06. 控えめは十束まで。
薬草採集の依頼を受けて、私とお姉ちゃんは冒険者ギルドを後にして西の森へ向かうことにする。
でもその前に、まずはお昼を食べることにした。時間はちょうどお昼時、露店はどのお店もいい匂いをさせながら賑わっている。私たちは、お姉ちゃんが冒険者ギルドに向かう時目を付けていたホットドックのお店と、串焼きのお店でご飯を買って、商業区の中心にある噴水広場のベンチに座って食事をする。いただきます。
「思った通りおいしいわぁ」
「本当だ、お肉の味がしっかりしてる。ソースもおいしい」
「また買いましょう」
「お姉ちゃん、食べるの早いよ」
「だって楽しみで待ちきれないんですもの。早く行きたいわぁ」
「急かさないで、こぼしちゃう」
私を急かすお姉ちゃんをたしなめて食事を続ける。私も楽しみだから、いつもより少しだけ早く食べた。もぐもぐ、ごちそうさまでした。
「お待たせ。じゃあ行こっか」
「はぁい」
私たちは露店で串を回収してもらって、マイヤの街に来るときに通った門へ向かう。来た時と同じように門番さんに挨拶して、今度はさっきと逆にくぐって、西の方へ歩き出す。西の森は歩いて一時間くらいかな。平坦な道を私たちはてくてく歩く。
「薬草は気になるけど、ほかの植物の植生も楽しみねぇ」
「そうだね。リエラの家の辺りからそんなに遠くないし、同じ感じなのかな。違っても面白いけど」
「冒険者ギルドで、薬草以外の違う植物とか、調合した薬とかも買い取ってくれると嬉しいわね」
「ストレージにはまだ余裕があるし、色々採集してみようよ」
「そうねぇ。薬も作りたいから、よさそうなのがあったら多めに取っていきましょう」
「うん」
ストレージは空間属性魔術の一つで、アイテムを魔力で作った空間の中にしまっておける。私もお姉ちゃんも適性があったようでリエラに教えてもらったけど、とても便利で重宝している。今も軽装だけど、着替えやアイテムをたくさんストレージの中にしまって持っている。何より、お金などの貴重品をしまっておけるのが助かる。神様にもらった例の宝石は、私とお姉ちゃんと半分こして互いのストレージにしまってある。
西の森の植生のこと、アイテムや調合に使えそうな植物の確認などをしながら道を進むと、やがて西の森に到着した。
森の中を少し進んでみる。ちらほらと薬草が生えてるけど採集できるほどの量はない。刈り尽くされちゃってるのかな。
「お姉ちゃん、あんまりないね」
「もう少し進んでみましょうか、今度は……あっち!」
「わかった」
私たちはお姉ちゃんが指さした方へ進む。すると、魔力がちょっと濃くなってきた。その辺りで私とお姉ちゃんは立ち止まる。このまま探してても多分見つからないし、さっとやっちゃおう。
「お姉ちゃん、魔力感知お願い」
「はぁい。魔力感知するわ」
そう言ってお姉ちゃんは目を瞑り精神を集中させる。お姉ちゃんの魔力が、森の中を薄く遠くへと広がっていくのを感じる。
薬草など、薬などの材料になる役に立つ植物は魔力を持っている。魔力感知することでその植物の魔力を感じることができるけど、お姉ちゃんの魔力感知はリエラも感心するほどで、植物の持つ僅かな魔力も感じ分けることができる。私はお姉ちゃんより魔力を遠くに広げるのはうまいけど、微弱な魔力しか持ってない植物を魔力感知で選り分けるほどのことはできない。せいぜい魔力の多い植物がある、くらいだ。
「あったわぁ。あっちの方にたくさん。薬草だけじゃないと思うわ」
お姉ちゃんは森の北西の方を指差す。あまり獣や人が通らないのか、他の方角より茂っている方だ。早速二人で北西の方へ歩いて行く。すると、先ほどの刈り尽くされたような感じと打って変わって、様々な薬草や魔力草が多量に生えていた。
