第59話 再会 音楽祭の始まり
翌日。貴族街にある特設の会場で音楽祭が始まった。今回の催しには全員ではないが、帝都に居住を持つ貴族が多く招待されている。
帝国貴族であるルングーザがイベントの企画を行い、現皇帝であるウィックリン・ゼルダンシアを中心に上級貴族へ招待状を送った形だ。
「ほう……。立派なものだな」
ウィックリンは第一夫人を伴い、会場に入った。側には騎士団総代であるディナルドとアルフォース家当主であるディザイアが控えている。ウィックリンは今日のために改装された会場の出来に喜んでいる様子だった。
ウィックリンは皇帝位に就いてまだ数年しか経っていない。だが先代皇帝とは違い、拡大路線はとっていなかった。
どちらかと言えば領土拡大よりも自国領の地盤固めに政策を振っている。そして軍事費を捻出するよりは、こうした文化系のイベントに予算を割きがちだった。
「陛下。特設スペースがございます。そちらへ案内いたします」
「よろしく頼む」
ウィックリンはディナルドの案内に従い、場所を移動する。そしてこれからのプログラムを思い出していた。
「グローウォッチ音楽団の演奏を聞いた後は、このままパーティという流れだったな」
「はい。そこで陛下にはグローウォッチ音楽団に労いの言葉をかけていただければと思います」
「ああ。それにしてもこれだけの貴族がそろうのは久しぶりだ。今夜は長くなりそうだな」
パーティが始まれば、多くの貴族が挨拶に殺到するだろう。久しぶりに子供たちにも会える。これもウィックリンの楽しみの一つであった。
「できればアデライアと同席したかったのだがな」
「陛下……それは……」
「分かっておる。皆の前で一人だけ特別扱いにする訳にもいかんからな」
ウィックリンには多くの妻と子がいるが、赤い眼に目覚めたアデライアの事は特に印象が強かった。
娘たちの中でもどこか神秘性を感じさせる美しさも持っている。だが気質が明るいという訳でもない。
本当に愛する女性との間に生まれた子だからという事もあり目はかけているが、周りに特別扱いしていると取られると話がややこしくなる可能性もある。皇帝という立場は面倒だという事を、この数年でよく実感していた。
「パーティ中もグローウォッチ音楽団には演奏を頼んでおります。きっと優雅な社交の時間を楽しめるでしょう」
「それは楽しみだな。ルングーザも中々良いイベントを企画してくれたものだ」
「ええ。本当に」
そう答えるディナルドは、心の底からウィックリンに同意していた。
おかげで直前まで警備体制の打ち合わせに余念がなかったし、今日という日に備えて多くのシミュレーションも行ってきた。会場警備に騎士団もいくつか動員している。そしてイベント中はずっと気を張り続ける事にもなるのだ。
(ルングーザめ……本当に……良い企画をしてくれたものだ……!)
おかげでディナルドはここ数日、家に帰れていなかった。騎士団に対する新手の嫌がらせかとも考えたくらいだ。
(この警備体制だ。例え閃刺鉄鷲の暗殺者といえど、簡単には入り込めないはず。それにこれだけ多くの貴族が集まっておるのだ。何もないと思いたいが……)
■
俺とじいさんは従者としてエルヴァールに同行し、会場に入った。
エルヴァールは妻であるルブローネと、娘のアズベリアも連れてきていた。二人とも直接話した事はないが、屋敷で何度か顔は合わせている。ほぼ毎晩エルヴァールと会っているからな。
「わぁ、すごい! あ、ねぇ見てお父さま、お母さま! あそこにヴィローラ皇女殿下がおられるわ!」
「べリア。あまりはしゃいでいるとみっともないですよ」
アズベリアがいろいろなものに興味を示し、ルブローネが追いかける。それをじいさんが少し距離を置いて見守っていた。エルヴァールがゆっくりと口を開く。
「ヴェルト。ハイラントは仕掛けてくると思うかね?」
「どうでしょう。少なくともこの数日、ミドルテア家に何か仕掛けてきた様子はありません。もっとも、黒狼会は冥狼とやり合いましたからね。もしかしたら今は私が側にいる方が、危ないかもしれませんよ?」
「だが確証はあるまい。それにアルフリードを正面から打ち倒せる実力を持つお前たちがいなくなる方が、私にとってはリスクが大きい。既に私と黒狼会の関係も気付く者が現れておるだろうしな。もしかしたらそうやって私の警護から遠のけさせるのが目的かもしれん」
その可能性はゼロとは言えないな。それに黒狼会が護衛を引き受けたからこそ、ハイラントもうかつに仕掛けてこなくなったという可能性もある。
何もないに越した事はないが、いつまでもこの仕事を引き受けるつもりもない。冥狼を潰せば、それ以降は護衛の必要もないだろう。
「私からは食べる物さえ気をつけていただければと。さすがに毒物までは対処しきれませんからね」
「うむ、気を付けるとしよう。……む」
2階席にある上級貴族専用のスペースへと移動した時だった。エルヴァールが少し離れたところにいる貴族に視線を向ける。視線の先を追うと、二人の貴族が会話をしているところだった。
「……見えるか? 右の男がランダイン・ルングーザ。30年前、若くしてルングーザ王国の王位にいた男だ。そして左の男がログバーツ・ローブレイトになる」
「…………」
あいつらが……!
