第22話 その思い裏腹に
病院を出ると空は昼間のすっきりするような青色を失くしていた。すっかり話し込んでしまったようだ。陽が落ち始め、淡いオレンジ色が空に広がっている。一日ももう終わりを迎えるという事を空が知らせているようだ。
「終わったな…」
この件は多分一件落着だ。女に出会うという最悪のスタートだったが三日で終わらせることが出来たのは幸運だっただろう。馴染みの組織という事もあって調べやすかったこともあるが、何より金城から情報を聞き出せたのが大きかった。
もし聞き出せなかったらもう少し時間がかかっていただろう。それを短縮できたのは運が良かったとしか言いようがない。まぁそもそも
「運が良かったらこんなことに巻き込まれないけどな」
そのはずなんだが、毎回何かしらに巻き込まれる。しかし、変なところで運が良いせいで文句を言う前に物事が進んでしまう。それのせいで運が良いのか悪いのか自分でも未だに分からない。
「ま、いっか。解決したし」
解決したのだ。それ以上深く考えてもしょうがない。それだったら今日の夕飯でも考えた方が時間は有意義に使える。
「そうだ!!夕飯どうしよう?」
家には自炊用の食材が一週間分は用意してあるが、そのどれもが消費期限が長いものばかりだ。流石に色々あって疲れている。自炊という気分でもないし、今日くらいは外食にするか。そうと決まればすぐに行こう。
「何食べようかな?」
少し肌寒い。温かいものが良いな。ラーメンとかうどんが良いな。となると家の周辺にいくつか行ってみたい飯屋がある。とりあえず家の方に向かうか。
解放感が心地いい。背負うものは増えるばかり。減ることは滅多にない。今回は珍しく減ったケースだ。それのせいか少しだけ気分が上がっている。今なら何でも出来そうだ。
そんな気分で家に向かえばあっという間に家が見えてきた。目的地は家よりももう少し先に行った場所だ。だから今はただ通り過ぎるだけだ。そのはずだったが…
「お前…どうしてここに?」
目を疑いたくなる光景だった。家を通り過ぎようとしたら、何故か家の前でアタッシュケースを片手に金城がどこか納得がいかなそうな顔で誰かを待っていた。いや、誰かじゃないな。間違いなく俺だ。それ以外に俺の家の前で待つ意味が無い。一体何の用だ?もう終わったはずだよな?
「ようやく来た!!ずっと待ってたんだけど!!」
「お前の事情何て知らねぇよ…。何の用だ?お前が此処にいるってことは借金は解決したんだろ?だったら此処に戻ってくる理由なんて無いだろうが」
「してない!!」
「何が!?」
「何で君が私の借金を背負うの!!あれは私の問題でしょ?どうして…」
「…一体何の話をしてるんだ?」
「惚ける気?」
「惚けるもなにも、何の話か分からないんだから惚けようがないだろうが」
「アタッシュケース。これ君のでしょ?」
力強く俺に向かって金城はアタッシュケースを突き出してきた。そんなに突き出さなくても見えるっての。
「違う。お前の忘れ物だよ。俺はただそれを届けただけだ。お前がボケてるだけじゃないのか?」
「絶対に違う。そんな忘れ物があるわけないでしょう!!」
「やかましいな…。間違いなくお前の忘れ物だよ。そんなアタッシュケース俺には見え覚えはない。だったらお前のものになるだろ?」
「私のこと馬鹿にしてるの?」
「いいや、全く。俺はただ事実を述べてるだけだよ」
認めても別に良いのだが、認めたら認めたで面倒なことが起こりそうだ。しらばっくれてた方が大人しく終わりそうだ。知らないふりで誤魔化せばこいつも諦めて帰るはず。
「解決したのならそれで良いじゃん。何が気に食わないんだ?」
「私の問題を勝手に背負われたこと」
「誰が?」
「君が!!」
「背負ったつもりなんて無いけど?」
「君は人の分まで勝手に背負うなって私に言ったよね?」
「聞けよ…」
俺の話など聞くつもりは無いようで金城は話し始めた。突貫工事にあっている気分だ。
「言ったよね!!」
「疑問形じゃないじゃん。いや、まぁ確かに言ったよ?でもそれがなんだよ?」
「君は私に背負うなっていったのに、君は何をした?」
「何も?」
「勝手に私の分を背負ったでしょ?」
「頼むから聞いてくれよ…」
「人にはそう言うのに、君自身はそれを守らないの?」
「……」
正論だ。言った奴がそれを守らないのは説得力が無い。でもその話の前提は俺が勝手に金城の問題を背負ったという事だ。間違いなく事実はそうだ。けど、認めるわけにはいかない。認めたらそれを理由に詰められそうだ。それはあまり良くない展開だ。
「その話の前提にあるのはアタッシュケースの持ち主が俺だったらだろ?じゃあ違うな。そのアタッシュケースはお前の物だ。お前はお前自身でその問題を解決した。良かったじゃないか。ほら、これでこの話は終わり。はい、バイバイ」
「へぇー。そういうつもりなんだ、そう。君が認めるつもりが無いのは良ーくわかった」
何だろう。何か嫌な予感がする。何でだ?金城と話している中でボロを出した覚えはない。なのに、なんだこの嫌な予感は?それに、金城が俺の話を聞いて何か覚悟を決めたかのような顔も気になる。段々と怖くなってきた。
「ほら、これ見て!!」
「これ?」
そういって金城が俺に見せてきたのはアタッシュケースの中だ。中にはまだ札束が五つ残っていた。だが、それだけだ。どこにも変なところは無い。自慢でもしに来たのか?
「自慢か?」
「違う。ここ」
そういって金城はアタッシュケースの中から札束を全て取り除いた。すると、薄い板のようなものが見えてきた。それでもただの仕切り板だ。俺もそれがあるのは知っているが、わざわざ注目するものじゃない。金を入れるのに仕切り板を使うのも馬鹿らしいから札束を置く下敷きにしておいたそれがどうしたんだ?
「これ取れるの知ってる?」
「いや、別に知らなくてもそれくらい分かるだろ?」
「じゃあこれ取ったこと無いんだ」
「?」
このアタッシュケースは家のあったものを適当に引っ張り出してきたものだ。だから別に仕切り板を取ったところで何もない。ただアタッシュケースの骨格が見えるだけだ。
「君、変なところで抜けてるね」
「それはどういう?」
「見ればわかる」
金城はそれだけ言って仕切り板をアタッシュケースから取った。だから取ったところで何も…。あれ?なんかあるぞ?
よーく見てみると名刺のようなものがある。どうやらアタッシュケースの骨格と仕切り板の間に挟まっていたようだ。しかし、何だそれ?俺はそんなもの見たこと無いぞ。
「見てみなよ」
そう言われては見るしかない。案内に従って名刺のようなものを手に取って見てみる。ラミネート加工でもしているのか名刺のような物の手触りは紙の手触りではなく、プラスチックの手触りがした。
今見ている面には何も描かれていない。手首を使って裏返しにすると
『村澤 匠郁』
と見やすく大きな文字で書かれていた。
「あれ!?」
「君のアタッシュケースだよね?村澤君、いや
勘弁してくれよ…
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