「すごい! リエラの家の近くと遜色ないね」
「品質も同じくらいね。魔力草はこっちの方が魔力を蓄えてるわ」
「あ! 見てお姉ちゃん! 百日草がある。こっちには月見草」
「すごいわねぇ、これだけあれば色々な薬が作れるわ。取りすぎて根絶やしにしないように、けど多めに取っていきましょう」
私たちはほくほく顔で採集を始める。これだけあればポーションだけじゃなくて、魔力ポーションや状態回復薬、もしかしたら中級ポーションも作れるかもしれない。
はしゃぎながらどんどん採集してストレージに入れていく。容量はまだ全然大丈夫だ。でもそろそろ刈り尽くしてしまうし、この辺りでおしまいかな……と思っていると、ガサガサっと何かが動く音がした。私は魔力感知で気配を探ると、どうやら小さいけども密度のある魔力の塊を感じた。多分小さい魔物かな。
「お姉ちゃん、小さい魔物がいる。多分一角ウサギ!」
「あらあら、角はきっと素材で売れるわね。お肉はおいしいのよねぇ。狩っちゃいましょう! 雫のご飯のために!」
「狩るのは私なんだけど……。まぁいいか。私もお肉食べたいし。それじゃ、やるね」
「お願いねぇ」
冒険者になってからは初めてだけど、リエラの家では何度も狩った一角ウサギだ。大丈夫。自分にそう言い聞かせていつでも詠唱できるように構えてじっと待つ。すると茂みから一匹の一角ウサギ現れた。少し気が立ってるみたいで、こちらを威嚇してくる。小さくても魔物だ、私たちを食事だと思っているのかな。
こっちだってリエラに訓練してもらったんだ! いつまでもビクビクしてる私じゃないよ。私は魔力を身体に巡らせて詠唱を始める。詠唱は『水、凍結、捕縛』……。
『アイスグラスプ!』
私は水の下位魔術を唱える。作った氷で相手の手足を手錠のように捕まえる魔術だ。一角ウサギの前脚と後ろ脚はみるみるうちに凍っていく。そして脚を動かせなくなった一角ウサギは、身体をバタバタさせている。次に私は別の魔術を詠唱する。今度は『風、切断』っと。
『ウィンドカッター!』
私は風の下位魔術を使う。作られた風の刃は一角ウサギの首へ迫っていき、首を一刀両断する。頭と胴が切り離された一角ウサギはあっという間に動かなくなった。
「ふぅ、狩れたよお姉ちゃん」
「すごいわぁ。怪我はない?」
「ないよ、一角ウサギ一匹だけだし」
「油断はだめよぅ。このまま持って行く?」
「うん。とりあえず血抜きしちゃう。手伝って」
「はぁい」
お姉ちゃんは空間属性魔術を詠唱して、一角ウサギの頭をそのまま、胴体を首を下にして浮かせる。首から血がポタポタと垂れてきている。そこへ私は水属性魔術を詠唱する。『液体、流動、操作』。こうすることで一角ウサギの体内に残った血を一滴残らず血管の切断部から出していく。やがて残さず出し尽くしたか、血が出なくなったので私は一角ウサギを凍らせて頭と胴をストレージにしまい込む。
「お姉ちゃんありがとう、助かったよ。それにだいぶ薬草も取れたし、そろそろ帰ろう」
「そうねぇ、宿屋さんも探さないといけないし、帰りましょうか」
お姉ちゃんの先導で私は森を歩く。思ったより奥まで来ていたのか、出るまで少し時間がかかった。でもお姉ちゃんの魔力感知なら、来た道を辿れるから迷うことはない。
そうして森を出てからは、宿の条件や晩ご飯何を食べようかって事を話しながらマイヤの街に向かって歩く。そういえば神様にもらった例の宝石、怖くて一つも換金してないからお金ほとんど持ってないんだよね。今の所持金だと、何もしなかったら節約しても一週間くらいしか暮らせない。依頼の報酬でどのくらい稼げるのかわからないけど、宿とご飯が確保できるくらいになるといいなぁ。
あ、お姉ちゃん! 安いのは魅力的だけど、ベッドは別々がいいからね!
