11. ウサギ再び

 バルトさんたちとダンジョンから出た翌朝、私はテントで目を覚ました。

 お姉ちゃんに抱きついたまま寝てしまっていたらしい。頭がとっても気持ちいいと思ったら、お姉ちゃんが私の頭を撫でていた。


「起きた? おはよう蒼ちゃん」

「おはようお姉ちゃん。まさか、ずっと起きてたの?」

「雫も今起きたのよぅ、そしたら蒼ちゃんが可愛く抱きついてくれてたから、思わず撫でちゃった」

「そっか」


 もそもそとお姉ちゃんから離れる。名残惜しそうにしていたけど、恥ずかしいのでここまでです。

 私たちは軽く身だしなみを整えてテントを出る。すると、バルトさんとレインさんはもう起きていたのか、焚き火の前に座っていた。


「二人とも、おはよう」

「シズク! アオイ! おはよう!」

「おはようございます」

「おはよう、早いのねぇ」

「シズクさんのヒールがよかったのかな。すっかり回復したぞ」

「ありがとね、シズク。バルト、元気になったみたい。怪我ひとつないって」

「よかったわぁ」

「アオイもありがとね。魔力は大丈夫?」

「うん、もうほとんど回復したよ」


 レインさんは私たちにお茶の入ったカップを渡してくれる。口につけると、温かくて少し甘いお茶が口の中に広がった。

 さて、朝ご飯を作りますか。私は昨日の鹿肉の薄切りを焼いて、パンにレタスと挟んでホットドックっぽくする。それと昨夜多めに作ったスープを温める。それぞれを三人に渡して、いただきます。

 ソースは作ってストレージに常備してある照り焼きソース。この世界、なぜか醤油に似た調味料があるんだよね。それを街で見つけて味見したとき、私とお姉ちゃんはこの世界でやっていけると思った。慣れ親しんだ味って大事だよね。とても高かったけど、快く買ってくれたリエラには本当に感謝してる。

 さて、料理は二人にもとても高評価をいただきました。ごちそうさまでした。

 食器の後片付けをして荷造りをする。今日はもう帰るだけだからそんなに大変でもないかな。

 荷造りはすぐに終わって、バルトさんを先頭に街へ向かって歩き出す。

 帰りは、馬車ではなくて徒歩だから時間がかかる。私たちは無理をせず、何度か休憩を取りながらゆっくり歩く。

 嬉しかったのは、レインさんも含めて四人で会話が弾んだことだ。行きではずっとこっちを睨んできた表情よりも、バルトさんや私たちの話に表情が二転三転し、笑顔になるレインさんの方が可愛い。


「シズクとアオイの服ってあんまり冒険者とか魔術師っぽくないわよね。どこの服なの?」

「これは、マイヤの街で買った服だよ」

「え! あの街にそんな可愛い服売ってるお店あった?」

「リエラちゃんが教えてくれたのよぅ」

「誰? リエラって。友達?」

「ううん、私たちの魔術の師匠。この国のこと教えてくれたんだ」

「そうなのね、あなたたちよその国から来たの?」

「えぇ、東方の国からよぅ」

「へぇ、まあそれより服よ! よかったらそのお店今度教えてくれないかしら? 二人が着てるのを見て私も気になっちゃった」

「ありがとう、もちろんいいよ!」

「レインちゃん、それなら一緒に行きましょう」

「うん!」


 今度三人で買い物したり遊ぼうねという話になった。とても楽しみだ。

 道中は会話も弾んだり休憩しながらってこともあって、障害もなくあっという間に進んで街に着いた。

 門番さんに挨拶をして街に入る。

 とにかく冒険者ギルドに行こう。そう話していたから、私たちの目的地は冒険者ギルドだ。商業区を抜けて、まだ数回しかくぐっていないけど、すっかり見慣れた建物に入る。

 あ、ソフィアさんだ。こっちに気づいて、私がいつもの仕事ができる美人スマイル向けてくれるかなって期待していると、ソフィアさんは願った通りの素敵な笑顔を向けてくれる。


