第4話 彼

「ごちそうさまでした」


 土鍋はもう空に、私も出し切って何も出ない。ようやく声が出せる様になった。感謝を口に出すと、


「ありがとう。とても美味しかった」

「質問だ」


 こちらのことなんてお構いなしに彼は聞いてきた。


「何?」

「お前を追ってるやつらがどこの奴らか知ってるよな?そいつらについて教えてくれ」

「やつら?」

「黒服で馬鹿みたいに声がデカいやつらだ」


 私を追っている奴らだ。けど、何で君はそいつらについて知りたいの?関わる理由なんて君には何一つないはず。あり得ないけど、もし私を助けるためなら悪いけど教えられない。これは私の問題だ。君を私の個人的な問題に巻き込むわけにはいかない。これは私だけが背負わなければならない問題だ。他人が横から入る余地は何処にも無い。


「何も知らない」

「はぁ?そんなわけないだろ。くだらない嘘なんかつくな」

「何も知らない」

「質問に答えろって言ったよな?」

「何も知らない」

「…クソ、だから嫌なんだ」


 彼は頭を抱えしばらく何も言わなくなった。それで良い。私を拾ったことを後悔して。そうすればあなたは私がどうなっても気に病まなくなる。優しい君の心に私が住み着くのは嫌だ。君には君のまま生きてほしい。私のような終わった人間に関わってほしくない。


 しばらくして彼は目を細めながらこちらを見てきた。彼に対して恩を仇で返すような真似をしたのだ。怒って当然だ。彼からどんなことをされても私は何も言えない。言ってはいけない。


 でも少し怖いから目をつぶっておく。現実から逃げるわけじゃない。少し耐えるだけだ。目をつぶって心を一度真っ白にすれば大体のことは耐えられる。奥歯をかみしめ、何をされても耐えられるように体に力を入れる。


 何をされるのか全く見当もつかない。目はつぶっているから彼が今何をしているのかも分からない。もし殴られるなら顔じゃなくてお腹が良いな。顔だと痕が残っちゃう。痕が残ると後で彼に迷惑をかけてしまうかもしれないし、お腹だったら他に理由をつけられるから。


 目をつぶって静かな雰囲気にひたすら耐えていると、床を蹴るようにして彼が椅子から立ち上がった音が聞こえた。そして空気を切る音が響いたと思ったら、何かで頭を叩かれ軽い衝撃が頭を襲った。驚いて思わず目を開くと、目に移りこんだのは彼が思いっきりハリセンを私の頭に思いっきり叩きこんだ姿だった。じーんとした痛みが頭に広がった。その熱が叩かれたことを証明している。


「???」


 私はハリセンで頭を叩かれたの?というか、何でハリセン?情報量が多すぎて情報が処理できない。混乱していると、


「お前の事情は大体は分かってる。どうせ借金だろ?そんなことは今どうでも良いんだよ。俺が知りたいのはお前を追っている連中のことだ。迷惑をかけていると思ってんなら、今更だ。さっさとあいつらについて教えてくれ」

「なんで借金に知ってるの!?」

「どうでも良いって言ったろ。これ以上俺の時間を奪うな。早く言え!」


 私が借金をしてるとは一言も言ってない。なのに何で?


「お願い。分かって!これは私の問題なの!!君を巻き込むわけにはいかない!!」

「うるさい!もうこっちは巻き込まれてるんだ!!さっさと言えや!!」

「巻き込まれてる…?何で!?」

「色々あった。九割は俺が悪いが、一割はお前も悪い。状況を理解するためにもお前が答えてくれないと何も始まらないんだよ!!」


 そんな無茶苦茶な。っていうか九割も悪いって一体何をしたらそうなるの。でも巻き込んでしまったのは事実みたい。


「分かった。教える」

「最初からそうすれば良かったんだ」

「でもその前に」

「なんだ?」

「君の名前が知りたい。君の名前は?」

「女に教える名前は無い」

「私は真希。金城 真希かねしろ まき

「……村澤だ」


 村澤君ね。覚えた。ありがとうとお礼を言いたいが、きっとまだ早い。この問題が解決したら、お礼を言おう。そう決めた。村澤君を私の問題に巻き込むことを申し訳なく思いながら、彼らについて知っている情報を村澤君に共有することにする。


「彼らは古岡組の一員」

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