第39話 「それじゃあまずは右指からいってみようか!」
「ただいまー」
「ヴェルトさん。おかえりなさい」
出迎えてくれたのは屋敷で働く使用人とミュリアだった。ミュリアには俺が留守の間にあった出来事を報告してもらう。
「フィンたちが賞金首ゲームをねぇ……」
「はい。昨日から早速、街中を探し回っている様です」
「まぁあいつらも退屈なんだろうが……」
しかしもうすぐ忙しくなるからな。今のうちに遊ばせておくか。
それからしばらくして、俺の代行として商人たちと会っていたロイが戻ってくる。
「あ! ヴェルトさん!」
「ようロイ。代行業ご苦労さん」
ロイからも仕事の報告を受ける。途中、ミュリアが茶を出してくれたタイミングで路地裏での出来事を話した。
「そんな事が……」
「黒狼会のボスを脅すとは。なかなかの命知らずですね」
「まぁ騎士たちにしょっぴかれていったけどな。そうそう、その騎士たちなんだけどさ。全員平民が着る様な服を身に纏っていたんだ。それもえらく若くてよ」
「ああ……。偶にそういう騎士はいますね」
ミュリアがおそらくですが、と断った上で話してくれる。内容は貴族院に通う騎士志望の貴族たちについてだった。
「実地研修の他に、平民に扮して市井を見回っている騎士もいる、か……」
「若い騎士たちはおそらく見回り任務の実地研修中だったのではないでしょうか。昔と違い、今の実地研修は帝都内で済ませるらしいので」
騎士の仕事のお手伝いか。察するに、あのお嬢さんの護衛を手伝っていたのかな。隣に立っていたジークリットという女は本職の騎士か。
「……そうだ。ミュリアに相談があるんだ」
「私にですか?」
「ああ。少し大きめのローブを用意して欲しいんだ。もちろん金は払う」
何せミュリアの実家は服飾屋だからな。用意するのは簡単だろう。
「一着でよろしいのですか」
「ああ。別におしゃれとかも気にしていないし、適当でいい。ただし、全身を隠せるサイズにはしておいてくれ」
「分かりました。明日屋敷に赴く時にお持ちしましょう」
よし。使い勝手がよさそうだったら、別に仕立ててもらおう。
「雷弓真に何か動きは?」
「今のところは何もありませんね」
部屋を出て廊下を歩く。途中、何人かの使用人たちとすれ違った。
この屋敷で働く使用人は、元々ヒアデスの下で働いていた者たちか、ダグドが用意した奴隷だ。さすがに6人だけで住むには広すぎるので、使用人たちもそのまま雇用していた。
「そういえば。ダグドから、頼まれていた最後の資料がそろったと連絡がありました」
「そうか。後で取りに行くよ」
最後の資料……ローブレイト家とディグマイヤー家の情報だな。さすがにミュリアに手渡すのは憚られたらしい。良い判断と言えるだろう。
何せライルズさんやアリアには、俺と貴族の関係性について一度探りを入れられているからな。ここで俺が特定の貴族について調べている事を知られるのは、悪いとは言わないが良いとも言えない。
丁度時間があるし、今から取りに行くか……と考えている内に、いつの間にか玄関に足が向いていた。
「早速出かけられますか?」
「そうだな。ここからダグドの屋敷は近いし……」
「あー、ヴェルト! お帰り~!」
丁度玄関からフィンが入ってくる。相変わらず元気そうだ。
「おうフィン。賞金首ゲームをしているんだってな。調子はどうだ?」
「全然だよー。やっぱり帝都は広いねー。それなりに怪しそうな路地裏を回ったんだけどなー」
「そうか。ところで……」
「うん、分かってるー。ロイ、頼める?」
「ええ」
何気なく会話を続けていた俺たちだが、不意にロイは直ぐ側に立っていた使用人に対し、掴みかかった。
「な!?」
ミュリアは驚いた声をあげる。だが完全な不意打ちに成功したロイは、そのまま使用人の背後から頸動脈を絞めていく。
使用人が意識を失うまで、ものの数秒だった。
「突然何を!? この使用人が何かしたのですか!?」
「落ち着けよミュリア。こいつは敵だ」
「え……!?」
こいつは俺が屋敷に帰ってきた時から、今この時までずっと玄関回りに居た。
初めに違和感を感じたのは屋敷に帰った直後だ。呼吸が静か過ぎる上に、重心の動かし方から体幹まで鍛えている事が分かった。
それだけなら意識するだけに留めておいたのだが、決定的だったのはフィンが姿を見せた時だ。必死に反応を消したつもりだっただろうが、俺たちの目は誤魔化せない。
こいつはフィンの顔を見た時、明らかに大きな反応を示してた。
「ようし、よく縛っておけよ。今夜は拷問パーティだ」
「それにしてもあからさまだったねー。明らかに私に意識を割いていたもん」
「動きも素人のそれではありませんでしたね。重心の位置といい、訓練をしてきた者特有の匂いは消しきれていませんでした」