「みなさん、お帰りになったんですね」

「ただいま、ソフィアさん」

「戻ったわぁ」

「ソフィア、ただいま」

「今戻りました」


 私たちはそれぞれソフィアさんに挨拶をする。そして、代表してバルトさんが言う。


「ソフィアさん、早速で悪いんだが、緊急で話がある。ギルマスはいるか?」

「はい、いつもの部屋でサボってますけど、どうしました?」


 サボってるというソフィアさんの愚痴を無視してバルトさんが小声で告げる。緊急だしね。


「魔族が出た」


 息を呑んだソフィアさんが、ギルマスに伝えてきますと席を立って奥へ行く。そして、すぐにソフィアさんが戻ってきた。


「話を聞きたいそうです。奥にお願いします」

「わかった」


 私たちは首肯してバルトさんについて行く。

 奥の部屋は、ギルマス用の部屋なのか、奥に執務机、手前に応接スペース、両サイドに書類棚と武器やアイテムの類の棚が並んでいる部屋だった。

 私たちは会うのが初めてなので、ギルマスに自己紹介をする。ギルマスはガイウスさんというらしい。私たちはギルマスに促されてソファに座る。席が一杯になったので、ギルマスは執務机、ソフィアさんはその机のそば、という配置だ。

 ギルマスが早速、とばかりに口を開く。


「それで、魔族が出たと言うことだったが……」

「あぁ、ここから東のダンジョン。ほら、もう探索しきっているダンジョンな、あそこの下層で出た。リヒャルトって名乗っていたぞ」

「名付きの魔族だと……。お前らよく無事だったな」

「それはこの二人がなんとかしてくれたよ。俺とレインは役立たずだった」

「そんなことないです!」


 私は声を上げて否定する。


「あの時バルトさんがいなければ、私たちに魔術を詠唱する時間はありませんでした。レインさんがいなければ、敵の防御特性を見破れませんでした。だから、役立たずじゃないです」

「アオイ……」

「いやでもアオイさん……」

「そうよぅ、それより今は、話を続けましょう?」

「あ、あぁ、そうだな」


 バルトさんに先を促すお姉ちゃん。


「とにかく、倒して無事に帰ってくることができたわけだ。いや、俺は死にかけてたけどな」

「だが、今は怪我しているようには見えないな」

「それはシズクさんのヒールのおかげだ」

「間に合ってよかったわぁ」

「なにか、倒した戦利品か、魔族がいたという証拠はあるか?」


 ギルマスが問いかける。当然でしょう。私は三人を見て頷いて、かばんから魔石を取り出す。


「どうぞ。リヒャルトの魔石です」


 私はギルマスの執務机に魔石を置く。魔族の魔石は、魔物を倒した時に出る魔石とは比較にならないくらい邪悪な赤黒さで、鈍い輝きを備えていた。


「これはたしかに、魔物の石の色じゃないな……。くそっ、本当に出たってのか、魔族が……」

「ギルマス、これが魔族の魔石ってわかるのか? 俺は魔族も、こんな色の魔石も初めて見たんだが……」

「あぁ、過去に倒したことがある」

「「なっ」」


 バルトさんとレインさんが驚きの声を上げる。どういうことだろう。私とお姉ちゃんは疑問符のままだ。


「魔族は魔王とともにだいぶ前に全て滅ぼしたって……」


 レインさんが言う。そうか、滅ぼしたから出る訳ないってことか。それを聞いたギルマスが神妙な面持ちになって口を開く。


「実は全て滅ぼしたわけじゃないんだ。生き残りがいてな。それがたまに各国に現れる。国にはそれを滅ぼす役目があって、上級冒険者には協力依頼が来る。俺もその依頼を受けて戦いに参加したことがある一人だ」

