第3話 ご飯

「…?」


 体が温かい。あれ?私は外にいたはず。外でこの温かさは地球が滅びない限りあり得ない。となると、家の中という事になるが、それもまたあり得ない。こんな私を助けてくれる人なんているわけが無いんだから。でも体を覆っているものを確認すると布団だ。


 布団から体を起こし視界を動かすと家具や家電に囲まれており、私の近くにはストーブがある。これがきっと温かさの原因だ。間違いなく誰かの家の中だ。


「起きたか」


 声のした方に振り返るとしきりに右腕で左腕をさすっている優しそうな顔をした青年がいた。この人が私を助けてくれたの?いや、助けてくれたと決まったわけじゃない。何が起こるか分からない。警戒しないと。


「君は?」

「しゃべるな。話すな。近寄るな。お前はただ黙って俺の質問に答えればいい」


 …今私は何を言われたの?聞こえていたけど、理解がまだ追いついていない。彼とは初めて会うし、彼に何かした覚えは全くない。ここまで嫌われている理由が分からない。


 今は彼の言うとおりに黙っていよう。何をされるのか全く分からないけど、余計なことをして彼の機嫌を損ねないようにしないと。


「まずは着替えろ。ほら」


 そういって彼は私にユニセックスなパーカーとワイドパンツを投げ渡してきた。服?なんで着替えるの?と疑問に思ったけど布団から起こした体には何故か下着しか身に付けていなかった。気絶している間に一体何があったの?気絶している間に下着姿で布団に入れられるってもう何が何だか分かんなくなってきた。


「濡れた体で布団に入れるわけにはいかないからな。早く着替えろ」


 混乱している私をよそに、彼は淡々と説明してくる。早く着替えろとこちらを急かしてくるがこっちはそれどころじゃない。まだ頭が上手く働いてない。


 言われた通りに着替える。その間彼は部屋から出て行った。私の着替えを見ないように配慮したのかどうかは分からないけど、彼なりの優しさだったのかな。


 着替え終わるとようやく頭が再起動してきた。ここはきっと彼の家。私は路地裏で気絶していたはずなのに、どういう訳か此処に運ばれてきた。どんな理由があったのかは分からないけど私は彼に助けられた。これだけは確かだ。彼にお礼を言わないと。


 着替え終わってしばらくボーっとしていると、台所の方から味噌の匂いが漂ってきて私の鼻を刺激してきた。きっとご飯を作っているのだろう。とても家庭的で懐かしい匂いだ。懐かしくて涙が少し出てきた。


 あの日に戻りたいな…皆で笑いあっていた日々に。でも、もう戻れない。現実を見よう。まずは此処から早く出て行かないと。あいつらが私に何かするのは良い。けど、助けてくれた彼に迷惑が掛かるのは絶対にダメだ。彼が戻ってきたらお礼だけ言って出て行こう。


 そんな決意をしたおよそ五分後、彼はトレーを持って私の方に戻ってきた。てっきり夕飯でも食べているのかと思ったんだけどそうじゃなかったみたい。


「あり…」

「喋るな。まず食え。そっから質問をする。腹減って答えられないなんて言われても困るからな」

「?」

「何してんだ?食えよ」

「それって君のでしょ?」

「お前の飯だよ。食え」

「私の?何で?」

「お前に作ったから」

「本当に食べても良いの?」

「同じことを何度も言わせんな」


 彼は眉を顰めながら丁寧な動作で私の方にお盆を置いてくれた。トレーには水が入ったコップと土鍋、それにスプーンが置いてある。土鍋の方からは味噌の匂いが漂っている。土鍋の蓋を開けてみると、空中に煙が舞う。きっとこれは味噌おじやだ。白米にはとろみがついていて、溶き卵もご飯に上手く絡まっている。それに味噌の匂いが食欲を刺激してくる。


「本当に良いの?」

「しつこい。早く食え」

「……いただきます」


 スプーンで味噌おじやを一口すくう。手が震えている。温かいご飯なんて初めてだ。私でも食べても良いのかな?彼の顔を見ると、早く食べろよと言った顔でこちらをジッと凝視している。本当に食べても良いんだ。冷ますのも嫌だ。いただこう。すくったおじやを口に運ぶ。


「……」


 美味しい…。今までに感じたことに無い感覚だ。温かさが胸に広がっていく。温かいご飯ってこんなに優しいんだ。


「あれ…?」


 急に視界がぼやけてきた。よく見えない。それに、何かが頬を伝っている。声が上手く発せない。声を出そうとしても飲み込んでしまう。どうして出ないの?


 声は出せないけど、口は動く。手を震わせながらおじやを口に運ぶ。優しさが温かい。これがご飯なんだ。初めて分かった気がする。今までのは食事ではなくてただの作業だったんだ。本当のご飯を初めて食べられた。


「…美味いか?」

「…」


 言葉は出ない。その代わりに頷く。伝わるように何度も。これしかできない自分が恨めしい。この気持ちが落ち着いたの土鍋が空になった時だった。

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