EX. 雫の日記帳03 ~模擬戦をやってみよう~

 雫は今、力不足を痛感していた。

 リインフォース領へ向かうことになって、旅に必要な魔術が使えない。

 このままじゃ、一緒に行く商人さんも、なにより蒼ちゃんを守れないわ。

 宿屋さんの客室で、毎日のように書いている日記を書き終わってから、そんな焦燥を覚えてしまって、今は珍しく魔術訓練をしている。


「このままじゃ蒼ちゃんを守れないわぁ」


 悩みが呟きとなってこぼれてしまう。

 そうだわ、日記帳。リエラちゃんとの訓練で、なにかヒントがないかしら。

 縋る思いで雫は日記帳を開く。




「今日から模擬戦をするのじゃ!」


 午前の講義が終わって、お昼を食べて午後。最近はこの世界のことはほとんど教えてもらったので、魔術の勉強や新しい魔術の開発をしてすごしている。午後は実践で、滝行したり、毒を食べたり、攻撃をひたすら防いだりしていたけれど、今日は違うらしいわぁ。


「リエラと戦うの?」

「戦うのって怖いわぁ」

「わしが待ち望んだ模擬戦じゃ。二人の実力は十分、嫌と言ってもやるのじゃ!」

「わかった……」

「はぁい」


 雫は知ってるわぁ。蒼ちゃんが渋々って感じで返事をしているけど、今までの恨みを晴らすチャンスが来たと目を輝かせていることを。雫だってちょっと燃えてるもの。


「ルールは簡単じゃ。わしの体に一発当てたらぬしらの勝ち。いつもの時間まで当てられなかったら負け。互いに動くのは、この円の範囲まで」


 地面に円を描きながらリエラちゃんが説明する。道路にお絵描きしてる幼女みたいで可愛い。

 蒼ちゃんが頬を膨らませてる。リエラちゃんがいつもの時間と言ったのに怒ってるみたい。いつもの時間は、日が傾いて蒼ちゃんのお腹が空く時間だ。そういう所が本当に可愛いの。


「もちろん、攻撃に当たってぬしらが気絶したら終了じゃ」

「わかった」

「わかったわぁ」


 リエラちゃんが片方の円に入る。小さい方の円だ。雫たちは大きい円に入る。二人だから大きくしてくれたのかしら。


「いつでもいいぞ、ぬしらが魔術を使ったらわしも始める」

「はぁい」


 それじゃまずは守りね、蒼ちゃんと見つめ合って始める意思を確認して……。


「勝つわよ蒼ちゃん!」

「リエラ、絶対倒す。今までの恨み!」


 そしてよし、とお互い頷いてから、雫は魔術を詠唱する。『聖 魔力 障壁 身辺』、相手はリエラちゃんだ、何重かにしておこうかしら……。


『プリザヴェイション』


 雫たちに魔力防御の結界が張られる。

 それから蒼ちゃんも攻撃魔術を詠唱する。『火 弾』……。淡い赤色の魔術陣が雫たちの周りに無数に現れる。まずは手数ね。蒼ちゃんが魔術を発動する。


『ファイアボール!』


 気合の入った詠唱を受けたように、ファイアボールが勢いよくリエラちゃんに向かって飛んでいく。

 しかし最初の一発がリエラちゃんにぶつかると思った刹那、ジュッという音とともにファイアボールは消えていった。これは、多分ウォータージェイルで防御したのね。

 でも水の格子が見えないわ……。雫が目を凝らしていると、蒼ちゃんが告げる。


「お姉ちゃん違う! ウォーターボール!」


 その声に慌てて雫は『プリザヴェイション』をもう一枚張る。

 張った瞬間、ドドドというものすごい衝撃音がいくつも聞こえ、慌てて張った一枚のプリザヴェイションがパリンと割れる音がした。

 ウォーターボールの衝撃はまだ続く、雫は最初に張った強化した三重のプリザヴェイションを破られないように、もう一度『プリザヴェイション』を張り直す。


「プリザヴェイションじゃすぐ割れるのじゃよ。アオイ、動かんならこのまま攻めるぞ」

「わかってるって……! このっ!」


 蒼ちゃんの足元と周囲に無数の淡い茶色の魔術陣が浮かび上がる。『土 弾』、アースボールね。


『アースボール!』


 多重詠唱で強化したアースボールだわ。属性相性も合ってるわね。

 蒼ちゃんが、リエラちゃんの撃ち出したウォーターボール目掛けてアースボールをぶつける。

 水が土に吸収されて、ウォーターボールが消滅する。

 多少の撃ち漏らしがあるものの、これで均衡し始めた。


「そうじゃ、防御はプリザヴェイションやジェイルだけではないからの。では第二段階、いくぞ」


 リエラちゃんがそう言うと、その周囲にさらに魔術陣が広がる。足元を魔術で隠してなにを唱えているかわからないわ!