2人は朗らかに談笑していた。近くには孫と思わしき子供も確認できる。
ディグマイヤー家を貶め、自らは帝国貴族に鞍替えし。そして今は孫に囲まれて、安穏とした生を送れているという訳か……!
「……二人ともルングーザ地方の領主ではあるが。一年の半分以上は帝都で暮らしておるな」
「なるほど……。教えていただき感謝します」
まさか時を経て、こういう形で相まみえる事になるとはな。
黒くドロリとした感情が心に生じ始める。だが俺はゆっくり目を閉じると、それらを何とか抑えにいった。
「二人はハイラント派閥に属しておる大領主だ。金回りも良いし、軍縮で職にあぶれた騎士たちの再就職先にもなっているとか。我が派閥とはそれほど相性が良い訳ではないな」
エルヴァールにとっても目の上のたんこぶといったところか。しかしそれだけ敵対派閥で影響力を持っているのなら、仮に当主の身に何かあればエルヴァールが疑われかねない。
復讐はしたいが、実際に行動に移すには黒狼会もいくらか柵ができてしまった。……まぁいい。一旦保留だ。何も直接暴力を振るうだけが復讐ではない。
「演奏が終わればこのままパーティとなる。私は立場的に陛下への挨拶にも行かなくてはならんし、自派閥の者の相手もせねばならん。パーティが始まったら……」
「基本的に従者は立ち入り禁止、でしたね。心得ております」
「うむ。先に馬車で待っていてくれ」
簡単にエルヴァールと最終的な流れを確認する。
まぁルングーザとローブレイトの顔が確認できただけでも俺の目的は果たせたも同然だし、エルヴァールもそれが目的で俺を連れてきてくれた様なものだ。あとはエルヴァールの護衛をしながら、俺も演奏を聞かせてもらうとするか。
「お父さまー! もう少し前に行きましょ!」
「はは。分かった分かった」
エルヴァールは妻と娘を伴って少し前へと進む。すると鎧を着こんだ大柄な騎士が横切る様に姿を現した。
「あ……と。失礼」
「こちらこそ。……おや、クインシュバイン殿ではないですか」
「これはこれはエルヴァール様。この様なむさくるしい恰好で申し訳ございません」
「いやいや。クインシュバイン殿は会場警備の責任者を務めておられるのだろう? こちらこそ邪魔をしてしまい申し訳ない」
……………………。
「会場内は我が正剣騎士団が中心となって警備に当たっております。エルヴァール様もご安心ください」
「はは。この上級貴族専用スペースに閃光の剣騎士殿がおられるとは。これでこの場の安全は約束された様なものですな」
エルヴァールは柔らかい表情を見せながら、大柄な男……クインシュバインと話し合っていた。
(く……クイン……!? ま、まさか……本当に……!?)
俺の脳裏にディグマイヤー家に居た頃の記憶が描き出される。あの頃は妹のメルと三人で一緒に過ごしていた。
両親は王都に出かける時も多かったが、俺たちはいつも屋敷で一緒だった。父上が付けてくれた家庭教師の授業が退屈で、俺はよく怠けていた。だがクインは座学も剣術もいつも俺よりも前向きに励んでいた。
この場に帝国騎士団の団長として立つまで、相当な苦労があったに違いない。俺にはその一片であっても理解はできないだろう。何よりクインたちが一番苦しい時に、俺は兄として側で何もしてやれなかった。
(言われてみれば、顔は微かに面影はある……か。はは、クインめ。俺よりも歳を食いやがって。今は39……いや、40歳か? 本当に……立派になったな……クイン……)
激動の少年期を経て、クインはディグマイヤー家の再興を成してみせた。父上もあの世で自慢の息子だと泣いているだろう。
いろいろ話を聞きたい。だが名乗りでようにも、俺の足と心は重かった。やはりどこかでクインに対し、罪悪感みたいなものを感じているのだろう。
しかしこうしてクインの存在を確認できた事で、俺は元の時代に戻ってこれたのだという事を今さらになって実感しだした。
「確かクインシュバイン殿には御子息と娘がおられましたな。こちらに来ておられるのですか?」
「娘はまだ小さいので、家で妻が面倒を見ております。息子は騎士団に正式配属される事になりまして。今は見習いですが、ここの会場警備に当たっていますよ」
「ほう! それはそれは。今度何か祝いの品でもお送りしましょう」
「いえ、お気遣いは不要です。……それでは、私はこれで。他にも見回る場所がございますので」
そう言うとクインは去っていった。
……そうか、当たり前だがクインも結婚はしているか。しかしあのクインに子供がいるとは……。
「今のは正剣騎士団の団長、クインシュバイン・ディグマイヤーだ。前にも融通が利かぬと少し話した事があったが、ああ見えて中々の男だ。賄賂などで取り込める男ではない分、反発心を抱いている者も多い。しかし味方も多い」
「……なるほど。確かに、相応の実力も持っている様ですね」
「ああ。戦場での功績も数多い。戦を知る本物の武人だ。……そういえばクインシュバインも、元はルングーザ王国の生まれだったか……?」
エルヴァールはちらりと俺に視線を投げる。俺がルングーザとローブレイトを気にしているので、何か反応するかと様子を伺っているのだろう。
だが俺は短くそうですか、と答えるのみだった。
「あ、お父様! 演奏が始まりますわ!」
アズベリアが正面に見える音楽団に指を指す。舞台の中心では、楽器を抱えた多くの者たちが演奏を始めたところだった。
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