2章

第24話 新刊

 陽の光が背中に当たり、優しい熱が背中に伝わってくる。上に黒い服を着ているという事もあってか、より暖かく感じる。気温もちょうど良い。蒸し暑いわけでも乾燥した暑さでもない。熱気が肌に纏わりつかない涼しい気温だ。一言で言うならばいい天気だ。


「これが続けばな…」


 今日はきっとこの夏で一番過ごしやすい日だ。これが続けばと思うがそう上手くはいかない。きっと今日限りだ。


 今日が終わればまた空の機嫌が良くなるのを祈るしかない。今日これだけ機嫌が良いのなら、明日からはまた蒸し暑かったり、大雨が続いたりするんだろうな。


 外に出たのが今日で良かった。別に雨でも良かったが、晴れていた方がなんとなく気分は良い。

 

 さらに今日欲しいものが買えるとなれば自然と気分は一段階上がる。気分が二段階上昇することなんて滅多にない。久しぶりにハイテンションになっているのが自分でもわかる。


 というのも今日は待ちに待った新刊のライトノベルの発売日なのだ。


 ずっと追いかけている作家さんの小説が読めるとなれば誰でも気分が上がるだろ?それで気分が上がらない奴なんて俺は見たことが無い。もしそんな奴がいたらそいつはきっと人間じゃない。


 家から書店までは歩いて十五分だ。自転車を使えば五分で着くが、それでは勿体ない。


 時間は誰に対しても平等に流れている。だからこそ、時間を有意義に使わなければならないと考える人もいるだろう。そういう奴らは大抵時間の短縮だけを見ている。そんな奴らから見れば俺は五分を十五分にした愚か者に見えるだろう。


 けどこのワクワクとドキドキが混ざった不思議な気持ちはライトノベルを買いに行くときにしか味わえない。そんな気持ちを五分で終わらせるのは勿体ない。


 時間の短縮だけを見ていたら失ってしまうものがある。きっとこの気持ちもその一つだ。この気持ちを一度失ってしまうと元には戻れない気がする。だから俺はこの気持ちを大事にするためにも無駄に時間を使う。


「ま、人によるか」


 人によって時間のとらえ方は違う。そして、時間の使い方も人それぞれ。俺が口出しをするものでもない。


 無駄なことを嫌う人もいれば俺みたいに無駄が好きな人だっている。それぞれがきちんと住みわけがなされていれば特に問題は起こらない。偶にその境界を軽々踏み倒してくる馬鹿がいるけどな。


 ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、午後二時。家で腹ごしらえはしてきたものの、少し小腹が減ってきた。


 今から向かう書店には本を売る店とドーナッツを売る店がそれぞれ一つの建物の中に入っている。

 ドーナッツ屋には買った本がその場で読める様に飲食可能なスペースがある。時折利用するのだが、今日は別にそういう気分じゃない。家でゆっくり読みたい気分だ。


 しかし、一度ドーナッツのことを考えると無性に食べたくなってきた。


 本を買うついでにドーナッツを買うのも良いな。久しぶりにエンゼルフレンチにオールドファッションが食べたくなってきた。財布はまだ余裕そだ。ドーナッツ二つくらい買っても問題ないはず。


 家には確かアイスコーヒーもある。ドーナッツを食べながらアイスコーヒーを飲み、ラノベを読む。


 最高の一日の過ごし方だ。一度思いつけばその過ごし方が頭から離れない。これはもうやるしかない。


 気が付くと書店にもう着いていた。何故か足に軽い疲労感がある。不思議に思うが俺のことだ。きっと自分でも知らず知らずのうちに早歩きになっていたのだろう。


 書店を目の前にするとワクワクとドキドキが最高潮になるのを感じる。この気持ちと別れるのは名残惜しいが、それ以上に早く新刊が読みたい。早く本の重さを味わうためにも早く中に行って買ってこよう。

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