05. 旅の初めは冒険者登録から

「それじゃリエラ、行ってきます」

「リエラちゃん、行ってくるねぇ」

「うむ、シズクもアオイも気をつけて楽しんでくるんじゃよ」


 初めてこのリエラの家に来てから三年が経った今日、私とお姉ちゃんはリエラの家から旅に出る。リエラの訓練は厳しかったけど、異世界は知らないことだらけで、さらに魔術という今までなかったことを吸収していく面白さもあり、毎日が楽しかった。

 先週やっと訓練がひと段落して、「冒険に出ても問題ないじゃろう」ってリエラに言ってもらった。それから一週間色々と準備をして、初めはどこに行こうかって三人で相談した。そして、まずはいつも買い物に行ってたマイヤの街で、冒険者としてやっていくことにした。それから他の土地を見に行こうってことになった。

 一人や二人、三人でも歩いたこの森だけど、旅をするためにお姉ちゃんと二人で歩くのは初めてだ。お姉ちゃんもなんだかそわそわしてるし、私もちょっと浮ついている。

 数歩前を歩いていたお姉ちゃんが私の方へ振り返り、口を開く。


「マイヤの街には何度も行ったけれど、冒険者は初めてだから楽しみねぇ。蒼ちゃん」

「そうだね。私たちもこの世界でやっていけるって自信が付いたし、危ないことがあるだろうからちょっと心配だけど、楽しみかな」

「雫が守るからねぇ」

「はいはい。頼りにしてるよお姉ちゃん」


 抱きついてきたお姉ちゃんを軽くあしらうと、ちょっと拗ねているようで、「もぅ」と言いながら速足で森の中を進んで行ってしまった。

 とは言っても、勝手知ったるこの森だ。私も小走りすると見失うこともなくすぐに追いつく。マイヤの街までは歩いて二時間ほど。私とお姉ちゃんは再び並んで歩き出す。


「そういえば蒼ちゃん、さっきリエラちゃんがお手紙渡していたわよね?」


 どうやら機嫌が直ったらしいお姉ちゃんは私にそう聞いてきた。出る時に渡された手紙のことかな。


「うん。お姉ちゃんも聞いてたと思うけど、リインフォース領に行くことがあったら領主に渡してって。どこかで領の名前を聞いたことあるんだけど、覚えてる?」

「きっとリエラちゃんにこの国の地理を教えてもらった時よぅ。ここから東の方にその名前の領があったはずだわ」

「そっか。でもどうやって行くかも、貴族様への渡し方もわからないし一旦保留かな……。それからもう一通が紹介状。マイヤの冒険者ギルドで出せって。アーガスさんに書かせたって言ってた」


 アーガスさんは、リエラの古い友人で私とお姉ちゃんの剣の師匠だ。細身で髪の長い、とても優しいお兄さんだ。なんでも伯爵家の次男らしい。リエラとは学院の同級生だって聞いた。一度リエラが家に呼んで少しの間、剣を教えてもらった。

 特にトラブルもなく、お姉ちゃんと話しながらてくてく歩いてマイヤの街に着いた。マイヤは伯爵領だ。マイヤの街と言ったら、マイヤ領で最も発展しているこの街のことを指す。この街は伯爵邸を中心に発展した街らしく、伯爵邸が街の中心のやや北側にある。伯爵邸から南側は住宅区、北西へ商業区、北東に工業区が広がっている。主な産業は街郊外で行なわれている牧畜と、リエラの家もある大きな森の恵みから得られる様々な素材を加工して商品にすること。大きく栄えてはいないが、堅実な領地運営から、領民の伯爵への支持は高くて安定しているらしい。

 この街の城門はいくつかあり、私たちはリエラの家から最も近い南西の門へたどり着いた。何度も通って顔見知りになった門番さんに会釈をして門を通る。


「よう嬢ちゃんたち。今日はリエラ嬢ちゃんはいないのかい?」

「門番さん、こんにちはぁ」

「こんにちは門番さん。私たち、旅に出ることにしたんです。リエラは家にいますよ」

「おう、二人でかい……? 喧嘩でもしたのかい?」

「いえ、私たちはもともとリエラに魔術を教えてもらっていて、終わったら冒険者になるつもりでいたので」

「そうかい。まあ喧嘩じゃないならよかった。さて、冒険者ギルドはここをまっすぐ行った突き当りにある。商業区の奥の方だな。案内はいらないと思うが大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」

