08. 狩りは肉汁のために
鐘の音がする。一の鐘だ。
私は目を覚ますと体を起こして伸びをする。
ここは、宿屋さんか。窓から朝日が差し込んでいる。南向きのいいお部屋だなぁ。今日もここに泊まろうかな。
そんなことを考えていると、隣のベッドからもそもそと音がした。お姉ちゃんも起きたみたい。
「ふぁ……おはよう……蒼ちゃん」
「お姉ちゃんもおはよう。お姉ちゃん、寝癖ついてる」
私が笑いながら、お姉ちゃんの右側頭部を指してあげると、お姉ちゃんは右手をかざして魔術を詠唱する。『ブラシ』と声が聞こえた。寝癖を直す生活魔術、本当に便利だな。リエラがこの魔術を世に広めただけで一生暮らしていける報奨を手に入れたのも間違いじゃない。
直ったのを確認すると、お姉ちゃんは着替え始める。私も着替えないと。スカートのベルトをしたときにキツく感じたのは、まだ昨日食べた一角ウサギがお腹にあるだけ、きっとそう。一日でなんて太らない。私は目を背けて着替えを終えると、二人して朝食を食べに一階の食堂へ行く。お腹は減るんだよなぁ。
「お姉ちゃん、今日も薬草取りにする?」
「そうねぇ、もちろん薬草取りも楽しいけど、違うのがあったらそれをやってみたいわぁ」
「どんな依頼があるか探して、それから決めよう」
パンとスープにベーコンエッグの朝食だ。いただきます。ベーコンの肉汁が目玉焼きに移っておいしい。スープも丁寧に煮込んであって、野菜の味がする。ごちそうさまでした。
朝食を終えて、部屋に戻らずそのままフロントへ向かう。荷物も何も、ストレージ誤魔化し用のかばんだけだからね。水筒とかはかばんにあえて入れているけど、盗まれてもいいものだ。
チェックアウトして、お姉ちゃんと冒険者ギルドへ向かう。途中、リタちゃんがレストラン前を清掃しているのを見つける。挨拶したら笑って応じてくれた。可愛い。夜また行くからね、と話して残りの道を歩く。
冒険者ギルドに入ると、今日も賑わっている。受付カウンターにソフィアさんを見つけた。ソフィアさんもこっちを見てきて目が合ったので、会釈だけしてクエストボードに向かう。
「シズクさーん、アオイさーん! こっちですー!」
すると手招きしてくるソフィアさん。何だろう。お姉ちゃんと疑問符を浮かべながらソフィアさんの元へと行くと、冒険者カードを二枚、私たちの前に置く。
「昨日の薬草採集と一角ウサギの討伐で貢献値が貯まりましたので、Dランクに昇格です」
「え?」
唖然とする私。
「あっという間だったわねぇ」
しみじみと言うお姉ちゃん。なぜかEランクカードを撫でている。さよならのつもりなのだろうか。
「早すぎませんか? 私たち、昨日登録したばかりですし、薬草取りの依頼しかしてませんよ?」
「お二人は身元がしっかりと保証されていますし、依頼も十分にこなせる実力があると判断されましたので」
「そうですか……」
「実を言うと、Eランクの依頼って薬草取りと街の雑用くらいしかないんです。今ちょっと魔物が多く出てくる時期で、お二人は魔物も狩れますから、Dランクで問題ないだろうとギルドマスターが判断しました。……スキルもすごいですしね」
こそっと本音を話してくれるソフィアさん。そういうことなら、いいのかな? あまり追求してはいけない気がするし。
「やったねぇ蒼ちゃん! これで受けられる依頼が増えるよ」
「そうですね、Dランクですと魔物狩りの依頼が増えます。ですが、危険度も増しますので十分注意してくださいね」
「はぁい」
「わかりました。ありがとうございます」
私たちはお礼を言って新しいギルドカードを受け取る。
すると、ざわざわしてたのが止み、こっちを多くの人が見てきた。見られてる。なんだかこそこそと話すのが聞こえる。
「おい、あれって昨日の薬草の新人だよな」
「薬草より一角ウサギだろ、まだ肉余ってるかな」
「そうじゃねえよ。もうDランクだろ? 早すぎねえか?」
「噂じゃ貴族の娘で、ギルマスが実力を認めたとか」
