13. 旅の予定を立てよう

 昨日お姉ちゃんと二人で話した通り、私たちはリインフォース領に向かうつもりだ。

 そこで、まず初めに、旅程を考えないといけない。なのでこの国、アルメイン王国の地図を見ることができる冒険者ギルドに顔を出す。

 ギルドに入ると、ソフィアさんが迎えてくれるので挨拶をした。


「ソフィアさん、おはようございます」

「おはようソフィアちゃん」

「シズクさん、アオイさん、おはようございます。今日も依頼ですか?」

「今日はちょっと地図を見にきました」

「リインフォース領に行こうと思ってねぇ」

「あら、移動されるんですね。わかりました。地図は二階の資料室にありますよ」

「ありがとうございます」

「ありがとねぇ」


 お姉ちゃんと二階に向かう。資料室は、カウンター右手にある曲がり階段を登ってすぐの部屋だ。

 中に入ると、燻ぶった古いの本の匂いがする。図書館と同じ匂いだ! 嫌いじゃない匂いにテンションが上がる。

 私たちは中を見て回る。目的の地図はすぐに見つかった。備え付けてある大きなテーブルに広げてあったからだ。誰かが見たあとなのかな。

 早速、地図を覗いてマイヤ領を探す。


「あ、ここねぇ。マイヤ領」


 お姉ちゃんが地図の中心の方を指し示す。こうして見ると、マイヤ領って国の直轄領の近くにあるのね。

 マイヤ領から東に進んでディオン領、さらに東に進んでアルデナ領、そこから南東に進んでリインフォース領か。直轄領の南側を進んで行く感じかな。リエラが住んでる森って地図に描かれるほど大きいんだね。