加えて、殺気……とまではいかなくても、違和感の強い気配を出していた。そのくせ俺たちが近くにいる時には視線を飛ばしてこない。
よく訓練をしているのは伝わるのだが、今回はそれが仇になったな。
「ミュリア。こいつは前からいた奴か?」
「……すみません、使用人たちの事までは把握していませんでした」
「まぁダグドの奴隷が中心だし、ミュリアは俺の秘書であって執事ではないからな。しかしやるじゃねぇか。こうまで堂々と入り込んでくるなんてよ」
「あの……。この者、本当に……?」
ミュリアはまだ疑っている様だった。無理ないか。確証が無ければ、無実の使用人に急に襲い掛かった様に見えるだろうしな。
「フィンへの反応が無ければ、様子見のつもりだったんだがなぁ」
「おそらくは雷弓真か冥狼が送り込んできたスパイでしょうね」
「んん~、どうだろ。暗殺者の方じゃない?」
そう言うとフィンは使用人の懐からいくつかのナイフを取り出す。
そのナイフはとても調理で使うものには見えず、明らかに対人を目的にしたものだと分かる見た目だった。
「これ、毒も塗ってあるし」
「そりゃ物騒だ。……ははーん、読めたぜ」
「フィンを見て反応を示す暗殺者ですか。心当たりは一つしかありませんね」
次々と出てくる証拠を前に、ミュリアは目を丸くする。これでこの使用人がただの使用人ではなかったと理解できただろう。
「ミュリア」
「は、はい」
「この使用人が触っていた物、触ったと考えられる物を捨てておく様に指示を出しておいてくれ。ただし毒が塗られている可能性もある。くれぐれも直接触らない様にと徹底しておけ」
「……分かりました」
「ダグドの所へ行くのは後回しだな……」
■
その日の夕方。俺たちは使用人を裸の状態で縛り付け、起きるのを待っていた。
「お、目を覚ましたみたいだな」
「!?」
使用人は状況を把握したのか、両目を大きく見開いていた。そしてその視線はフィンで止まる。
「やっぱりフィンを知っているな。お前、閃刺鉄鷲だろ。身体に刺青もあったし」
閃刺鉄鷲の刺青は、裂閃爪鷲のものと似てはいたが、微妙に異なる文様だった。どちらにせよ俺たちの機嫌を損なうには十分な役割をしていたが。
「さぁて。ここは屋敷の地下だ。今から何が始まるかは分かっているな?」
男は諦めた様に両目を閉じる。だが何も話す事は無かった。
「覚悟はできてるってか。……フィン」
「はいはーい」
フィンは一枚の金属板を持ってくる。金属板の上には、様々な拷問機具が並べられていた。
「一式用意するのに苦労したんだよー? でも時代が進んだだけあって、元々使っていた物よりも良い物をそろえられたんだけどね! それにしても久しぶりだから、何だか張り切っちゃう!」
フィンは元々群狼武風にいたころ、この手の仕事が得意な部署で働いていた。金属板の上には、俺たちでは何に使うのか分からない機具も多くのっている。
「ふぉっふぉ。嬉しそうじゃのぅ」
「そりゃあね! 帝都に来てからは初めてだし!」
「フィン。これでいいか」
「ガードンありがとー!」
ガードンは煮えたぎった湯を持ってきた。容器の底には真っ赤に熱された石が入っている。
「よぅし、始めようか! その前にぃ。素直に口を割られるとつまらないんだけどぉ。何か話す気はあるぅー?」
使用人は何も話さない。だが額には大量の汗をかいていた。
どういう訳かこいつは遅効性の毒を飲んでいない様だな。そこまで本格的な殺しの仕事をするつもりはなかったのだろうか。
「それじゃあまずは右指からいってみようか!」
■
地下室にフィンとガードンを残し、俺たちは会議室へと入った。使用人に扮した暗殺者はフィンの拷問に耐え、何も話さなかったので、途中で出て来たのだ。
「で、どうするよ」
「言った通り、赤柱をけしかけたのは雷弓真、裏で糸を引くのは冥狼だった。このタイミングで裂閃爪鷲の暗殺者がうちに潜入していたって事は……」
「その暗殺者を雇ったのも冥狼ですね」
状況証拠ばかりで、確証はないのだが。しかし黒狼会の方針は変わらない。
「雷弓真は潰す。だが幹部……特にガーラッドは生かして捕えろよ。あいつには冥狼について、いろいろ教えて欲しいことがあるらな。……特にじいさん」
「なんじゃ? そんな心配せんでも、ちゃんとしゃべれる状態で捕えてやるわい」
じいさんが一番やり過ぎないか不安だ。しかも最近は魔法により磨きがかかっている。……まぁこれはみんな同様か。
「いつ仕掛けますか?」
「できれば幹部連中が一堂に会している時を狙いたいな。あいつらも定期的に幹部会は行っているんだろ?」
お互い本拠地は分かっているからな。できれば頭は一度で全部潰しておきたい。下手に残られると中々収拾がつかなくなる。