「マジかよ! そう言えば俺も聞いたな。すげー魔術使えるらしいぜ」
「おい誰かパーティに誘ってみろよ。可愛いしな」
「俺ファンになった。見守りたい」
「今日は何受けるんだろうな。肉食わせてくれないかな」
全然こそこそしてない。隠す気ないでしょ。ただの街娘です。魔術はかじっただけです。私可愛い! ありがとう今度肉あげるね。ファンはいらないです。昨日のお肉はおいしかったよ。
そうじゃないよ! 依頼、何受けようかな。あれ、お姉ちゃんは……いた。もうクエストボードで依頼を探してる。私もお姉ちゃんの元へと向かう。
「蒼ちゃん、いいのあったわよぅ。ほらこれ」
そう言ってお姉ちゃんが見せてきたのは、一角ウサギ三匹の討伐依頼だった。しかも同じ依頼が複数あり、どうやらソフィアさんが言ってた魔物が多く出てきているという情報は本当のようだった。
「昨日魔力感知してて気づいたんだけど、あの辺り群れが一杯いそうなのよ」
「そうなんだ、それなら探すのも簡単かな」
「じゃあ受けてくるわねぇ」
お姉ちゃんはソフィアさんの元へ手続きをしに行ってくれた。少ししてパタパタとこちらに駆けて戻ってくる。
「受けたわよぅ。行きましょう」
私たちは早速森へ向かう。門でいつもの門番さんがいたので挨拶した。初依頼を無事こなしたことを話したら喜んでくれた。嬉しい。
道のりは昨日と同じ。一時間くらいの徒歩だ。お姉ちゃんはご機嫌なのか鼻歌を歌いながら歩いてる。
「おっにく〜おっにく〜出てきて狩られていただきま〜す♪」
食べるの早くない? 依頼だから精算するんだからね。
森に着いて、私たちは昨日の場所へ行く。お姉ちゃんが珍しく機転を効かせて目印を用意してくれていたので、すぐにわかった。お姉ちゃんは早速魔力感知を発動させて一角ウサギの気配を探る。
「んっと、あっちの方に多分五匹いるわぁ」
「わかった、補助魔術お願いしていい?」
「もちろんよぅ」
そう言ってお姉ちゃんは私に補助魔術を掛けてくれる。
『シールド』『マジックパワー』『アキュメン』
掛けてくれたのは防御力アップ、魔術攻撃力アップ、魔術速度アップの補助魔術だ。油断はしない。
私は草をかき分けて、お姉ちゃんが示した方向へ慎重に進んでいく。
一角ウサギの巣穴があった。巣穴の前に二匹いる。中にきっと三匹いるんだろう。そのときパキッと足元で枝が折れる音がした。しまった。踏んじゃった。
その音に反応して一角ウサギたちがこっちを向き、低い威嚇音を出してきた。また、その音につられて中から予想した通り三匹の一角ウサギが出てきて、同じように威嚇音を出す。やった、纏まってくれた。結果オーライだ。
私は一角ウサギに聞こえないように小声で詠唱をすると、纏まった五匹に向けて魔術を放つ。
『アイスブロック』
一角ウサギたちの足元の地面が凍り付き、やがて氷塊となる。そしてその足を凍らせていき、氷はそのまま胴体まで伸びていって一角ウサギの動きを封じる。リエラの家にいたときにもこの狩り方をやったけど、威嚇音を出してるときって反応が遅れるのよね。楽だわ。
私は昨日と同じように、もう一つの魔術を詠唱する。
『ウィンドスラッシュ』
ウィンドカッターの上位魔術だ、より広範囲に切ることができる。それを一角ウサギの首めがけて放つ。こうして一瞬で、五匹の一角ウサギの首を切り取った。
「お姉ちゃん! 狩れたから血抜き手伝って!」
「わかったわ!」
お姉ちゃんがこっちへ来る。いつもやってた作業だから、分担はわざわざ話さなくてもお互いわかってる。お姉ちゃんが空間属性魔術を詠唱する。
『フロート』
唱えると五匹連なった一角ウサギの氷塊は氷ごと宙に浮かび、逆さまになる。これで血抜きの準備はできた。次は私の番だ。水属性魔術を唱える。
『ウォーターフロウ』
一角ウサギの血管の中にある血液を動かして、体から排出していく。これでよし。血抜きしないとおいしいお肉にならないからね。
「これで五匹狩ったけど、戻る?」
私は氷を溶かして、処理した一角ウサギをストレージにしまいながらお姉ちゃんに聞いてみる。
