第17話 大馬鹿

 上蓋を開けると目に移りこんできたのは、大量の札束だった。手に取って確認してみても、本物。間違いなく偽札じゃない。その札束は二十束ある。だから…


「二千万」


 社長は闇金らしく札束の数を一目見て幾らあるかを瞬時に導き出していた。これが二千万?私が借りた額の四倍だ。足は震えだし、目の前は陽炎のように揺れている。五百万を借りた時でさえ、頭が痛くなるくらいに緊張していた。それがその四倍の額のお金が急に目の前に現れたら、こうもなる。


「ほーう…」


 社長は目を鋭くし、お金を観察している。私はまだじっくりとは見られない。急に目の前に現れたのもそうだが、まだ現実を受け入れられない。このお金は間違いなく私のものじゃない。彼は忘れ物と言っていたが、私はこんなものを忘れた覚えはない。困惑しつくしている私の見て、社長は何かを思いついたようで私に向かって言ってきた。


「今ここには二千万がある。君が借りた五百万+利子で、君の借金額は千五百万だ。このお金を使えば君は借金を完済できるよ。どうする?」

「どうするって…」


 このお金で借金を今返せと言っているの?私のお金だったら今すぐにでも返す。でも、これは絶対に私のお金じゃない。このお金で返してしまうと後で絶対に後悔する。


 だからと言って返済しないというのも変な話だ。目の前には返せるだけのお金がある。そして、借金から逃げてきた私だ。本来ならどんな手段を用いても返さないといけない。でも…


「なぜ悩むんだい?それは君のものだろ?だったらそれを使って返せば良いじゃないか?それとも、これは自分のものじゃないと返済を拒否するのかい?その場合はあの契約にサインしてもらうけど?」


 社長は悪魔のようにこちらに語り掛けてくる。私に二択を選ばせるつもりみたいだ。社長が決めればいいのに、わざわざ私に選択させることが最高に厭らしい。


「俺としてはどっちを選んでもらっても構わないからね。どっちも同じなら違う人に選択肢を委ねる。当たり前だろ?」


 納得できてしまう自分が嫌だ。でも、同じ状況なら私もきっとそうする。それが今になってはこんな風に私を苦しめるとは。次にこんな機会があったら他人に選択肢を委ねるのは止めよう。こんな気持ちにはもうなりたくないし、させたくない。


 決心はつかない。だって、私のお金じゃないと分かっているのに、どうして我が物顔で使えるのだろうか?どんな手段を用いても返さないといけないはずなのに、心が決心にブレーキをかけている。


 自分の行動の結果には自分が責任を持たないといけない。そのはずだったのに、彼を巻き込み、挙句の果てに彼にこうして結果的に借金の肩代わりのような真似までさせてしまった。どの選択肢を選んでも後悔は絶対にする。それくらいは私でもわかっている。だけど、一生悔いが残るような後悔だけはしたくなかった。


 私の目の前には自分で責任を持って死ぬか、彼に借金を背負わせるという二択が存在する。究極の二択だ。簡単に選べるのは自分が死ぬ方だ。その方がきっと楽だ。


 でも、ハルが気がかりだ。私が死んだあと、ハルは大丈夫だろうか?あの人に捕まったりしないだろうか?ハルのことを考えたらここで死ぬわけにはいかない。なら、彼に借金を肩代わりさせるの?でもそれを選べば一生後悔する。それは間違いない。


 覚悟はしてきたはずだった。それでも目の前にこんな二択が表れるとは思ってもみなかった。


「やっぱり、人生って何が起こるか分からないね…」


 答えはもう目の前に。後は手を伸ばすだけだ。


「フゥー…」


 自分がバカだとは知っていたつもりだったけど、どうやらただの馬鹿じゃないみたい。大馬鹿みたいだ。そして、それは彼も一緒だ。後で文句の一つでも言わないと気が済まない。


 もう少し生きよう。生きてみよう。こんな自分でもまだ手を伸ばしてくれる馬鹿がいる。その馬鹿に文句を言うためにも、自分を許さないためにも。


 自分自身を許せない日もいつか来る。その時は自分を存分に責めよう。今、死を選んだら自分を許してしまう。そんな気がする。だから、苦しむためにも、自分を責め続けるためにも生きよう。


 醜く、泥臭く後悔しながら生きてみよう。酷い生き方だ。でも、私らしい。


 目も当てられないような覚悟も決心も固まった。後は口に出すだけ。


「これで返します!!」


 口に出せば早速、後悔が私を蝕む。心が重い。その重さが気持ち悪い。それでもその重さが何故か少し心地よかった。

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