12. 蒼ちゃん、相談があるの

 ぼんやりと覚醒する。朝かな……。私はもそもそとベッドの中で寝返りを打って仰向けになる。

 たしか昨日、最後に疲れる出来事が起きてそのまま寝ちゃったんだけど、なんだったっけ……。

 えっと……そうだ、寝ようとしたら神様が変なウサギで現れて、真面目なのか遊んでるのかわからない愛想を振りまいて魔族の話をしてったんだった。

 とりあえず、魔族が邪魔してきたら倒せばいいのかな。

 悩んでも仕方ないし、私は伸びをして窓辺に行く。今日は曇り空。雨は降らないだろうけど、どんよりした天気だ。

 それから着替えて、昨日できてなかった魔力操作の訓練をしていると、お姉ちゃんが起き出した。


「おふぁよぉぉぅ、蒼ちゃぁん」

「あくびするのか挨拶するのかはっきりしようね。おはよう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんも上半身を起こして伸びをして、ベッドから起き出す。昨日神様が現れた時にキュアしてたから、二日酔いは大丈夫みたい。


「今日は曇りなのね」

「うん、でも雨は降らなそうだから外は歩きやすいよ」

「そうねぇ、よかった」


 二人で身繕いをして、一階の食堂へ朝食を食べに行く。ウェイターさんに挨拶して、席に案内してもらう。

 するとすぐに朝食を運んできてくれた。焼いたパンにスクランブルエッグとウィンナー、それからサラダだ。飲み物は果実ジュースをもらった。いただきます。

 お姉ちゃんと話しながら朝食を食べる。特にサラダがおいしい。野菜がいいのかな。シャキシャキしててドレッシングも掛かってる。でも野菜の味が濃いめでいい。パンは固いけど、葡萄の香りがした。食べてみるとなかに干し葡萄が練り込んであった。これもおいしい。ごちそうさまでした。


「それじゃあ冒険者ギルドに行きましょうか」

「そうだね、レインたち待ってるだろうし」


 私たちはフロントに今日も泊まると告げて、料金を先払いして外へ出る。

 途中、レストラン前を掃除してるリタちゃんにも挨拶をする。冒険者ギルドまでの道も慣れたものだ。話してたらあっという間に着いた。

 中に入ると、バルトさんとレインさんがロビーの中央にいたので挨拶する。


「二人とも、おはよう」

「シズク、アオイ、おはよう!」

「バルトさん、レインちゃん、おはよう」

「おはよう。お待たせしました」

「二人をソフィアさんが呼んでたぞ。昨日のことでなにか話があるんじゃないか?」

「はぁい」

「教えてくれてありがとう。レイン、買い物の話は戻ってからでいいかな?」

「もちろん! 待ってるわ」

「じゃあ行ってくるね」


 私たちはソフィアさんに会いに行く。三つあるカウンターのうち、今日は真ん中にいたのでそこに向かう。

 ソフィアさんは私たちを見て笑顔になってくれる。今日も癒されます。あ! 今日は髪型がポニーテールじゃない! 編み込みロングだ! なんて素敵なのソフィアさん……。


「おはようございます。シズクさん、アオイさん、ちょっとよろしいですか?」

「もちろんよぅ」

「……は、はい」


 私は見惚れてて、呼ばれているのにうっかりスルーしてしまうところだった。危ない。

 答えて私たちは椅子に座る。すると、ソフィアさんがギルドカードを二枚取り出して、私たちの前に置く。


「昨日のアンデッド狩りと魔族狩りによって貢献値がたまりましたので、Cランクに昇格となります」

「え……」

「またあっと言う間だったわねぇ」

「魔族狩りの貢献値がかなり大きいものになっていますので、Bランクも間近だと思いますよ」


 お姉ちゃんはEランクのギルドカードにもしていたみたいに、Dランクギルドカードにもしみじみとした声を掛けながら撫でている。お姉ちゃん、まさかカードに名前つけてないよね……? にしてもBランクも間近って、のんびりしていたかったのに、どうしてこんなことに……。