「まだ、沢山いるのよぅ。あっちとか、ちょっと離れたあっちとか」
「うーん、魔物多いって聞いたし、きっと狩った方がギルドも嬉しいよね」
「蒼ちゃんが大変だけど、もっと狩ってもいいかしら?」
「もちろん大丈夫だよ。それにお姉ちゃんだって魔力感知と血抜きしてくれるから一緒だよ」
そんなことを話しながら、私たちは次の場所に行って、狩ってを繰り返す。
……。黙々と狩っていた。
「蒼ちゃん、今何匹くらいになったぁ?」
「えっと、一、二…………。十五匹」
「いっぱい狩れたわねぇ」
「狩りすぎたんじゃ……」
「魔物だし大丈夫よぅ。絶滅しないわ」
「そうだけど、そうじゃなくて! また注目されちゃうんじゃ……。こんなに素材使わないし」
「気にしないでいいんじゃないかしら、精算しちゃえばいいのよぅ。でもいっぱい狩ったし、そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
「あ、ちょっと待って蒼ちゃん、こっちに一角ウサギじゃない魔物が近づいてくるわぁ」
「何の魔物?」
「この感じは、タイラントバッファローかしら」
「レッドタイラントバッファローだといいけど、仕方ない、倒しちゃおっか」
タイラントバッファローは名前の通りバッファローの魔物で姿がそっくり。でも、大きくてとても気性が荒い。色で強さが異なり、赤だと一番弱い。一角ウサギよりはもちろん強いけど。黒だとちょっと強くて手こずる。
ものすごい音とともにこっちに迫ってきたのはレッドタイラントバッファローだ。よかった。これなら狩りやすい。血の匂いに誘われたのかな。
私はお姉ちゃんを見る。お姉ちゃんはわかってますよぅという顔で頷く。それを見て私は、レッドタイラントバッファローが突進してくるであろう先に立ち、来るのを待つ。
レッドタイラントバッファローは私を標的と見定めたのか、勢いを落とさずこっちに向かって突進してくる。そして突撃するであろう刹那。
『アースウォール!』
『プロテクション!!』
私とお姉ちゃんがそれぞれ詠唱すると、私の前に魔力でできた土の壁と障壁が現れ、レッドタイラントバッファローはそれにぶつかって止まる。この魔物は正面の防御力がとても高い。だからぶつけて止めてその隙に倒す。
『ウィンドギロチン』
レッドタイラントバッファローの上と下から、首筋に向けてギロチンのように風の刃を発生させ、一刀両断する。何をされたのか気づかないまま、レッドタイラントバッファローは絶命した。
「蒼ちゃんナイスぅ」
「お姉ちゃんもありがとう、相変わらずちょっとヒヤヒヤする」
「先に壁を用意しちゃうと避けちゃうしねぇ」
「うん。成功してよかった。さて、血抜きするから浮かして」
「はぁい」
私たちは一角ウサギと同じ要領で血抜きをする。これも柔らかくておいしいお肉だ。リタちゃんのところに持っていって一緒に食べたいなぁ。なんて思いながら血抜きをして、ストレージにしまいこむ。
「今度こそ平気だよね? 帰ろうか」
「もう魔物はいないわぁ。帰りましょう」
そうして私たちは森を後にして、ギルドへと戻るのだった。騒ぎになるなんてその時は知らずに……。
帰りも平坦な道をてくてく歩いて、寄り道せずにギルドに戻って精算カウンターへと向かう。あ、今日もライラさんがいる。順番を待っている間、お姉ちゃんとどれくらいの量を出すか相談しておく。昨日みたいなことにはなりたくない……。でもできるだけお金はほしい。
結局、持ってても仕方ないから、お姉ちゃんが言う通り精算しちゃおうっていうことになった。出すのは、依頼分を含めて一角ウサギの頭部が十五匹分全部。胴体が十匹と、レッドタイラントバッファローは頭部だけということになった。
相談を終えると、ちょうど私たちの順番になった。ライラさんに笑顔を向ける。
「こんにちは、ライラさん。精算をお願いします」
「いっぱい狩れたのよぅ」
お姉ちゃんの一言で場が凍り付く。余計なこと言わなくていいの!