「雫たちがリエラちゃんと住んでた家のある森って大きいのねぇ」


 お姉ちゃんも同じことを思ったみたい。あそこからこの街まで二時間くらいだったっけ。んー……。


「ディオン領の街まで十日くらいかな?」

「もう少しかかるかもしれないわねぇ。馬車だと、途中にある村で補給したりするかもしれないし……」

「そうだね。そこからアルデナ領は五日ってところかな? こっちは街同士が近いね」

「そうねぇ。アルデナ領からリインフォース領は一週間くらいかしら」

「思ったより遠かったね、リインフォース領」

「でも行ってみたいわぁ」

「うん。もしサバイバルになっても、食料とかは貯めてあるし、早々飢え死にとかはないと思うよ」

「どちらかといえば魔物とか盗賊よねぇ」

「魔物は大丈夫だろうけど、盗賊は戦ったことがないからわからないね。レインたちに会ったら聞いてみようか」

「そうしましょう」


 目的の地図は確認できたので私たちが一階のロビーに戻ると、丁度よくギルドを出ようとしていたレインとバルトさんを見つけたので、慌てて追いかける。


「レインー!」

「アオイ! どうしたの? そんなに慌てて」

「レインちゃんおはよう。これから依頼?」

「えぇ、そうよ。今日は森まで魔物狩りに行くの」

「おはよう二人とも。一緒に行くか?」

「いえ、今日はちょっと聞きたいことがあって」

「なに?」

「盗賊と戦った経験ある?」

「おう、あるぞ。五人くらいの集団だったかな。たいして強くなかったから、二人でもなんとかなった」

「でもあの時は、二人だったから、手ごわかったら危なかったわね」

「私たち、今度リインフォース領に行こうと思ってるんだけど、道中の盗賊って二人で大丈夫かなって相談したくて……」

「問題ない」

「問題ないわ」


 二人して即答をいただく。あれ、思ってた反応と違う。


「魔族を二人で消滅させるほどの冒険者を倒せる盗賊なんていないわ」

「俺も聞いたことがないな。気にしすぎじゃないか?」

「それより! シズク、アオイ、マイヤ領から出て行っちゃうの!?」


 嫌よ! とお姉ちゃんに抱きつくレイン。お姉ちゃんも悪ノリして抱き返す。あれ、そんな仲だったっけ。

 バルトさんがなんかショックを受けてるけど、大丈夫ですよ、レインが左薬指につけた指輪は今日も輝いてますよ。


「ちょっと手紙を預かっててね。届けないといけないんだ」

「そんなの商人にでも預けちゃえばいいじゃない」

「ごめんねぇ。これは師匠からの最終試験みたいなものだから、雫たちが行かないといけないの。それに……」

「それに?」

「ちょっと違う土地も見てみたいのよぅ」

「はぁ、シズクならそう言うと思ったわ。必ず帰ってくるのよね?」

「きっと帰ってくるよ」

「それならいいわ。今日はあのレストランで夕飯一緒に食べましょ! バルトの奢りよ!」

「はぁい」

「俺か!?」


 じゃあ稼いでこないとな、と呟きながら、バルトさんはレインと狩りに出かけて行った。

 夕飯になる前に、リインフォース領まで行く商人探しと買い出しをする。

 私たちは商業区を歩いて荷物の多い露店商を探す。荷物が多ければ、遠くから馬車できてると思ったからだ。

 何人か尋ねてみたけど、この領の人だったり、北西のフルーフェル領から来ていたりで見つからない。だけど、四人目に話した商人さんが、仲良くなった商人がディオン領から来ている教えてくれたので、紹介してもらった。

 私たちは紹介してもらった商人さんの露店へ行く。そこにはおそらく夫婦で、奥さんが椅子に座っていて、旦那さんが呼び込みをしている露店があった。声をかけてみよう。


「こんにちは」

「こんにちはぁ」

「いらっしゃいませ。なにをお探しでしょうか? ディオン産のものがありますよ」

「私たちは冒険者をしていて、私が蒼、こっちがお姉ちゃんの雫です」

「よろしくねぇ」

「私はペーターと言います。こっちは妻のアンナです」


 ペーターさんと、隣で座っているアンナさんが頭を下げる。


「私たちはリインフォース領に行きたくて馬車を探しているのですが、ペーターさんたちがディオン領からやってきたと聞いて、近日中に戻るようでしたら護衛としてご一緒させていただけないかと思って、話をしに来ました」

「そうですか。失礼ですが、冒険者ランクを伺っても?」

「こちらです」


 私とお姉ちゃんはギルドカードをペーターさんに見せる。


「Cランク……。それなら道中も安心でしょうね。実はすぐに帰りたい事情がありまして、こちらも冒険者を探していたのです」

「そうなんですか?」

「えぇ。妻が妊娠していることがわかりまして、すぐにディオンの街へ戻るつもりだったのです」

「それはおめでとうなのよぅ!」

「ありがとうございます。ですが、冒険者ギルドにも依頼を出したのですが、いい人がなかなか見つからず、困っていました。お二人がよければ明日にでも出発したいのですが、いかがでしょうか?」

「わかりました。いいよね? お姉ちゃん」

「もちろんよぅ」

「それでは明日、二の鐘に東の門で待ち合わせということで」

「はい」

「はぁい」


 私たちはペーターさんたちに、冒険者ギルドには伝えておきますと挨拶をして冒険者ギルドに向かう。ペーターさんが出した依頼の受注もしないとだしね。

 冒険者ギルドについて、私たちはソフィアさんに会う。


「ソフィアさん、さっきぶりです」

「ソフィアちゃんお疲れ様」

「はい、今度はどうしましたか?」

「商人のペーターさんが、ディオン領に向かうまでの護衛依頼を出したと聞いて来ました」

「あぁ、その依頼ですね。お二人が来てくれてよかったです。私もお二人が出てから依頼の話を聞いて、戻ってきたらお話ししたいと思っていたのです」

「さっきペーターさんに直接会って、一緒に行くことになったのでその報告に」

「わかりました。それじゃあ受注処理しちゃいますね」


 ソフィアさんがクエストボードにぱたぱた駆けて行く。目的の依頼はすぐ見つかったのか、あっという間に戻ってきた。


「ギルドカードを貸してください」

「はぁい」

 