「依頼の精算をお願いしますぅ」
ギルドに戻って、ロビー右手側の精算カウンターへと私たちはやってきた。
「はい、ギルドカードを見せてください」
私たちは精算カウンターのお姉さんにギルドカードを差し出す。
「パーティを組んだ場合ですと、代表者、今回はシズクさんの提出のみで構いません。また、依頼の受注も代表者の方のみで大丈夫ですよ。ただし依頼外の納品物がある場合は、パーティ全員の提出が必要になりますので注意してください」
そう言って精算カウンターのお姉さんは教えてくれた。初心者に親切に教えてくれて、ここの人たちは優しい。
「さて……。依頼は薬草採集ですね。取ってきた薬草を提出してください」
「えっと、思ったより多く取れてしまって、たくさん出しても構いませんか?」
「もちろんです。報酬と貢献値に上乗せされますよ」
「じゃあお姉ちゃん、半分ずつくらい出そっか」
「そうねぇ、それで報酬がいくらになるか聞いてから残りを出すか決めましょう」
二人で頷いて、かばんから薬草を出すふりをして、かばんの中でストレージを発動させる。リエラに人には見せない方がいいって言われて、こうすることにしたんだ。お姉ちゃんはバックパック、私はショルダーバッグの形の魔術具のかばんっていう設定だ。
一束、二束と薬草を出していく。最初、にこにこしてたお姉さんの顔が十束くらいでぽかんとしてきた。あれ、出しすぎちゃったかな……?
「あの……すみません」
「は、はい。薬草の提出は以上でしょうか?」
「他の種類の植物もあるのですが、出して大丈夫でしょうか?」
「ええ…………。えぇ、だ、大丈夫ですよ」
本当に大丈夫かな。まあ大丈夫って言ってるし、とりあえずお姉ちゃんと続けて他の種類の植物もカウンターに置いていく。追加で色々な植物を、こっちも合わせて十束くらい出して、お姉ちゃんの手が止まる。ホッとしたような顔を浮かべた精算カウンターのお姉さん。きっとこれで全部だと思ったんだろうな。でも私は一緒に取ったから知っている。
「これで出そうと思った量の半分くらいなのだけど、残りも出して大丈夫かしらぁ」
カウンターに山積みでスペース埋まっちゃったし、確認したんだろうな。でも、お姉ちゃんの一言がとどめとばかりに、それを聞いた精算カウンターのお姉さんがあわあわとし出す。
「りょ、量が多いので人を増やします。しょ、少々お待ちください」
お姉さんが泣き顔になって「せんぱぁい~~」って言いながら奥へ走って行った。あ、これやりすぎちゃったやつだ……。
「おい、精算カウンター見てみろよ」
「うわなんだあの量、業者か?」
「いや、昼間登録してた新人らしいんだよ」
「新人がなんであの量取れるんだよ。それに、あんな取れる群生地あったか?」
「知らねえよ。しかも今日受けたってことは西の森くらいしか行けないだろ」
「お、おい、それってどういうことだ?」
「つまり、西の森に、今まで発見されてなかったばかでかい群生地があって、それを新人が見つけたってことか?」
「ほんとに新人か……?」
なんだかお姉さんがいなくなって待ってる間、後ろの方がざわざわし出してる。恥ずかしい……。
数分待つとお姉さんがソフィアさんを連れてやってきた。
「お待たせしました。シズクさん、アオイさん。随分と取りましたね」
「え、えぇ……。すみません」
「いっぱい生えてたのよぉ。でも刈り尽くしてないから大丈夫よ」
「とりあえず精算しちゃいますね。ライラ、薬草を数えてちょうだい。あ、依頼の分は別にしてね。私は他の植物を数えるわ」
「わかりましたぁ!」
ライラと呼ばれた精算カウンターのお姉さんは、ソフィアさんにキラキラした目を向けながら、胸の前で両手をぐっと握りしめた後、薬草を数え始める。
「あ、ちょっと待って。蒼ちゃん、一角ウサギも忘れずに出しちゃいましょう」
「えぇ、お姉ちゃんあれも出すの……?」
「嫌なの?」
「そうじゃなくて、精算大変そうだから……」
「一角ウサギ狩られたのですか?」
精算作業をしつつも、しっかりと聞いていたらしいソフィアさんが若干引きつった笑顔でこっちを見る。
「そうなのよ。蒼ちゃんが狩ってくれたのよぉ」
「普通、Dランクの冒険者が狩る魔物なのですが……。精算されるのでしたら構いません。出してください」
ソフィアさん怒ってないよね。ちょっと笑顔が怖い。あとさっきより口調にとげがある気がする……。優しいソフィアさん、帰ってきて……。一角ウサギのことを黙ってたらここまでにはきっとならなかった。でも、にこにこしてこっちを見るお姉ちゃんに逆らえず、私は諦めて一角ウサギの頭だけを取り出してカウンターに置く。
「お、おいあれ一角ウサギだぞ!?」
「誰だよ新人って言ったやつ」
「角がやばい! きれいな状態で残ってやがる。新人にあんな狩り方できないぞ!」
「頭だけか、肉は精算しないのかな。個別に相談したら売ってくれねえかな。うまいんだよな、あれ」
なんだか後ろが、薬草を出した時よりざわざわする。恥ずかしい。注目されてる……。
「で、ではこちらも精算を始めますね」
ソフィアさんはそう言ってテキパキと音が聞こえるような速度で、様々な植物をカウンター後ろにある棚に収納していく。ソフィアさんすごい。仕事のできる美人だ……。私が羨望の眼差しで見ていると、精算が終わったのかライラさんと確認作業をしていたソフィアさんが。
「精算が終わりましたよ。合わせて銀貨20枚となります」
「「え……?」」
「あ、すみません。角はきれいな状態でしたので高値を付けました。薬草類は量がありますので少し色を付けています。ご不満ですか?」
私とお姉ちゃんが呆然としているのを、不満と取ったのか、不安げな顔でソフィアさんがこちらを見ている。
そうじゃないんです。びっくりしてたんです。何か言わないと……。
「すごぉい。蒼ちゃん、やったねぇ!」
大喜びでぴょんぴょん跳ねながら私にハイタッチしようとするお姉ちゃんと、まだぼんやりとソフィアさんが言った金額が理解しきれていないままハイタッチに応じる私。
銀貨20枚といえば一人の男性冒険者が一ヶ月は暮らせる額だ。私たちは二人で女性だから、宿の安全性と食事は気を遣えとリエラとアーガスさんに口を酸っぱくして言われた。それでも、私たちでも一週間はゆったりとした宿で泊まれるし、食事も問題ない額だ。
「えっと不満じゃなくて、高くてびっくりしていました。それで精算をお願いします」
「ではこちらが報酬になります。貢献値を加算しますのでギルドカードを出してください」
私たちはソフィアさんにギルドカードを渡す。何かの魔術具にかざして返してくれた。きっとあれが精算する魔術具なのかな。タッチするICカードみたい。
併せて報酬の銀貨20枚も渡される。「分けますか?」と聞かれたけど断ってまとめて私が受け取った。お姉ちゃんに渡すとなぜか全部ご飯になって無くなっちゃうからね。
「それではシズクさん、アオイさん、お疲れ様でした。初めての依頼でお疲れでしょう。ゆっくりとお休みください」
「ありがとうございましたぁ」
「今日はありがとうございました」
私とお姉ちゃんはソフィアさんとライラさんにお礼を言ってギルドを後にする。その間、チラチラとこっちを見る多くの人と、ざわざわとした話し声が続くのだった。
「ソフィア先輩、あの二人初めて見たんですけど新人で間違い無いんですよね?」
「そうよ、私が昼間に冒険者登録したんだもの」
「でもあんなにたくさんの薬草、しかもレア植物と、普通Dランクの人たちががんばって狩ってくる一角ウサギを……」
「そうね……」
「おまけに若いですよね? 可愛いし」
「二人とも17歳だって。双子かしらね。たしかに可愛いけど、これからも騒動の渦中にいそうよね……」
私は知っている。彼女たちのスキルがこれからもきっと大変なことを起こすんだろうなってことを。でも言えない。
だからただ、これからもきっと驚くんだろうな、大変なんだろうな……。って思いが後輩に伝わるように、ただただ会話に頷く私なのだった。
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