1章 

第1話 出会い

 空は暗く、太陽は見えない。空から降ってきた雨粒が私に強くぶつかってくる。避けようがない物量で押し寄せてくる雨粒はあっという間に私の体から熱を奪っていく。


 温かいものが欲しい。私が私らしく生きられるような熱が欲しい。でも、現実は無情だ。温かさを求めても手に入るのは虚しさと悲しさだけ。これが今までの私だ。温かさなんて手に入れたことも感じたこともない。どれほど望んでも手に入らなかった。温かさは私にとってのバラのつぼみだ。


 あいつらを上手く撒けたのは良いけど、私の肺は酸素を求めて活発に運動しており、これ以上はもう走れない。このまま走り続ければ酸素不足で倒れてしまう。そうなる予感がある。息も上がり心臓は信じられないほどのスピードで鼓動している。走るのはもう無理だ。


 でも諦めない。諦められない。歩くことはまだ出来る。水と一体化したような足を引きずりながらひたすら歩き続ける。こんな状態じゃ次に見つかったらお終いだ。覚悟を決めるしかない。


 捕まったときのことを一瞬考えると、ネガティブな感情が胸に押し寄せてくる。ここで死んでしまいたいという気持ちが心を占拠しそうになるが、ギリギリのところで立ち止まる。


「まだ私にはすることがある…」


 責任を口に出して確認しても、声に力はなくとても負える様な状態ではない。それでも背負うしかない。


「自分の人生を生きたい…」


 ただ願う。もし私が普通のことをしても良いのなら、自分の人生を生きてみたい。これまでに出来なかったことをするために。希望はほんのわずか。私の願いが叶う事なんて絶対に無い。でも、今はこれだけが私を奮い立たせる。


「温かさが欲しい…誰か助けて…」


 これまで叶う事の無かった願いが今更叶うわけが無い。けど、きっと私もこれで最後だ。こんな私でも最後くらいは自分の願いを口にしても怒られないはず。


 口にしてもただ雨粒が地面に振り続ける音が響くだけ。周囲には当然誰もいない。ずぶ濡れで惨めで、醜い私がいるだけ。声に出しても、何があっても誰も私を助けてはくれない。でも落ち込みはしない。これは私にとって普通だ。最後くらいは誰かが助けてくれると思ったんだけど、結局こんな願いも叶わなかった。


「私らしいな…」


 一生懸命に前へ、前へと歩き続けた両足も段々と力が無くなってきた。力の拠り所を求めて体がふらついている。何とか近くの壁まで行って、体を壁によりかけてバランスを取ろうとする。バランスを取った瞬間、自分の意志とは反対に体はそのまま地面に引き寄せられる。自分ではまだいけると思っていたが、どうやらもうとっくに限界は超えていたみたい。一度地面に座り込むと、立ち上がる気力が無くなってしまう。だから座りたくは無かったんだけど、もういいや。雨は変わらずに私の体に降り注ぎ、体力を削っていく。


「ここまでか…もっといろんなことしたかったなぁ…」


 視界がグラグラと揺れている。自分の意識を保っているのも難しくなってきた。この状態で見つかれば自分でもどうなるのか分からないけど、もう抵抗するのも限界だ。一度休憩しよう。それくらいは良いでしょ?


「寒いなぁ」


 視界が段々とぼやけてきた。それに、目を開けている体力も無くなってきた。目を閉じて周囲の音に集中する。すると、遠くの方から誰かが水たまりを踏み抜きながら歩いてくる音が聞こえてくる。誰かが来たようだ。あいつらかな?


「嘘だろ。クソ、何で俺はこういうのに遭遇するんだ?しかも、女じゃねぇか」


 意識が無くなっていく中で最後に聞こえたのはこの一言。ごめんね。こんな姿を見せて。声を聞く限り男の人だったような気がする。でも今更関係ないか。今の私を見ても誰も手は差し伸べてくれない。それならきっとこのままだ。そう考えて私は意識を手放した。

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