10. 魔力ポーションはやさしさ入り

「一度退くぞ!!」


 バルトさんの声にハッとして後退する私たち。

 ダンジョンの中に現れた強大な魔力から離れるように通路を走り、やがて天井が高い広間に出る。中層の階段とは違う方に来ちゃったみたい。

 退いたものの、しかし強大な魔力は私たちを追ってきており、次第に近づいてきていた。


「だめ! バルト! こっちに近づいてくる!」

「やるしかないのか……」


 私は覚悟を決めてお姉ちゃんにお願いする。


「お姉ちゃん、補助魔術お願い」

「わかったわ」


『シールド』『マジックシールド』『パワーアップ』『マジックパワー』『デクステリティアップ』『アキュメン』『アジリティ』『ヘイスト』


 お姉ちゃんから、今までで初めての数の補助魔術が掛かってきて、私たちの体が乳白色の魔術陣に包まれる。お姉ちゃんも強敵だって気づいてる……。私たちは各々戦闘体制をとる。

 そこへ強い魔力の塊がやってきた。黒い、瘴気の塊のような魔力だ。それはやがて渦巻いて、次第に私たちの前に姿を現していく。現れたのは人? でも、とても邪悪な黒い肌をしている……。それに、頭には黒い角が生えていて、背中にも黒いコウモリみたいな翼がある。

 もしかして、あれは魔族? 初めて見る……。それはこちらを向いて、丁寧にお辞儀をして話しかけてくる。


「こんなところに人間がいるとは。初めまして」


 その魔族? 人間? は私たちと同じ言語で話す。


「あなたは魔族?」


 私は思い切って話しかけてみる。


「おや、私を前にして話せますか。ええ、そうです。皆様が言う魔族です。あのお方からリヒャルトという名前を授かっています。お見知り置きは、必要ありませんね」

「それは、戦うってことなの?」

「戦う? ははっ、違います。私が狩るんですよ。皆様を」

「くっ……。やるしかないのか……」

「お話できそうにないわねぇ」


 そこへリヒャルトと言った魔族へ矢が飛んで行く。レインさんの矢だ。

 しかし、リヒャルトに刺さることなく、直前で赤黒い障壁が現れて矢を弾いてしまう。


「躾のなっていない仔がいますね。しかし残念。この程度は対応するまでもありません」

「この……!」

「では始めましょう。鏖殺です」


 そう言ってリヒャルトの姿が消える。数瞬の後、ガキンッとにぶい音がして、レインさんの前でバルトさんがリヒャルトの手を大剣で受け止めていた。


「バルト……!」

「やべえなこれ……。レイン、動けるか?」

「う、うん。ありがとう」


 レインさんはバルトさんから距離をとって、隙間から再びリヒャルトに向かって矢を放つ。しかしこれも刺さる直前で赤黒い障壁に阻まれ、矢が跳ねる。

 私はファイアボールを詠唱してリヒャルトへ放つ。すると矢と違い、今度は障壁に防がれることなく、リヒャルトが左手でファイアボールを掴んで握りつぶした。


「遠距離物理攻撃の障壁だ! 魔術なら効く!」


 私はそう叫ぶと、ファイアボールを複数詠唱してリヒャルトに一気にぶつける。三つは左手で防がれたけど、二つはぶつけた! でもあまりダメージが入ってないみたい。


「痒い程度ですが、何度もやられると煩わしいですね」


 リヒャルトが私に向かって襲いかかってくる。バルトさんがこっちに来て防御しようとしてくれるけど、間に合わない……!

 避ける素早さがなく、動けない私。そこにニヤリと嗤ったリヒャルトの右手から繰り出す、伸びた爪の一撃が迫ってくる。

 しかしそれが当たる刹那、その爪は甲高い音とともに現れた光り輝く障壁に弾かれる。


「『プロテクション』間に合ってよかったわぁ。蒼ちゃんは傷つけさせないわよ」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 お姉ちゃんのプロテクションで、さらに私にくるリヒャルトの追撃も弾いていく。