「お、昇格したのか、おめでとう!」

「さすが二人ね! おめでとう!」


 バルトさんとレインが後ろから覗きに来て声を掛けてくれる。でもそんな大声で話したら……。




「おいカウンター見てみろよ!」

「あん? 例の新人にバルトとレインじゃねえか。あいつらパーティ組んだのか?」

「昨日一緒にダンジョン行ったみたいなんだがよ、そこでがっぽり稼いでCランクだってよ」

「バルトとレインは元々Cランクじゃねえか……ってまさか、あの新人がか?!」

「早えよな。俺たちもうかうかしてらんねえぞ」

「どうせバルトとレインにくっついてっただけだろ」

「実際報酬は全部バルトたちがもらって、自分たちは貢献度だけ加算したらしいがな」

「ほらな?」

「だがリッチの魔石は綺麗に浄化されていた。知っての通り、バルトとレインは聖属性魔術は使えない。例のレストランでは鹿の魔物肉が今日の特別メニューらしい」

「…………」

「……肉食いてえな」




 やっぱり後ろで話題になってるううう。恥ずかしいよ……。お姉ちゃんはなんでしたり顔なの。

 本当に、バルトさんとレインさんに助けられただけですから、私たち。魔族はちょっと頑張ったけど。お肉はレストランへ行ってください。可愛い可愛い店員さんがいますよ。

 私たちはソフィアさんにお礼を言って、四人でクエストボードとは反対のスペースに行く。そこにはいくつかテーブルがあって、パーティで相談ができるようになっている。


「早速いつ出かけるか決めましょう!」

「なら今日にするといいんじゃないか? 俺は折れた剣の代わりを手に入れないといけないし、休養にする」

「そうね! 二人はどう?」

「いいわよぉ」

「そうしよう!」


 私たちは早速バルトさんと別れて三人でキャッキャと商業区へ向かう。




 最初は服屋さんだ。リエラに教えてもらったお店などを順番に回っていく。

 レインと私の趣味は似ているらしい。二人で手に取る服が似通っていたので、せっかくだからお互いに薦め合ってみる。

 

「……レイン、これ私にはちょっと可愛すぎる色なんじゃ……」

「大丈夫よ! 歳同じくらいでしょ! 十七歳の私が似たの着てるんだし」

「え、レインって十七歳なの?!」

「そうよ」

「奇遇ねぇ、雫たちも永遠の十七歳なのよねぇ」

「シズク、永遠ってどういう意味?」

「いや、その、実は……」


 私はレインに不老スキルを説明する。


「ずっとその姿のままってこと? それは可愛い服が着放題でいいわね。羨ましいやらなにやら……。でも二人なら納得しちゃうな」

「不気味じゃないの?」

「んー。そういうスキルもあるってことでしょ? でも私がお婆ちゃんになっても、二人がその姿のままじゃ友達ってわかりにくいわね」

「……そうだね」

「その時は荷物持ってもらおうかしら」


 そう言って何気ない風に言ってくれるレイン。そうか、私とお姉ちゃんは一緒で、リエラも不老を持ってるから気づかなかった、いや、避けてたけど、周りで知り合った人は歳をとっていくんだな……。そのうちリタちゃんと見た目が同じ年くらいになっちゃうのかぁ……。


「でも、いつまでも仲良くしてくれると嬉しいわ、レインちゃん」

「もちろんよ! シズク、アオイ!」


 レインに私もなんとか笑顔を向ける。ちゃんと笑えてるといいけど、私は複雑な気持ちを持ったままお会計を……。

 と思ったらレインとお姉ちゃんが、お姫様でもそんなの着ないよっていうくらい、フリルが沢山ついた可愛い服を私に着せるために持ってきて、私はそれを断るのに必死で、そんな悩みはどこかに行ってしまうのだった。




「あー! いっぱい買い物したわ! 二人ともお店を教えてくれてありがとう! この街にこんなお店があるって知れてよかったわ」

「それならよかったわぁ。レインちゃんにも似合う可愛い服がたくさんあってよかったわねぇ」


 お姉ちゃんは、私がデザインは好きなのに恥ずかしがっていつも諦めている、やたら可愛い服をレインに大量に薦めていた。レインは満更でもない感じで買っていくので、二人ともすごい満足したらしい。