「蒼ちゃん、ごめん! リエラちゃんがなにを唱えてるかわからないわ」

「大丈夫、きっとまた連続してくる!」


 このあと、間違いなく余裕がなくなる。だから今のうちに……。

 雫は連続して補助魔術を詠唱する。『魔力 強化』、『魔力 防御 強化』、『詠唱 俊敏 強化』、『魔力 負荷 軽減』……。深い乳白色の魔術陣が足元に現れ、激しく輝き出す。


『マジックパワー』 『マジックシールド』 『アキュメン』 『マジックアリヴィエイト』


「これで少しは楽になるはずよ」

「ありがとう、お姉ちゃん」

「準備できたかの? それじゃ掃射じゃ!!」


 リエラちゃんから、先ほどよりも多いウォーターボールが……違う。ファイアボールにウィンドボール、アースボールまである。


「蒼ちゃん! 属性全部!」

「私も見た! 無茶苦茶だよ!」


 蒼ちゃんが魔術陣を一斉に展開する。淡い赤、黄緑、青、茶色の魔術陣は、それぞれ対応した属性の弾を生み出していく。

 そして蒼ちゃんの指示通り、リエラちゃんの生み出した属性弾に飛んでいってぶつかる。

 だめ、数が多すぎて全部狙い撃てていない。撃ち漏らした弾が、プリザヴェイションにぶつかって、障壁の耐力を奪っていく。


「シズク、今暇じゃろ? 弱いプリザヴェイションを張るんじゃよ」


 雫はそれにはっと気づいてプリザヴェイションを詠唱する。『聖 魔力 障壁 瓦』即興だけど、これでいけるはずだわ。

 元々張っていたプリザヴェイションにリエラちゃんのファイアボールが着弾する直前、三十センチ四方のタイル状のプリザヴェイションが発動してファイアボールを相殺する。

 こっちに迫ってくる属性弾を、タイル型プリザヴェイションで防いでいく。これ、魔力効率もすごいいいわぁ。

 蒼ちゃんも雫も全力で必死なのに、リエラちゃんにとっては授業の一環みたいね……。でも、負けないんだから!


「蒼ちゃん! 守りは多少手伝えるわ! 撃ち漏らしは気にしないで! 攻撃できそう?」

「難しいけど……やってみる!」


 蒼ちゃんが属性弾を多重詠唱にして、数を増やしていく。

 そして一斉に属性弾を発動する。すると、リエラちゃんが撃った属性弾と蒼ちゃんが撃った属性弾の均衡していたポイントが、雫たち寄りだったのを次第に押し返し、中央へ……さらにリエラちゃん寄りへとなっていく。

 このまま押せれば攻撃できるわ! 頑張って蒼ちゃん!


「ふむ、二人合わせて防御と攻撃のバランスがよくなったの。シズク、それを自動で発動できたら合格じゃ。第三段階いくのじゃ!」


 リエラちゃんの足元で光る魔術陣の色が濃くなって、それから輝きも増していく。

 なんの魔術かわからないけど、属性弾から変えるみたいね。


「リエラちゃんが攻撃を変えるみたいだわ」

「え?! この撃ち合い、終わる気配がないんだけど?!」


 リエラちゃんが魔術を発動する。あれ、また属性弾だわ。魔術陣を見間違えたのかしら。

 しかし蒼ちゃんが押していて、リエラちゃん寄りになっていた属性弾同士の均衡ポイントが、再び押し返されて雫たち側へ戻っていく。


「なんか押し返されてるんだけど!」

「でもリエラちゃんが撃ってるのは属性弾だわ!」


 雫は目を凝らして属性弾のぶつかり合いを見てみる。すると、リエラちゃんのアースボールが、蒼ちゃんのウィンドボールに当たる前に逸れて、ウォーターボールに当たりに行っているのが見えた。まさか、弾自身が自分の有利属性に当たるように追尾してるの?!