「ありがとうございますぅ」


 私たちは笑顔で門番さんにお礼を言うと、門を後にして冒険者ギルドへと向かう。住宅区を通り、商業区のメインストリートを奥へとまっすぐ進む。途中、露店が集まっている辺りでは、お昼にはまだ早いが多くの露店がおいしそうな匂いをさせながら様々な料理を提供していた。私は露店に引き込まれそうになっていたお姉ちゃんをたしなめながら、その手を引いてさらに進む。

 するとやがて、他の建物とは雰囲気の違う、堅牢な石造りの建物が見えてきた。周りが木造りの家ばかりだけど、ここだけちょっと重厚感がある。


「きっとあれだよお姉ちゃん」

「冒険者ギルドって書いてあるわね。早速入りましょう」


 冒険者ギルドを見つけてテンションが上がったらしいお姉ちゃんが、今度は私の手を引いて前へと進む。両開きの扉を開けて中に入ると、ホールのような広い空間が広がっていた。左手側にはいくつかのテーブルがあり、その周りにいくつかのグループいる。

 右手側にはカウンターがあり、その横に大きな掲示板と人だかりがある。

 正面には役所の窓口のようなところがあった。まずはきっと正面の窓口だよね。そう思ってお姉ちゃんに告げようとすると、お姉ちゃんは私の手をさらに引いて、ぐいぐいと正面のカウンターへと進んで行く。

 そんな私たちを、周りの人たちがじろじろと見てくる。恥ずかしい。


「お姉ちゃん、周りの人に見られて恥ずかしいからちょっと待って。手を離して」

「堂々としていれば大丈夫よぅ」


 気にする素振りもなく、お姉ちゃんはそのまま私を連れてカウンターの前に立った。正面には、ギルドの制服なのか、フリルの付いた白いブラウスと、膝上丈の藍色のプリーツスカートを着た、二十代前半くらいの、あんず色のポニーテールの綺麗なお姉さんが立っていた。お姉さんはこちらへ笑顔を向けて話しかけてくれる。


「ようこそ冒険者ギルドへ。私は受付担当のソフィアです。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「こんにちはぁ、雫たちは冒険者になりたくて来ました」

「では、冒険者登録ですね。こちらの用紙に必要事項を記入してください」

「はぁい」


 受付のソフィアさんは私たちに紙を渡す。そこには名前や年齢などを記入する欄があった。私たちはカウンターに備え付けてあった席に座り、早速記入を始めた。名前……アオイっと……年齢……20歳でいいのかな? それとも不老って17歳……? 隣のお姉ちゃんを見ると17歳って書いてるから17歳にしておこう……。職業……魔術師っと……出身地……。えっと……出身地? ……日本、じゃダメだよね。どうしよう。私は慌ててお姉ちゃんに小声で話しかける。


「お姉ちゃん。出身地ってどうするの?」

「わからないわぁ。聞いてみようかしら?」

「何か、わからないところがございましたか?」


 ソフィアさんがこちらを見て尋ねてくる。ええい、もうしょうがない。


「あの、実は私たち出身地がわからなくて……」

「そうなんですね、何か紹介状であったり身分を保証するものはございますか?」


 言われて私は、朝出る時にリエラに渡された手紙を思い出して、慌てて取り出す。


「えっと、紹介状があります。これなんですけど……」

「拝見しますね。……えっ」


 ずっと笑顔だったソフィアさんが目を見開いて、驚いた様子で私とお姉ちゃんを見比べる。


「しょ、少々お待ちください……」


 慌てた様子で奥へ行ってしまった。どうしたんだろう。

 まさか、手紙が偽物で、それがばれて私たちこのまま衛兵さんとかに捕まっちゃうのかな……。お姉ちゃんの方を覗くとニコニコと辺りを見回していた。お姉ちゃんはどうして不安にならないんだろう。


「まさか、手紙が偽物だったとかないよね……?」

「大丈夫よぅ、アーガスさんが書いてくれたんだし、きっと偉い人に確認してるのよ」

「え? 確認って何を?」

「ほら、伯爵家の人でしょう? お貴族様だから本物かどうかって見てるのよぅ」

「それってやっぱり偽物じゃないかって疑われてるんじゃない!」


 思わず立ち上がって叫んでしまった。お姉ちゃんに促されて再び席に座って深呼吸する。なんだか周りからも注目されちゃったみたいだし、落ち着かないな……。そんな不安な思いでびくびくしながら待っていると、ソフィアさんがこっちに戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらの紹介状で問題ありません。出身地欄は無記入で結構です」


