第14話 ご対面

「久しぶり、会計さん。見ない間に随分出世したもんだな?」

「村澤…。なぜ君がここに?」


 脳がまだ現実を受け止めてくれない。何故ここに村澤君がいるの?それに、社長も今村澤と言っていた。私はまだ村澤君の名前は一度も話に出していない。知っているはずが無いのに知っていた。村澤君について何か知っているという事か?


突然の事態に理解が追いついていない私を余所に社長と村澤君は話し始めた。村澤君は右手には鈍く光っているアタッシュケースがある。結構重いのだろう。右上半身がアタッシュケース側に寄っていた。


「説明するのも面倒臭いくらいには色々あった。ダイジェストで説明しても一時間はかかるね」

「…おい、まさか。真希君を助けた人物って言うのは…」

「彼だけど…ちょっと待ってよ。何で彼の名前を知ってるの?」


 私の疑問など聞こえていない様子で社長は狼狽している。彼の姿を見てから社長は落ち着かない様子で目線をあちこちに動かしている。


「死んだはずじゃないのか?」

「勝手に殺すなよ。まあ、あえて言うならトリックかな?」

「亡霊が…」


 死んだ?亡霊?一体何の話をしているのか全然分からない。でも社長と村澤君は分かっているようで何も分からない私を無視して話続ける。


「なぜ此処に?まさか、この女を助けるためか?だとしたら随分変わったのはそちらじゃないかと言いたいんだが?」

「それこそまさかさ。あり得ない。女を助ける趣味は俺には無い」

「そこは変わらないんだな」

「当たり前だ。それは今後も変わることは無い。此処に来たのは二つ用事があったからだ」

「用事?一体何の?」

「お前の部下が俺にしちゃあいけないことをしたからその仕返しに来た」

「誰だ?」

「名前は知らんが、最近顎の骨折ったやついない?あの時の感覚的に折った感じがしたから、間違いなく最低でも顎を怪我した奴。知らない?」

「あの野郎…。余計なことしやがって!!」


 顎の骨?そう言えば裕吾が折れていると言っていた。まさか、裕吾の事?


「君が探している人物は裕吾という奴だ。最近馬鹿な真似をして顎を折ったと聞いていたが、まさか…。だが、もう充分じゃないか?それともまだ足りないのかい?」

「いや、そっちはもういい。問題はもう一人の方だ。そいつの保護者みたいなやつがいるだろ?」

「次元か?まさか、あいつは君のことを知っている。そんなヘマをするような奴じゃない!!」

「ところがどっこい。俺が此処にいる」

「あいつ…こうなることくらいわかってるはずだ。一体どうして…」

「さぁな。とりあえずはその次元?って奴を殴りに来た。これが一つ目だ」

「二つ目は?」

「…長くなる。まずは次元だ。どこにいる?」

「次元を呼べば帰ってくれるか?」

「いや、それは無いな。次元を一発殴り、二つ目の用事も終わらせる。この二つをしない限り俺は帰らないぞ」

「……おい!!次元!!来い!!」


 社長はフロア中に響き渡るような声で次元を呼んだ。とりあえず村澤君が此処に来た理由の一つは分かった。でもまだまだ謎だらけだ。聞きたいことは山ほどあるが、私が入り込めるような空気じゃない。大人しく空気に徹しよう。出来れば誰かにこの状況を解説してもらいたいけど。


 社長の大声と反比例してこの場が静寂に包まれる。誰も口を開こうとしない。私も勿論何も言わない。何もわかっていない私が何か言っても場が変な空気になるだけだ。黙っていた方が良い。けれど、幾ら待っても次元が来る気配はない。


「次元!!早く来い!!」


 社長の叫びは虚しく部屋に響くだけ。そんな社長が可哀そうに見えてきた。それこそまるで誰からも信用されていない王様みたいだ。


「こりゃ逃げられたな」

「次元が俺を裏切れるわけが無い…。あり得ない」

「あいつへの借りはまた今度か。逃げ足だけは早いな。いや、カンが鋭いの方が正しいか」

「あり得ない…」

「いつまでもそれ言ってんだ?早く現実見ろ!!」


 社長はバグが起きたかのように同じ言葉しか発していない。それだけ次元を信頼していたのだろうか?話が通じないと分かった村澤君は視線を切り替えて私の方を見てきた。そして、


「家に居ろって言ったはずだよな?」


 声を強く私に聞いてきた。確かに家に居ろとは書いてあったが、それで納得できるはずがない。


「…でも、私の問題だから」

「なら借金を返済する方法を思いついたのか?」

「それは…今から契約するところだったの」

「契約?」


 不審そうな声で彼は私を見つめてきた。信じられないと言った顔だ。信じられないなら証拠を見せてあげよう。


「ほら」


 私は契約書を彼に手渡そうとしたが、彼は全く受け取ってくれない。手に取ることなく、私が持っている契約書を眺めている。


「ほら、受け取ってよ」

「そのまま」


 彼はそれだけ言って何も言わなくなった。彼の視線は契約書の文字列を信じられない速度で追っている。数秒経つと彼は契約書の文字全てを読み終わったようで私に聞いてきた。


「契約するとき内容は何て言われた?」

「腎臓と肺を提供すれば借金はチャラにしてあげるって…」

「契約書読んだ?」

「読んでない。ただサインして、血判を押せば良いって言われた」

「だから親指から血出してんのか…。契約書の内容とお前の言ってること全然違うぞ」

「え?」

「契約書には確かに腎臓と肺を提供することって書いてあるけど、それだけじゃない。心臓と脳も提供することになってるぞ」


 心臓と脳も?それはつまり


「お前これにサインしたら死ぬぞ」

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