第21話 思い
「その話を続けるつもりなら俺は帰るぞ。その話を今更しても何も変わらないし、変えるつもりもない。話すだけ時間の無駄だ」
「…分かった。これ以上は何も言わない。けど一つだけ言わせてくれ」
「本当に一つだけなら」
「あの子はお前のことを恨んで無かったぞ!!だから…」
「そんなわけない。だとしたらあの時の行動は何だったんだよ!!恨んでるに決まってる」
「ちが…」
「一つだけって言ったろ。約束は破るもんじゃない」
「…」
何もしゃべらない。何も話さない。お互いに配慮すべきことが分かっているからこそ、何もしない。あれはもう終わったことだ。話したところで何も変わらないし、この後悔が消えることは無い。だから、時間の無駄だと言ったのに。
おっちゃんは自分から話し出した手前、自分から話すのは気まずいのだろう。口を開こうとしては閉めるという傍から見たら腹話術の人形のような状態になっていた。仕方ない。俺から話を切り出そう。
「それで一体何が起こってこんなことになってるんだ?」
「あぁ、いや、ちょっとな」
「濁すなよ。此処まで来たんだ。少しくらい俺に事情を説明しても良いんじゃないか?」
「話を聞いても何もしない?」
「しないよ。もうそういうのは勘弁だ。分かってるだろ?」
「ならいっか、組内でな考えが対立したんだ」
「組の運営で?」
「そう、俺はこのままでいいと言ったんだが、若い衆がそう考えてなかったみたいでな。それでこのざまさ」
「ざまあないな」
「ひでぇな、心配してくれないのかよ」
「心配はしたさ。けど、そんなんでくたばるお前じゃないだろ?」
「まぁな」
やはり組内での対立が原因だったみたいだ。あの会計が社長と呼ばれているわけだ。社長なんて聞いた時は自分の耳を疑ったが、事実だったとはな。
「それで?これからどうするんだ?」
「どうしようかね…。別にこのまま引退しても良いだけどな」
「組は良いのか?」
「うーん、今さら取り返したところで若い連中はついてこないしな。俺も歳だ。これを機に引退しようかね…」
「あの古岡がここまでとは。歳はとりたくないね」
「若造が何言ってんだ」
古岡の口調は厳しいが、頬はなぜか微笑んでいた。古岡も色々と背負い込んできたものがあるのは俺も知っている。その重荷から解放されるとなれば思わず頬も緩んでしまうのだろう。
「それで?」
「?」
「お前さんは何が原因で組の方まで行ったんだ?」
「…ちょっと他人の問題に巻き込まれてな」
「いつものやつか」
「いつもって何だ!!俺だってこんなことになるなんて思わなかったよ!!」
「まあまあ、それで?何に巻き込まれたんだ?」
「借金問題。そっちの若い衆が一般人相手に金貸し始めたみたいでな。そのとばっちりというか、なんというか…」
「一般人に貸し始めただって!!グッ、痛った…」
「ほら、無茶しない。安心しろ。あれはすぐに失敗するよ。止めるまでもないさ」
「本当か?」
「本当だ。すぐに目をつけられて壊滅するだろうな」
「なんか複雑な気持ちだな…」
「逆に考えろよ。そうなる前に形はどうであれ、抜けられて良かったってな」
長年指揮してきた組が無くなる心情はお察しするが、一般に手を出したのならそこまでの命だ。すぐに壊滅させられるだろう。
「はぁ、いや、仕方ないか。被害が広がる前に壊滅するだけ良しとしよう。うん、そう考えよう」
「全然納得できてないな…。ま、頑張れ」
「頑張るわ。それと」
「なんだ?」
「ありがとう。色々と面倒をかけたな」
「俺も恩があるからな。それくらいはするさ。組の方は俺の方でも様子は見ておく。何か変なことがあったら連絡するよ」
「何から何まで悪いな」
「気にするな」
これくらいは朝飯前だ。気にされたら逆にこっちが気を使ってしまう。元々そういう間柄だ。俺の前でくらいもうちょっと気を許しても良いくらいなんだけどな。
「どれ、そろそろ帰ろうかな」
「もう?」
「いや、結構話したと思うけど?」
「そうか?そうか」
古岡に背を向け、ドアの方に向かう。話すことも話し終わった。これ以上話も無いのにまさか病室に居続けるわけにもいかない。他の見舞客も来るかもしれない。用が終わったのなら退室した方が良いだろう。
「それじゃお大事にな」
「おう、大事にするよ」
これで一件落着だ。金城の方はもう新しい人生を始めているだろうし、古岡組もそのうち潰れる。おっちゃんも一応元気だ。組が無くなるのはドンマイとしか言えないが、それもそのうち吹っ切れるはず。比較的丸く収まった方じゃないか?次元に逃げられたのは痛いが、そのうちあいつらに捜索させよう。そうしたらそのうち見つかるだろう。だからほぼ解決したようなものだ。
これでようやくゆっくりできる。そのはず。だよな?
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