第38話 雷弓真の幹部会 路地裏の出会い

「赤柱の連中が失敗しただと……!?」


「はい。そればかりか、赤柱は壊滅したとのことです」


「ばかな!? 村に向かったのは、ヴェルトを含めてたったの6人だろう! しかも護衛は3人だけだったはずだ! それがどうして、赤柱が壊滅する事に繋がる!?」


 雷弓真の幹部会は荒れていた。原因は赤柱だ。


 ライルズを中心とする黒狼会の資金源をじわじわと断っていき、組織の弱体化を図る。そうしてしかるべきタイミングで雷弓真が乗り込み、かつて黒狼会がやった様に組織を乗っ取る。


 そういう絵を思い浮かべていたのだが、見事にその計画は潰された。


「詳しい情報は入ってきておりません。赤柱の幹部連中はそろって姿をくらませましたので……」


 仕事に失敗したばかりか、冥狼の情報まで売ったのだ。帝都に戻っても粛清されるだけである。


 それが分かっている赤柱の幹部たちは、帝都には戻らずに逃走した。


「ただ生き残った者や、村人の目撃談を洗ったところ、赤柱はたった一人の男に壊滅させられたそうです。そしてその男は全身に黒い甲冑を纏っていた……」


「ヴェルトか……!」


「おそらく。ヴェルトは今日にでも帝都に戻ってくるでしょう」


 僅差で雷弓真に早く情報が伝わった。そのアドバンテージをガーラッドは活かそうと考える。


「武具と治療薬の準備をしておけ」


「ボス……!」


「ヴェルトの事だ。赤柱をけしかけたのは雷弓真……そして冥狼だと気づいているだろう。必ず報復をしてくるはずだ」


 ガーラッドとしても、黒狼会に仕掛けるには少し時期尚早ではないかと考えていた。相手は弱小組織ではないし、保有する武力も謎も多いのだ。


 仲良くすることはできなくても、付かず離れずの距離感で情報を集める方が先。そう考えていたが、冥狼幹部からは早々に潰しにかかれとお達しがきたのだ。そしてガーラッドはその指示に逆らえない。


「ボス。構成員はこちらの方が多いのです。全員に武装させて、奴らの縄張りで暴れるというのはどうでしょう」


「馬鹿野郎。下手に庶民に怪我人を出したら、冥狼も騎士団を抑えられなくなる。基本的に組織同士の抗争だからこそ、あいつらは死人が出ても出てこないんだ」


 庶民の味方たる騎士団……というブランドは崩せない。もし庶民に明確な被害が出たら、騎士団は出ざるを得ないのだ。


 証拠が握りつぶせるのなら問題ないのだが、規模が大きくなれば全てを隠し通す事は不可能。一方で無頼漢の集いである裏組織同士の抗争については、ひっそりやる分には見逃されていた。


 これは冥狼や影狼を含めた、いくつかの組織が貴族と関係が深い事と起因している。


 庶民を巻き込むのなら証拠は残さない。やるなら最後まで口封じをする。それが暗黙のルールだった。


「それにもしヴェルトたち最高幹部の強さが噂通りであれば、人数をそろえても意味はない。防衛のために構成員には武装させておけ。だが仕掛ける奴は厳選する。そうだな……」


 雷弓真にも腕利きは多い。それに戦場帰りの兵士崩れたちにとって、こういう組織は良い再就職先になっている。実戦経験が豊富な者は多かった。だがここで来客の報せが届く。


「今は幹部会の最中だぞ! 誰も通すな!」


「い、いえ、それが……」


「ちょいと邪魔するぜぇ~」


 部屋に入ってきたのは、片目が縫い閉じられた男だった。急に現れた男を前に、幹部の1人は怒りを露わにする。


「おい! どこの誰だか知らねぇが……!」


「やめろ!」


 しかしそれを止めたのはガーラッドだった。ガーラッドは薄く額に汗を流しながら、口を開く。


「この方は冥狼の幹部が一人、オーバンさんだ」


「な……!?」


「あの針刺しオーバン……!?」


 針刺しオーバン。帝都に住む住民たちを拉致し、太い針で突き刺しながら遊ぶことを趣味にしている男だ。そしてターゲットはいつも15才前後の少年少女だった。


 これまでオーバンの犠牲になった子供は、全身のありとあらゆる箇所に穴があけられており、血もほとんど残っていない状態で見つかっている。


 残忍な殺人鬼にして、その首にかけられた賞金は350万エルクという、高額賞金首の一人だ。


「まさか……あのオーバンが冥狼の幹部だったなんて……!」


 雷弓真の幹部たちは、改めて冥狼という幹部の闇の深さを感じとる。名前だけが知られて、表には中々出てこない巨大組織。自分たちとはまた一つ、毛色が違う集団だという事をよく理解した。