「だが待っている間に、向こうから仕掛けて来たら関係ない。その時は即報復に出る」
少し消極的な気もするが、どう動こうが結果は同じだ。まずは情報収集というのも面倒だが。しかしここでロイが新たな提案をする。
「ヴェルトさん。ここは黒狼会の力を強く知らしめる方向でいかがでしょうか」
「何かあるのか?」
「はい。雷弓真はガーラッドの住む本拠地はもちろん、6人の幹部たちの自宅も分かっています。ヴェルトさんはお一人でガーラッドの家へ。他の幹部たちも僕たちがそれぞれ一人で出向き、全員仕留めるのです」
ロイは随分と積極的な案を出してきた。6人の幹部はロイたち5人がそれぞれ一人で片付ける。その際、足の速いじいさんには2人やってもらう。
そして俺は一人でガーラッドの拠点へ乗り込む。
「さすがに帝都に来て時間が経ちましたからね。僕も今の新鋼歴について調べてみたのです。結論から言うと、今の僕たちを仕留めるには毒や人質といった手段に限られます。正面から戦えば、まず無頼漢の集い程度では止められません」
ロイは俺たちの力と、今の時代に存在する武力を比較し、分析を行っていた。そして出た結論はいたってシンプル。
「この時代でも英雄と呼ばれる騎士はいます。彼らの強さは、魔法を使わなければ僕らと大きく変わらないでしょう。しかし無頼漢どもには英雄と呼ばれる者も武装もありません。そしてヴェルトさんとガードンさんの肉体を傷つけられる武器もありません」
ロイは風の魔法を周囲に展開させれば、だいたいの攻撃は防げるとの事だった。
じいさんは油断さえしなければそもそも捕えること自体が不可能。フィンは気配と姿を消せるため、じいさん同様に補足するのは難しい。
「防御面で不安があるとすれば、アックスさんくらいでしょうか……」
「おいおい待て待て。俺もその気になれば水で壁くらい作れるって!」
「ですがその際には、どうしても魔法だと気づかれるリスクもあります。ですので、アックスさんにはとにかく攻撃だけを考えてもらい、矢の波状攻撃には注意いただく必要があります。とはいえ無頼漢如きがその様な鍛錬を積んでいるとは思えませんし、相手が訓練された精鋭の騎士団クラスでない以上、僕たちの誰であれ負けはほぼありません」
つまりロイは戦力分析した上で、俺たちなら単独で裏組織を抑え込めると言っているのだ。
「騎士団が相手であれば、いくら魔法があっても負ける可能性があります。この時代では様々な兵器も開発されていますからね。何より権力者は敵になるだけで面倒でしょう」
「権力者のフィールドで俺たちは戦えないからな。しかしロイの言いたい事は分かった。ここで派手に黒狼会の強さをアピールしたい訳だ」
「はい。結果として、黒狼会にうかつに手を出す組織は少なくなるでしょう。それはより多くの支援者を集めることにも繋がるはずです」
ロイの提案にも穴はある。無頼漢どもの基準が、高く見積もっても雷弓真どまりという点だ。
まだ俺たちは冥狼や影狼の真価が図りきれていない。奴らは貴族とも繋がりを持っているだろうしな。
一方で、言いたい事も分かる。確かに黒狼会が武力面で舐められていなければ、今回赤柱とかいう組織がちょっかいを出してくる事もなかったかもしれないのだ。
それにじいさんがもうその気でいる。相変わらず血の気の多いじいさんだ……。
「あれ? まだ会議中?」
部屋にフィンとガードンが入ってくる。どうやら拷問は終わったみたいだ。
「どうだった?」
「最後に何か一つでも話せば楽にしてあげるよーって言ったらさ。今回雇われた仲間は他に5人いるって話したよ」
「そりゃ嘘だろ」
「だねー」
だが暗殺者が一人とは限らないという事を失念していた。俺は自分の考えをまとめたい事もあり、試す様に質問を投げかける。
「仮に仲間がいたとして。一人がここに潜入している事は他の奴らも把握しているよな?」
「そりゃもちろん」
「で、遅効性の毒を飲んでいなかったことからも、あくまで様子見で潜入してきていた。定時連絡ってすると思うか?」
「するじゃろうのぅ。情報を欲して潜入してきおったんじゃ、どこかで得た情報を報告するじゃろ」
「その定時連絡がこない……もしくは屋敷から仲間が出てこない。それに気づいた奴らはどう動くと思う?」
一瞬の沈黙。だが俺たちは全員席を立った。
「相手は何人か分からないが……」
「おそらく近くに潜伏し、こちらの様子を窺っている可能性が一番高いかと」
「早い者勝ちって事でいいよね?」
「ふぉっふぉ。日が沈むのはこれからじゃ。楽しい狩りになればええがのぅ」
「貴重な情報源だ。扱いは丁寧に頼むぜ」
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