第49話 ガルメラード邸の会談
2日後。俺は鏡の前に立っていた。
「……よし」
鏡に映る自分の服に乱れがないかを確認する。今日はこれからガルメラード家に呼ばれているのだ。
ライルズさんにお願いし、貴族の前に立っても失礼には見えない最低限の服を用意してもらった。
「しかし供も無しで一人で来いとはなぁ……」
よっぽど内密の話があるのか、今話題の黒狼会のボスである俺を罠にはめる気か……。
真意は分からなかったが、そこそこ金や発言力のある貴族からの誘いを、一平民である俺が断れる術はない。
それに仮に供を連れてきても良いと言われても、わざわざ面倒な貴族との面会に同行したいと言う奴は、あいつらの中にはいない。まぁガルメラードという点は気になっていた様だったが。
「ヴェルトさん。迎えの馬車が到着しました」
「そうか……。俺が不在の間はいつも通り、ロイが代行を務めてくれ。ガードンは屋敷に残ってガーラッドのお守りだ。……そういや最近、じいさんをあんまり見かけないな」
ロイ以外はだいたい皆、好きに行動しているが。しかしじいさんはここ数日、あまり屋敷で見かけていない。
「ハギリさんは最近、帝都を出て魔法と剣の修行をしているみたいです」
「え、そうなの?」
「ええ。他組織との抗争もなく、このままでは剣が錆びると言ってまして。何でも最近、魔法が新たな境地に到達されたそうですよ」
「そりゃ気になるな……」
部屋を出て玄関を目指す。じいさんは魔法の祝福を受けて以来、ずっと元気だな。身体能力の強化魔法がどういう風に進化したのかも興味ある。
それにじいさんの言っている事も理解できるな。俺も時間があるのなら、しばらく黒曜腕駆の修行を行いたい。
「ま、今はそんな時間はないが。……それじゃ行ってくる。留守を頼んだ」
「はい」
俺は迎えの馬車に乗り込む。馬車は真っ直ぐに貴族街へと向かって走りだした。
■
昔は無かった、貴族街を取り囲む壁を馬車は通過する。貴族街は人通りは少なく、全体的に大きめの建物が目立つエリアだった。
ほとんどが貴族の住む邸宅だろう。中には雇われの平民たちが住む家もあるかもしれないが。
貴族街に入った直後はせわしなく建物が建っていたが、しばらく進むと庭付きの豪邸が多くなっていた。
王城に近づくほど高位の貴族が住んでいるのだろう。やがて馬車はその豪邸の一つの前で停まる。
「着きました。どうぞ、主がお待ちです」
使いに先導されながら門番の立つ門を越え、庭を歩き続ける。そして見えてきた豪邸の中へと案内された。
(広いな……)
ディグマイヤー家の屋敷ほどではないが、領地を持たない貴族にしてはかなりの豪邸だろう。もっとも、今のガルメラード家は領地を持っている可能性もあるが。
「こちらでしばらくお待ちください」
通されたのは、かなり広い部屋だった。部屋を彩る調度品の数々は、見るからに高級品である事が分かる。
しばらくそれらを眺めていたが、再度使用人が部屋に入ってきた。
「お待たせしました。案内します」
てっきりこの部屋で会うものだと思っていたが、違ったらしい。使用人に案内された先は、広い庭園だった。
「どうぞ。ご主人様が奥でお待ちです」
使用人は俺に先に進む様に促す。広い庭園を進んでいると、奥にテーブルが置かれているのを発見した。そこにある三つの椅子の内、一つに男性が座っている。
「よく来たのであーる! 私がガルメラード家当主、アルフレッド・ガルメラードなのであーる!」
「…………」
一瞬言葉に詰まる。ああ、カーライルも確かこんな感じだった。というか何となく顔にもカーライルの面影がある。
「暴力組織のボスと言えど、私の威光の前には緊張するようであるな! 苦しゅうない、名を名乗るが良い!」
「……黒狼会のボスを務めているヴェルトと申します。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「うむ! 無頼漢どものボスと言うから、どんな奴かと思っておったが……。それなりに礼節は弁えている様であるな!」
アルフレッドに促され、俺は椅子に座った。特に茶などが出てくる事もなく、アルフレッドは話をし始める。
「お前が帝都に来てから今日までどういった事をしてきたのか、調べさせてもらった。随分と好き勝手しておるようだな」
「恐縮です。お上に迷惑をかけないようには意識しているのですが……」
「ふん。黒狼会の掟と言ったか。これまで騎士団も手を出してこなかった裏組織を潰し、吸収する事で一気に勢力を拡大する事に成功した訳だが。よくもまぁ武力一本でのし上がったものだと呆れたよ」
どうやらこちらの事はおおよそ調べを終えている様だな。わざわざ自宅に呼ぶくらいだ、抜かりは無いだろう。
「住民たちの評判は上々の様だな。少なくとも他の暴力組織とは違うと私は判断している。だが何故冥狼の誘いを蹴った? この帝都で活動する以上、冥狼と影狼の存在は無視できないはずだ」
なんて答えたものかな。アルフレッド自身、どちらかの派閥に属している裏組織と関係を持っている可能性もある。
もしかしたら冥狼どもが、アルフレッドを通して黒狼会の真意を問おうとしているのかもしれない。俺の逡巡を読み取ったのか、アルフレッドはオホンと咳払いをした。
「安心するのであーる! 私は特にどこの組織とも懇意にしてはおらん。ガルメラード家と関係を持ちたい裏組織は多いがな」
どうやら俺の懸念を正しく汲み取った様だ。こういうところは流石というべきか。
まぁ俺からしたら、アルフレッドがどちらの組織と距離が近くても関係ない。
「以前にも似た様な事を聞いてこられた方がおられましてね」
「ほう」
「その時はこう答えました。同じ外道でも矜持を持った外道でい続けたいと。所詮、俺たちは暴力で身を立てていくしか能のない奴らです。だがただの外道に身を落とすつもりもない」
俺の言葉をどう受け取ったのか、アルフレッドはうんうんと頷いた。
「己の性質というものをよく把握していると見える。だがそう卑下する事はないぞ。どこも同じ様なものだ。貴族とて己の権力や財力で身を立てている様なものだしな」
おや……。意外な反応が返ってきた。俺が思うより話しやすい御仁なのかも知れない。
もしくは振るう力の種類が異なるだけで、自分も同じだと言いたいのか。
「先日、路地裏で怪物に変異した閃刺鉄鷲の暗殺者を倒したのはお前か?」
「……そうです」
あの時は他に貴族の目撃者がいたからな。把握されているのは当然か。
「黒狼会には、お前の他にもあの怪物に対処できる者はおるのか?」
「どうでしょう。なに分、ああした手合いと相対したのは初めてでしたので。判断材料がないとういうのが正直なところですね」
ここは濁しておく。正直、俺でなくてもあの怪物程度であれば、十分に対処できるだろう。むしろ魔法という存在を隠さなくていいのであれば、俺よりも他の奴らの方が効率良い。
だがアルフレッドのこの物言い。何となくだが、あの時の怪物について何か知っている様な気もする。
まだこの面会の目的が掴み切れない以上、素直にこちらから情報を与えなくても良いだろう。
「……無理もないか。だが全く不可能という訳でもなさそうだな。ふむ……黒狼会というのは、そこまでの手練れが集まっている組織になるのか」
向こうもこうしたやり取りは慣れているのだろう。俺の言葉の端々から推察を広げている。
「これは正直に答えて欲しいのだが。現在、懇意にしている貴族はおるのか?」
「いいえ。何人かの貴族からは面会を求められましたが、内容はみなさん共通しておりましたので。お付き合いの方は丁重にお断りさせていただいております」
「ははは。大方、金の無心や私設警護の頼みでもされたのだろう」
その通りだ。そして黒狼会にとって有益なギブアンドテイクが成立しない以上、貴族だからという理由だけで取引に応じることはない。
よく分かっているな。そしてそれらを把握した上で、俺と会おうと思った理由は何なのか。
「最後に確認だ。黒狼会は冥狼や影狼と関係を持つつもりはないのだな? 貴族に取り入ろうともしていない。ではその果てに何を望む? お前たちの目的はなんだ?」
俺たちの目的か……。これは俺たちというよりは、俺の目的と言い換えた方がいいだろう。アックスたちは俺についてきてくれているという部分が大きいからな。
そして俺の目的も、当初とは少し変わった部分もある。帝都に来たばかりの頃は、かつてゼルダンシア王国から受けた恩や、ローガの願いなどを考えていた。
黒狼会を立ち上げ、ローガの眠るこの地でその夢を叶えようと思った。
今もその気持ちは変わらない。変わらず帝都の民たちを手助けしながら、地域振興会として黒狼会は運営していこうと思っている。
だがこの帝都にはクインや母上もいるし、メルも帝国貴族として生活の基盤を築いている。
それに黒狼会を短期間でここまでの規模にできたのは、間違いなくゼルダンシア王族であるシャノーラ殿下、そしてカーライルのおかげだ。彼らのおかげで俺たちは魔法なんて力を得られたのだから。
受けた恩を返す……とは少し違うが、ローガの血筋が残る今の帝国に思う所があるのは確かだ。
「説明は難しいのですが……。帝都で黒狼会を真っ当に運営し、多くの人々のお役に立てればといったところでしょうか。まぁ私たちは斬った張ったの血なまぐさい事しか能がありませんからね。あくまで自分たちのやり方でですが」
「なんだ、それは。随分とふわっとした言い分だな。具体性にも欠けておる。野心はないと?」
「野心……と言っていいか微妙なところですが。個人的に復讐を望む者はいます」
「……貴族か?」
「アルフレッド様と言えど、そこまでは。それにこれは黒狼会とは関係のない、私個人のもの。詳細は仲間にも告げていません」
復讐の対象はもちろんルングーザ旧王族と、ローブレイト家だ。今は時代も違うし、見つけたから殺すなんて事はできないが。
しかし奴らも帝国貴族である以上、黒狼会の得た影響力は無駄にはならないはず。いずれにせよ許す気はない。
「今いち計りきれん奴だ。だが黒狼会自体はおおよそ考えていた通りの組織である様だ。特定の派閥になびく事がなく、ちょっかいを出してきた連中には容赦しない。一方で庶民の生活は邪魔しないと常に意識しており、有している武力も巨大組織に立ち向かえるもの。満点……はやれずとも、及第点はくれてやっても良いだろう」
どうやらアルフレッドの中で黒狼会の品定めが終わったらしい。
アルフレッドは後方に視線を向ける。すると茂みの奥から別の男性が姿を見せた。歳は40代半ばくらいか……?
「ヴェルト。ここからは3人で話そうか」
敵意が向けられていなかったからか、全く気配を感じ取れなかった。おそらく最初からずっと茂みの奥に居たんだな。用意されていた椅子は3つ。もう1つはこの男のものか。
「私の名はエルヴァール・ミドルテア。ミドルテア家の当主と言えば分かるだろう?」
いや、分からねぇよ。
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