 すぐにプロテクションが破れないと思ったのか、一度退いたリヒャルトが言う。


「これは厄介ですね。仕方ありません。弱いのから行きましょう」


 そうして再び姿が消えるリヒャルト。一瞬の後、ハッとしたバルトさんが慌てて走り出す。


「レインッ……!」


 その声を聞いて、身を竦めるレインさん。

 そしてレインさんの前に、バルトさんが盾になるように飛び出した。

 バルトさんが大剣を構えた。

 キインッとけたたましい音がした。

 なんの音かと思っていると、バルトさんの大剣が半分に折れているのが見えた。

 リヒャルトが、バルトさんの前に姿を現した。

 右手の爪を、大剣で止めているのが見えた。

 よかった、防いだ。

 だけどリヒャルトが、今度は左手を振りかざすのが見えた。

 お姉ちゃんが『プロテクション』を唱えているのが聞こえた。

 バルトさんが、リヒャルトの左手の追撃を防ぐため腕を動かそうとするのが見えた。

 リヒャルトが右手で、折れた大剣ごとバルトさんの腕を抑えているのが見えた。

 バルトさんの体を、リヒャルトの左爪が斜めに薙ぐのが見えた。

 血飛沫が、バルトさんの体から飛ぶのが見えた。

 レインさんが、バルトさんを呼んでいるのが口の形でわかった。

 バルトさんが倒れるのが見えた。

 リヒャルトが今度は右手を振りかざすのが見えた。

 レインさんとバルトさんを、リヒャルトの右手が薙ぐのが見えた。

 お姉ちゃんの唱えた『プロテクション』が、レインさんとバルトさんを守るのが見えた。

 レインさんがバルトさんを抱きかかえて、呼びかけているのが見えた。

 

 …………。


 私は魔術を詠唱する。


『ウィンドスラッシュ』


 リエラに教わった多重詠唱を使って、風の刃を何重にも重ねて解き放つ。

 鋭く飛んで行った風の刃が、リヒャルトが再度大きく振りかざした右手を切り裂いた。

 一瞬のことに呆然としているリヒャルト。私はその隙を見逃さない。

 再び風の刃を詠唱する。


『ウィンドスラッシュ』


 今度は下がっていたリヒャルトの左手を切り裂く。そこで絶句し、それから声にならない叫びを上げるリヒャルト。でももう遅い。私は並列詠唱で後は唱えるだけにしていた別の魔術を使う。


『アイスジェイル』


 リヒャルトを、氷でできた鳥籠に閉じ込める。鳥籠は足元からも冷気を廻らせ、リヒャルトの足を凍らせていく。

 ファイアボールを撃って氷を溶かそうとするけど、無駄だ。この氷は水魔術で作ったものだから、火では溶けない。私の氷は負けない。

 

「お姉ちゃん、今! 浄化して! 強いの!」

「まっかせてぇ!」


 私はお姉ちゃんに合図をすると、お姉ちゃんは詠唱をしていたのか、すぐにお願いした魔術を唱える。


『ホーリー!!』


 お姉ちゃんから煌々と白く輝く光の球が、リヒャルトの元へ向かって行く。リヒャルトの前に光の球が辿り着いた瞬間、それは周囲に影を落とさないくらいの激しさで燦燦と輝き出す。その光に包まれたリヒャルトは次第に形を失い、末端から塵になっていく。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ………………ル様ぁ…………もう…………せん……」


 断末魔の叫びとともに、最後になにか言っていたけど、リヒャルトは跡形もなく塵になり、残ったのはリヒャルトの魔石だけだった。

 私はただ魔石をぼーっと見つめていて、お姉ちゃんもこっちを見てくるのだけが気配でわかった。


「バルト! バルト!」


 レインさんの叫び声がする。そうだ、バルトさん! 私ははっとして、お姉ちゃんと急いで二人の元へ駆けつける。

 駆けつけてバルトさんの容体を診るお姉ちゃん。


「まだ息があるわ、大丈夫よレインちゃん」

「お願いシズク……助けて」

「えぇ、もちろんよ、待ってて……。あれ……魔力が足りない……」


 補助魔術に何度も浄化してたし、お姉ちゃんもここにきて魔力が限界だったみたい。どうしよう、このままじゃバルトさんが……。

 そうだ、私の魔力をお姉ちゃんに流せば!