「そんな……」

「ところで、お前たちはどうやってこいつを倒した? 名付きの魔物は、俺が闘いに参加した時も数十人規模の戦いだったぞ」

「それは……」


 上級ってことは、A級以上の冒険者に来る依頼かな。そんな人たちが数十人規模って……。

 私とお姉ちゃんは顔を見合わせて頷く。そんな大ごとなら、隠しておくわけにもいかない。


「バルトさんが魔族、リヒャルトと相対してくれている隙に、私が両腕を切断して、呆けているうちに……」

「雫が聖属性魔術で浄化したのよぅ」

「浄化だと?! アンデッドや低位の魔族ならわかるが……名付きの魔族でも可能なのか?」

「他の魔族のことなんてわからないわぁ。でも実際ホーリーで塵になっていったのよぅ」


 ギルドマスターが目を見開いて驚く。


「ホーリーだと?! なぜホーリーで名付きの魔族が倒せたんだ?!」

「ギルマス、ただ上級魔術で、魔族を浄化しただけでしょう? なんでそんなに驚いてるんですか?」

「お前ら素人かよ!」


 すみません。まだ登録して数日なんです……。するとギルマスもはっと気づいて。


「……すまん、そうだったな、登録したてだったな。わかった、説明してやる」

「すみません。お願いします」

「魔族に限らず、レベルの高い魔物などのモンスターは基本的に魔術耐性が上がっていく。これはわかるな?」


 私とお姉ちゃんは頷く。


「さらに魔族は、低位の魔族も含めて、魔術耐性がとても高く、魔術でダメージはほとんど与えられない。弱点は聖属性魔術で、他の属性より効くのは間違いないな。間違いないが、低位の魔族ではホーリーでぎりぎり浄化、名付きの魔族ではダメージを与えられることしか確認できていない。だから、お前がホーリーで名付きの魔族を浄化できたのか不思議なんだ」

「魔族って、そもそも浄化しなかったらどうやって倒すんですか?」


 私は疑問になって尋ねてみる。お姉ちゃんの浄化でしか倒したことがないからわからない。


「とにかくダメージを与えて肉体を滅ぼしていく。そして魔族の心臓である核が見えたらそれを砕く。核は他の魔物でいう魔石のことだ。つまり今俺の目の前にあるこれだな。本来、魔族の魔力で染まっているから、砕かないで放置すると肉体が復活する」

「え?! じゃあその魔石もどうにかしないと……」

「この魔石はもう、魔族の魔力に染まっていない綺麗な状態になっているから大丈夫だ。これも浄化か?」

「わからないわぁ。ホーリーを掛けたらその状態になったから、戦利品と思って蒼ちゃんに持ってもらっただけだもの」

「そういやお前ら、スキル色々持ってたよな。ここで話していいか?」


 私とお姉ちゃんはギルマスを見て頷く。仕方ないよね。バルトさんとレインさんにはあとで黙ってたことを謝ろう。


「ソフィア、石板の写しを持ってきてくれ」

「こちらに用意してあります」


 さすが仕事のできる女性ソフィアさん。すでに私たちのスキルデータを持ってきていたみたい。

 渡された書類に目を通し、唸り出すギルマス。やっぱり称号が問題なのかな。


「先日見た時にも思ったが、称号の聖女の祝福ってなんなんだ……? 見たことないぞこんなスキル」

「それは神様にもらったスキルよぅ」

「は?」


 口を開けてぽかんとするギルマス。ちゃんと説明しないとだめかな。


「お姉ちゃん、私たちがなぜスキルを持ってるのか、最初から説明しないとわからないと思う」

「そうねぇ」


 そうして私たちは、この場にいる人たちに異世界転移したところから、今日に至るまでを簡潔に説明した。神様と生意気なウサギのことはたっぷりと誹謗した。

 

「なので称号の手に入れ方はわかりませんし、説明にある限界突破という意味もよくわかっていません。リエラが言うには、上限がなくなるとのことでしたが、まだ試せていないんです」

「上限がなくなるってどういうことだ?」

「魔術には威力上限がありますよね。例えば下級魔術に必要以上の魔力を込めると、威力が上がって中級魔術相当になりますが、必要量の魔力で撃った中級魔術以上には上がりません。これは術式が蓄える魔力量によって変わると言われています。その上限がなくなるんじゃないかと」

