第11話 古岡組
車に揺られて革のシートの感触を楽しんでいると車はゆっくり減速していき、体が宙に浮くことなく静かに止まった。静止した景色を窓から眺めると高層ビルが目に映った。数多くの窓は日光を反射させ、中にいる人たちを映すことはない。最上階まで見ようとすれば首を痛めてしまいそうだった。
「また来るとはね」
金を借りに来て以来だ。次に来るときは返済するときだと思っていたけど、こんな形で来るとは。
「降りろ。外にはもう出られないかもしれないからな、今のうちに味わっておいた方が良いぞ」
忠告に従って外の空気と日光を存分に味わう。もう味わえないかもしれないと思うと、いつもの事でも名残惜しくなる。体を大きく伸ばし、両手を精一杯に伸ばす。肺に外の空気を目一杯取り込み、陽の光を体の熱に変換する。体に取り込んだ自然が体の一部になったのを感じる。
充分に外を蓄えた。これでもう外に出られなくなっても後悔はない。新鮮な空気が体中に行き渡っているのいるのを感じる。
「来い」
それだけ言って黒づくめの奴らはビルの中へ入っていった。遅れないように後を追っていく。そう言えばこんなことになったから気にしている余裕は無かったけど
「貴方たちの名前って?」
人として知っておくべきことを忘れていた。今更遅いかもしれないが知っておきたい。黒服の奴らは一瞬私の方から話しかけてきたことに驚いて固まっていたが、直ぐに意識を取り戻して私に言った。
「何で教える必要が?ただの黒づくめの奴らで良いだろ?」
「自覚あったんだ…。だってこれで最後でしょ?最後くらい教えてくれても良いじゃない」
「教えたとしても何か変わるわけでもない。それでもか?」
「うん。ただ私が知りたいだけだから。何か変わるとかそういうことを期待しているわけじゃない。最後に嫌な後悔を残したくないだけ」
言うべきか言わないべきかを相談するかのように黒服二人は顔を見合わせた。どっちがどっちか分からないから区別するという意味でも名前が知りたい。
「名前だけなら教えてやる。俺は次元。こいつは裕吾だ」
年長者の方が次元。それに付き添っているのが裕吾か。裕吾は私を追いかけていた時は怒号を発しながら追いかけてきたのにそれがまるで嘘だったかのように静かだ。何かあったのだろうか?
「なんで裕吾は全く喋らないの?この間は凄いおしゃべりだった気がするんだけど?」
「調子に乗った結果顎の骨が折れて今喋れないんだ。それで黙ってる」
顎の骨が折れるって一体何をしたらそうなるのか。相当な衝撃でもなければ折れることってそうはないはずなんだけど。
「喋ったら痛いの?」
「よくは知らんが、歩くときの衝撃でも痛いらしい。その状態なら喋ったらどうなるかなんて想像できるだろ?」
「あー…」
それは間違いなく痛いだろう。想像さえしたくない。恐ろしさに体を震わせているとエレベーターに着いた。此処からはエレベーターに乗って移動するのだろう。次元は昇降ボタンを押し、エレベーターを一階まで呼び出した。
「乗れ。一気に行くぞ」
「一気に行くってそんなことある?」
「乗れば分かる」
もしかしてこれって特急のエレベーター?あの重力が体にかかる感じは好きじゃない。出来るならゆっくり行きたい。
そんな願いも虚しく次元は七階のボタンを押した。エレベーターは扉が閉まり、後は上昇するだけだ。あの感覚に耐えようと体を強張らせるが、重力は無視して私の体に重く圧し掛かってきた。
あの一瞬体が浮くような気持ちの悪い感覚をほんの少しの間味わうと、七階に到着したことを知らせる音が聞こえてきた。どうやら着いたみたい。音と呼応するようにエレベーターの扉が重々しく開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます