第6話 家
村澤君が部屋から出て行って大分経った。物音は一つもせず、私の呼吸音だけが虚しく部屋に響いていた。
彼は部屋を出て行ってから一度も私の所には来ていない。少し寂しいが、そんな贅沢は言えない。この孤独感をあまり味わいたくはない。。自分の存在がちっぽけに思えて来るから。それに、置いていかれた時の記憶も思い出してしまう。
この感覚から目を背けるために、彼について考えることにする。なぜ彼はあんなに私を嫌っているのだろうか?勿論私がしたことを考えれば嫌いになるのは分かる。当然だ。そこには何の疑問も無い。でも、彼は私の事情を聞く前から私のことを毛嫌いしていた気がする。
会話も最低限、一緒に居た時間も私が質問に答えている間だけ。彼は意識して私のことを避けていた。それは間違いない。それに、さっきの会話でも彼は気になることを言っていた。
『女を信用していないから』
この一言に彼の全てが詰まっているかのように私は感じた。彼がこの言葉を発したとき、その言葉にはとても厚みがあった。きっとこれは彼が今までの人生で得た経験。女という性別が違うだけの同じ生き物を信じられなくなる何か。それをきっと彼は経験してきたのだ。いや、経験してしまったと言った方が正しいのかな。
女を信用していない。嫌いというだけでなく、信用もしていない。きっと彼にとって今まで女は信用できなかったのだろう。私も女だから嫌われているのか、それとも人間的に嫌われているのかそのどちらかは分からないけど、嫌われていることは確かだ。
「助けてもらったのに何も出来ないのか…」
相手に嫌われていると分かっていて距離を縮めようとするのは流石に無遠慮すぎる。今出来ることは彼の事を思って離れていることだけだ。彼にはとても感謝している。誰も手を差しのべてくれなかった私にどんな形であれ、手を差しのべてくれた。多分。彼自身はそうは思っていないかもしれないが、私はそう思っている。
私にも何か出来ることはないかな。どんな些細なことでも良い。何か彼の手助けが出来ることはないかな?
改めて今いる部屋を見渡す。部屋は綺麗に整頓されており、チリ一つ無く掃除を欠かさずにしていることが分かる。掃除を代わりにすることは難しそうだ。
あっちこっちに視線を泳がせていると、目に私がさっき食べて空になった土鍋が映り込んだ。
「そうだ、料理なら!!」
これでも一応、弟たちにご飯を作っていた。腕には自信がある。私の腕前を見せて驚かせよう。
そうと決まれば早速行動だ。トレーを持って部屋を出る。すると台所はすぐに見つかった。台所はいつも使われているようで人の雰囲気が微かに残っていた。
台所は小さいながらも冷蔵庫とテーブルがあり、ご飯を作ればすぐ食べられるようになっている。台所にも彼の人柄が表れていた。
とりあえずシンクに空になった土鍋を入れスポンジを使って洗う。重病人でもないから食べた本人が洗うべきだと思って洗っているのだが、マズいだろうか…まあ良いはず。
汚れが残らないようにしっかりとスポンジで皿を擦り汚れを落として水で流す。洗い物は土鍋と使ったスプーンだけだ。あっという間に終わった。
使い捨てのペーパータオルで手を拭いているとテーブルに小さく折りたたまれた手紙のようなものが置いてあることに気が付いた。その手紙には小さな文字で金城へと書かれていた。
「私宛?」
彼の知り合いに私と同じ苗字の人がいるかもしれないが、きっとこれは彼が私に向けて書いた手紙だろう。中を確認してみよう。間違っていたら見なかったことにしよう。
きれいに折りたたまれた紙を折り戻していく。文字が見やすい文字で書かれており彼の性格が表れていた。
『金城へ、まずは家から出るな。これだけは守れ。お前が約束を破るならそれまでだ。それと、俺は家には戻らない。女と一緒の空間にいるなんて俺には絶対に無理だ。耐えられる気がしない。俺は別の所に行く。食料は一週間以上ある。それで過ごせ。お前の問題もついでに解決してやる。少し待ってろ』
要するに私には何もするなってこと?当事者の私が何もしないのは絶対におかしい。これは本来は私自身が解決しないといけないもの。他人に解決してもらうものじゃない。
私が解決するのも信頼できないみたい。彼がどれだけ女が嫌いなのか分かってきた。でもここまでとは。何か段々腹が立ってきた。一目見ただけで私という人間を判断されたような気がする。
「そっちがその気ならこっちにも考えがあるからね!!」
私の声は当然彼には届かない。届かないのは分かっているが口に出さずにはいられなかった。
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