第2話 最悪

 どうして俺はあの時外出してしまったのか。家に食べるものが無く、雨の中近くのコンビニまで行ったのが運の尽きだった。それと、コンビニの帰り道に近道として路地裏を選択したのも間違いだった。雨に濡れないために傘を差しながら少し細い路地を歩いていると


「寒いなぁ」


 と言いながら女が動かなくなったのを見かけてしまった。


「嘘だろ。クソ、何でこういうのに遭遇するんだ?しかも、女じゃねぇか」


 見た感じではただ気絶しただけのようだ。そこまで心配しなくても良い。だったらさっさと帰ろう。女に関わるなんて絶対に御免だ。そんなことをするなら地獄を三周してきた方がまだマシだ。だが一応、人としては放っては置けない。女は嫌いだが人間性まで捨てたつもりはない。傘だけは置いてってやろう。買ったものは濡れてしまうが、また温めなおせばいい。


「さっさと帰ろう」


 女に関わるのは絶対に嫌だ。死にかけているなら流石に助けるが、そんな緊急事態ではなさそうだ。しかも、こんな雨の中傘も差さずに泥だらけで気絶している。どっからどう見ても厄ネタを持っている。関わらない方が良い。


「じゃあな。他の人に助けてもらえ」


 女の近くまで行き、自分の傘を女が濡れないように置いていく。此処からは時間の勝負だ。出来るだけ雨に濡れないように走っていこう。レジ袋の口を固く縛りなおして走っても袋から出ないようにする。さて行くか。


「おい!!いたか?」

「いえ、居ません!!」

「そんなわけないだろ!!よく探せ!!」

「はい!!」


 走ろうとした瞬間、こんな雨の中元気ハツラツな怒号が俺の耳まで飛んできた。五月蠅いな。こちとら女と会って少し不機嫌なんだ。天気に合わせて静かにしてろよ。


 やかましい声に頭を痛めていると、先ほどの馬鹿みたいな怒号を発していた連中が俺がいるところまで来た。そいつは女の方を一目見て、


「兄貴!!いましたぜ!!」


 とやかましい声で叫びだした。耳が痛い。そんなに近いわけでもないのに、耳が痛くなるって相当だぞ。


「見つけたか!!」


 今兄貴って呼ばれた方だろう。全身を黒で統一したスーツを着た大柄な男も俺の方にやってきた。


「見つけた。兄ちゃん。そいつの知り合いかい?」


 獲物を見つけたハイエナのような笑顔でこちらに兄貴(仮)が質問してきた。知り合い?こいつが?


「知らん。コンビニの帰り道で遭遇しただけだ。知り合いなんて口にするな。反吐が出る」

「反吐が出るって…何かそいつにされたのか?」

「特に何も」

「特に何もって…じゃあ何でそんなに嫌ってるんだ?」

「女だから」

「それはそれは…」


 これ以上俺からする話もない。早く帰りたいんだが。


「帰っても良いか?腹減ってるんだ」

「その女を連れて行っても良いならな」

「どうぞご自由に。俺には関係ない」

「お前本当に男か?」

「男だよ。良いからさっさと連れてけよ。もう良いだろうが。これ以上お前らのバカでかい声で俺の鼓膜を侵食しないでくれ」


 こいつらの声がデカすぎて段々と不快になってきた。早く女を連れて消えてくれないかな。体も雨粒に打たれて寒くなってきた。


「じゃあ遠慮なく。おい、頭の方持て」

「分かったよ兄貴!」


 おおよそ女の厄ネタが分かってきた。馬鹿そうに見える兄貴の方は恐らく借金取りだろう。雰囲気がそれっぽいし、体型が喧嘩用だ。歩き方、筋肉の付き方を見ても結構場数を踏んでいるようだ。もし此処に正義感の強い素人がいたら、見かけで判断して女を守ろうとこいつに殴りかかるんだろうな。百発百中で負けるだろうけど。


 さっきの俺の挑発に乗らないのも良い証拠だ。素人ほど喧嘩っ早い。さらに極めつけはこちらを見なくても油断せずに仕事に取り組んでいる。こいつはきっといい仕事をする。けど、兄貴じゃない方は最近入った素人だな。余りにも雰囲気が馴染めていない。こいつだけコメディの世界から飛び出してきたような感じだ。