 レインって小柄で可愛い感じだからね。フリルやリボン、パステルカラーはとても似合うと思う。私もパステルイエローとブラウンでチェック柄になったフリルワンピースはすごい可愛いって思ったもん。でもその服でレンジャーは向かないと思うんだ……。オフの時にね。


「お腹すいちゃったな。お姉ちゃん、レイン、広場の方に行ってなにか食べない?」


 私は二人に提案してみる。結構時間が経っていて、いつの間にか三の鐘が聞こえた。お昼時だね。通りでお腹がすいちゃってるわけだ。露店やレストランも呼び込みをしている。


「確かにそうねぇ。また広場の露店にする?」

「んー、私がよく行くお店を二人に紹介したいな! いいかな?」

「もちろん。楽しみだね」

「じゃあ、こっち」


 レインは私たちを案内してくれる。広場から少し離れた脇道にあるお店だ。

 テラス席がいくつかあって、ちょうどお客さんにウェイターがドリンクを配膳しているところだ。所作が熟練の感じで綺麗。レストランっていうよりカフェって感じなのかな。


「バルトとオフの時来るんだけど、のんびりできていいんだ。ご飯もおいしいしね」

「それは楽しみねぇ」


 レインに連れられて店内に入る。店内はティーカップや茶葉を入れた缶、お茶を入れる器具が並んでいて、レトロな喫茶店という感じだ。コーヒーの香りもする。この辺りでは紅茶がメインだから珍しい。

 店員さんに人数を告げると、ウェイターさんが奥の席に案内してくれた。四人掛けのテーブル席で、周りの席とも詰まってなくてゆったりしている。

 私たちは早速それぞれメニューを見て、昼食を選んでいく。レインがサンドイッチとケーキが絶品だと教えてくれたので、BLTサンドとチーズケーキにした。お姉ちゃんが卵サンドとアップルタルトで、レインがハムレタスサンドとショートケーキだ。確かに、料理にしてもお茶にしても種類が多い。

 食前に紅茶が振る舞われた。これは日替わりで固定らしい。甘い果実の香りがするフレーバーティーだ。お姉ちゃんが雑談とばかりに口を開く。


「レインちゃんは、ここでバルトさんとデートしてるの?」

「デ、デート?! わ、私はそんなつもりは……」

「でもお店の雰囲気いいし、ここで二人で過ごしてたらデートだよねぇ」


 にやにやしながら私も話に乗る。これこれ、これが数年ぶりの女子会! リエラと三人だと、年上なのにこんな雰囲気にならないんだよね。ちなみにお姉ちゃんと二人だと、私の話ばかりでまったくならない。


「でも好きなんでしょう? こないだ告白も成功したし」

「あれからバルトさん、なにか言ってきた?」

「…………なにも」

「え?! バルトさんなにやってるの? こんな可愛いレインを放置して剣買いに行くとか」

「あとで問い詰めましょう、蒼ちゃん」


 私とお姉ちゃんが憤慨していると、レインがかしこまって言う。


「でも本当にもう十分だから。二人のおかげで気持ちを伝えられたし、バルトの怪我も助けてもらったし」


 どうしたものかなと思っていると、ちょうどそこへ頼んだ料理が配膳される。


「ほ、ほら食べよ! おいしいから!」

「そうねぇ」

「うん、おいしそう」


 いただきますをして食べる。確かにおいしい。まずパンは、表面はトーストしてあるからサクッとしてるけど、中がふわふわで甘い。ベーコンは脂身が少なくて味が凝縮している。でも干し肉と違って硬くない。かすかに木の香りがする。レタスとトマトはシャキッとしてて甘い。この国に来て野菜は新鮮なことが多いけど、ここの野菜はとても味が濃く感じる。ソースはいわゆる照り焼きソースに近い感じ。でも素材の味が濃いからソースの味は薄めで、互いに合わさっていい感じになってる……。