 お姉ちゃんがギルドカードをソフィアさんに渡すと、ソフィアさんは魔術具にギルドカードをかざしてお姉ちゃんに返す。これで受注完了だ。


「ご出発はいつですか?」

「明日のニの鐘の予定です」

「それは急ですね……。しかし、お二人がいなくなってしまうと寂しいですね」


 ソフィアさん、憂い顔も綺麗……。私は手のひらを頬に当てたその姿に見惚れてしまう。


「ちょっとかかるかもだけど、また戻ってくるわよぅ」

「はい、また会えますよ!」

「お土産も持ってくるわぁ」

「そうですね、では楽しみに待っていますね」


 それから、とソフィアさんが話を続ける。


「お二人の貢献値や申し送りは、ギルド間で情報共有されていますので、ディオン領やリインフォース領のギルドにも伝わってますから安心してくださいね」


 それ、安心していいやつなのかな……。申し送りって、登録二日目に一角ウサギ十五匹狩る女とかそう言うこと?

 一通り話も済んだし、お姉ちゃんと顔を見合わせて頷き合う。


「それじゃあソフィアさん」

「それじゃ、ソフィアちゃん」

「「行ってきます」」

「行ってらっしゃいませ」


 ソフィアさんが笑顔で見送ってくれる。この笑顔もしばらく見れないとなると寂しいけど、また会えるし、旅を楽しもう。




 それから商業区で食料などを買い出しした。そういえばリインフォース領で領主に渡せって手紙、どうやって渡そうかな……。今度ペーターさんに相談してみるかな。商人さんなら貴族様との取引もありそうだし。

 時間が経つのはあっという間で、買い出しをしているうちに夕飯時になった。お姉ちゃんが服屋さんに飲み込まれたとも言うけど。

 