「上級魔術の上限がわからなくて試せてないのよぅ」

「ちなみに下級魔術は通常の上級魔術相当で止まりましたが、中級魔術は上級魔術の魔力を必要以上に込めた程度には威力が上がりましたね。もう少し上がるかもしれません」

「それに、多重詠唱の方が手っ取り早いのよぅ」

「多重詠唱?」

「同じ魔術を一つの魔術陣に重ねるんです。威力が単純に倍化していく感じになるので、魔力を余計に込めるより使い勝手がいいんです。私がリヒャルトの腕を切るときには、その方法を使いました」

「なるほどな……」


 頷いてるが多分あんまり納得していないギルマスと、ぽかんとしているバルトさんとレインさんを放置して、私は気になったことを聞いてみた。


「お姉ちゃん、リヒャルトにホーリーを撃った時は、魔力をどう込めたの?」

「あの時はねぇ、多重詠唱してて、蒼ちゃんに言われてとっさに最後の一発だけやったことない量の魔力を込めたわねぇ」


 やったことないって……それ魔力が切れる危険域なんじゃ……ドキッとする私に気づかないのか、お姉ちゃんはそのまま続ける。


「余計にどっちの影響かわからないわねぇ」

「だが通常以上の威力になったのは間違いない。いずれにしても、シズクの魔術には、魔族を浄化できる力があるということがわかった。これは、名付きの魔物を倒す対抗手段が、今まで核を壊すことだけだった俺たちの希望になる。よかったら、今後の闘いでは協力してくれないか?」


 ギルマスが話をまとめ、私たちに協力を要請してくる。私がどうしたものかなと悩んでいると、お姉ちゃんが言う。


「嫌よぅ」

「なぜだ? 国にも報告することになるが、代わりに上級冒険者に推薦してやれるし、倒せば報酬も莫大になるぞ」

「雫は蒼ちゃんとのんびり旅がしたいのよぅ。協力に応えたらのんびりできなさそうだもの。今回みたいに、雫たちの邪魔をしたら倒すけれども」

「お姉ちゃん……」


 お姉ちゃんが珍しくはっきりと断りを告げている。私も実は要請には応えたくない。だってお姉ちゃんが言う通り、好きなところへ旅できなくなりそうだしね。観念したのかギルマスがため息をついて口を開く。