「レインちゃん、ご飯食べてる時の蒼ちゃんって面白いのよぅ」

「黙っちゃってるね」

「そうなの、あれ、頭の中で食レポしてるのよぅ」

「へぇ、どんなこと考えてるんだろうね」

「きっと『ベーコンは脂身が少なくて味が濃くておいしい』とか考えてるわ」

「あはは! でも、ここのベーコンおいしいんだよね。私もそっちにすればよかったかなぁ」

「あれは全部黙々と食べちゃうわねぇ。こっちの卵サンドあげるからそれで我慢して」

「じゃあこっちのハムサンドと交換ね! シズク!」


 そんな会話はつゆ知らず、私は食事をするのでした。ごちそうさまでした。

 ケーキもおいしくいただいて、おしゃべりをしながら食後の紅茶を飲んでいるところ。このあとどうしようか三人で話す。

 お姉ちゃんが、ヘアアクセを買いたいと言うので、アクセサリー屋さんに行くことにする。

 カフェを出て、広場を通って商業区の反対の区画へ行く。アクセサリー屋さんが多くある辺りだ。

 普段使いができるアクセサリーを多く扱っているお店に三人で入る。中に入ると、色々なヘアアクセが所狭しと並んでいた。

 お姉ちゃんは部屋で簡単に髪を留めるバレッタを探しているらしく、一緒に探す。

 見回っていると、奥の方で葉っぱを模した形のバレッタを見つけた。深い緑色のような、青色のような色の、木でできた葉っぱがついている。


「お姉ちゃん。これどう?」

「あら素敵ねぇ、蒼ちゃんみたい」

「え?」

「色のことよぅ。蒼ちゃんの目の色にそっくり。これにするわぁ。選んでくれてありがとね」


 なんだかちょっと恥ずかしくなって、お姉ちゃんを止めようとしたけど、もうすでにお会計をしてしまっているところだった。


「さて、いっぱい回ったしそろそろ戻ろっか?」

「バルトさんも待ってるだろうしね」

「そうねぇ、ギルドに戻りましょうか」




 まだまだお店を見足りなくって、ウィンドウショッピングして雑談しながらギルドへの道を歩く。

 するとあっという間にギルドに着いちゃった。

 また遊ぼうね、なんて話しながらギルドに入る。中ではバルトさんが席に座って待っていた。


「おう、おかえり」

「ただいまバルト! 剣買えた?」

「あぁ、無事にな」

「戻りました。お待たせしましたか?」

「いや、大丈夫だ」

「バルトさん」


 お姉ちゃんが、真剣な顔でバルトさんに近づく。


「あ、あぁ、どうしたシズクさん……?」

「雫はバルトさんに怒っているわぁ!」

「お、おう……俺、なにかしたか……?」

「どうしてレインちゃんの告白を受けたのに、なにもしてあげないのかしら!」


 お姉ちゃんは昼間カフェでした話をバルトさんに叩きつける。


「お姉ちゃん、私も気になってるけど、当事者同士の話だから、ね?」

「黙らないわ! このままじゃレインちゃんが泣いちゃうわ!」

「シズク……」


 ほら、レインが今にも泣きそうだ。お姉ちゃんを止めないと……。するとバルトさんが口を開く。


「あぁ、その通りだ。だからケジメをつけるために、剣と一緒にこれも買ったんだ」


 バルトさんが、手のひらにすっぽり乗るくらいの小箱を取り出してレインに向ける。

 箱を開けると、赤い宝石のついた指輪が中に収まっていた。


「これをレインに。その……け、結婚の約束だと思ってもらって構わない」


 息を飲むレイン。でもお姉ちゃんが畳み掛ける。


「バルトさん、告白の仕方が違うわよぉ」

「あ、あぁ、そうだな。すまない。レイン、結婚してくれないか」

「バルト……」


「お、バルトとうとう告白か! よかったなぁレインちゃん」

「バルトおせえよ! レイン泣いてんじゃねえか!」


 そんな声が周りから聞こえて、あっという間にギルドのロビー全体が祝福モードになる。バルトさんがどつかれて、泣いてるレインのそばに連れていかれ、慰めろ! 抱きつけ! と、周りから応援? されている。