 私もお姉ちゃんも他の記入欄は全て埋めたので、ソフィアさんに提出する。


「はい、こちらで結構です。それから、スキルの確認と登録を行なっているのですがよろしいですか?」

「スキル……。拒否することはできますか?」

「任意ですので勿論です。ですが、ギルドへの心象はあまりよくありませんね」

「蒼ちゃん、いいんじゃないかしら」


 お姉ちゃんがそう言いながら一瞬私に目配せする。わかってるってば……。そう伝えるつもりで私はお姉ちゃんを見て頷く。


「わかりました。登録をお願いします」

「はい、承知しました。それではこちらの石板に手を乗せてください」


 そう言ってソフィアさんは下から石板を取り出してカウンターの上に置く。ステータスで見せるんじゃないんだな……。そう思いながら石板をじっと見つめていると、お姉ちゃんが先に手を石板の上に置いてスキルの確認を始めた。

 お姉ちゃんが手を置くと、石板が光り出し、周囲に魔術陣が浮かび上がった。数秒すると、石板の正面にステータスを開いたような透明な画面が現れ、お姉ちゃんのステータスを写し出す。



===========================

シズク ハセガワ  女 異世界人・魔術師

 【称号】

  聖女の祝福

  ――聖属性魔術の限界突破

  ――聖属性魔術の威力向上:強

  神の祝福


 【スキル】

  上級聖属性魔術

  初級空間属性魔術

  上級魔力操作

  上級魔力感知

  多重詠唱

  並列詠唱

  中級詠唱破棄

  初級剣術

  初級料理

  中級調合

  魔力向上

  成長向上

  不老

  言語理解

===========================



 あ、やっぱり。ソフィアさんが口をぽかんと開けて目が点になって驚いている。旅に出る前、リエラから絶対に大ごとになるって言われて、三人でしっかりと相談したんだ。リエラが言うには、私とお姉ちゃんのステータスは大ごとになること。特に異世界人と称号と不老。ステータスを偽称することも可能らしいけど、多くの人には歓迎されないこと。信用してないってことだからね。私とお姉ちゃんは悩んだけど、結局、私はお姉ちゃんの一言にしぶしぶ了承した。お姉ちゃんはこう言ったんだ。




「大ごとになった方がきっと楽しいわよぉ」


 本当、お姉ちゃんはよくわからないけど天然ですごい。



 

「えっと、失礼しました。シズクさんの登録はこれで完了です。お次に……」

「私ですね」


 なんとか立ち直ったらしいソフィアさんが私の方へ石板を向ける。私はお姉ちゃんと同じように石板に手を置くと、それは再び光り出した。


===========================

アオイ ハセガワ  女 異世界人・魔術師

 【称号】

  魔術師の祝福

  ――風、火、水、土属性魔術の限界突破

  ――風、火、水、土属性魔術の威力向上:強

  ――風、火、水、土属性の適性追加

  神の祝福


 【スキル】

  上級風属性魔術

  上級火属性魔術

  上級水属性魔術

  上級土属性魔術

  初級空間属性魔術

  上級魔力操作

  上級魔力感知

  多重詠唱

  並列詠唱

  中級詠唱破棄

  初級剣術

  上級料理

  中級調合

  魔力向上

  成長向上

  不老

  言語理解

===========================



 あれ、そういえば名前が名、性の順番になって漢字じゃなくなってる。石板だからかな、それともこの世界に馴染んだのかな。私は寂しさと嬉しさを共に感じつつ、ソフィアさんを見る。ソフィアさんは再び驚いたようで、今度は口をパクパクさせてしまっている。美人が台無しですよ。


「ア、アオイさんも、これで完了となります。冒険者カードを作成しますので、十分ほどロビーでお待ちいただけますか?」

「はぁい」

「わかりました」


 私たちが了解して席を立つと、ソフィアさんも立ち上がって奥へと歩いて行った。




 ど、どういうことなの! 落ち着くのよソフィア、きっとこのステータスは間違い……間違いじゃない!

 誰か助けて。あぁ早く冒険者カードを作らないと。

 でも作っていいのかしら。

 でもでも! 待たせてしまったらきっと伯爵様に知られて私はクビに……。

 一介の受付嬢じゃこんなの無理よ……。


「ギルドマスター! 助けてくださいぃぃ〜〜〜」

「紹介状の次はどうしたソフィア」


 私はギルドマスターのいる部屋に入るなり、ギルドマスターに泣きつく。


「さっきの紹介状を持ってきた姉妹……シズクさんとアオイさんって言うんですけど、異世界人が……ステータスが……こんなのどうしていいかわからないんです!!」

「おう……。よくわからないな。とりあえず見せてみろ」


 ギルドマスターに石板の写しを渡す。目を見開くギルドマスター。やっぱりギルドマスターでも驚くんだ!

