Ⅲ
乱暴に閉ざされた扉をベリスとロウリエは見つめていた。
「ほんとうに、どうにもならないのですか?」
ぽつりと彼女は言葉を漏らした。ベリスは何も言わない。
ぐっと手を握りしめロウリエは俯く。ときに沈黙は、どんな言葉よりも雄弁に事実を伝える。
彼の沈黙は肯定と同義だった。
「ケラシーは、どうなるのですかッ!」
悲鳴のような声を彼女は上げた。
「そんなの僕が言わなくたって、わかるでしょ」
立ち上がりベリスはディスプレイを展開させる。展開されたディスプレイにはケラシーの個体情報が映し出された。
フォン、と音がして彼女の生命設計図がベリスを取り囲むかのように羅列される。
「これと言って特徴のない。そこそこ考えることはできるみたいだけど、ただそれだけ。取るに足らない
つまらなそうにそのディスプレイに映し出された遺伝子を操る。彼の周りに二重三重とまるで音符のように漂う。
「まぁ、良く言えば、想像力に優れているって言えるのかなぁ。反対に悪く言えば、妄想するだけで実現する能力を持っていない、とも言えるね」
くるっと軽やかにターンしベリスは白衣を翻す。
「もう、僕が言いたいことはわかるよね」
ロウリエに問う。ロウリエは顔を堅くさせながら頷いた。
「はい。ケラシーは、
そこまで聞くとベリスは興味を失ったかのように無表情になり、また違うディスプレイを展開させた。
地下大帝国アドニス内、8号館第104番室、帝国大図書館。
「………無い」
どこにも載っていなかった。ベリスが口にしたスラグ病という病名も心臓が鉄に変わるということも何もかも。
「どうなっているんだ」
俺の周りには読み漁られた書物が積み上げられている。生物学はもちろん、医学書、歴史書、薬学に、工学。ありとあらゆるジャンルの本を俺は手当たりしだいに読んだ。
ふぅ、と息をつき額に手を当て天井を仰ぐ。
「ケラシー……………」
脳裏につい昨日まで元気だった彼女が思い出される。体に多くの管がつながった彼女のその名を呼べばどこかいいしれないものが込み上げてくるような気がした。
「もう少し探すか」
もう何冊目かもわからない本に手を伸ばし俺はまたページを捲りだした。
時が夜を告げるまで。
そこに答えなど載っていないというのに。
ずる、ずる……、ずる。
壁をつたい足を引きずる少女の影があった。
「……はぁ、はぁ………、もう少、し」
額に汗を浮かべケラシーは必死に通路の奥へと向かう。
【警告】この先、一切の立ち入りを禁ずる
冷たい扉にはられた警告表示が遠めに見える。けれど、行かなければならない。否――
「行くしか……、ないんだっ」
きゅっと唇を引き結び強い決意を秘めた表情で彼女は進む。遠くで夜を告げる鐘の音が聞こえた。
一歩一歩ゆっくりと。けれども確実に。扉へと近づいていく。
「そこで何をしているんだい、ケラシー?」
不意に優しい男の声が聞こえ肩に手を置かれた。
「…………………っ」
振り向き声の主を確認すると穏やかな笑みを湛えたベリスがそこにいた。
「……………べ、リスさん」
カタカタとケラシーの体が震える。ベリスは「うん?」と首を傾げるとドアノブを掴もうとしていたケラシーの手をゆっくりと離した。
「ここがどんな場所か、わかっているんだよね?」
「…………ぁ……ぅ………」
胸の前に手を持ってきて彼女は俯いた。
「何も怒っているわけじゃないんだ。ここで何をしているのか聞いているだけだよ」
ふぅ、とため息を彼はついた。
「……………と思って」
「んー?」
ポツリとケラシーは言った。
「外に出ようと思って……!」
小さくけれども確かに彼女はそういった。
「あの、外のセカイに行ってみたくて。…………だっておかしいですよね?外に出ちゃいけないなんて。だから――――」
「は?」
嬉々として話していた彼女がピタリと止まった。
「……………何を言っているのかな、ケラシー?外に行きたい、だって?」
笑顔を貼り付けたままベリスは言った。
「馬鹿、言わないでくれるかな?」
スッと目を開き彼は蔑むような視線を送った。ドン、とベリスがケラシーに覆いかぶさるようにし続けた。
「君のような
「…………え、あ……あの」
怯えたような瞳をケラシーは向けた。「それに」とベリスは続けた。
「第一、外に出たところで生きていくことなんかできないよ」
「…………どういう―――」
「ケラシー!」
ケラシーがベリスに問おうとしたとき背後から大声が飛んできた。
「アスター……!?」
「ケラシー、貴女ここにいたのですか!」
ベリスはゆっくりと振り向きケラシーはやってきた俺たちに驚いているようだった。
「ケラシー、お前ここで一体………」
俺がそういえばケラシーは僅かに顔を曇らせた。
ベリス、とロウリエが彼に言った。
「…………外に行きたいんだって、ケラシーは」
「………なっ」
「………は?」
ポカンと口を開きあ然としてしまう。それは本当なのか、視線でそう問えばケラシーは俯きこくんと首を振った。
「本気で言っているのか?」
「本気だよ。わたしは外に行きたいんだ」
まっすぐ彼女は俺を見つめる。
「外の世界は、わたしたちが生きていけるようなところではありません」
「…………それでも」
ロウリエがそういうもケラシーは意思を曲げない。
「どうせ死んじゃうんだったら、わたしは外の世界を見て回りたいの」
確固たる意思がその瞳に宿っていた。
「この国から出て生きていける保証なんてない。ましてや君はスラグ病という不治の病に侵されている。そんな状態で、しかも外に行こうとするなんて――」
言葉が止まった。泣いていたのだ、ケラシーが。
「お願い。行かせて」
透明な涙が頬を伝い流れていく。だが「連れ戻しな」という彼の一言でケラシーは展開された捕縛用のコードに捕まった。
「アスター………」
硝子の小部屋。ここは悪事を働こうとしたものを捕える牢獄だ。
「………あはは、馬鹿……だよね、出られるわけないのに。
コホ、とケラシーは咳をした。
「見てみたかっただけなんだ。知りたかっただけなんだ。行ってはいけないチキュウがどんなところなのか」
うずくまり悲しげに微笑んだ。
「…………行こう」
「え?」
「外の世界に行こう」
無理だよ、と彼女は笑う。そんな顔をさせたいわけじゃない。
「俺がお前をここから連れ出してやるッ。だから行こう、ケラシー!」
「結局、行ってしまいましたね」
「ふふふ。まぁいいんじゃない?」
その様子をロウリエとベリスは監視カメラから見ていた。
「いいんですか、止めなくて」
静かに彼女は言った。
「もう、止まらないよ。何もかも」
彼は悲しく呟いた。
「僕たちは遅すぎたんだよ」
そう言って髪をかきあげた。
「ご武運を、アスター、ケラシー」
「君たちはソレを見てどう思うのかな?……だけど、気をつけて。君たちに残された時間は――」
後一ヶ月。
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