 その後も女性冒険者がレインに近づいて、よかったねレインと祝福を言っていく。

 この二人、ギルドじゃとても有名人で人気者みたい。

 隠してるつもりだったのか、なんでみんな知ってるのよ! と顔を真っ赤にして反論していくレインが可愛い。

 私とお姉ちゃんももちろんレインを祝福した。バルトさんもちゃんと考えてたんだね。よかった。

 ソフィアさんが祝福とともに、静かにするようにと嗜めてくる。でもそんなことでめげる冒険者じゃない。

 どこから持ってきたか、ある冒険者グループがいくつもの酒樽と大量の料理を持って、祝宴だ! と叫びながらテーブルに置いていく。

 このスペースは軽食やドリンクも提供しているため、お皿やジョッキ、カトラリーもあっという間に準備される。

 いつの間にやら私にもジョッキが渡されお酒を注がれて、料理も行き渡っていった。

 お酒を持ってきた主犯格の冒険者の人が、バルトさんに挨拶しろと言っている。バルトさんはレインさんを連れてみんなの前に出ていく。

 ここまでくるともうギルドでは収拾がつかないらしく、先ほどの注意はどこへ行ったのか、ギルド職員もジョッキを持って話を聞く体勢になっていた。

 ソフィアさんもジョッキを持ってる。なんだか大きくないですか? え? ソフィアさん用の特注?


「今日は突然だったが、みんな祝ってくれてありがとう! 俺はレインを幸せにする!!」

「ありがとう! みんな!」

「おめでとうバルト! レイン!」

「がんばれよ!」

「レイン! バルトが浮気したら殴りに行くから言ってね!」

「レインちゃん! 嫌になったらいつでも雫のところに来るのよぅ!」


 お姉ちゃんまで……。まぁ私も叫んだ祝福の声が一通り落ち着いたところで……。


「「かんぱーい!!」」


 あとはもうどんちゃん騒ぎだ。お姉ちゃんはまたハイペースで、周りの冒険者を驚かせている。私もいただきます。乾杯に合わせてまずはジョッキを傾けるけどちょっとずつ。

 料理も食べてみる。どうやらこのギルドで提供している料理らしく、大味でしょっぱさが強めだけども、とてもお酒に合う。お酒が進んじゃう。気をつけないと。

 そうだ、酔い潰れる前にお酒を持ってきた人にお金を払っておかないと。挨拶も兼ねてそちらに私は向かう。さっきもバルトさんと話してたから姿はわかってる。長身で筋肉ががっしりついた、黒髪短髪の男性だ。


「あの、すみません」

「なんだ嬢ちゃん」

「私、最近冒険者を始めた蒼と言います。あっちで飲んだくれてるお姉ちゃんの雫と一緒にやってて……えっと、声を掛けたのはお酒と料理の代金を支払うためです」

「おう、よろしくなアオイ! 金は祝いの席だし取る気はないぞ。それに、新人なんだから、そんな遠慮せず好きなだけ飲んで食ってけ!」

「え、でも……」


 すると近くにいた仲間の人たちも会話に混ざってくる。


「そーっすよ。新人なら遠慮せず……って、あんた例の冒険者か!」

「例の?」


 私は疑問に思って聞いてみる。やっぱり噂になってるのかな……。

 リーダーの長身の人が、話に混ざった人を一発殴って黙らせてから言う。


「あぁ、うちのばかが失礼。ほら、お前ら二人、やたらウサギとか魔物狩ってただろう? 新人にしちゃ珍しくできるなってうちのチームでも話しててな」

「どうしても支払いが気になるんなら肉っすよ! 肉! 肉置いていってください! 俺は金より肉が食いてーっす」

「俺たちが肉勧めるならまだしも、新人にねだってどうすんだよ!」


 さらに一発追加が入る。うわ、かなりいい音したけど大丈夫かな。でも、お肉か……ここの人たちお肉好きだろうし、お金よりいいかなぁ。


「わかりました。お肉ならいくらでも出します! 一角ウサギでいいですか? それとも昔狩ったブラウンタイラントバッファローなどどうでしょうか?!」

「「ブラウンだと!!?」」


 周りの人たちが一斉に驚いた声を出す。それもそうだ。レッド、イエロー、ブラウン、インディゴ、ブラック。五種類いるタイラントバッファローの真ん中とはいえ、ブラウンなんてこの辺りじゃ狩れる人間がかなり限られる上、目撃例がそもそも少ない。


