本章
Ⅳ
【警告】この先、一切の立ち入りを禁ずる
ドアノブを回し俺たちは扉の外へと進んだ。ゆったりと螺旋状に続く階段を登ると開けた三日月型のホールに出た。
「………すごい」
ケラシーがそう呟くのも当然だ。目の前にあるのは神殿。その中央にあるは細く厳かな装飾の施された門のついたエレベーターだった。一歩踏み出すたび靴音が反響する。俺は手を差し伸べた。
僅かに震える彼女の手を取りエレベーター――月の移動回廊に乗り込んだ。ガコン、と音がしてゆっくり上昇し始める。
「……………ありがとう」
静寂包む中、ケラシーは頬をうっすらと染めて言った。ふいっと視線をそらしてしまう。直視などできなかった。
月の移動回廊を降り階段を登る。防護用のペンダントを提げ無機質な透明の扉を開けた。
音もなく扉が開けば眼の前に飛び込んできたのは大凡風化だけとは思えない崩れ朽ちた建物だった。ただ崩れているだけならそれでいい。だが、これは。
「まるで災害……いや、何か災いが起こったかのような」
戦場。戦地になった成れの果てか。それとも大災害の痕か。
目を見合わせ覚悟を決めると揃って扉の外へ踏み出した。扉を閉めればまるで初めからそこに存在していなかったかのようにすっとそれは消えた。
「………………」
あまりに唐突な死の匂いにケラシーは悲しそうに目を伏せた。俺とてこの有様には驚いているし恐ろしいとも思う。
「少し、見て回ろうか」
心の内の動揺を隠し俺は言った。
「…………うん」
ここは町だったのだろうか。民家、商店と思しき建物は揃って破壊された跡がある。硝子の砕けた窓から年季が入り変色したカーテンが覗く。赤錆、青錆が我が物顔で家の色を決めていた。そこにあるのは錆びた鉄屑や瓦礫だった。
「なにが、あったのかな」
蹲りそっと瓦礫に手を伸ばしてケラシーは言った。人の気配など微塵も感じない。息を吸えば埃が胸に張り付くような感覚がした。
「わからない」
遠くを見渡せど薄く漂う煙のせいでよく見えない。一歩一歩踏み出せば砕けたアスファルト、鉄屑が音を鳴らす。
するとカラン、と音を立てて何かがポケットから落下した。
「……これって」
「ベリスからの手紙だ」
白い封筒に金地の文字、そこにはこう記されていた。
スラグ病は儚く散る夢見の草の花弁と小瓶の薬を混ぜ合わせて飲めば治るよ。
「夢見の草……?」
互いに目を見合わせた。聞いたことがない。第一、もう植物など本の中でしか見たことがない。小瓶を掲げればちゃぷんと翡翠色の透明な液体が波うった。
ここのどこかにケラシーを治すことのできるものが。じっとりと体が熱を持った。
「……ここにあるのかもしれないな」
穏やかに笑って彼女は言った。
「探そうよアスター。この町を見て回ろう」
ゆっくり彼女は俺の手を引いた。
人の居ない学校。寂れた公園。物の無い商店。生を感じない民家。
「見つからないね」
探せど探せど。それらしい物は見つからなかった。
「もしかしたら、もう……」
静かに彼女は言葉を漏らした。町の中で比較的形状を保ったこの図書館。ここで俺たちは休憩をしていた。薄暗い室内は物悲しい雰囲気を漂わせている。
この町の大半を時間をかけて見て回った。残すは北側のエリアのみ。
最後のエリア。ここはどうやら住宅街だったようだ。一軒一軒見ていく。
「アスター、これ」
何軒目だったか。ケラシーが古びた手紙を見つけた。
「読んでも良いかな?」
躊躇いがちに彼女は尋ねた。俺に聞いたわけではないだろう。返事をする前に手紙を読み始めた。
拝啓、名も知らぬ貴方へ。
貴方がこれを読んでいる頃ここはもう滅んでいることでしょう。これは後悔と懺悔の手紙です。この町に起きた事実を嘘偽りなくここに記します。
「どうしてここがこんな風になっちゃったかわかるってこと?」
「…………恐らくは」
この町は豊かでも貧しくもない普通の町でした。特筆することがあるとすれば、ここは林檎と星が有名なことぐらいで。それでも私達は十分幸せでした。
けれど、変革は物凄い早さで訪れました。
鉄鉱石が見つかったのです。ソレは我々に多くのものをもたらしました。幸も不幸も。
私達は間違えたのです。後先考えず泡沫の私利私欲などで動いてはならなかったのです。あの女の言うことなどに耳を貸してはいけなかったのですッ。
……気づいたときには全てが手遅れでした。あんなに澄んでいた空は今やもう黒々とした煙に覆われ、赤々と実る林檎の木は枯れ果てました。
これを読んでいる貴方。滑稽だと愚かだと笑うでしょうか。嗤ってください。私達は確かに愚かだったのですから。
最後に鍵と地図を同封しておきます。そこには我々の富と希望の象徴が、まだそこに遺っているならばあるでしょう。
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