「可愛い服があってよかったわぁ」

「もぅ、時間ぎりぎりになっちゃったよ」

「蒼ちゃんも可愛い服買ってたじゃない」

「そ、そうだけど……。それはこの服が買ってって見つめてきて……」

「まぁ、間に合いそうだからいいじゃない」


 なんて言い合いをしながら私たちはリタちゃん親子のレストランに向かう。

 中に入るとリタちゃんが迎えてくれた。


「シズクさん、アオイさん、いらっしゃいませ!」

「こんばんはぁ、リタちゃん」

「こんばんはリタちゃん」


 出会って早々、リタちゃんに抱きつくお姉ちゃん。リタちゃんも照れながらお姉ちゃんに抱きついている。可愛い。

 すると奥からカルロさんも顔を出してくれる。


「嬢ちゃんたち、いらっしゃい」

「「こんばんはカルロさん」」


 私たちは挨拶をして席を見る。レインとバルトさんはまだみたい。私はリタちゃんに、このあと二人が来ることを告げて奥の席に座る。

 それから、話をしないと。


「リタちゃん、実はお話があってね」

「そうよ! リタちゃん、雫の妹にならない?」

「え? えぇぇぇぇ?!」

「お姉ちゃん違うでしょ!」

「え?」

「……え?」


 待って、落ち着くのよ蒼……。


「そうじゃなくて、あのねリタちゃん。今のなし」

「は、はい」


 リタちゃんも落ち着かせる。落ち着いたところを見計らって話を続ける。


「私たち、ちょっと違う領地に旅に出ようと思って、しばらく会えなくなるんだ。それで、今日はお別れ会もかねてここに来たの」

「そうなのよぅ。だからリタちゃんを妹にして攫っちゃおうかなって」

「そ、それは困る! うちの娘はまだ嫁にやらん!!」


 ですよね。ちゃっかり出てきたカルロさんに同意する。そして、流石に悪ふざけがすぎるお姉ちゃんを叱る。


「お姉ちゃん! ふざけないで!」

「ごめんなさい」

「はい。気をつけてね」

「はぁい」

「と、そんな感じで明日には旅に出てしまうのでご挨拶に」

「そうか、寂しくなるな。でもまたこっちに戻ってくるんだろう?」

「えぇ、リインフォース領に行こうと思っているので、しばらくかかりますが」

「用事があるのよぅ」

「なるほどな。じゃあ今日は腕によりをかけて作ろう。リタ、手伝ってくれるか?」

「……」

「リタ? どうした?」

「は、はい! わかった!」


 元気に返事をしたリタちゃんだけど、落ち込んでいるのが一目見てわかる。お姉ちゃんと仲良かったもんね。短い間だったけど、私も妹ができたみたいに接していたから、寂しいのはわかる。

 

「リタ、二人の相手をしててくれ」


 リタちゃんの様子を見ていたカルロさんが告げる。


「え、でも……手伝い……」

「厨房は大丈夫だ」

「わかった」


 リタちゃんが客席に戻ってくるけど、歩き方がとぼとぼしてて本当に寂しくなってるのがわかる。そこへお姉ちゃんがリタちゃんに抱きついて言う。


「リタちゃん、雫と約束しましょ」

「約束?」

「うん、雫はリタちゃんのために、違う領地のおいしいお肉を狩ってくるから、リタちゃんにはそれを料理して欲しいの。ちょっと時間がかかっちゃうかもしれないけど、料理の練習して待っててくれるかしら?」

「……シズクさん」

「そしたらまたみんなで食べましょう? どうかしら?」

「うん……。料理の練習、がんばるから……。シズクさんも、アオイさんも気をつけてね」


 そのあと、三人で抱き合って泣いて別れを惜しんだ。

 落ち着いた頃にレストランのドアが開く。レインとバルトさんが来たみたい。

 

「来たよ! シズク、アオイ!」

「今日はいいのが狩れたぞ! 精算せず持ってきたから食おう!」

「お、お前らもきたな、今日はなに狩ってきた?」

「羊の魔物! カレルシープ!」

「お、珍しいな。しかしよく狩れたな」

「これでもCランクっスから」

「私の弓が炸裂したのよう」


 今日の武勇伝を語り出す二人。カレルシープは、凶暴な羊の魔物だ。常に辺りを警戒していて、獲物を見つけると喧嘩をふっかけてくる。力強く突進してくるけど、それだけじゃなく、すばしっこく方向転換するから攻撃を当てにくい。今日はレインの矢が頭に的中して、動きを止めて狩ったらしい。確かにそれは難しい狩り方だ。私ならやっぱり足元を凍らせるかなぁ。

 血抜きと内臓取りは済んでいて、川で冷却してて遅くなったとのこと。内臓か、いつもストレージにしまうから気にしてなかったな。狩ったカレルシープをカルロさんが厨房へ持って行って料理を始めた。

 四人で席について早速飲み物を頼む。今日はエールだ。カルロさんに頼んでリタちゃんも椅子を持ってきて一緒に座る。場所はお姉ちゃんと私の間だ。レインとバルトさんが乾杯の音頭をとってくれる。


「「それじゃ、二人の旅の無事を願って」」

「「「かんぱーい」」」


 乾杯をして飲み始める。いただきます。話題はやっぱり、四人での最初の思い出、ダンジョン攻略だ。

 最初バルトさんは、私たちに魔物の注意を逸らしてくれれば十分だと思っていたらしい。それが、私とお姉ちゃんの魔術のすごさにびっくりしたって。

 あのダンジョンでは、レインがつんつんだったよねって言ったらすごい照れてた。リタちゃんはそんなレイン見たことないから驚いていた。

 ここで料理がくる。こないだも食べたサイコロステーキの葉包だ。それと大きなアスパラガスを、スライスした羊肉で巻いたものが出てきた。

 まずサイコロステーキから口にしよう。レタスに包んで、ソースを少しつけて一口で食べる。こないだは牧畜の羊だったけど、今日は森でとった魔物だ、どう違うのかな……。まずこないだの羊肉より歯ごたえがある。味は赤身肉のそれで、少し野生味があるけど、肉汁がとても甘い。なにより違うのは脂がとっても少ないってこと。赤身肉が好きな私にとっては食感云々よりそれがとても好みです。ソースは塩味を足す感じで、レタスの味が濃く感じる。