「それじゃあ」


 どっちにしろ、俺には関係ない。そのままこいつらの横を通り過ぎよう。


「あんた名前は?」


 横を通った瞬間兄貴(仮)がこちらに尋ねてきた。バカでかい声で。


「必要かそれ?」

「あんた何なんだ?嫌な感じがプンプンする。俺はてっきり女を守ろうと攻撃してくるかと思ったから警戒してたんだぞ。それなのにお前は…」

「兄貴?こんな奴のどこに嫌な感じがあるんですか?親切そうなただのガキじゃないですか?」

「そうです。ただのガキです」

「そんなわけが無い。あんたの雰囲気はまるで…」

「まるで?」

「いや、やめておく。口にしたら帰れなくなりそうだ」


 良い判断じゃないか。隠していたつもりだったんだが、女に会ったせいか隠しきれなかったようだ。失敗したな。


「名前だけ聞いても良いか?」

村澤 匠郁」むらさわ たくみ

「村澤だと!!」

「兄貴!?どうしたんですか?」

「あり得ない。そんなわけが無い」


 こいつ、知ってるやつか。面倒臭いな。


「ほら、もういいだろ。早く女を連れてってくれよ」

「そうするよ。もう俺はあんたには近寄りたくはないしな」

「兄貴!?どうしてです?あいつ俺たちのこと舐めてますよ」

「お前分からないのか?あの村澤だぞ!!」

「何言ってるんですか?生意気な奴はいつも殴り倒してきたじゃないですか」

「こいつは違う。手を出してはいけない奴だ」

「兄貴がビビってるなら俺がやりますぜ」


 こいつ馬鹿か?何で俺を殴るんだ?俺なんもしてないぞ。別に生意気な態度をとったつもりは無いんだが。


「お前生意気なんだよ!!」


 そういって兄貴じゃない方が俺に殴りかかってきた。別に反撃する理由もない。とりあえず一発受け取っておく。


 頬に軽い衝撃が来る。それとほんの少しの痛みも。拳の握り方から見るに本当に素人だなこいつ。あんまり痛くないぞ。軽いマッサージくらいだ。


「ねぇ、もう良い?」

「効いてないだと?俺のパンチだぞ」

「え、今のパンチだったの?」


 言ってから気が付いた。何で俺はこいつを煽ってるんだ。痛いって言っておけばすぐに終わっていた。そうすれば良かったと今さら後悔する。変なところで俺のプライドが邪魔してしまった。


「て、てめぇ舐めやがって!!あんまり俺を舐めんじゃねぇ!!」

「舐める部分なんてどこにも無いと思うけど?」

「お前!!」

「待て!!落ち着け。挑発に乗るな!!」

「何で止めるんですか!!俺たちを…」


 言葉が続かなかったのは俺が顎を打ち抜いたからだ。余りにもがら空きだったんでついやってしまった。反省はしていない。次回にします。


「え、こんなあっさり?」

「だから言ったのにこの馬鹿!!」


 ここまで弱いとは。何で兄貴(仮)の方は良い雰囲気を纏っているのにこいつはこんなに弱いんだ?頭を捻らせていると、


「流石は村澤だ。腕は落ちていないんだな」

「五月蠅い。お前が勝手に判断するな」

「……」

「ほら、女連れて早く消えろよ。俺何回も言ってるんだけど」

「すぐに消えるさ。だが、弟だけを連れて帰ることにするよ」

「はぁ?なんでだ?女も連れてけよ!!」

「それがあんたに対する一番の嫌がらせになりそうだからだ」


 何だかんだで弟(仮)を殴られたのに腹を立てていたようだ。兄貴(仮)は弟(仮)だけ背中に担いでそそくさと逃げる準備を堂々と俺の目の前でしている。


「待て!何逃げる準備してるんだよ!!女も連れてけ!!」

「おいおい、あんたの目は節穴か?俺はもう弟を運んでいる。これ以上は手が空いてないだろ?じゃあ今回は女を諦めるしかない。そうだろ?」

「いや、お前の弟やらを置いて行けよ。俺が弟の方を運ぶからお前が女を運べばいい。そうしたら万事解決。ほら、平和に終わるだろ」

「嫌がらせと言った。もう選択の余地は無いんだよ!」


 それだけ言って兄貴(仮)は弟(仮)を抱えているのにも関わらず、俺には追い付けないようなスピードで路地裏から消えていった。


 路地裏に残されたのは俺と女だけ。わいてくる感情は怒りだけだ。腹の飢えを満たすはずだったのに、心を怒りで満たしてしまった。これはあいつらを見つけて俺の怒りをぶつけないと収まらないタイプの怒りだ。だが、あいつらについて俺は何も知らない。


「圧倒的に情報が足りないな…」


 まずはあいつらについての情報を手に入れなければならない。不本意だが、本当に嫌だが、あいつらについての情報が確定で手に入る方法がある。


 この女だ。あいつらから追いかけられていたという事から何かしらは知っているはずだ。こいつからあいつらについて聞き出せば情報は手に入る。問題があるとすれば…


「どうやって運ぶかだな」


 一番の問題はそれだ。女にはどうしても触りたくない。近づきたくはない。触れば間違いなく鳥肌が止まらなくなる。けど、情報を持っているのはこいつだけだ。


「どうしようこれ…」


 未だに晴れず空は灰色。晴れる気配は一向に無い。人生で最も関わりたくないのになぜこうも関わらないといけないのか。今の俺には頭を痛めることしか出来なかった。

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