 ど、どうしよう! 失礼はなかったかな。待たせちゃってるし、こうしている間にも私のクビは切れていくっていうのに……。

 ギルドマスターは数分沈黙した後再起動すると私に向き直って指示を出す。


「ソフィア、このまま登録を続けてくれ。紹介状には穏便に便宜を図ってくれと書いてあった。登録しないのはまずい」

「わ、わかりました」

「それからお前、担当な」

「えぇっ、私ですか! 無理です〜〜。無理無理」

「あぁ後、絶対に他言無用だ。二人の登録情報も機密扱いにする」


 私の発言を無視して続けるギルドマスター。それにしても機密扱い……。それってAランク以上の冒険者に適用される手続きだよね。初めて聞いた。普通、パーティを組む時の相性や信用を見るために、ギルドに登録された功績やステータス情報は公開されている。一方でAランク以上の冒険者は国と合同任務を行なう際に華々しい活躍をすることが多い。当然実力もそれに準じているから、色々な国に知られて軍事利用されないようにという配慮だ。冒険者ギルドはあくまで各国とは独立している機関だから、このような扱いをしないと問題になる。

 慌てて残りの手続きを行なって冒険者カードを作成し、二人の元へ戻ろうとすると、ギルドマスターが呟くのが聞こえた。


「Aランク冒険者で元王国騎士団員の伯爵次男の紹介にあのスキル、それに異世界人だと……。ただの街娘にしか見えないのに一体何者なんだあの嬢ちゃんたち」


 そんなの受付嬢にはわかりませんよ!




 お姉ちゃんとお昼はさっきの露店で何か食べよう。何がおいしそうかなって話していたら、いつの間にか十分ほど待っていたらしい。ソフィアさんに名前を呼ばれて再び二人でカウンターに戻る。ソフィアさんは私たちが席に着くのを見計らって話し始める。


「お待たせ致しました。こちらが冒険者カードとなります」


 ソフィアさんはカウンターにカードを二枚置く。私たちは、それぞれ自分の前に置かれた定期券くらいのサイズのカードを見る。カードには名前とランク、職業が記載されていた。


「冒険者にはランクがあります。ランクはEからSまでで、最初はEランクスタートとなります」


 確かに、私たちのカードにはEと記載されている。


「依頼をこなしたり、人助けをすることで貢献値が貯まり、一定値以上になるとランクが上がります。冒険者カードは魔術具で、貢献値のカウントは冒険者カードを用いて行なっておりますので、無くさないようにご注意ください」

「依頼はどうやって受けたらいいでしょうか?」

「はい、依頼はあちらにあるクエストボードから受注することができます」


 そう言ってソフィアさんは私たちの右後ろを手で示した。さっき見た時に大きな掲示板があったところかな。


「受注には冒険者ランクの制限がありますのでご注意ください。また、依頼には推奨人数も記載されていますので参考にしてください。受注する依頼を見つけたら、書かれた紙を持って受付にお越しください。手続きいたします。お二人の主担当は私となりますが、他の受付でも構いません」

「はぁい」

「わかりました」

「早速ですが何か依頼を受注なさいますか?」

「「はい!!」」


 私とお姉ちゃんは元気よく返事をしてクエストボードの前に行く。ソフィアさんが先導してくれた。しかしソフィアさん、少しの距離でも色んな人に話しかけられてて人気なんだな。さてと、どんな依頼があるかな。落とし物探し……魔物討伐……素材採集……。Eランクが受注できるのは……落とし物探しと薬草採集か。


「蒼ちゃん、これどうかしらぁ?」


 お姉ちゃんが一つの依頼を指さしている。


「どれどれ……。薬草採集か。リエラの家でも一杯やったし、最初にしては丁度いいかもしれないね。これにしよう!」


 私が了解すると、お姉ちゃんは紙を取ってソフィアさんに渡す。


「はい、承りました。手続きはやっておきますのでこのまま出発いただいて構いません。薬草を採取して戻りましたら、横にあるカウンターで納品をお願いします。薬草以外にも、役に立つ植物やアイテムの買取も行なっていますのでご利用ください。あ、薬草取りですと、西の森がよいと聞きます」

「西の森かぁ、行ったことないからそっちに行ってみようか?」

「そうねぇ。初めての場所で楽しみねぇ」

「じゃあソフィアさん、これからよろしくお願いします。行ってきます」

「ソフィアちゃん、よろしくねぇ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 そうしてソフィアさんの見送りを後にして、私たちは西の森へ薬草採集に向かうのだった。

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