 

「アオイさん、黙っちゃってどうしたの?」

「リタちゃん、しー。蒼ちゃんは今頭の中で『これが魔物の羊肉、とても甘い』とか考えてるのよぅ」

「あはは! 今日もやってるのアオイ! おいしいでいいじゃない!」

「俺は前回食べたのより魔物の羊肉のが好きだな。野生味があるのがいい」


 堪能した私は、そのままアスパラガスの羊肉巻きに向かう。大きいのでナイフで半分にして口に運ぶ。アスパラガスが赤身肉の肉汁に浸されてとっても甘い。羊肉の硬さとアスパラガスの繊維で歯ごたえがとてもいい。噛み締めるたびに肉汁が溢れ出すから、ずっと噛んでいられる。こっちは胡椒だけで味付けしてあるのか、お肉の野生味とピリッとした胡椒の辛さがマッチする。


「シズクさん、次はアオイさん、なんて考えてるの?」

「んー、今度はねぇ『噛み締めるたびに味が増してずっと噛んでいられる……!』とかよぅ、きっと」

「よくわかるわね」

「双子だしねぇ、大体お互いの考えてることはわかるわぁ」

「戦闘の時便利だな」

「そうねぇ、打ち合わせとか、あんまりしてないわねぇ」


 なんて話をされているのに、私はまったく気づかずに食事は楽しんで続くのだった。

 今日はリタちゃんが作ったっていうデザートも食べたよ。パンナコッタは甘くて冷たくて、優しい味がしてとってもおいしかった。ごちそうさまでした。

 食後のお茶を飲んでいても話は続く。


「レインちゃん、バルトさんが浮気したら教えてねぇ。すぐ戻るから」


 咽せるバルトさん。


「お、俺はそんなことは……!」

「バルトさん、レインを捨てたら私が焼きますよ」

「ま、待て! 俺はレイン一筋だ!!」

「私には二人がいるわ!」

「レインちゃんも一緒に来ちゃう?」

「待ってくれレイン……」

「はいはい、大丈夫よバルト。ちゃんと一緒にいるから」


 そうあしらうように言いつつ、顔は真っ赤になってて、かきあげた髪から覗く左手の指輪は綺麗に輝いていた。ごちそうさまです。


「バルトとこんな会話ができるのも二人のおかげよ。本当にありがとうね。シズク、アオイ」

「うん」

「はぁい」

「大丈夫だと思うけど、道中気をつけてね」

「無理はするなよ、二人とも」

「はい」「えぇ」


 私たちは二人を見て頷く。

 そろそろいい時間になったので、リタちゃん、カルロさんに挨拶をしてレストランを出る。お会計は朝、レインが言った通りバルトさんが奢ってくれた。結婚資金大丈夫かな。ダメなら一緒に狩りに行けばいいか。きっと逞しく幸せな家庭になるでしょう。