「はぁ……わかった。せめて出会った時に倒してくれるのなら問題ない。もちろん自分たちの安全最優先でな」

「それはもちろんよぅ」

「わかりました」


 私たちは了承する。すると、今まで呆然としていたバルトさんとレインさんが口を開く。


「なぁ、お前らすごいやつだったんだな……」

「シズクもアオイも、Aランクに推薦されるほどだなんて……。きっと偉大な魔術師なのね……」

「そうよぅ、蒼ちゃんはすごいのよぅ」

「ちょっと! 私たちはただのDランク冒険者よ。お姉ちゃんものらない!」


 わぁわぁ騒いでたものの、私の突っ込みによって会話がちょっと落ち着いたところで話を続ける。


「今まで異世界人ってこと、黙っててごめんなさい」

「そんなこと、気にしてないぞ。大体みんな大小あれど訳ありだしな」

「私、最初二人にキツくあたっちゃったけど、シズクとアオイはもう友達でしょう? それとも、アオイは違う?」

「そんなことない、嬉しい。レインさんありがとう」

「レイン」

「え?」

「私の友達はみんなそう呼ぶわ」

「わかった! ありがとう、レイン」

「さっすがレインちゃんねぇ。可愛い」

「シズクはすぐ私を撫でるのやめなさい!」


 部屋に笑い声が響く。

 話は済んだということで、私たちはギルマスの部屋を退室して精算カウンターへ向かう。


「バルトさん、レイン、リヒャルトの魔石なんだけど、私が買い取ってもいいかな? いくらになるかわからないから精算カウンターで価格を見てもらってからになるけど」

「それならアオイたちが好きにしていいわ。お金もいらない」

「おい、レイン!」

「バルトだめよ。私はあの時役に立たなかった。あなたは瀕死の状態を助けてもらった。それこそ、もう冒険者ができないくらいのね。だからその報酬よ」

「あ、あぁ……そうだな。すまない、その通りだ。二人の好きにしてくれていい」

「本当にいいのかしら? 一攫千金よぅ?」

「言わないでシズク! ほんとにいいの!」

「じゃあせめて他の魔石を全部持っていって、依頼者にも通りがいいでしょう?」

「それは助かるが……逆にいいのか?」

「Dランク冒険者を案内してくれた報酬ですよ」

「だが、リヒャルトとの戦いは別にしても、二人は十二分に戦力だったぞ」

「そういうことはいいのよ! バルトさんとレインちゃんに大事なのは! 今後、結婚資金が必要ってことよぅ!」


 最後にそう締めたお姉ちゃんの一言に、二人は顔を真っ赤にして慌てるのだった。




 魔石だけとはいえ数が多かったので、結構な額になったみたい。リヒャルトの魔石は私がストレージにしまった。


「精算金はありがたくもらうことにするが、貢献値は二人にもちゃんと加算されるようにしといたから安心してくれ」

「今ギルマスがリヒャルトの分どうするか考えてるってさ」

「それよりも、打ち上げよぅ。ぱーっとごちそう食べましょう」

「そうだね、四人でご飯、どうかな?」

「私はもちろん行くわ! バルトも不参加は許さないわよ」

「わかってるって、俺ももちろん参加だ」


 二人の了解も取れたし、私たちは四人でリタちゃん親子のレストランに向かう。

 中に入ると、リタちゃんが笑顔で迎えてくれる。まだ早い時間だったのか、お客さんもほとんどいない。


「いらっしゃいませシズクさん、アオイさん。そちらのお二人はお友達ですか?」

「そうよぅ、バルトさんとレインちゃん。四人で冒険に行ったからその帰りなの」

「いらっしゃいませ! では、奥の席にどうぞ!」

「ありがとうリタちゃん。これ、冒険で余った鹿肉、カルロさんに渡してくれるかな?」

「わぁ! ありがとうアオイさん! お父さーん!」


 そう叫びながら奥へ鹿肉を届けに行くリタちゃん。すると奥からカルロさんが顔を覗かせたので挨拶する。


「よう嬢ちゃんたち。打ち上げだって? ならもらった肉でごちそう作るからちょっと待ってな!」


 再び厨房に引っ込むカルロさん。やった、これはおいしい料理が期待できるなぁ。


「どんなところに連れて来られるのかと思ったが……」

「思ったより普通のレストランね」


 バルトさんとレインが口を揃えて言う。


「普通じゃないわよぅ。ここの料理はとってもおいしいから期待してるといいわ」

「わかった」

「楽しみにしてる」


 先にリタちゃんがエールと、すぐにつまめるナッツを持ってきてくれた。これが居酒屋で言うお通しってものなの? そういえば私、居酒屋って行ったことないな。外でお酒飲むのも初めてかも。

 私たちはジョッキを持ち、バルトさんに促して乾杯の音頭を取ってもらう。


「俺か? ゴホン……冒険の無事と成功を祝して!」


「「「「カンパーイ!」」」」


 私たちはジョッキをカンとぶつけ合って、それぞれジョッキを傾ける。エールはわずかな苦味と、甘いフルーツの香りがした。ジュースのような甘さはないけど、独特の飲み心地で、一口と思ったけどそれ以上に飲んでしまった。とても飲みやすい。エールって初めて飲んだけど、これが地球で叔父さんが言ってた喉越しってやつ? 仕事終わりの一杯がたまらないってやつ?

 そんなことを感じながら、半分ほどになったジョッキをテーブルに置くと、お姉ちゃんとバルトさんがお代わりを頼んでいた。どうやってそんなに……早くない?