「蒼ちゃん! リエラちゃんの属性弾が有利属性に当たるように追尾してるわ」

「はぁ?! 追尾って、そんな術式知らないよ!!」

「これを解決せんと負けてしまうのよぅ」


 リエラちゃんからおどけた発破がかかる。どうすればいいかしら。

 属性弾同士の均衡ポイントが押し返されて、そろそろプリザヴェイションに届きそうだ。このままじゃまずいわぁ。


「お姉ちゃん、ちょっと考えたい。少しだけ防御できる?」

「任せて!」


 雫はプリザヴェイションを、範囲を広げてさらに二重に詠唱する。もちろん強化して。

 蒼ちゃんが考えるのに集中し始めたのか、撃ち漏らす弾数が一気に増えた。

 もちろんタイル状プリザヴェイションでも一部は防いでるけど、元々張っていた結界と合わせるとかなり魔力リソースが厳しい。蒼ちゃん、頑張って……。


「わかったあぁ!」


 蒼ちゃんが叫び声とともに魔術を詠唱し、足元に淡い黄緑と青の魔術陣が現れる。『水 霧 範囲』 『風 範囲』ね。なにするのかしら。


『ウォーターミスト!』『ウィンドブラスト!』


 雫たちとリエラちゃんの周囲が、霧で霞み風が吹き荒れるフィールドになった。

 すると、リエラちゃんが撃ち出した属性弾の挙動がおかしくなり、変な方向に飛んでいったり、中には落下したり、同士撃ちしたりする弾も出始めた。おかしくなったのはファイアボールとアースボールね。

 そして蒼ちゃんが撃ち出す属性弾が、リエラちゃんの属性弾にぶつかったり、すり抜けたりしながら均衡ポイントは再びリエラちゃん寄りになっていく。


「正解じゃ。自身の有利属性目掛けて追尾するようにしたからの。ある属性で一杯にしてしまえば追尾できなくなるということじゃ。ところでぬしら、頭上は大丈夫かの?」


 雫たちは目の前に夢中で、おまけに霧がかかってて頭上に影ができていることに気づいてなかったの。


「これで仕舞いじゃ」


 霧が晴れてリエラちゃんのニヤッとした顔が見える。その足元に輝くのは黒い魔術陣。危ない……! 

 雫の詠唱が終わる前にリエラちゃんが魔術を発動する。


『ダークホーン』


「……っ!!」


 とにかく防がないと! 『神聖 浄化 純化 浄罪』……。間に合って……!


『ホーリー!』

 

 ホーリーが上級魔術とはいえ、プリザヴェイションの多重掛けでほとんど余力が残っていない。一方でリエラちゃんのダークホーンは中級魔術だけど、きっと魔力増し増しだ。


 リエラちゃんの放った暗黒の衝撃波と、雫の放った聖なる光球の放つ光が、雫たちの頭上で拮抗する。

 蒼ちゃんが再び攻撃に参加し始めたから、プリザヴェイション二枚を解除して、余剰魔力をホーリーに回す。それでもまだ足りない……。

 これを食らうと、魔力放出量が強制的に抑えられる……。だから絶対にホーリーで消しきらないと……。

 ダークレイはなんとかホーリーで抑えて直接食らうことは多分ないけど、光球の光で消しきれなかった暗黒の衝撃波が雫たちの方へこぼれ出して、少しずつ雫たちを侵食していく。

 この呪いはプリザヴェイションでは防ぎきれない。こぼれ出した衝撃波が徐々に雫たちの魔力放出量を奪っていく。

 魔力をホーリーに込めようとするが、雫がホーリーに与える魔力は徐々に減っていく。追加で詠唱もできるほど余力もない。

 蒼ちゃんの属性弾も、威力と数が徐々に減っていくのが見てわかる。

 均衡していた蒼ちゃんとリエラちゃんの属性弾の撃ち合いも、弾数が増やせなくなってあっという間に均衡点がこっち寄りになり、プリザヴェイションの最終防衛ラインも残すところあと一枚だ。

 雫も蒼ちゃんも汗だくになってなんとか耐えている。けど、突破口が見つからない……。

 そこへ無情にもリエラちゃんの一言が告げられる。


「初めての模擬戦にしては及第点一歩手前かの。前後左右に上下、全方向に気遣えてまずは及第点じゃ。今回は上と、後ろが足りなかったの」


 リエラちゃんの講釈を聞く余裕は……後ろって……えぇ?! 後ろを振り返ると、黒い魔術陣が発動寸前の状態で展開されているのが見えた。


『ダークホーン』


 短い発動の一言をリエラちゃんが告げ、そして雫たちの背後から、追加で詠唱されたダークホーンの衝撃波が迫り来る。

 もう無理よぅ。

 ごめんね蒼ちゃん。

 背後からきたダークホーンで、あっという間に魔力放出量をほぼゼロにされた雫たちは、一瞬でプリザヴェイションを破られ、無数に飛んでくる属性弾の餌食になったわ。


「むぅ……」

「んう……」

「わしの勝ちじゃよ。楽しかったのう」


 そして意識を手放す直前の雫たちに告げられるのは、鬼か悪魔の一言。


「明日から、毎日訓練は模擬戦じゃからの」


 きゅぅ。

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