ライラさんは笑顔で対応してくれる。若干ひきつったままだったけど。
「は、はい。依頼は一角ウサギ三匹でしたよね。精算物をこちらに出してください……」
「はぁい」
ほら、ライラさん身構えちゃってるじゃない……。私は、お姉ちゃんがすみませんと内心で謝りつつ、かばんの中から精算物を取り出す。
三匹出したところでライラさんが頷く。依頼分を確認したんだよね。続けてもう二匹出したところでライラさんがこっちを見る。
「五匹狩ったんですね。すごいです!」
ごめんなさい、ごめんなさい十五匹なんて言えません……。私は心の中で再び謝りながら、残りを出すかどうしようかと悩んでいると……。
「十五匹狩ったのよぅ。ぶい」
なんで言っちゃうのおおお!!
お姉ちゃんがライラさんにブイサインしながら満面の笑みでポーズする。
あぁ、ライラさんが涙目になってる……。これまた昨日と同じパターンだ。
「じゅ、十五匹すべてご精算ですか?」
「頭部は十五匹分、胴は十匹分出すわぁ。あとそれから、レッドタイラントバッファローの頭部もあるのよぅ」
「……せ、せんぱ~~~~い」
ライラさんが泣きながら受付カウンターへ向かい出す。でも、ライラさんが動き出す前にソフィアさんがこっちへ向かってくる。きっとこっち見てて、泣き声がしたから来たのかな……。本当にごめんなさい。
「ライラ、どうしたのかしら?」
「せ、せんぱい、一角ウサギがいっぱいで、頭がたくさんで、レッドタイラントバッファローが付いてきて……」
「うーん、よくわからないわライラ」
そう言ってソフィアさんはこちらを見る。笑顔が怖いよう。私ももうよくわかりません……。お姉ちゃんに任せようとそっちを見る。
「ソフィアちゃん、一角ウサギが狩れたのよぅ。頭部は十五匹分、胴は十匹分の精算をお願いね。あとそれから、レッドタイラントバッファローの頭部もあるのよぅ」
「そんなに狩ったんですか? しかもレッドタイラントバッファローって……。本当にお二人で?」
「そうよぅ」
「は、拝見しますね」
私はもうどうにでもなれと思いながら精算物をカウンターの上に出していく。こうしてみると、かなり量が多い。なんでさっきこんな量出して平気だって思っちゃったんだろう……。カウンターに山と積まれた一角ウサギとレッドタイラントバッファローを見ながら、私はしみじみそう思うのだった。
「確かに。査定しますので少々お待ちください。ライラ、依頼の精算処理をお願い。それから、同じ依頼が二枚あるからそれ受注処理と精算処理してきて。一角ウサギ九匹はそれで精算した方がいいわ。残りの一角ウサギとレッドタイラントバッファローは私がやるわね」
「わかりました!」
元気よく頷いてクエストボードに駆けていくライラさん。さすができる女性ソフィアさん……。
私たちが待っている間、後ろではざわざわと騒ぎが大きくなっていた。
「おい、昨日の新人二人、今日もやべえぞ」
「今日も山の薬草か?」
「ちげえよ! 見てみろよ! 一角ウサギだ! それも十匹以上!」
「はぁ!? 今日Dランクになったばかりだろ? 馬鹿言ってんじゃ……ってレッドタイラントバッファローもあるじゃねえか!」
「嘘だろ!? Cランクの少数パーティ相当で狩る魔物だぞ! しかも随分と綺麗な状態だな」
「あれは肉が柔らかくてうまいんだよな……。食いてぇ」
「マジでパーティ誘って来いよ! 毎日ごちそう食えるじゃねえか!」
「だがなぁ……。貴族のお嬢ちゃんに、俺たちみたいな荒くれ者が声掛けたら……捕まりそうだよな」
「お、おう……。そうだな。でも肉食いてえなぁ……」
私が後ろのざわざわした声を聞いて、貴族じゃないですどうしよう……とか、恥ずかしい思いをしながら待っていたら、あわただしく動いていたソフィアさんとライラさんがカウンターに戻ってきた。
「シズクさん、アオイさん、査定が終わりましたよ。小金貨1枚と銀貨30枚になります」
「やったわよぉ、蒼ちゃん!」
「えっと……多すぎませんか?」