 リタちゃんが料理を順番に運んできた、まずポテトサラダに、川魚の素揚げだ。

 この辺り川があるから、川魚は獲れるんだよね。そのうち海の近くに行って海の幸もいいなぁ。いただきます。

 まずはポテトサラダ、ポテトが甘くて、スパイスがピリッと効いておいしい。しかしリエラも気にせず使ってたけど、スパイスって高くないのかな。歴史を勉強したときに胡椒で戦争が起きたって聞いたけど……。まぁおいしいからいいか。

 川魚の素揚げは臭みがなくて食べやすかった。地球で食べたワカサギの素揚げに似てる。ビネガーソースがかかってて酸味が疲れた身体にとっても心地いい。あっ、もしかしてこれを一口食べてエールを飲むと……。おいしい。

 大人がみんなお酒を飲むの、わかった気がする。


「ふふ」


 お姉ちゃんがこっちを見て笑ってる。


「お姉ちゃん、笑ってどうしたの」

「蒼ちゃんが黙々とおいしそうに食べてるなって。三人で会話してたの、聞いてた?」


 私は顔が真っ赤になった。


「いやわかるぞアオイさん、これはうまいな……」

「ほんと、アオイとシズクが薦めた理由がわかるわ」

「まだまだこれからよぅ」


 そんな風に話しながら、今度はちゃんと私も会話に参加して四人で舌鼓を打つ。

 次に来たのは羊肉のサイコロステーキ。レタスに包んで食べるのがこの辺りの食べ方らしい。私も一緒に添えられたレタスにソースをつけ、お肉を乗せて口に運ぶ。これ知ってる。いや行ったことはないけど、高級店の焼肉!!

 お肉が柔らかくて噛み締めると出てくる肉汁が甘い。ソースがお肉の味を消すことなく、塩味と甘さを増幅させる。そしてレタスが余計な油の味を吸収してさっぱりとさせるのに一役買っている。これもおいしさだけ感じることができる要因なのかな。私たちは引き続き舌鼓を打つ。

 そしていよいよ、メインディッシュの持ち込み鹿肉で作ったローストだ。


「これ、昨日狩ってくれた鹿の魔物だよな?」

「そうです、流石に四人で食べきれないので、さっきレストランのマスター、カルロさんに渡しました」

「持ち込むとおいしい料理を作ってくれるのよぅ」

「そんなことより早く食べよう! 絶対おいしいよ!」


 レインが待ちきれないのか私たちを急かす。私たちはそれぞれ大皿から取り皿に取って早速口に運ぶ。

 え、豆腐? って思うくらい柔らかい。鹿は赤身が強いから鹿の魔物もそうなんだけど、それにしたって味が濃い。臭みなどのクセはまったくと言っていいほどなく、これはカルロさんの腕かな。味付けは塩だけなんだけど、煮込み料理をしたのかってくらい香りと味が強くておいしい。しかもこの柔らかさ、ほとんど噛まなくても食べることができてしまう。



