第48話 黒狼会と若き貴族たち
アックスに案内されたのは、大きな邸宅だった。貴族街にある下級貴族の屋敷よりも大きな造りをしている。
さすがにこの規模の邸宅を用意できるのは、平民では商人など一部に限られるだろう。ダンタリウスもそこは理解していた。
「ふん……。どうやら商会を運営しているというのは本当の様だな。なんという商会だ?」
「黒狼会と言います」
「はん、なんだその名は」
何気なく呟かれた名に、リーンハルトとディアノーラは両目を大きく開いた。まさかこの様な形で、黒狼会の拠点に来るとは思っていなかったのだ。
邸宅も裏組織の拠点とは思えないくらい、清潔な造りをしている。だが出入りしている者の中には、強面の者も混じっていた。リーンハルトは小声でダンタリウスに呟く。
「……ダンタリウス。ここは裏組織の拠点だ。それも今、帝都で大きな注目を集めている……」
「なに……? では増々怪しいではないか!」
「いや、黒狼会は……」
一瞬養護しようとするが、確かに怪しいことには変わりない。
黒騎士はまだ誠実そうな印象はあったが、そもそも直接会話を交わしたこともないのだ。信用できるかは別問題だ。リーンハルトたちは部屋の一室へと通される。
「責任者を呼んできますので、少々お待ちください」
「良いだろう。だがあまり待たせるなよ」
誰もいなくなった部屋で、リーンハルトはふぅと息を吐いた。
「ダンタリウス。あの子は多分奴隷じゃないよ」
「そんな事は分からんだろう。それに奴隷
じゃなかったとして、何故帝都にいるのか確認は必要だ」
「それはそうだが……」
「なんだ、リーンハルト。何を気にしている?」
リーンハルトはディアノーラに視線を向け、互いに頷く。そして以前、路地裏であった出来事を話し始めた。
「ああ、あの時の! 確か私とダンタリウスは別方向に行ったんだよね」
「そうだ。そこで暗殺者から黒狼会の名が出てきて、黒騎士が現れたんだ」
「お前とディアノーラが敵わなかった怪物を倒したという奴だな。ふん、どこまで本当の話か怪しいものだ」
リーンハルトの説明に対し、ダンタリウスは言う事を素直に聞き入れない。親同士の事もあるので仕方がないと諦めた。
だがどういう形であれ、黒狼会の本拠地に来られたのは幸いだった。それからすぐに、大柄な男が部屋に入ってくる。
「お待たせしました。ボスが直接お会いになられます。部屋まで案内させていただきやす」
大柄な男に連れられ、ボスがいるという部屋の前まで連れて来られる。男は「ボスは中でお待ちです。どうぞ」と言うと、その場を一歩下がった。
(この奥に……黒騎士が……)
相手は裏組織のボスにして、おそらく歴戦の勇士。リーンハルトは固唾を飲みながら扉をノックした。
「どうぞ」
緊張しながら扉を開ける。部屋の中には執務机があり、その椅子に一人の男性が腰かけていた。隣には聖王国民のリリアーナも立っている。
「これは帝国兵の皆様。お忙しいところご足労いただきまして。私はこの黒狼会の代表を務めているヴェルトと申します」
ヴェルトと名乗った男の声と、記憶にある黒騎士の声は似ている様に感じた。だが確証は得られない。
ヴェルトにソファを勧められ、4人はそれぞれ腰かける。最初に声をあげたのはダンタリウスだった。
「なぜ聖王国の民がここにいるんだ?」
「たまたま私の行っている商売の関係で、縁
がありましてね。帝都に興味があるとの事でしたので、ここまでお連れしたんですよ」
「奴隷としてか?」
「まさか。彼女はれっきとしたうちの従業員ですよ。いくら帝都を観光したいと言っても、その滞在費や遊行費まで全額面倒を見る義理はありませんので。働いた分きっちりと給金を支払い、彼女にはその範囲内で楽しんでもらっています。やっている事は他の商会と変わりませんよ」
ヴェルトの言う事にリリアーナも全面的に賛同した。むしろ自分が無理言って、ここに住まわせてもらっているとも話す。その様子からは、無理やり言わされている様には見えなかった。
「随分と腕の立つ護衛をたくさん付けていた様だが?」
「たくさんは言い過ぎでしょう。ですがご存知の通り、彼女の容姿はここでは目立ちます。現にこうして君たちが来たくらいですからね。帝都も安全とは言い難いので、それなりに信頼のできる者を付ける様にはしていますよ」
ヴェルトはダンタリウスの威圧的な質問に対し、よどみなく答えていく。だがその途中、アリゼルダがあっと声をあげた。
「ずっとどこかで見たと思っていたけど! あなた、前に路地裏で男に絡まれていた人じゃない!」
「……え?」
「ほら、ヴィローラ様の護衛で帝都を回っていた時があったでしょう? その時に……」
「……ああ!」
言われてリーンハルトも思い出した。確かにあの時、絡まれていた男性の様に見える。
黒狼会のボスであり、あの黒騎士の正体かも知れないと考え、路地裏で脅されていた男性と頭の中で繋がらなかったのだ。
「ええ。あの時はありがとうございました」
「やっぱり……! ねぇもう帰ろうよ。リリアーナちゃんが気になるなら、定期的に訪ねれば良いだけでしょ? 場所はもう分かっているんだし」
「く……! ヴェルトとやら! また来るからな! 彼女に変な事をしたら承知しないぞ!」
そう言うとダンタリウスとアリゼルダは部屋から出て行く。
しかしディアノーラとリーンハルトは、部屋の入り口で立ち止まった。先に口を開いたのはディアノーラだ。
「黒騎士殿。先日の怪物退治は助かりました」
ディアノーラはいきなり核心を突きにいく。ディアノーラ自身、ヴェルトと黒騎士が同一人物であるという確証がある訳ではないだろう。しかしヴェルトは答えてみせた。
「誰ですか……と言いたいところだが。やはり調べはついていたか」
これまでの柔らかい口調から、大きく雰囲気を変える。そしてリーンハルトもヴェルトが黒騎士であるという確信を得た。
「あの姿は目立つからなぁ。二人も怪我が残っていない様で何よりだ」
「……黒騎士殿。私はディアノーラ・アルフォースと言う。貴殿のあの時の力。一人の武人として大いに感心させられた」
「君にそう言われるとは光栄だね。見たところお嬢さんも相当な腕前だろう。俺が君くらいの時には、それくらいの実力はなかったよ」
「謙遜を。きっとこれまで、多くの戦場を渡ってこられたのだろうな。……よろしければ後日、家へと招待させてもらっても構わないだろうか」
ディアノーラの言葉を受け、ヴェルトは演技ではない、驚いた表情を見せる。
「家名があるという事は、貴族なのだろう? 俺の様な組織のボスを家に招くと、家の恥になるぞ」
「ふ……。その様な気遣いをされるとはな。だが確かに、互いに知らない事が多いのにいきなり家へ呼ぶというのは無礼だったな。では私の方から訪ねさせていただこう。それなら構わないだろう?」
「うちは真っ当な商会だからな。貴族様が訪ねてくるのなら、否はないさ」
「……おおい、何している? 早く行くぞ!」
遠くからダンタリウスの声が響く。ディアノーラとリーンハルトはヴェルトに会釈すると、その場を後にした。
「やはり黒騎士だったか……」
「ああ。でもアルフォース家の名を知らなかった。帝国のアルフォース家と言えば、平民の間でも名が知られている貴族家だ。それを知らないと言う事は……」
「帝国出身ではないな。まぁアルフォースの名が、あまねく知られていると言うほど自惚れるつもりはないが」
リーンハルトから見たヴェルトの印象は、常に落ち着いた人物というものだった。感情を表に出すこともなく、ダンタリウスの威圧的な態度にも顔色一つ変えない。
もっとも、単純に相手にしていなかっただけの可能性もあるが。
「父上に良い土産話ができた。折を見て彼を訪ねようと思う」
「そうか……」
リーンハルトも気にはなるが、さすがに1人で訪ねてみようという気にはならなかった。
だがディアノーラがもし剣の稽古をつけてもらえたと言ったら、自分も参加させてもらおうか。そう軽く捉えていた。
■
「ふぅ……。お貴族様かつ、帝国兵様方はお帰りになったか……」
「あはは。ごめんねぇ、ヴェルト」
「まぁ……リリアーナが悪いという訳でもないが……」
アックスとリリアーナから報告を聞いた時は、また面倒な事になったなと思ったものだ。
だがアックスは「あの帝国兵の態度から見て、多分貴族だ」と言ったため、ここで雑な対応はできないと判断した。
そして顔ぶれを見ると、この間路地裏で会った面々だった。それ以前にも会っていた様だし、どうやら彼らとは縁があるらしい。
「ねぇヴェルト。黒騎士って?」
「ちょっと前にいろいろあってな。あの二人の前で少し怪物と戦った事があったんだ」
「……怪物?」
リリアーナは目を細める。
「詳しく聞きたいなぁー」
「まぁ構わないが。と言っても、かなり突飛な話になるぞ?」
俺は路地裏で怪物と戦った時のことを話す。リリアーナは終始興味深そうに聞いており、時折質問を混ぜながら会話は進んだ。
「……えらく興味津々じゃないか」
「え!? いや、帝都にはそんな怪物が出るのかと思って……」
「まぁ俺もびっくりしたがな」
「でもヴェルト、強いんだね! そんな怪物相手に勝っちゃうんだもん!」
「アックスやガードンたちでも倒せる相手だ、俺だけが強いという訳じゃない。それにお前も十分戦えそうだが?」
試す様な俺の問いに対し、リリアーナはにぱっと笑う。だが言葉は何もなかった。
「……帝都が物騒なのは間違いない。得物が必要なら言ってくれ。それくらいはサービスで用意してやる」
「え、親切」
「ずっと親切にしてやっているだろうが……。言っておくが、怪しい素振りを見せたら追い出すからな」
「またまたぁ! なんだかんだ言って、置いてくれているくせに~!」
……ま、いいか。敵意はない様だしな。
さて。ライルズさんの商店に向かうか。ガルメラード家に呼ばれているからな、用意してもらった服を取りに行かなくては。
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