第23話 金城

「ね、匠郁君?まだしらばっくれる気?」

「……」


 やっちまった。何だって俺の名前があるんだ?俺が入れた覚えは全くない。ラミネート加工用の道具なんて家には無いし、そもそもそんな手間をかける俺じゃない。いったい誰が?・・・いや、複数人心当たりがある。


「あいつら…!!」


 色々手伝ってくれたことには感謝しているが、過保護が此処まで来るとは予想できなかった。俺は幼稚園児か。


「わかった、分かった!!認める。そのアタッシュケースは俺のだ。でも、それがなんだ!!金は俺の物じゃない!!はい、終わり!!」

「滅茶苦茶になってるけど…」

「うるさい!!」


 支離滅裂になっているの自分でも分かっている。けど、この話を早く打ち切らないと金城から何を要求されるか分からない。それは出来るだけ避けたい。


「じゃあ」

「待ちなさい」


 だよな。やっぱそう簡単にはいかないか。一体何をしたいんだ?


「何?」

「君は私に勝手に背負うなって言ったよね?」

「またその話?確かに言ったよ、それが?」

「君がそれを守らないのもおかしな話でしょ?だから」

「だから?」

「君にもそれを守ってもらおうと思ってね」

「守ってもらう?おい、まさか…」

「そう、借金相手は君だったことにする。そうしたら君は私に言ったことに説得力を取り戻せるし、私は君に借金を返すことで君に背負わせること無く、自分で背負うことができる。ね。お互いウィンウィンな関係でしょ?」


 それはお前だけだ。俺からしたら全然ウィンウィンじゃない。バッドバッドだ。俺はそういうつもりで肩代わりしたわけじゃない。ただ前に進んでほしいだけだ。けど、どうやらこいつはそういうのに納得がいかないタイプのようだ。進んで後悔を選ぶ馬鹿。本当の馬鹿だ。でも…


「…返せるのか?」

「頑張る。けど、利息があったらちょっとキツイけど…」

「金儲けじゃないんだ。利息なんて必要ねぇよ」

「じゃあ大丈夫。絶対に返せる」


 別に返さなくても良いんだが、返す気があるのに俺が止めるのも変な話だ。今はただ頷いておこう。


 こいつが借金をした理由はもう既に調べてある。結論から言えば、こいつの借金はこいつ自身の借金じゃない。借金したのは間違いなくこいつだ。でも、借金した理由はこいつのせいではない。


「聞いていいか?」

「何?」

「自分の借金じゃないのになんでそこまで頑張れる?自分で使ったわけでもないだろ?何でそこまで頑張れるのか俺には分からない」

「私の借金だけど?」

「それは形だけだ。借りたお金は全部、弟の学費に使ったんだろ?」

「…私、君にそれ言ったっけ?」

「いや、勝手に調べさせてもらった。悪いな」


 見も知らずの他人に理由も聞かずに二千万という大金を渡すことなんて出来ない。俺は聖人じゃない。ただの人間だ。理由も調べずに貸すほどお人好しじゃない。


「なら話してもいっか。弟は奨学金を借りようとしたんだけど…」

「母親が拒否したんだろ」

「よく調べたね。そう、あの人が認めてくれなかった…」


 そう、学費が足りないなら奨学金を借りればいい。普通ならそう考える。しかし、そこには落とし穴が一つある。親の承認だ。奨学金制度を実施しているどこの機関も親の証明書が必要になる。その証明書が無ければ奨学金も何もかも借りられない。一種の人質のようなものだ。もし借りた本人が返せなかったら親に矛先が向く。連帯保証人とは名義されていないが、連帯保証人となんら変わりない。ズルい所だ。


「あの人は大学に行く必要は何処にも無いって言って拒否したの。でも、弟、ハルは行きたがってた。あの人は絶対に学費を出してくれないから」

「だから、闇金に借金をしてでも学費を捻出した。だろ?」

「うん。私の貯金だけじゃ足りなかったからね。闇金に頼るしかなかった…」


 奨学金と言っても現代の奨学金は本来の意味を失っている。ただの金貸しと一緒だ。奨学金制度なんて何年も前から崩壊している。こいつの母親は金城の弟が借金を返せなくなり、自分が返さないといけなくなる事態を避けたかったのだろう。だから、拒否した。理由は分からなくも無い。まぁ、理由はそれだけじゃないと思うが。


「私はお姉ちゃんだからね。これくらいはしてあげたかった」

「…そうか、充分姉を全うしてるよ、お前は」

「そう?ありがと」

「で、弟は大学に行ってるってわけだ」

「そう。家も何もかも私の方で手配したから問題は無いと思うんだけど、こんなことになっちゃったからね。今どう過ごしてるか分からないんだ。元気でやってると良いけど……」