「柔らかくておいしい!」

「うまいな……毎日食いたい」

「おいしいわねぇ、さすが蒼ちゃん!」


 三人も大満足のようだ。よかった。狩った甲斐がある。


「満足してもらったようでなによりだよ」

「あ、カルロさん。いただいてます。とってもおいしいです」


 厨房からカルロさんが顔を出してくれる。


「鹿肉、まだ残ってるが食うか?」

「俺お代わり欲しいです!」

「私もお代わり!」


 バルトさんとレインが異口同音とばかりに口を揃えて言う。


「雫はエールが欲しいわぁ」

「お姉ちゃん、飲みすぎてない? 大丈夫?」

「大丈夫よぅ」


 お姉ちゃん、酔いにくい上に酔ったのがわかりにくいんだよね。


「わかった。ちょっと待ってな」

「あ、リタちゃんとカルロさんも鹿肉、是非どうぞ」

「おう、リタはもらったよ。俺も味見させてもらったが、相変わらずいい肉持ってくるな」

「アオイさん、おいしかったよ! ごちそうさま!」

「あ、リタちゃぁん。こっちおいでぇ」


 お姉ちゃんがリタちゃんにおいでおいでしてる。やっぱりもう酔ってるんじゃ。

 リタちゃんはお姉ちゃんに頭を撫でられて、抱きつかれてちょっと恥ずかしそうにしてる。ほどほどにね。嫌われちゃうよ。

 そんな感じで私たちは盛り上がりながら、夜も更けていくのだった。


 私たちは満腹になって大変満足したので、ごちそうさまをした。そして夜も遅いしとカルロさんに支払いをして、レストランをあとにする。

 レストランから少し一緒に歩いて、宿屋さんが別方向になる十字路で私たちは明日の話をする。


「明日もギルドか?」

「そのつもりよぅ」

「今日と同じ二の鐘くらいよね? なら明日、その時間にギルドで買い物にいつ行くか決めましょう!」

「わかった。また明日ね、二人とも」


 そう話して二人と別れ、宿屋さんへの道をお姉ちゃんと歩く。お姉ちゃん、酔ってないかな? 大丈夫かな。


「お姉ちゃん酔ってない? まっすぐ歩ける?」

「大丈夫よぅ、こうして腕を組めば問題ないわぁ」


 私に腕を絡めてくるお姉ちゃん。まぁ危ないし、私は諦めてお姉ちゃんを支えることにした。

 宿屋さんに着いたのでフロントで挨拶をして、今日も宿泊の料金を支払う。お姉ちゃんを支えながら階段を上がって、なんとか部屋にたどり着く。


「お姉ちゃん、着いたよ。はいベッドここだから、お水も飲んで」

「んん……ありがとぉ蒼ちゃん」

「ちょっと飲みすぎだよ」

「そうでもないわよぉ。それに、楽しかったんですもの」


 私はお姉ちゃんに洗浄魔術を掛けて寝かせる。着替えは無理かなぁ。ストレージから出せなそうだし。

 お姉ちゃんはいつのまにかのそのそとベッドに入ったみたいだけど、シーツがちゃんと掛けられてない。私はお姉ちゃんにシーツを掛けてあげる。

 私はシャワーを浴びることにした。頭から掛けるお湯と、冷えた空気が酔った頭をさっぱりとさせてくれる。さっと髪と体を洗ってから出て、濡れた体を備え付けのバスタオルで拭いて、『ウォッシュ』を掛けて脱いだ服を綺麗にする。ストレージから寝巻きを出して着替えてから、『ドライヤー』を使って髪を乾かす。うん、スッキリした。

 そして、お姉ちゃんがまたシーツをはだけさせていたのを掛け直して、私も寝ようと思ってベッドに入ろうとしたら……部屋の窓際が煌々と輝き出した。


「え、なになに?!」


 部屋全体を照らすような強い光が輝く。私は思わず手で光を遮って目を隠す。するとやがて光が一点に収束し出し、眩しさが落ち着いていく。手をどかして光に目を凝らすと、そこにはいつぞやの変なウサギが二本足で立っていた。

 私は身構えてお姉ちゃんを起こす。


「お姉ちゃん、起きて」

「んゆ、まだ夜だよぉ、どうしたの?」

「緊急事態。そこに、あの変なウサギがいる」


 お姉ちゃんは一瞬目をぱちくりさせて、それからバサッとシーツを飛ばして慌てて起き出す。ウサギを確認したのか、お姉ちゃんも身構える。なにか詠唱するのが聞こえたと思ったらお姉ちゃんの体が乳白色に光った。『キュア』したのかな。酔いも覚めるから便利な魔術だ。リエラがよくやってた。って、それどころじゃない。私はお姉ちゃんにくっつく。

