第18話 心配と後悔
眩しい。古岡組のビルから出て思ったことはそんなくだらない感想だった。ビルから出た俺を襲ったのは日の光だった。サングラスも何もしていない俺はただ目を細めて、入りこむ光の量を調節することしか出来ない。そんな太陽に苛立ちを覚えるが、この苛立ちをぶつけられるような相手でもない。出来ることと言えば目をつぶったまま睨みつけることだけ。
「…」
何か俺が間抜けみたいだ。ま、いいや。聞きたいことも聞き終わったし、忘れ物も渡した。次元を逃がしたのは痛かったが、いつか会えるだろう。そんな気がする。
体が誰かに圧し掛かられているかのように重い。緊張したわけでもないのに何でこんなに疲れているのだろうか。やっぱり、慣れないことはするもんじゃないという事か。
自分らしくないことをしているのは分かっているが、あんな事情を知ってしまえば少しは手助けもしたくなる。面と向かっては絶対に言わないが。
忘れ物には二千万を入れておいた。いや、入っていたの方が正しいか。忘れ物だし。大体千五百万は返済に充てるとしても、五百万は余る。それを元手にすれば人生は切り替えられるだろ。
棒に振るのも、切り替えに使うのもあいつ次第だ。そこまで俺が関わる必要はない。後は勝手にすればいい。
けど、今までの話の前提はあいつが生きることを選択した場合の話だ。生を選ぶのか死を選ぶのか、それは俺には分からない。俺は女が嫌いだ。これだけは何があっても変わらない不変の事実だ。だけど、一人の人間としてはあいつに生きることを選んでほしい。
死が解決になるとは限らない。死ぬことがむしろ最悪の結末を導いてしまう事もある。だったら醜くても、苦しくても生きてくれ。生きていればそのうち解決するとまでは言わないが、何かしら手に入るものがある。手に入れた物がいつかお前を救ってくれる。
…ちょっと待て。俺は何でこんなこと考えてるんだ?
「アホらし…」
考えたところであいつに伝わるわけでもない。真剣に考えていた自分が馬鹿みたいだ。気分を切り替えよう。
「さて…」
あの会計はおっちゃんが入院しているのは市立病院だと言っていた。時間もあるし、面会にでも行くか。色々とお世話になった恩もある。恩知らず野郎にはなりたくはない。
おっちゃんの状態がどんな状態なのかは分からないが、会計曰く、一応生きていると言っていた。この一応は一番怖いパターンだ。会えばよかったと後で後悔しない為にもさっさと病院へ行こう。
市立病院は市内には一つだけ。此処からなら歩いて十五分だ。面会時間には充分に間に合う。様子を見てこよう。
「っと、そうだった…」
危ない。忘れるところだった。ジーンズのポケットからスマホを取り出して、通話アプリを起動する。履歴を探せば…
「あった」
探していた連絡先が見つかる。とりあえず終わったと連絡しておこう。じゃないと面倒臭いことになる。実際にそれで面倒ごとが一つ起こったことがある。
「もしもし?…ああ、とりあえず終わった。うん?いや、要らない。何も無かったぞ。怪我もしてない。大丈夫だよ。……分かった。分かったって!うん。また連絡する」
通話を切る。心配性な奴らだ。大丈夫だって言ってるのにちっとも信じてくれない。心配してくれるのはうれしいがここまで過保護だと少し気持ち悪い。
「悪いやつらじゃないんだけどな…」
それは間違いない。急に連絡を入れても何も言わずに対応してくれた。怒っても良いのに何も言わずに協力してくれた。俺には勿体ないやつらだ。感謝しないとな。
まだ日は眩しいが、不思議と苛立ちは感じない。今はただこの眩しさが嬉しい。我ながら現金な奴だとは思うが、否定したって何もない。少しくらい素直に認めても良いはず。
そこまで考えて急に恥ずかしくなってきた。俺は誰に言い訳してるんだ?さっきと同じことを繰り返している。人間ってそんな簡単には学ばないんだな。自分で学べた。自分の馬鹿さ加減も理解できてしまったが。
「…行こ」
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