 私たちは商業区を一緒に歩いて、それから宿屋さんの分かれ道に来て、二人に挨拶する。


「さっきも言ったけど、二人とも気をつけてね」

「大丈夫よぅ」

「レインとバルトさんも気をつけてね。お互い冒険者なんだから、そっちだって危ないんだよ」

「大丈夫だ、レインは俺が守るしな」

「バルト……」

「まぁ、素敵ね」

「ごちそうさま。それじゃ、またね」

「また会いましょうねぇ」

「帰ってきたら教えてね! 一緒に遊びましょう」

「また冒険しような」


 こうして別れを告げて、宿屋さんを目指す。

 宿屋さんにも、今夜限りでしばらく旅に出るからと伝えておく。部屋に入ると、すっかりこの部屋が自室みたいに馴染んだようで、安心する。

 そしてお姉ちゃんは相変わらずベッドにダイブした。


「お姉ちゃん、毎回言うけど、服が皺になるよ」

「大丈夫よぅ、すぐ脱いじゃうから、一緒にお風呂入りましょう?」

「やだよ」

「早く家を建てないとねぇ」

「建てたら、旅できなくなるかもよ」

「うーん、それも嫌ねぇ。いい方法を考えないと……」


 その解決手段として、ストレージに入る可動式のユニットバスをお姉ちゃんが作るのはしばらく先の話。この時の私は知る由もない。

 お姉ちゃんが先にお風呂に入っている間、私は日課の魔術訓練をする。今日はお酒も入っていたからか、いつもと違うことをしてみたくなった。

 私はストレージから魔石を四つ取り出して、お手玉を始める。なぜかお手玉もリエラに鍛えられて、四つくらいならお手のものだ。手へ順番に属性魔力を通す。風、火、水、土……。右手で順番に属性魔力を込めて魔石を上に投げる。左手で受け取って有利属性を少し込めて魔石の魔力を打ち消す。空になった魔石をすぐに右手に渡してまた属性魔力を込める。これを続けて、反対回しも行う。

 知らない人が見たらただの大道芸だけど、わかる人が見たらびっくりする人が多いかもしれない。左右の手で同時に、違う属性を切り替えてコントロールしてるのと変わらないからね。リエラは戦闘魔術もだけど、こんな遊びがとても達者で、なぜかどっちも徹底的に仕込まれた。けど、魔術を使うのにとても役に立っているから感謝かな。

 そうして訓練しているうちにお姉ちゃんがお風呂から出てきた。


「お先に、蒼ちゃん」

「うん、私も入っちゃう」

「日記書こうっと」

「先に髪乾かした方がいいよ」

「はぁい」


 お姉ちゃんが『ドライヤー』を唱えるのを確認して、私はお風呂に入る。

 髪と体を洗って、湯船に浸かって足を伸ばす。うーん、二人で入れたかな、でも狭いな……ちょっと恥ずかしいし。そのうち大きいお風呂にも入ってみたい。銭湯とかあるのかな。

 この街で冒険者としてやってみて、短いけど色々あったなぁ。

 冒険者登録でいきなりソフィアさんに驚かれたり。薬草と一角ウサギ狩りでライラさんに驚かれたり。リタちゃんとカルロさん親子に会ったり。レインとバルトさんにダンジョンへ連れて行ってもらったり。

 どれも大切な思い出だ。さて、思い返すのもこれくらいにして、明日からまたどんな旅になるのかな。

 私は明日からの旅へのわくわくを広げるが、十分あったまったので、お風呂を出て、体を拭いて寝巻きを着る。

 部屋に戻るとお姉ちゃんが魔術訓練してた。


「珍しいね、日記は書き終わったの?」

「うん。ばっちりよぅ」

「そう、魔術訓練もお疲れ様」

「ありがとぉ。蒼ちゃんも雫がお風呂に入ってる時やってたでしょう? お疲れ様」

「うん、ありがとう」

「でもあっという間だったわねぇ」

「この街は冒険の最初だったし、初めてがいっぱいで楽しかったね」

「楽しかったわぁ! また戻ってきましょうね」

「もちろん。ソフィアさんとライラさんにもまた会いたいし」

「カルロさんのおいしい料理食べたいし。リタちゃんを今度こそ妹にしたいし」

「バルトさんとレインがどうなったかも気になるし」

「明日からは、ペーターさんとアンナさんと一緒の旅ねぇ」

「それも楽しみ!」

「わくわくしちゃうわねぇ」

「いくらでも話せるけど、明日も早いし、そろそろ寝よっか」

「そうね、おやすみ、蒼ちゃん」

「おやすみ、お姉ちゃん」


 私とお姉ちゃんはそれぞれベッドに入る。明日からの旅も楽しみだ。


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