「ブラウン……。しかも昔……」

「あ、昔って言ったから気にしてますか? 魔術具のかばんにしまってあるので鮮度は大丈夫ですよ」

「いや、そうじゃない。そうじゃない……。売れば新人には十分な収入になるぞ。一昨日狩ってたレッドとは比べ物にならないくらいのな」

「お祝いの席ですから、気にしないでいきましょう! よければ食べませんか?」

「「食う!」」

「それじゃ厨房にお願いしてきますね」


 私は厨房に向かう。背後から俺食ったことねぇよといった声が聞こえてくる。ふふ、レッドよりおいしいからね。ぜひ皆さんで味わって欲しいものです。


 テーブルに戻ってさっきの人たちと談笑していると、どうやらブラウンタイラントバッファローの料理ができたのか、次々にお皿が運ばれてくる。まず最初はバルトさんとレインの席だ。

 二人は驚いたあと、レインが二人分取り分けて同時に口にする。周りは黙り込み、生唾を飲み込んで見守る姿勢だ。


「おいしい……」

「うまいな」


 その感想とともに、周囲の騒ぎが大きくなる。食い気の盛んな冒険者が我先にと別のお皿に取りに向かっていく。まだありますからね、怪我しないでくださいね。

 お肉が置かれたお皿の周囲からはうまい! おいしい! なんて騒ぎが聞こえてくる。私が感想を聞きながらジョッキを傾けていると、飲んだくれお姉ちゃんがこっちにやってきた。

 

「あのお肉、蒼ちゃんが出したのぉ?」

「うん、ごめんね、勝手に」

「いいのよ。お祝いだし、もってこいだわぁ」

「二人じゃ食べきれないしね」

「そうねぇ」


 この肉はとてもおいしい。一口食べればお肉がとろけるように柔らかく、噛めば肉汁と脂の溶け合ったジュースが口の中に広がるのだが、私とお姉ちゃんにはちょっと重いのだ。好みで言うとレッドタイラントバッファローの脂身の少ない赤身の方が肉肉しくて好きです。ただ、燻製とかにして脂を落とし切ると、私の好みに近づいてとてもおいしい。申し訳ないけど燻製したやつは出さずに別に大量に取ってある。出したのは狩って血抜きして、いつか売れるかなってそのままストレージにしまっておいた肉塊だ。

 お姉ちゃんと雑談しながらちびちびとジョッキを傾けていると、近くで行け! だの、頑張れ! だのと声が聞こえて、その集団から押し出されるように一人の冒険者が飛び出してこっちにやってきた。

 その人は意を結したようにこっちを見つめて話し始める。


「あの、お二人が肉を提供したと聞いたんですが、そうでしょうか?」

「そうですよ」

「蒼ちゃんが提供したのよぅ」

「ぉぉおお、これが神の導き、いや、お二人が女神!」


 この人、突然泣きながら拝みだしたけど大丈夫かな……。


「それで、なんでしょうか……?」


 私は若干ひきながら尋ねてみる。


「肉を、肉を少し売っていただけませんか?」

「はい?」


 それから詳しく話を聞いてみると、この男性、ハンスさんはどうやらおいしいお肉を食べるために冒険者になったけど、最近あまり狩れず、お肉を食べる機会が減っていて嘆いていたらしい。そこへ数日前に私たちが現れて、一角ウサギやらレッドタイラントバッファローの精算で肉を納品していないのを見て、もしかしたら余った肉を売ってくれるんじゃないかって思ったとのこと。自身ではレッドタイラントバッファローは倒して食べれたんだけど、ブラウンにはお目にかかれたことがなくて、今回初めて食べられて感動したんだって。

