第20話 古岡
コンビニで色々と買って病室まで向かう。確か三百五号室だ。右手に購入した商品を入れたレジ袋を持ちながらそこまで向かう。病院内は嬉しいことに複雑な構造ではない。部屋の番号さえ分かっていれば後は歩くだけだ。
周囲に気を配りながら病院内を散策する。病院の中もやはりというか白色が空間のほとんどを占めていた。目が白色のせいで点滅していて、この空間が俺にはどうも眩しく見える。まさか、目を瞑って歩くわけにもいかない。今は眩しさに耐えることしか出来ない。
眩しさに耐えていると部屋番号毎に区切られた部屋が見えてきた。恐らく此処だ。一番初めに見えてきた部屋の前には部屋番号と名前が設置されている。初めに見えた部屋番号で三百一。という事はこの三つ先におっちゃんが入院しているはずだ。
四つ先ではないのは此処が病院だからだ。患者の部屋で死を連想させる四という数字は使われない。患者に少しでも配慮するという気持ちがあるからだ。
日本人はそういうところに気が回る。細かいところまで考えられるという事だが、裏を返せば考えすぎという事でもある。俺は考えすぎだという派閥だ。そういうところを考えすぎて本来の意義を失っている気がするのは俺だけだろうか?
四という数字を使って実際に人が死んでいるのなら使うべきではない。だが、そんな例はあり得ないだろう。数字が人に襲い掛かってくるってあまり無い。
だから、気にせずに四という数字を使ってほしい。そこまで避けるのは流石に意識しすぎではないかと思ってしまう。四が死になることは無い。死は死だ。それ以外にはなりようがない。恐怖を携えて死は現れる。四にはそんなことは出来ない。四と死は別物だと考えてほしいのだが…
「ま、無理か」
これもある意味では日本の伝統だ。急には変えられないし、変わっても変だ。理由は問わずに現在まで伝わっているものを大切にする。これが日本人の精神だ。良い所も悪い所も内包している。
そんなことを考えていれば三百五号室までついた。ドアの周辺にしっかりと『古岡』とネームプレートがあるのを確認する。間違えて違う部屋に入ってしまった何て目も当てられないからな。
ドアは横にひくタイプのドアでそこまで力はいらなそうだ。左手を使ってドアを横に引く。一応、覚悟を決めて声を出す。
「久しぶり。元気か?」
「……」
返事がないただの屍のようだ。
「勝手に殺すな!!」
「あぁ、生きてた」
「病人の前でそれは無いだろ…」
「なんだ意識もちゃんとある。どっからどう見ても健康そうだな」
「見た目はな」
本当に病人かと疑いたくなるような溌溂とした声で古岡は返事をしてきた。古岡の顔は顎髭に覆われていて、まんまサンタみたいな顔だった。髭は白くないけどな。
「どこをやったんだ?」
「ちょっと内臓をな」
「手術は?」
「無事成功したよ。だが、まだ合併症の心配があってな。それでしばらく絶対安静と経過観察を兼ねて入院しているってわけだ」
「…そっか。なら、安心か?いや、まだ安心できないのか?」
「とりあえず大丈夫みたいだ。執刀してくれた医者が良い腕を持ってみたいだ。時々痛むけど、あと一か月様子を見たら退院できるらしい」
とりあえず命の危機は脱したみたいだ。まだ合併症の心配があるとしても病院にいる間は迅速な処置をしてくれるだろう。すぐにくたばることはなさそうだ。
「そうだ!これ。何が良いか分からなかったから、リンゴと飲み物」
「おおー、差し入れか。お前も気が利くようになったな!」
「最初からそうだった気がするけど?」
「そんな奴は氷もってこいと言われて液体窒素を持ってきたりしないぞ」
…勘弁してくれ。それをやったのはだいぶ前のことだぞ。氷を持ってこいと言われたが、近くには何も無かった。だから、液体窒素のボンベを持っていった。ほら、氷よりも液体窒素の方が冷えそうだろ?
「あれは…それが良いかなって思ったんだよ。あんまり昔の事掘り下げないでくれよ…」
「いや、成長したなって言いたかったんだ。立派に育って…」
「止めろ止めろ!何か死亡フラグみたいだ」
「おっと、確かにそれっぽいな」
「元気そうなら良いんだ」
「…お前が此処まで来たのはそれを聞くためだけか?」
「なんだよ急に?そうだよ。逆にそれ以外の理由があるか?」
「お前だからな」
それは信頼しているのかしていないのかどっちだ?返答によってはちょっと落ち込むんだけど?
「勿論、信頼しているさ。信頼しているからこそ、お前がわざわざ見舞いのためだけに来るわけないと分かるんだよ」
「本当にそれだけだよ」
「組の事気になったんじゃないのか?だから、聞かなくても良かった俺の居場所をあいつから聞いたんだろ?」
「…少し、ほんのすこーしだけ気になっているのは確かだけど、今日の目的は本当に見舞いに来ただけだ。後悔するのだけは勘弁だからな」
「後悔ね…」
「なんだ?」
「…辛くないか?あの日をまだ後悔してるんだろ?」
「触れるなよ」
辛いと思ったことは一度もない。あの日を何度思い返しても浮かぶのは自分の無力さ、ちっぽけさ。そして、自分が死ぬべきだったという後悔だ。
苦しみから逃れるために死を選んではいけない。自分で自分を苦しめるために今、俺は生きている。だから、辛くない。むしろ、苦しさが心地良い。自分は許されるべき存在ではないと認識出来るから。
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