Ⅸ
「よく、ここまでやって来たな」
低い声が耳をくすぐる。パチパチとはぜる火の音でゆっくりと意識が覚醒されていく。
「……………?」
「小僧、お前あのゴミ山を登ってきおっただろう。たいしたものよなぁ」
半ば飽きれ気味にソイツは言った。
「……おっと、名のりおくれたな。我は」
「キュクロプス?」
スルッと口から名が溢れた。
「おお、そうだ。キュクロプスだ」
ゆっくりと体を起こし、比較的形状の残った長椅子にもたれ掛かる。
どう、切り出そうか。いきなり夢見の草を探しているなんて言って良いのだろうか。
ひどく疲れているせいでうまく頭が働かない。
「心中ならばよそでやるのだな、小僧」
どこかで聞いていたのか。
「もう、時間もない。方法もない。……手詰まりだ」
一度口に出してしまえばもう止まらなかった。気づけばケラシーと共に会ったことがすべてを話してしまっていた。
何も言わずただソイツは聞いていた。
「なぜ、何故コイツが死ななければならないんだッ!!あんまりだ。もう無理だ、間に合わない」
何だってできると思っていた。第七階位の俺に不可能はないと。
「小僧、お前は何故ここにいる?」
今まで黙っていたソイツが言った。
「何故お前はこの娘を連れ出した?」
理由、そんなの。
不可能ということに腹が立ったからだ。奇跡でも起きない限り無理だなんてありえない、と。
違う。そんなことじゃない。俺は、俺はきっと。
「好きだから」
「ほう?」
ストン、と何かが府に落ちた。
「ただケラシーに生きていて欲しいんだ」
単純なこと。
「恋とは良いものよなぁ」
悠久の時を生きたもの特有の達観したような、それでいてからかっているようなそんな視線を向けられた。
カァ、と体が熱くなる。
よいせ、と言ってキュクロプスは立ち上がった。
「この地球にあるのはすべて町だ。何故か、わかるか?」
カツ、カツ、と杖をならし廃神殿の扉をあけた。
「その方が夢を見れるからだ」
「はっ、なに言って」
「嘘ではないぞ。好きなもの、思想が同じような奴が集まった方が良いだろう?」
その娘を連れてこい、とヤツは言った。
星つつむ町は天体や気象についてのモチーフや資材が多かった。
海うたう町は船や研究所。ケラシーが防止を拾った町は布が。途中寄った町は本や劇場が。
「ほれ、あれだ」
廃神殿の裏手、小高い丘の上に巨大な大木があった。
「お待ちしておりましたよ」
「……ほう?」
せいひつな声と共に大木の背後からロウリエが姿を現した。
「ロウリエ、何故ここ──」
ポタ、ポタ、と赤い滴が滴っている。ロウリエは笑った。
「ああ、これですか?これはベリスの血ですよ」
銀色の輝くナイフにベットリと血が付いていた。よく見ると彼女の服や髪にも赤い染みができている。
「……っ、ぅ……アス、ター」
ロウリエがぐいっと何かを引っ張ると血だらけのベリスが転がされた。
「ロウリエッ!これは一体どう言うことだ」
ケラシーを下ろしベリスに駆け寄る。辛うじて息はある。
「ああ、面白かったです」
スッと瞳を開き嗜虐的に微笑んだ。
「もう、あと少しで壊れてしまいますが、楽しい舞台をありがとうございます。とても、滑稽で愛らしく最高でした……♡」
狂ったように謳う。
「星の町を壊したときも、海の町を壊したときも。……あぁやはり。人の嘆き悲しむ声ってとても」
ほう、と息をつき恍惚とした表情で言う。
「ゾクゾクしますのね♡」
瞬間、ギィィンと刃のなる音がした。キュクロプスが杖をロウリエに降り下ろしていた。
「貴様……ッッ!!」
「ねぇ、アスター。見ましたか。星の町と海の町の手紙を。嗤ってしまいますよねぇ?」
くるくると華麗にキュクロプスの攻撃をいなしている。
「人間って、人間って。なぁんてこんなにも愚かで虐めがいようがあるのでしょう!」
キィィン、とナイフが飛び乾いた地面に落ちた。
「あらまぁ」
それでも余裕といった表情を浮かべている。
「ロウリエ、どうして壊したの」
芯のある声が響く。ケラシーが目覚め真っ直ぐロウリエを見つめていた。
「ただの暇潰しですよ?」
「そんなことで……!」
「あら、人の命なんてそんなモノです。命には優劣がある。同じ価値の命なんて存在しませんよ」
ジャキン、と俺は銃を構える。
「逃げ場はないぞ」
「逃げる気などありません。ちゃんとここを狙ってくださいね?それに、可笑しなことでもないでしょう?」
トントン、と心臓を示した。
「わたくしは月桂樹ですもの」
「……!真名か」
【真名月桂樹 裏切り】
「全てはわたくしを楽しませるショーに過ぎません」
ふわっと身を翻しナイフを手にする。
「最高の舞台はやはり、血で捲りませんと、ね」
その瞬間。視界が紅で染まった。
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