「大丈夫だ。こっちでも確認したけど、元気そうだったよ」

「…君と会ってからそんなに時間は無かったのによくそこまで調べられたね?」

「ちょっとそういうのが得意な知り合いがいるんだ。そいつのおかげだ」


 俺は何もしていない。情報が手に入ったのはあいつのおかげだ。今度飯でも奢らないとな。


「闇金とはいえ借りたお金だからね。仕事を複数掛け持ちして返してたけど、途中で利子が圧迫しちゃって返せなくなったの。それで取り立てに来た次元と裕吾に追いかけられて」

「あの状況だったってわけか」

「そういう事」


 調査結果を見た時は信じられなかったが、読んでいくうちに信じるしかなかった。あまり人の家庭をどうこう言うのは良くないんだが、それでも最悪な家庭だった。いや、家庭と呼べるものですらなかった。よく今まで生きてこられたなと俺でも思ってしまうほどだ。


「生きることを選んだ感想は?」

「何それ?」

「死ぬ選択肢だってあっただろ?それをわざわざ跳ね返したから今お前は俺と話してる。どうだ?」

「…最悪。人生の中で二番か三番目に来るくらいには最悪」

「なら一つアドバイスしてやる」

「?」

「それ、ずっと続くから」

「それってアドバイス?」

「出来る限りのアドバイスだよ」


 先輩として出来る唯一のアドバイスだ。その精神はずっと続くものだ。薄れることはあるが無くなることは無い。一生付き纏うものだ。耐えるしかない。生きることを選んだ以上途中で死ぬことも許されない。それが生きることを選んだということだ。これからは生き地獄だ。死んでいるのに生きないといけないんだから。


 後悔はしても良い。しても何も変わらないから。ただひたすら苦しい道になる。それでも進まないといけない。醜く、泥臭く他人にどう見られようがひたすら前へ。


「覚悟はもう出来てるんだろ?」

「うん、頑張って生きてみる。ありが…」

「止めろ、その言葉はまだ違う」

「…これからよろしく」

「よろしくってわけでもない。俺とお前は債権者と債務者の関係だ。そんな関係なのによろしくはなんか違うだろ」

「じゃあ何て言えばいいの?」

「何も言わない。それが一番いい」

「…」


 それでいい。お互いを気にしない方が一番気楽だ。


「話はもう終わったか?それじゃあお前は家へ、俺は俺の家に帰る」


 挨拶するような間柄ではないと言ってしまった手前、こちらから挨拶するわけにもいかない。腹も段々と不機嫌になってきた。さっさと追い払って飯を食いに行こう。


 金城の前を通って飯屋に行こうとすると、


「待って」


 と言って金城は俺の前に立ちふさがった。


「まだなんかあるのか?」

「債務者を監視無しで野放しにするの?」

「そこまで拘束しなくてもお前は返そうとするだろ?なら必要ない」

「債務者は債権者の目の届くところにいるべきじゃない?」

「いや、そうは思わないけど…」

「という訳でお世話になるね」

「は?」


 最後の最後に金城は俺に向かって爆弾を投げてきやがった。それは何か?俺の家に居候をするって意味か?


「ふざけんな!!自分の家に行けや!!」

「私の家なんてもう無いし、実家には帰れないの。弟の邪魔をするわけにもいかないしね。行ける場所なんて此処しかない」

「絶対に嫌だ!!」

「お願い。仕事と家を確保するまでの間で良いから。さもないと」

「さもないと?」

「女友達いっぱい連れてくるよ」

「……」


 脅しじゃんそれ。するなら俺がするのが普通じゃない?


 やってみろとは言えない。言ったら本当にこいつはやりそうだ。それが一番怖い。こいつと話しているだけでも結構精神がキツイ。それなのに見知らぬ女が大量に来るって考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。その状況を避けるには金城を俺の家に居候させるしかない。だが…それはあんまりだ。


「……」


 拝啓、くそったれの神様へ。あなたを信じてはいませんでしたが、これからはあなたのことをもっと憎むことになりそうです。よりにもよって女ですか?女が嫌いな俺に?


 ただ腹が減ってコンビニに出かけただけだったのに、一体どうしてこんな結末になるんだ?途方に暮れて見上げた空は薄い雲に覆われ、星は見えない。どうやら希望も無いみたいだ。この先、晴れることを祈って空を睨んでおこう。


 雲は未だ晴れる様子はない。いつかその雲が晴れる様に。

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