「量がありますし、素材も綺麗な状態ですから、これくらいになりますね。明細を書きましょうか?」
「い、いえ、結構です!」
「そうよ蒼ちゃん、細かいことはいいのよぅ」
お姉ちゃんは私の両手を握ってぶんぶん振り回して喜びを表している。私はやっぱり提示された金額にぽかんとして一緒に喜べず、手を振られるままになっていた。なんか後ろのざわざわも大きくなってるし、恥ずかしい。早く帰りたい。
「では、こちらの金額でよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
「はぁい。ソフィアちゃんありがとう」
ソフィアさんはライラさんに指示を出す。ライラさんがカウンターの後ろから報酬を取り出してきて、カウンターに置いてくれる。
えっと、そうだギルドカードだ。私とお姉ちゃんはギルドカードをソフィアさんに提出する。
ソフィアさんはそれを受け取って精算の魔術具にかざしてから私たちに返してくれる。私はギルドカードと報酬をかばんにしまう。
「昨日に引き続き、騒がしくしてしまってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。活気が出ていいことです。それより、ケガはありませんか?」
騒がしいのは些細なことだと言ってくれる。それより私たちにケガがないかソフィアさんが心配して尋ねてくれる。優しい……。
「はい。大丈夫です。お姉ちゃんもいますし」
「何かあったら雫が治すのよぅ」
「そうでしたね。でも、油断は禁物ですからね?」
「ありがとうございます」
「それでは、本日の精算も以上になります。お疲れさまでした」
「今日もありがとうございました」
「ソフィアちゃん、ライラちゃん、ありがとうねぇ」
私たちはそうお礼を言って、今日もギルドを後にするのだった。
双子姉妹がギルドを去った後、冒険者ギルド受付嬢のソフィアとライラは雑談していた。
「せんぱぁい、やっぱりあの二人おかしいですよ!」
「おかしいって、何が?」
「あんな量の魔物、普通二人で狩ってこれません! それに、どうやってかばんに入れてるんですか? あんなに入りませんよ」
「あれは多分魔術具のかばんよ。収納量増加と重量軽減が付与されてるんじゃないかしら」
「そんなかばん、Bランクの一線級冒険者が持ってるようなものじゃないですか! まだDランクなりたてなんですよ!」
「そうねぇ……。でもあの二人だったら納得しちゃうかな」
「どうしてですか?」
「他の冒険者と雰囲気が違うのよ」
「はぁー。せんぱいほどになるとそんなこともわかるんですねぇ……」
スキルも他の人と違うしね、と思っても口には出せないソフィアなのだった。
私たちは冒険者ギルドを出て、商業区の中心部へと歩いていた。ちょっと早いけどそろそろ夕飯時だ。
「蒼ちゃん、今日もリタちゃんのところでご飯にしたいけどいいわよねぇ?」
「もちろん! せっかくレッドタイラントバッファローのお肉も手に入れたし、カルロさんにおいしいご飯作ってもらおう」
「リタちゃんの喜ぶ顔が見たいわぁ」
そんなことを二人で話しながら、行き先をカルロさん親子のレストランへと向ける。
レストランに入ると、今日も座席は半分以上埋まって賑わっていた。
リタちゃんがこちらに気づいて笑顔で話しかけてくる。
「シズクさん! アオイさん! こんばんは! いらっしゃいませ!」
「こんばんはリタちゃん、朝言った通り今日も来ちゃった。早速だけどお土産があるんだ、カルロさんは厨房?」
「はい。呼んできますね」
「大丈夫、こっちから行くわ。厨房じゃないと出せないから」
「楽しみにしててねぇ」
私たちは何だろうと疑問符を浮かべるリタちゃんにそう言って厨房へと向かう。そこにはカルロさんが忙しそうに調理をしていた。
忙しいところ悪いけど、早い方がいいし、出しちゃおう。
「カルロさん、こんばんは。忙しいところをすみません」