「お姉ちゃん私の魔力使って!」

「だめよ、蒼ちゃんも消耗してるわ」

「私の魔力がなくなっても倒れるだけよ! それよりバルトさんを助けないと!」


 私はお姉ちゃんの制止を聞かずに左手を握って、強引に魔力を流し込む。急に残り少ない魔力を流し込んだからか、意識が遠くなる。でも、リエラの特訓よりまし……だから……きっと大丈夫。


「もぅ……足りそうよ、ありがとう蒼ちゃん」


『ハイヒール』


『ピューリファイ』


 回復魔術とともに浄化の魔術もバルトさんにかけるお姉ちゃん。強い乳白色の魔術陣がバルトさんを包む。魔族の傷って、瘴気に汚染されるのかな。

 私がそんなことを考えているうちに、真っ青になって苦しそうにしかめていたバルトさんの顔が穏やかになっていく。よかった。助かった……みたい…………。


「蒼ちゃん!? 蒼ちゃん!?」


 そこで私の意識は途絶えた。




 声がする。誰の声だろう。それに、ここはどこだろう。目を開くと大草原に燦燦と輝く太陽が見える。その中を女の子が笑いながら走ってくる。後ろから男の子もついてくるのが見えた。


「…………て…………う」


 女の子がなにかをしゃべった。え? なんて言ったの?

 私が問いかける前に、目の前の世界が真っ白になる。




「起きた? 蒼ちゃん」

「ん……。お姉ちゃん」


 私は目を覚ます……。お姉ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。どうやらお姉ちゃんに膝枕されてるみたい。

 なんか夢見てた気がするんだけど、なんだっけ……。それよりも大事なことがあったような……。


「そうだ! バルトさんは……っ」

「大丈夫よぅ。でもまだ眠っていて、レインちゃんが診ているわ」

「そっか……。よかった」

「よくないわよぅ! 蒼ちゃん、魔力ポーションだってあったのに、なんで魔力譲渡なんて危ないことをしたのかしら?」

「あ……えっと……とっさのことで、そこまで考えが……ごめんね」

「もぅ、はい。これ飲んで」


 お姉ちゃんは液体の入った瓶を渡してくる。これって、魔力ポーションだよね。でもなんか色がおかしい。どす黒い。まさか……。


「これ、魔力ポーション?」

「リエラちゃん特製のね」

「私、大丈夫だから! 回復したし! 全然大丈夫だよ!」

「だぁめ」


 お姉ちゃんが笑顔でこっちを見つめて迫ってくる……。体も押さえつけられてる。これ、逃げられないやつだ。

 覚悟を決めて、私は渡されたリエラ特製魔力ポーションを飲む。

 これを飲むときは、一気に飲むのがいいんだ……。とても飲み物ではない香りがするけど、そう、一気に……。


「リエラちゃんのやさしさを感じるわよねぇ? 蒼ちゃん?」

「や゛さ゛し゛い゛、て゛す゛う゛う う う」


 もう二度と危ない魔力譲渡はしない……きっと。

 その後、私はお姉ちゃんのお叱りをかわしながら魔力の回復に努めることにした。


「バルト! バルト!」


 バルトさんが起きたみたい。お姉ちゃんとバルトさんが寝ているテントに様子を行く。


「バルトさん、起きたみたいね。具合はどう?」

「ああ、まだ怠さはあるが、痛みや苦しみはない」

「そう、よかったわぁ」

「バルト! よかった!!」


 目に涙を浮かべながら、バルトさんに抱きつくレインさん。


「お、おいレイン……」

「死んじゃったかと思って……ひぐっ……起きないから……ひぐぅ……もう会えないかと……」

「大丈夫だ、ちゃんと起きてる」


 バルトさんが宥めて、少し落ち着いたらしいレインさん。


「なんで?」

「ん?」

「なんで私の前に飛び出したの……? あの時……矢が使えなくて、私が一番役に立たないのに……」

「よくわからない……けど」

「けど……?」

「レインが危ないって思ったら飛び出してた」


 レインさんを見つめて答えるバルトさん。

 ポンって音が出そうなくらい、レインさんが顔を真っ赤にしながらバルトさんをポカスカ殴っている。

 なんで殴られてるのかよくわかっていないバルトさん。そういうとこだぞバルト!