 しかし、また異世界転移させられるのかな……やだなぁ。


「そう身構えなくてもよい。我だ。神だ」

「神様?」

「そうだ」

「なんでウサギで現れるんですか? また転移させられるのかと」

「転移はさせないから安心するといい。この世界での顕現は影響が大きすぎるのでな、いつもウサギに身体を借りて行っている」

「それならそうと言っておいてほしいわぁ。驚いたじゃない」

「そうか、すまんな」


 神様はさも申し訳なさそうなそぶりも見せず、ぺこりと頭を下げる。ウサギの姿でだ。まったく。それで一体なんの用だろう。

 とりあえず聞いてみよう。


「それで、なんの用ですか?」

「うむ、この世界にもそろそろ慣れただろうと思って話をしに来た」

「そ、それだけ……?」

「それだけとはなんだ、我からそなたらに大事な話がある」

「雫たちはのんびり旅ができてるので特にありません」

「まぁ待て、本当に大事な話だ。魔族についてだ」


 魔族と聞いて私たちは真剣になる。魔族って、昨日倒したこと知ってるのかな。


「そなたらが昨日魔族を倒したのは知っておる。それで、魔族について伝えておこうと思ってな」

「はい」

「なにかしら?」

「今回の魔族の出現は我も想定していなかった。というのも魔族は全て、過去に勇者が討ち滅ぼしたか、あるいは封印したからだ」

「え、でもギルマスは生き残りがいるって言ってましたよ」

「それは下っ端の話だろう。我には感知できぬ」


 神様、わからないを表してるんだろうけど、ウサギの姿で右前足をフリフリするのは、真面目なのかふざけてるのかわからないからやめてしてほしい。


「どう言うことなのぉ?」

「つまり、過去に勇者が魔族の首魁である魔王を討ち滅ぼした。その時に名付き、つまり魔王の部下である強力な魔族は人間が全て滅ぼすか封印した。だから今この世界に現れる魔族は、人間でも容易に対処できる下っ端だけのはずだ。だが今回、名付きの魔族が現れた」

「名付きの魔族の、封印が解かれたってことですか?」

「おそらくな。これからも、他の魔族の封印が解かれる可能性がある」

「一体誰が……」

「魔族の生き残りだろうな。下っ端に知恵の回る者がいたらしい」


 それはとても大変なことだ。ギルマスは名付きの魔物を数十人で倒したって言ってた。今回私たちは本当に運よく倒せたけど、次も同じようにできる保証なんてない。

 するとお姉ちゃんが神様に問う。


「そもそも、魔族と勇者ってなんなのぉ?」

「魔族はこの世界の種を自分たちの支配下に置き、世界を破滅させようとする種族のことだ」

「支配下に置くのに破滅させるって、矛盾してませんか?」

「魔族の行う支配とは、尊厳をなくさせ、ただ虚な傀儡として扱うことだ。全ての種がそうなると、この世界の魔力の循環が偏り、滞る。すると世界が滅ぶ。我はこれを望んでいない。だから魔族は滅ぼさないまでも、その活動を縮小あるいは停滞させなければならない」

「それは……人間にとっては破滅でしょうね……」

「勇者は、その昔魔族が活発に活動している時に我が祝福を与えた人間だ。我の意志を汲み取り、魔王を討ち滅ぼしてくれた」


 神様は両前足を万歳のように大仰に広げる。これ絶対楽しんでるでしょ。そんなことより、魔族がそんな種族だなんて……。


「雫たちにも、魔族を倒せっていうのぉ? 神の祝福で?」

「いや、そう言うつもりはない。ちなみに、神の祝福は転移者全員に与えているものだ。そなたらは最初に伝えたとおり、魔力を移すという目的で転移させ、その目的は達成した。これ以上そなたらになにかを課すことはない。ただ魔族の目的は知っておいてよいだろうと思ったのだ。そなたらののんびり旅をするという目的に対して障害になるからな」


 神様のこの言い方はずるい。しかも両前足をスリスリさせている。ウサギの姿でだ。悔しいけど、本当に悔しけどちょっと可愛い。しかし、これは魔族が出たら倒さないと旅ができなくなるぞという警告にも聞こえる。


「私たちは、さっきギルマスにも言いましたが邪魔されたら倒すだけです」

「それでよい。また適当な時に会いにこよう」


 警告はしたからな。そう言って光り出す神様。すると「おっとそうだ」と、なにか言い忘れていたように私たちに告げる。


「魔族を倒した褒美をそなたらに与えておく」


 はぁ? 余計なものいらないんですけど……。しかしそう言う前に、神様はウサギの姿のまま、左前足をさっと上げて後ろ向きになり、光とともに消えていった。


「お姉ちゃん……どういうことなの……」

「魔族が出たら倒すしかないわねぇ」


 大丈夫よぅ。そう言うお姉ちゃんが胸を張る。なぜかお姉ちゃんの自信満々の返答に安心する。

 私は混乱したままベッドに入って、疲れた身体を休めるのだった。

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