「おう、嬢ちゃんたち、昨日はありがとうな。今日はどうした? 話なら悪いが今忙しくてな……」
「実はお土産があるんです!」
私は調理台の空いてるスペースに、レッドタイラントバッファローの胴体をストレージから出して置く。
「じゃーん! レッドタイラントバッファローの肉です! これでご飯作ってもらおうと思って持ってきました!」
「は?」
「お代はもちろん払うから料理してほしいのよぅ」
カルロさんはレッドタイラントバッファローの胴体を見ながらぽかんとしている。あれ、どうしたのかな?喜んでくれると思ったんだけど……。邪魔だったかな。
「あの、カルロさん。もしかして邪魔でした?」
「いや……そうじゃない。そうじゃないんだが……。まさかこんな高級食材が出てくるとは思わなかったんだ……。これ、もらっていいのか?」
「もちろんです! お代は払うので、私とお姉ちゃんのご飯をこれで作っていただければと」
「これ全部食うのか?」
「そんなに食べられないわよぅ」
「まさか、そんなに食べられません。余った分はお二人で食べるなり、昨日ご迷惑をおかけした常連さんにサービスするなり、売るなりしてください」
「いやこんないいもの持ち込みで、しかも二人ならお代はもらわないが……。本当にいいのか?」
「「はい!」」
「……ありがたくいただくよ。リタ! 今いるお客さんにレッドタイラントバッファローの肉食うか聞いてきてくれ!」
「わかった!」
リタちゃんはパタパタと客席に戻ってお客さんたちに尋ねていくようだ。私たちも、邪魔にならないように客席へと移動して空いている席に座る。
どのお客さんも食べたいと答えたのか、リタちゃんが回っていった席から段々と騒がしくなって期待に満ちた声が聞こえてくる。喜んでもらえるなら嬉しいな。
私たちも、そわそわしながら待っていると、そこへカルロさんが大皿を持ってやってきた。
「待たせたな嬢ちゃんたち! 肉は一番最初に持ってきた。さぁ食ってくれ。他のお客さんも、順次作ってくんで待っててください!」
目の前にとてもいい焼き目の付いたレッドタイラントバッファローのお肉が置かれる。ステーキというには大きすぎる肉塊だ。それにいい香り。私は一緒に渡された大きなナイフでお肉を切り分けていく。塊なのにナイフがスッと入っていく。やっぱりこのお肉柔らかい……元々の質もよかったけど、きっとカルロさんの腕がいいんだな。切ったところから肉汁が溢れ出す。もったいない。潰さないように切らないと……。断面もピンク色で綺麗。今の私にはこれがルビーに見えるわ! まずは二枚切り分けて、一枚を取り皿に乗せてお姉ちゃんに渡す。もう一枚を自分のお皿に取って目の前に置く。
二人でいただきますをして、一口大に切って口に運ぶ。
他のお客さんが生唾を飲み込みながらこっちを見ている。恥ずかしい。あなた方の分もありますからね……こっちを見ずに座って待っててください……。
一口食べると、私とお姉ちゃんは、笑顔で頷き合ってカルロさんにこう答えた。
「「すっごくおいしいです!」」
「そうか、よかった! それじゃ俺は他のお客さんの分も焼くから奥に戻る。他の注文はリタに言ってくれ!」
「わかりましたぁ」
お姉ちゃんが答えてくれる間に、私は続きを切り分ける。リタちゃんにサラダとパンを注文するのも忘れない。
しかし、本当に柔らかい。一口噛むたびに肉汁が口の中にいっぱいに広がって、癖のない赤身肉の味と香りがやってくる。こうして私たちが肉塊に舌鼓を打っている間、他のお客さんの元にもお肉が届いたのか、各席から歓声が聞こえてくる。中には追加で注文したいとリタちゃんに懇願する人もいて、カルロさんがお代わりは有料だと説明していた。お金は大事だからね、しっかり稼いでね。
二人ではとても食べきれないんじゃないかと思ったけど、そんなことは全くなく、大変満足して平らげた私たちにリタちゃんが食後のお茶を持ってきてくれた。そして食後のお茶を飲んでる私たちに、食べ終わった人たちが次々にお礼を言って帰っていく。ついでにリタちゃんもお礼を言いにやってきた。
