に合っている。
とにかくこいつは女だった。なら俺が取る行動はただ一つ。
「…悪かった、反省してる、二度しない。じゃあ、さようなら」
逃げることだ。これ以上女と関わるのは御免だ。頭を下げ、誠心誠意謝る。そして、相手が何かを言う前に走り去る。これが一番。
それに、場所も悪い。
路地裏で出会った女は大体厄介な事情持ちだ。俺の経験上、嫌でも知っている。
そして、倒れていようが女は女だ。それは変わらない。女には関わらない。それが俺だ。
此処で関われば俺の信条に反してしまう。信条は大事だ。信条も大事に出来ない人間にはなりたくない。
「救急車は呼んでやる。それで勝手に助かれ」
女をそのままに路地裏から抜ける道に体を向ける。一言も話さないのは変だが、意識はハッキリとしている。そのまま放置してもいいかもしれないが、右足の筋肉が痙攣しているなら念のため呼んでおいた方が良い。
これで死なれたりしても目覚めが悪い。睡眠は人間の三大欲求の一つ。三大欲求を守るためにも呼んでおいた方が嫌な後悔はしないはずだ。
携帯をズボンの尻ポケットから取り出し、119に電話をかけようとすると、膝立ちになっている女が俺のズボンの左側の裾口を弱々しい力で掴んできた。構わずに前に進めば振り払えるそれくらいには弱い力だ。だが、振り払えない。
力は間違いなく弱い。それは事実だ。けど、なんだこの気迫は?弱々しい力が嘘かのように力強く、圧迫するような気迫を感じる。リスがドラゴンの気迫を持っているみたいだ。そのギャップがとても気持ち悪い。
こいつが持つべき雰囲気じゃない。それにこの雰囲気はまるで…
「…ごめんなさい。救急車はお止めいただけませんか?それでは意味が無くなってしまいます」
「…そうか。じゃあ何もしない。じゃあな」
「お待ちを」
「……」
ダメだ。返答してはいけない。俺のカンがそう言っている。もし返答したら金城の時のようになりそうだ。このまま何も言わずに去るべきだ。
うん、本人も救急車はダメと言っているなら大丈夫だろう。振り返らずにさっさと行こう。
後ろの方で大きく息を吸い込むのが微かに聞こえる。何だ。何をする気だ?
「お待ちいただけませんか!!発情色魔!!」
…それはちょっと違うだろ…
その思いとは裏腹に路地中にあらぬ言葉が女の声で反響していった。
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