 私たちはちょっと相談させて欲しいと二人になる。


「どうするお姉ちゃん?」

「ブラウンタイラントバッファローをあげてもいいけど、面白そうだから、あっちの燻製肉を教えずに出しちゃいましょう」

「あっちって……まさかあれのこと?! 即答じゃない……。勘が働いたの?」

「あそこまでの肉好きに悪い人はいないわぁ」

「……酔っ払ってるの? そんな理屈ある? まぁ、いっぱいあるからいいけど」


 若干酔っ払っているであろうお姉ちゃんの言葉を不安ながら信じて、私たちはハンスさんに向き直る。


「えっと、少しでよければお譲りします」

「ありがとうございます。女神よ……!」


 再び拝みだす、というかへんなポーズをとるのをやめて欲しいです。ハンスさん……。


「ただ条件があります」

「はい! いくらでも払います!」

「ではなくて、まずその変な態度をやめて普通に接してください」

「……っ。わかりました」

「それから、絶対にバレてはいけません。仲間にもです」

「はい」

「値段は言い値で結構です。ハンスさんなら、このお肉の価値がわかるとお姉ちゃんが判断しましたので。お肉に関しての詳細は言いません。ただ、燻製肉とだけ」


 私はかばんから、両手で持てるくらいの大きさの燻製肉の塊を取り出してハンスさんに渡す。


「これは……」


 じっと、受け取った燻製肉を見つめるハンスさん。肉好きなら初めて見るこのお肉でも、普通よりも藍色が強いこのお肉の特徴を知っているはず。

 やがて気づいたのか、目を見開くハンスさん。


「こ、これは……いや、まさか……」


 こっちを見るハンスさんに、私とお姉ちゃんは揃って立てた人差し指を口に当てて見つめ返す。

 にやけ顔を必死に隠そうとして引き攣った顔になったハンスさんは、大層丁寧にお礼を言って仲間の元へ戻っていった。私たちに、昨日のバルトさんたちの精算額より高い、結構なお金渡して。




 宴もたけなわでございますが、ということでお開きになった。ごちそうさまでした。

 私とお姉ちゃんも、バルトさんとレインにまた明日ギルドで会えたらと挨拶して宿屋さんに帰る。だいぶ酔っ払っていたお姉ちゃんをお風呂に放り込んで、私は日課にしている魔力操作の訓練をする。寝惚け眼でお風呂から出てきたお姉ちゃんと入れ替わって、私もお風呂に入る。

 お風呂から出たら、お姉ちゃんはベッドに突っ伏して寝ていた。よかった、髪は乾かしてたみたい。でもシーツがはだけていたので掛けなおしてあげる。

 私も髪を乾かして、歯を磨いてベッドに入る。おやすみなさい。




 それから数日は、二人で薬草採取や、レインたちと一緒に魔物狩りをして過ごした。連日リタちゃんのところにも通っている。順調に稼ぎも入るし、冒険者としてやっていけるなと思ったある日の夜、今日はもう宿屋さんでお風呂にも入って、のんびりしているところだ。

 二人でベッドに転がって雑談してたら、急にお姉ちゃんが珍しくかしこまって言う。


「蒼ちゃん、相談があるの」

「なに? お姉ちゃん」

「違うところに行ってみない?」

「別の国に行くってこと?」

「ううん。まずはリインフォース領に行ってみたいなって。リエラちゃんから手紙も預かっているでしょう?」

「そうだね。あの手紙は確かに気になる。私たちも日が浅い冒険者とはいえCランクになったし、多分他の領へ向かっても平気だと思う」

「リタちゃんとか、ソフィアちゃんとか、ライラちゃんとか、レインちゃんとかと別れるのは寂しいけど……。あぁ、リタちゃんを妹にして一緒に連れて行けないかしら」

「それじゃ誘拐でしょ。だめだよ絶対」


 お姉ちゃんが袖を口に当てて泣く演技をしている。泣いてもだめですよ。領を移るなら諦めてください。


「確かに寂しいけど、また戻って来れば会えるしね。リインフォース領はここから東だっけ?」

「そうよぅ。ちょっと距離があるから、乗せてくれる商人さんの馬車を見つけたいところだわ」

「明日冒険者ギルドで地図を見ながら相談して、リインフォース領に行く商人さんを探そうか」

「賛成よぅ」


 みんなにしばらく離れることも伝えないとね。と言いつつ眠りに沈んでいくお姉ちゃんだった。

 私も寝よう。ベッドに入って明かりを消す。おやすみお姉ちゃん。

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