「シズクさん、アオイさん、とってもおいしかったです! ありがとうございます!」
「よかった、おいしかったなら何よりよ」
「よかったわぁ、それならまた狩ってくるからねぇ」
リタちゃんの笑顔で私とお姉ちゃんは満足だよ。また狩ってこようね。ごちそうさまでした。
お客さんたちが出払って、ひと段落したのかカルロさんがやってくる。
「嬢ちゃんたち、今日はありがとな。俺も少しもらったが品質のいいうまい肉だった。昔高級レストランで働いてた時もこんな肉は見たことなかったよ。余った肉は、今日来てない常連さんの分と、俺とリタの分で少しもらった。残りは限定メニューに出そうと思う。これは、今日お代わりしたお客からもらった分だ」
カルロさんはお金の入った袋を私たちの前に置く。
「お代はステーキ作ってもらったのでいただきましたよ? 料理もサービスしていただきましたし……」
「いや、これだけの食材だ、さすがにそういう訳には……」
「リタちゃん、お肉おいしかったぁ?」
「うん!」
「じゃあ、お代はリタちゃんの笑顔っていうことで」
私たちが笑顔でお金は受け取りませんという意思をカルロさんに示す。
観念したカルロさんは、ため息をしつつ、かなり渋々と納得してくれた。
私もお姉ちゃんも楽しいのが一番だからね。実際、料理を作ってもらったのでそれで満足だ。おいしかったし。
私たちはレストランを辞して昨日泊まったホテルを目指す。今日も空いてるといいなぁ。
ホテルに入ると、昨日と同じフロントの男性が笑顔で出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、シズクさま、アオイさま。本日もお泊まりでよろしいでしょうか?」
「はい、昨日のお部屋よかったです。空いてるといいのですが……」
「承知しました。空いておりますので、そちらに致しますね」
昨日と同じく料金を支払って鍵を受け取り、私たちは部屋へ向かう。
部屋に入って鍵とかばんを置くと、お姉ちゃんがベッドにダイブした。
「どぉん! 今日も疲れたねぇ、このまま寝ちゃう?」
「着替えないと服、皺になっちゃうよ。それにお風呂にも入らないと」
「お風呂! 一緒に入ろぉ!」
「え、やだよ、二人で入れるほど広くないし……」
「広かったらいいの? それなら雫、頑張って稼いで絶対お風呂が広い家建てる」
「はいはい、先に入っちゃっていい?」
「いいよぉ」
「入ってきたら凍らせるからね」
嫌じゃないんだけど、やっぱり恥ずかしいし、言った通り二人で入るにはここのお風呂はちょっと狭い。それでもお姉ちゃんは突っ込んでくることがあるので一応釘を刺しておく。
ここのお風呂は魔術具になっていて、魔力を通すだけでお湯が出る。便利だ。それにしてもこの国はどの領地も上下水道がそこそこ整備されているらしく、ここのホテルのように水道から水が出る施設も多い。日本人としては大変ありがたい。
お風呂から出ると、お姉ちゃんはベッドに転がって日記を書いていた。
「お待たせお姉ちゃん。お湯溜めたままにしてあるから、早くしないと冷めちゃうかも」
「うんー、雫も入っちゃう」
お姉ちゃんがお風呂に入っている間、私は生活魔術で髪を乾かして、それから魔力操作の訓練をする。集中してたのか、気づいたらお姉ちゃんはお風呂から出てたらしく、寝巻きを着てベッドに転がっていた。
「蒼ちゃん、そろそろ寝よっか」
「そうだね。今日も楽しかった」
「だねぇ。やっぱりリタちゃんは妹にするぅ」
「はいはい」
「喜んでくれたからまたお肉持っていこうねぇ」
「料理もおいしかったし、そうしよう!」
「明日は何をしようかなぁ……。おやすみ、蒼ちゃん」
「おやすみ、お姉ちゃん」
私たちはおやすみを言い合って、それぞれのベッドに沈むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます