第47話 若き貴族たちの仕事

「待てええぇぇぇ!!」


「ダンタリウス! そっちから回り込め!」


「うるさい! 私に指図をするな!」


 リーンハルトたち4人は帝都の街を駆けまわってた。そうして1人の男を捕まえる。


「やっと……捕まえた……!」


「食い逃げ犯め。もう逃げられないぞ」


 彼らは帝都の治安を守るため、今日もその崇高な任務を遂行していた。今もこうして食い逃げ犯を捕まえたところだ。


 詰め所までしょっぴいたところで、ダンタリウスは溜息を吐いた。


「なんで……! なんでルングーザ家の跡取りたる私が、こんなことをしなければならないのだ!」


 リーンハルトたちは今、騎士の恰好をしていない。いつかの様に平民の服を纏った騎士をしている訳でもない。


 彼らは現在、一介の帝国兵として働いていた。帝国兵は騎士とは違い、そのほとんどが平民だ。隊長格の中には貴族もいたが、平民が中心で構成されている部署になる。


「仕方ないよぉ……。上からの指示なんだし……」


「それで平民に混ざって帝都で食い逃げ犯を追いかけるって!? おいリーンハルト、ディアノーラ! 片や騎士団長の息子、片やあのアルフォース家の娘だろう! お前たちも文句があるんじゃないのか!?」


 話を振られたリーンハルトだが、何でもない様に首を横に振る。


「帝都の平穏を守る最前線に立つのは、彼ら帝国兵だ。彼らの具体的な仕事内容に携われるのは、将来騎士団入りした時に良い経験になると思う」


「私は騎士団入りする予定はないが。だが困っている帝国民がいれば、助けるのはアルフォース家の者として当然の事。困りごとの内容で対応を変えるつもりもない」


 二人から同意を得られず、ダンタリウスはイラついている表情を隠さない。


「ふん! おいアリゼルダ! 喉が渇いたぞ、水を持ってこい!」


「えー、なんで私があんたの面倒をみなきゃいけないのよ。ふざけないでくれる?」


「なんだと……! 下級貴族の家柄のくせに……!」


 一般帝国兵として過ごす日々が続いていたが、リーンハルトは心のどこかで面白いと感じていた。


 朝は早く、当番制で振り分けられた地区の巡回を行う。空いた時間で貴族院最強と名高いディアノーラと剣の手合わせを行い、詰め所に戻って上官に報告、および報告書を作成する。  


 さすがに本職ではなくあくまで実習期間中の身なので、夕方には帰らせてもらっていた。


 今日も昼食を取った後、空いた時間でディアノーラと手合わせを行う。ディアノーラとは貴族院に居た頃にも何度か手合わせをしたことがあったが、リーンハルトは一度も勝てたことがなかった。


「はぁ、はぁ……。やっぱり強いな、ディアノーラは。さすが皇族の守護を仰せつかっている、アルフォース家の剣。敵わないよ」


「よく言う。リーンハルトも日に日に腕を上げているではないか。貴族院を卒業するまでに一本取られないか、私の方がプレッシャーを感じているくらいだ」


 ディアノーラ自身、女性にしては身長が高く、手に取る剣の刃渡りも長めの物だ。そして身長と剣の重量を活かし、大胆かつ力の入った一撃を繰り出すことを得意としている。


 しかも防御技術も高いため、リーンハルトはいつもディアノーラの体勢を崩せないでいた。


「現役の騎士でも、ディアノーラに敵う人は少ないんじゃないか……?」


「そんなことはない。それにクインシュバイン殿にはまず間違いなく敵わない。あの方は私の年齢の頃には、既に戦場に立っておられたからな」


 リーンハルトもディアノーラもまだ年齢は17才だ。身体もまだまだこれから完成していく。しかしその目は常に上を見ていた。だからこそどうしても気になる者もいる。


「……あの怪物の事。覚えているか?」


「もちろん。俺とディアノーラ二人がかりでも抑えることができなかった」


 あの時は初めて恐怖を感じた。「まさか死にはしないだろう」から「もしかしたら死ぬかも知れない」に変化した瞬間を迎えたのだ。それくらい、あの怪物は圧倒的だった。


「だがあの黒騎士は。あの怪物をものともせず片付けてみせた」


「うん。剣を見たのは一瞬だったけど。あの剣筋からは必殺の気配を強く感じた」


 自分にはあそこまで強烈な気配を放つ剣を振る事はできない。実戦経験の差が出ているのか、それともあの黒騎士が特別なのかは分からないが。リーンハルトはそう感じていた。


「あの黒騎士は、これまで私が見てきた者の中では間違いなく五本の指に入る。何より戦いが終わっても、戦闘による高揚感も何もなかった。つまり……」


「あの程度の相手、勝って当然。倒したことをわざわざ誇るほどの者ではない。そういう認識だったんだろうね……」


 ディアノーラが言いたい事は、リーンハルトも分かっていた。黒騎士自身、本気を出していなかったのだ。初めから剣を抜いていなかったのが良い証拠だ。


 いや、剣を抜いてからも本気の気迫は感じられなかった。剣筋だけで強烈な気配を出せるのだ、本人が本気をだせばあの場は強い殺気で満ちていただろう。


 そしてヴィローラ殿下と落ち着いたやり取りを行い、その場を甲冑を着ているとは思えない跳躍力を見せて去っていった。


「……リーンハルト、私はな。あの黒騎士ともう一度会ってみたいのだ。会って一度手合わせを願いたい」


「うん……。分かるよ、その気持ち」


 図らずとも剣の頂を垣間見た。二人はそれが錯覚だと分かっていても、疑う事もできなかったのだ。


 そして強くなりたい二人にとって、黒騎士という存在は大きな刺激を与えた。


「私の方でも調べてみたのだが。あの暗殺者が呟いた黒狼会。何でも最近、この帝都で急成長を遂げた組織の名らしい」


「実は俺も調べたんだ。黒狼会のボス、ヴェルトは戦闘時、黒い甲冑を全身に身にまとうって聞いた」


「ふ……。お前も調べていたか」


 リーンハルトとて帝都生まれの帝都育ち。無頼漢どもの集まり、いわゆる暴力組織というものの存在は認識している。


 規模もピンキリで、巨大な組織だと貴族も無視できないほどだ。中には禁制品を扱っているところもあり、帝都にはびこる犯罪者組織という認識が強かった。


 黒狼会はそんな暴力組織の中で、最近頭角を現した新参の組織だ。だが黒騎士の強さを見た後だと、急成長には相応の理由があるのだとどこかで納得もしていた。


「昼からは帝都西部を巡回する予定だったな。知っているか、リーンハルト。例の黒狼会は帝都西部に本拠地を構えているらしい」


「え……」


「用もないのにいきなり帝国兵がいきなり立ち入る事はできないだろうが。ひょっとしたら黒騎士の中身に会えるかもな」


 ディアノーラはそう言うと、剣を腰に挿す。そして帝国兵の身分を示す紋章を胸に装着した。そのタイミングでダンタリウスとアリゼルダもやってくる。


「おおい。そろそろ午後の巡回時間だよ」


「まったく。お前らいつも手合わせしているな。さっさと仕事を済ませて帰るぞ」


 基本的に4人はチームを組まされていた。いつもはあと一人、正規の帝国兵が付き、5人1組の隊で帝都を巡回する。しかしこの日は4人で巡回する様に指示された。


「私たちだけで……?」


「ああ。別の場所で応援が必要になってな。頼めるか?」


「ふん。どうせ事件があっても、せいぜい食い逃げとかだろう」


 帝都は広く、そして人口も多い。毎日どこかで事件というものは発生しているが、巡回経路で凶悪性の高いものと遭遇する事はそうはない。


 ダンタリウスは夕方まで練り歩いて今日は終わりだろうと考えていた。そして4人は帝都西部を巡回し始める。


「前来た時も思ったけど。こっちはまた街の雰囲気が変わるな」


「西部は鍛冶工房エリアとか職人街もあるからね。住宅地と商店、それに工房など生産工場が混在しているから、他の地区と比べると雑多な印象があるかな」


「詳しいな、アリゼルダ」


「姉が都市管理課で働いているから。たまにそういう話を教えてくれるんだよ」


 リーンハルトはアリゼルダに言われた事を意識しながら、改めて街並みを観察する。確かにごたついている印象はあるが、同時に活気も感じられた。


 よく見ると酒を提供する店も多く目につく。仕事を終えた職人たちをターゲットにしたものなのかもしれない。


「巡回エリアはこの辺りまでだけど。ここより北は比較的高級な店や、大人のお店が多いって話だよ」


「なんだ、大人のお店とは」


「そりゃあ、ちょっとエッチなお姉さんが金持ちの男性にあれこれサービスする店に決まってるじゃない? 分かってるのに聞かないでよ、ダンタリウス」


「な……!」


 ダンタリウスとアリゼルダが会話を続ける中、リーンハルトとディアノーラは周囲の建物を観察していた。


「この辺りにあるのかな、黒狼会の本拠地は」


「さてな。仮にも裏組織の拠点だ、そう目立つところにはないと思うが」


 あるとすればやはり路地裏など日の当たらない場所だろうな、と二人は想像していた。今や帝都西部一帯に影響力を持つ組織だ、きっと強面の男たちが常時出入りしているに違いない。


 だがこの広い帝都西部から、黒狼会の拠点を見つけるのは難しいだろう。やはりあらかじめ調べてくるべきだったか……と考えていた時だった。


「痛っ……! おい、気を付けろ!」


 ダンタリウスの声が聞こえる。視線を移すと、ローブで顔を隠した少女がダンタリウスの前に立っていた。どうやら少女とダンタリウスがぶつかった様だ。


「あはは、ごめんごめん! でも君もこの狭い往来を肩で風を切る様に歩いていたんだし、全部が全部、私が悪いという訳でもないと思うけどね!」


「なんだと……!? 平民如きが私にぶつかっておいて、なんと言う言い草だ! 無礼な……!」


 ダンタリウスの怒りが強まっていく。リーンハルトはディアノーラと顔を合わせると、二人ともやれやれという表情を作って足を進めた。


 既にアリゼルダもダンタリウスを止めに入っている。


「ちょっと止めなよ」


「そうよ。だいたいあなた、帝国兵でしょ? 民の生活を守る帝国兵が、平民のくせにとか言って私につっかかってこないでくれる?」


「なに……!?」


「待てダンタリウス。彼女の言う通りだ、ぶつかったのならまずは相手を心配するところからだろう」


「ふざけるな! 何故私が譲らなければならん! お前もお前だ、その顔を見せろ!」


 そう言うとダンタリウスは強引に少女のフードをとった。露わになった顔を見て、一瞬言葉に詰まる。


「…………!」


 少女は整った顔立ちに加え、銀髪金眼という神秘さを感じさせる外観をしていた。これにはダンタリウスも思わず目を奪われてしまう。怒りの形相もなりを潜めていた。


「お……お前……! フェルグレッド聖王国民か……!」


 リーンハルトもその名と特徴は知っていた。まさか帝都で見る事になるとは思っていなかったので、驚きは大きかったが。


「やば……」


 少女は急いでフードを被りなおした。だがダンタリウスはもう一度フードを取ろうと手をのばす。しかし流石に二度目はなく、少女はダンタリウスの手を弾いた。


「ちょっと、止めてよね。いくら私に見惚れたからって、強引なのはいただけないよ」


「だ、誰が……! 第一、何でフェルグレッド聖王国民が帝都にいる!? 怪しいのはお前の方だ! 事情を聞かせてもらおうか……!」


「おいダンタリウス……」


「うるさい! こいつは私が連行する!」


 リーンハルトはダンタリウスをなだめようとする。


 しかしフェルグレッド聖王国が何故帝都にいるのかは確かに気になる。事情を聞くこと自体は賛成だったが、連行してまではやり過ぎだろうと思っていた。


「待てダンタリウス。……囲まれている」

「なに……?」


 警戒を促したのはディアノーラだった。リーンハルトも辺りに注意を向けるが、気づけば体格の良い大男たちが周囲を取り囲む様に包囲している。そして少女の後ろから整った顔の男が歩いてきた。


「リリアーナ。頼むから騒ぎは起こさないでくれって言っただろ……」


「あ、アックス~。私は悪くないって! この帝国兵がさー!」


「はぁ……。あー、すみませんねぇ。この子、うちの従業員でして。まだ帝都に慣れていないんですよ。ここは穏便に済ませていただけませんかねぇ……?」

 

 リーンハルトとディアノーラは、アックスを見てやや目を見開く。アックスが只者ではないと、見た瞬間に分かったのだ。だが敵意は感じなかったため、緊張はしなかった。


「……周囲を取り囲んでいる人たちも従業員なのですか?」


「取り囲む? はて……その様な者はおりませんが?」


 アックスはやや大きめの声でそう答える。するとこれまで様子を見ていた大男たちは、包囲を解いてその場を離れ始めた。


「……彼女の護衛ですか?」


「俺の事ですよね? 護衛というより、案内ですよ。待っておく様に言っておいたのに、少し目を離したすきにこんな騒ぎになってしまいましたが……」


「ふざ、ふざけるな! 大方聖王国民の違法奴隷だろう! 彼女はお前の目が離れた隙を狙って、逃げ出そうとしたんじゃないのか!?」


 先ほどまでリリアーナに対して怒りの感情を覗かせていたダンタリウスが、今は庇う様な態度を見せる。


 リーンハルトも一瞬違法奴隷の事が脳裏に浮かんだが、リリアーナのアックスに対する態度、そして出てくるタイミングを考え、その可能性は低いと思っていた。


「だいたいどこの商会が、聖王国の民を従業員として雇うというのだ! もし本当だというのなら、その商会まで連れて行ってもらおうか!」


「いやー……うちは真っ当に商いをさせてもらっていまして。帝国兵に立ち入られたら、評判に傷がつくといいますか、勘弁してほしいと言いますか……」


「それ見たことか! やましい事があると言っている様なものだ! アリゼルダ、騎士団に報告しに走れ!」


 ダンタリウスの指示を聞き、アックスはこれ以上騒ぎが大きくなるのはまずいと考えた。観念した様に溜息を吐く。


「……分かりました。案内させていただきますよっと」


「ふん……! 言っておくが、私に誤魔化しは効かないからな!」


 リーンハルトとしては、ここまで騒ぎ立てることではないだろうと考えていた。一方で、聖王国の民が帝都にいる理由は気になるし、本当に従業員として働いているのかも引っかかる。


 何よりダンタリウスが止められない事を悟り、諦めた様にアックスに連れられて歩き出した。

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