 そしたらお姉ちゃんが爆弾を投下する。


「あらぁ、レインちゃんは大好きな人が無事に起きて嬉しいのよねぇ。ふふ、ごちそうさま」

「大好き……?」


 ……。あ、今度は本当にポンって聞こえた。


「シズク! ななななんで知って……! え、なんで言って…………!」

「はっきり言っちゃった方がいいわよぅ。多分気づかないわ」

「そーだそーだ! がんばれレインさん!」

 

 私も応援する。


「つまり、レインが俺を……好き? どういうことだ……?」


 こっちも混乱している。レインさんが顔を真っ赤にしながら、顔が真っ赤なバルトさんを見てしおらしくなって言う。


「好きって、そういうこと、です」

「おう、ありがとな……。俺もだ……」


 そんなひと悶着があったところで、とりあえずダンジョンを出ようと私たちは気をつけながら通路を戻り、中層の階段へ向かう。

 お姉ちゃんのホーリーの影響か、道中に魔物は出てこなかった。助かるな。

 敵に遭遇することなく中層、上層へと戻り、やがて入口へ到着して脱出することができた。

 私たちは疲れもあってもうあまり動けないからと、入口前の広場で一夜を過ごすことにした。

 魔力ポーションを飲んで結構回復したので、私が魔物を狩ってきた。鹿の魔物だ。お肉は赤身で柔らかくて、滋養があって体力の回復にはちょうどいいかな。

 いつもの魔術を使って血抜きをしてからテントへ戻る。一人だと大変だけど、お姉ちゃんもかなり消耗しているし、私が助けないとね。

 早速テントに戻って調理する。食べやすいように一口大に切って、香草と一緒に焼いたものと、細かくスライスした鹿肉と野菜のスープを作って順番に配っていく。

 みんなに配って、最後に自分の分をよそって、いただきます。

 バルトさんはまだ右手が動かしにくいのか、食べにくそうにしていたところをレインさんに見られて、食べさせてもらっている。急接近してていいことだなぁ。ご飯まだあるけどごちそうさまの気分だよ。

 お姉ちゃんも結果がいいように纏まったのを見てにこにこしている。

 食べるのも概ね終わった頃、バルトさんが口を開く。


「なぁ、さっき倒した魔族、なんだったんだろうな」

「わかりません」

「わからないわぁ、ただ、とっても邪悪な魔族だったわね」

「でも、魔王だってもういないのよ? それがなんであんな凶悪な魔族が……」

「あの、ギルドに報告した方がいいと思うんです」

「だな、俺たちだけで考えていてもしょうがない。明日街に戻ったら早速ギルドに報告しよう」

「わかった、バルト」


 あれ……いつもなら呑気に頷くはずのお姉ちゃんが黙ったままだ。私は気になって尋ねてみる。


「ん? どうしたのお姉ちゃん」

「最後に名前を呼んでいた気がしたのよぅ。なんとか様って……。でもよく聞こえなくて、蒼ちゃん聞こえた?」

「ううん、なにも。でもそれも含めてギルドに報告しよ? 今日は休んで回復に努めないと」

「そうね、蒼ちゃん」


 そうして私たちはごちそうさまをした。私はみんなから食器を回収して片付ける。

 レインさんたちに洗浄の魔術をかけてあげたらとても喜んでくれた。生活魔術だから、レインさんも訓練したら使えるかもと教えたら、街に戻って早速覚える気になったみたいだった。

 私たちは二人におやすみを告げて、かばんからテントを出して、いそいそと入る。

 お姉ちゃんも流石に疲れたのか、あんまり絡んでくることなく寝袋に入って行った。

 私も寝よう、と思って寝袋に入ったら、お姉ちゃんが抱きついてきた。跳ね除けようとしたけど、手が震えてるのがわかった。お姉ちゃんじゃない。私がだ。

 さっきの戦闘を思い返す。

 バルトさんが血まみれになったのを見て、怖かった。知り合った人が倒れるのを見て怖かった。

 でも、私は自分でも驚くほど冷静で、ただ倒さなきゃって思って、気づいたら私は魔術を詠唱してた。

 私は……。


「いいのよぅ、怖かったわねぇ……雫も怖かったわ。おやすみ、蒼ちゃん」


 そう言ってくれるお姉ちゃんに私も強く抱きついて、そうしているうちに私は眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る