第58話 音楽祭前日 帝都に現れた男

「で、影狼の先代ボスの娘からいろいろ情報提供を受けたんだが」


 その日の夜。俺はロイに引き続きエルヴァールの護衛に務めてもらい、残ったメンバーで影狼の話をしていた。


「地下闘技場は帝都南東部か……」


「帝都も広いからな。情報がなければ中々見つけられなかっただろう」


「その点は感謝じゃの。で、どうするのじゃ?」


 不意を突く事は可能だろう。だがまだその段階ではない。


「地下闘技場の件は、まだ騎士団には知らせないでおく。フィン、早速明日から潜りこんでくれるか?」


「はいはーい。何すればいいの?」


「地下闘技場で何が行われているのか。幹部たちの出入りはどの程度か。欲を言えば出入りしている商人や貴族の確認。もっと言えば、ハイラントと直接繋がる証拠が欲しい」


「欲張りだねー。どこまでできるかは行ってみないと分からないけど、やれるだけやってみるよ」


 ある程度情報が取れた時点で、騎士団に知らせてやればいいだろう。きっと公権力を行使して真正面から潰してくれるはず。黒狼会は労せず冥狼の盛り場を一つ潰せる訳だ。


 しかし、とアックスは声をあげた。


「結社ねぇ……。また物騒な奴らみてぇだが。気になる点も多いな」


「ああ。大陸版闇組織だろう。名前の由来といい、炎を現出させた少女の話といい、無視はできそうにないな」


 フィアナは、結社の名はエル=グナーデだと話していた。それと似た名を俺たちはかつて聞いたことがある。


 エル=グラツィア。ゼルダンシア王国の神殿に祭られていた大幻霊石の固有名称だ。魔法の祝福を受けた時、シャノーラ殿下が話していた。


「わしらと同じ、魔法使いかと思うか?」


「それはないんじゃねぇか? 大幻霊石はもう存在していないんだろ? もし残っているなら、大陸の覇者たるゼルダンシア帝国に魔法使いがいないはずがない」


 そこは俺もアックスと同意見だ。今の時代に魔法という技法を、たかだか一組織が独占できるとも思えない。


 ……まぁ俺達は独占しているのだが。ガードンは他にも気になる事があると口を開く。


「動物を化け物に変える石の話も見過ごせんな」


「そだねー。絶対怪物になった閃刺鉄鷲の暗殺者と関係あるよ!」


「結社は冥狼と影狼を使い、その石の実験を帝都で行っていたんだろうな。昔は動物用だったが、2年経って人間用も開発されたのか……?」


 そしてその石をどうやって作り出したのか。たった1人、素手で影狼を滅ぼしたという男の戦闘力と合わせて気になる点だ。


「何にせよ今の時点では情報が少なすぎる。とりあえずなるようにしかならんだろ。そんな訳で、明日は俺とじいさんが音楽祭とやらに出席する。留守は頼んだぜ」


「あいよ。エルヴァールの旦那によろしく」


 貴族の公式行事に出るのは初めてだな。ディグマイヤー領に居た時も、俺は領地から出た事はなかったし。


 出席者の中には気になる奴もいる。冥狼と結社の動向は気になるが、音楽祭が終わってから取り組めばいい。それまではフィンに情報を集めてもらおう。





 帝都某所にある冥狼の本拠地。そこではボスに加え、幹部も全員参加の会合が開かれていた。


「まさかアルフリードの奴が……」


 主な議題は2つ。1つは黒狼会に対するものだ。


 幹部の中では最高峰の戦闘力を持っていたアルフリードが、閃刺鉄鷲の刺客共々ロイ一人に返り討ちにあった。この事実は冥狼としても無視できなかった。


「見届け人の話によると、終始ロイが圧倒していたそうだ。しかも見届け人でも何が起こったのか、よく分からなかったらしい」


「あぁ!? なんだ、そいつは。怠けてんのか!?」


「……何でも何かを投擲したと思ったら、突如爆発を起こしたらしいぞぉ」


「なに……!?」


 この情報に反応を示した幹部は多かった。ボスの女性が煙草を咥えながら、ゆっくりと口を開く。


「この大陸において、摩訶不思議な力を持つ者が所属する組織は2つ。一つは私たちと懇意にしている結社。もう一つは、その結社が元々所属していた組織。十中八九、黒狼会はそっちの結社に属する奴らの集まりだろうねぇ」


「そんな……! 一体何故帝都に……!?」


「さぁねぇ。だがそれなら黒狼会の幹部たちの強さが説明できるし、過去を一切洗えない事にも納得できる。アルフリードを始め、どんな奴であれ正面からやるには分が悪い相手だろうさ」


 冥狼の幹部たちの中で、黒狼会の正体についての分析が進んでいく。


 冥狼とて結社の全てを知っている訳ではない。だが状況証拠は黒狼会が結社の一組織だと示していた。


「しかしだからと言って、俺たちが何もしない理由にもなりませんぜ。このままだと冥狼は新参の組織に良い様に引っ掻き回されたって評判が登る。もう影狼にその力はないとはいえ、この界隈舐められたまま終わる事はできねぇ」


「頭が痛い問題だねぇ。だがアルフリードが無理だった以上、ボスの言う通り正面からやり合える相手じゃねぇ。……やっぱりペットを使うしかねぇんじゃないですかい?」


 提案をしたのは針刺しオーバンだった。冥狼もこの数年で、結社から委託された様々な実験を行ってきていた。データもそろいつつある。今では変異した動物の調教も始めているくらいだ。


 人間用のものはまだ問題が多く、閃刺鉄鷲の用いる自決用の毒の様な使い方になっているのだが。


「街中に放つのか!? さすがに帝国が黙っていないんじゃ……」


「そこはハイラントに言ってどうとでももみ消せるだろぉ。こっちはあいつの企みのために、枝葉とはいえ閃刺鉄鷲まで貸してやったんだからよぉ」


「その閃刺鉄鷲も、元をたどれば結社からの借り物だ。それをもう何人も失っている。そっちの問題はどうするんだ?」


 閃刺鉄鷲は結社エル=グナーデに所属する暗殺組織だった。冥狼はその末端の戦闘員を借り受けていた形になる。


 自組織の一員として好きに使っていいと言われていたが、まさか結社もこう何人もやられているとは考えていないだろう。ボスの女性は煙草の煙を吐き出す。


「そこも頭が痛いねぇ。いよいよ明日、結社の連中が帝都に乗り込んでくるってのにさ」


「その話なのですが。結社が具体的に訪ねてくる時間は決まっているのですか?」


「何も決まってないよ。ただ使いから明日行くって聞いただけさ。だが結社も、相手が黒狼会だったら納得するだろ。うちらはせいぜい、その影響力を利用させてもらうとするさね」


 結社の人間が明日冥狼の本拠地を訪ねにくる。これが2つ目の議題だった。


 帝都に来て早々に来るとも考えにくいので、きっと数日前から帝都に滞在しているだろうと誰もが考えていた。


「使いが来ていたのですか」


「ああ。これまでも石を届けに来てくれていた奴さ。そうそう、明日だが……」


「あなたたちにも仕事を頼みたいのぉ」


「っ!?」


 幹部たちしかいないはずの部屋に、突如として別の男の声が響く。いつの間にか部屋の入り口に、背の高い細身の男性が立っていた。


「何者だ!?」


「てめぇ……! どうやってここまで入ってきやがった!?」


 狼狽える幹部たちに対し、オーバンは落ち着く様に手で制す。そして静かに口を開いた。


「落ち着けよぉ。よく見ろ、二本の剣に大鷲の文様。閃刺鉄鷲の……おそらくは上役だろう」


「!!」


 男性は身体を滑らかにくねらせながら手を叩く。


「せぇかい! さっすがオーバンちゃんね!」


「…………」


 伝説の暗殺組織、閃刺鉄鷲。闇組織の刺客。それが今、自分たちの目の前にいる。この事実に冥狼の幹部たちは冷や汗をかいていた。


 何しろ誰にも気づかれずに、部屋の中まで潜入されていたのだ。その気になれば、自分たちを殺すことも容易いだろう。ボスの女性は落ち着いた口調で話し始める。


「結社の方が来るのは明日じゃなかったのかい?」


「んふ。キヤトちゃんったら、相変わらず綺麗ね」


 冥狼のボスの名は、幹部の者以外に知られてはいない。だというのに、その男はいきなりボスを名前で呼んだ。


「一応自己紹介しておくわね。私は閃刺鉄鷲のリアデイン。こう見えて七殺星の一人よん」


「っ!!!!」


 皆が予想した通り、リアデインは閃刺鉄鷲の一員だった。


 それも自分たちが借り受けていた枝葉の者ではない。正真正銘の閃刺鉄鷲。しかも7人いる最上位の暗殺者の1人だった。


「……七殺星直々にお越しいただけるなんてねぇ。仕事を頼みたいって事だったが、一体どういう要件だい?」


「あなたたちぃ。例の石について、中々良いデータを出してくれたわね? 結社の中でも評価は高いわよぉ?」


 うふ、と笑いながら男は部屋を歩き始める。下手な事を言えば、影狼と同じ運命をたどる。それが分かっているため、全員に強い緊張が走っていた。


「中でもぉ。良い感じに調教できたペットがいるんでしょお? ちょっと今から見せてくれる? どの程度の仕事を頼むかは、それを見てから判断するわぁ」


「……今からかい。場所が少し離れているんだけどねぇ」


「構わないわよ。私、帝都に来たのは初めてだしぃ。いろいろ歩けるのは楽しいもの。で・も。時間は無駄にしたくないからぁ……さっさと案内してくれる?」


 キヤトたちに否はない。会合の途中ではあったが、各々席を立ったのだった。

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