第15話 背負うこと

「そんな話聞いてない…」

「だろうな。言うはずがない」


 社長の方を見れば彼の暴露を聞いてバツの悪そうな顔をしていた。どうやら本当のことのようだ。


「お前焦りすぎだろ。契約書はきちんと見ろ。じゃないと取り返しのつかないことになる。こんな風にな。まだハンコ押してないから良いけど、押してたらどうなっていたことか」

「だって…」

「だっても何もない。お前もお前だ。普通なら契約を結ぶ際に嘘をつくことは無いが、此処は闇金だぞ。法律も何もない。イリーガルな世界だ。真実なんてどこにも無い。それも口約束を馬鹿正直に信じる奴がいるかよ?」

「…だって君を巻き込みたくなかった」

「それが理由とでも?」

「君は私を助けてくれた。そんな人をこんなことに巻き込みたくなかった!!だから!!」

「すべてを一人で背負い込むと?お人好しもここまでくれば病気だな。おまえの分を背負うのは当たり前だ。それは勘違いしちゃいけない。だがな、俺の分まで勝手に背負うな。お前の言葉を借りるならそれこそ俺の問題だ。お前のもんじゃない」

「それでも君は私の手を伸ばしてくれた。だから…」

「待て。一つ言っておく。俺はお前を助けたつもりはない。情報が必要だったからお前を拾ったんだ。ただそれだけだ」

「それでも私は!」

「覚えておけ、人は人を救えない。勝手に救われた気分になるだけ。そんなものただの幻だ」


 絞り出すような声で彼は私に向かって言ってきた。いや、私に向かってではないのかもしれない。言葉の方向は私に間違いなく向いているが、誰かに言い聞かせているようにも聞こえる。


「喋りすぎた。とりあえずこの契約だけは止めておけ」


 言いたいことを言い終わったのか彼は視線を私から社長の方に向けた。反論してやりたいが、彼はもう私の方を見ていない。言うだけ無駄なことは明らかだ。


「次元に逃げられたのには腹立つがこの際仕方ない。二つ目を済ませよう。会計さん、あんたに聞きたいことがある」

「会計?さっきも言ってたけど、社長の間違いじゃなくて?」

「こいつは社長じゃない。いや、今はそうなのかもしれないけど、そうじゃない」

「どういう事?」

「何でお前に説明しないといけないんだ?」

「…」


 それを言われたら私は何も言えなくなる。また黙っているしかない。そろそろ少しくらい説明が欲しいと思うのは私だけ?


「組長を、あのおっちゃんをどこやった?」

「俺が教えるとでも思うかい?」

「その時は俺が動く。その意味が分からないお前じゃないだろ?」

「…お休みしてるよ」

「どこで?」

「市立病院」

「生きてるのか?」

「生きているという定義では多分」

「お前がやったのか?」

「違う。組全体の意志だ」

「最近、金集めに必死になっているのも何か関係が?」

「おっと、情報が早いね。まあ、関係しているね」

「…そういう事か。大体わかった。一言だけ言っておくぞ」

「なんだい?」

「止めておけ。は絶対に失敗するぞ」

「それでもやらないといけないんだよ」

「覚悟の上か?」

「勿論、覚悟が無ければこんなことしないさ」

「そっか…。なら良い。でも、一般人は止めておけ。そのうちどうしようもない事態を招くからな」

「君みたいに?」


 それから村澤君は黙ってしまった。その顔は何かを思い出しているかのようで遠い目をしていた。表情からはそれくらいしか分からない。けど、何かを後悔しているようにも、悲しんでいるようにも見える。


「聞きたいことは聞き終わったし、帰るわ」

「本当にそれだけ聞きに来たのかい?止めに来たとかじゃなくて?」

「邪魔になったら止めるけど、今はそういう状況でもないし。それに失敗するってわかってるのに、俺が無駄な仕事をする必要も無い。言ったろ。二つ用事があったって」

「……」


 それだけ言って彼は社長の方に背中を向け、出口に向かいだした。どうやら本当に帰るみたいだ。しかし、私の予想を裏切り彼は急にこちらの方に顔を向けて来た。


「そうだ。忘れてた。金城、お前忘れ物してたぞ」

「忘れ物?」


 私が何か忘れ物をしていると言い出してきた。忘れ物?そんなものあるわけが無い。だって、私は最初から何も持っていなかった。強いて言えば服くらい?今着ているのは彼から借りているものだ。当然、元々着ていた服は合ったけど、今それが何処にあるのか分からない。わざわざそれを持ってきたってこと?


「服のこと?」

「何言ってんだ?何でわざわざ服なんて持ってこないといけないんだ。そんな面倒なことするかよ」

「じゃあ何?」

「これ」


 そういって彼は私に向かって彼が持っているアタッシュケースを投げてきた。アタッシュケースは重力に一度は逆らって上に一瞬浮いたが、中身が重いのかすぐに重力に従って落ちてきている。私に向かって飛んできたアタッシュケースを両手でつかむ。もし、床に落ちていたら間違いなく床が傷ついていただろう。アタッシュケースはそう思わせるような重さだった。


「君のじゃないの?私こんなの持ってないけど?」

「間違いなくお前のだよ。惚けるな」

「惚けてなんか…」

「五月蠅い」


 そうして彼は部屋から出ていった。何か台風にでもあった気分だ。突然現れたと思ったらすぐに消えていく。でも台風のイメージとは裏腹に、部屋を出ていくときの彼の顔は何故か安心感のようなものに溢れていた。

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