「聞いたぜぇ、ガーラッドくん。何でもけしかけた連中は失敗したそうじゃないの」


「ご存じでしたか」


「まぁな。だが安心しな、その何とかっていう連中はこっちで始末しておいたからよぉ」


「…………!」


 情報の速さに加え、既に口封じを終えていた事にガーラッドは驚愕した。


 おそらく冥狼と繋がっている賊に、始末を任せたのだろう。そう考えたが、追及はしなかった。


「黒狼会が掟に忠実なら、間違いなく報復してくるだろうなぁ~。ガーラッドくんなら大丈夫だとは思うが、俺もお節介を焼きたくなってよぉ」


「お節介……ですか」


「おう。何せ雷弓真は冥狼の下部組織の中じゃ、一番でかいからな。納めている金も一番多い。こういう時に面倒を見てやるのが親組織ってもんだろぉ?」


 オーバンはくくく、と暗い笑い声をあげる。そして手を叩いた。部屋には新たに3人の男たちが入ってくる。


 3人はそろって黒づくめの衣装に、仮面を付けていた。纏っている独特の雰囲気に、ガーラッドたちは押し黙ってしまう。


「こいつらは冥狼の実行部隊の一つでな。……閃刺鉄鷲って言えば分かるか?」


「……!! あ、あの……!! 伝説の暗殺者集団……!?」


「おう、それだよそれそれぇ。といっても、こいつらは本体の方じゃない。あくまで枝葉の一つだが、冥狼は閃刺鉄鷲との契約で、こいつらを自組織の一員として組み込んでいるのさ」


 伝説の暗殺者組織が、末端とはいえその一部が冥狼に組み込まれている。この事実はガーラッドを以てしても強い衝撃を受けた。


「枝葉といっても、その実力は確かだ。ちょっとした騎士団程度であれば、この3人でどうにかできちまう。で、もう分かっているとは思うがよぉ。こいつらを黒狼会との戦いに貸してやる」


「な……!?」


「ああ、金は取らねぇから安心しな。言ったろ、お節介だって。ガーラッド、お前には期待してんだからよぉ。上手いことやれよぉ?」


 そう言うとオーバンは部屋から出て行った。しかし残った3人の暗殺者たちを前に、ガーラッドたちは緊張を隠せない。その中の1人が声を出した。


「俺たちの事は黒一、黒二、黒三と呼んでくれ。もし腕の方に不安があるのなら、お前たちの用意する者と一戦交えて見せても構わんが……?」


「い、いや。他ならぬオーバンさんからの預かりもんだ。それには及ばねえよ」


 冥狼の幹部が直接やってくるばかりか、とんでもない土産まで残していった。ガーラッドは勝利を確信する。


(いける……! ヴェルトたちがどれほどの実力者であろうと、雷弓真の資金力にこいつらがいれば……!)


 ガーラッドは改めて、ここからの計画を話し合う。要点は、いかに効率よく黒狼会を壊滅に追い込むか。


「つまり黒狼会は、最高幹部の6人さえ片付けられれば、後はどうにでもなる。良くも悪くも6人が中心になって勢力を広げてきた組織だからな。そこで……」


「秘密裏に消すのは我らの得意とするところだ。良いだろう、その仕事請け負った。人相書きはあるのか?」


「ああ。といっても、顔が割れてるのはボスのヴェルト。酒と女遊びが好きなアックスとガードン。それとよくヴェルトの付き添いをしているロイって野郎だな。あと二人いるらしいが、噂じゃよぼよぼの爺にガキらしい。こいつらは名前だけの幹部だろう」

 

 ガーラッドは部下に指示を出し、暗殺者たちにヴェルトたち4人の人相書きを渡す。一通り確認を終えた暗殺者たち3人は席を立った。


「やり方はこちらに任せてもらうが、構わないな?」


「あ、ああ……」


 3人は部屋を後にする。暗殺者たちが去った後も、幹部たちはしばらく何も話せなかった。





 帝都に戻ってきた俺は、城壁内に入ったところでライルズさんと別れた。


「ヴェルトさん。この度は本当にありがとうございました。このお礼は後日、改めて……」


「いえいえ。それよりまた冥狼の息のかかった奴らがちょっかいを出してくるかもしれません。何かあったらすぐに言ってください。うちの者にもライルズさんの店は注意しておく様に伝えておきましょう」


「助かります」


「ヴェルトさん、またね!」


 ライルズさんと別れた俺は真っすぐ屋敷を目指して歩く。帝都は今日も賑わっていた。


「しっかし相変わらず人が多いな。ほんと、よくここまで人口が増えたもんだぜ」


 昔の帝都を知っている身からすると、嬉しくはあるのだが。特に露店が並んでいるエリアは人が多い。歩くにも注意しなければ。


「こっちの路地裏から抜けられるかな……」


 人混みを避け、裏通りを通ろうかと足を向ける。その直後、俺にぶつかってきた男がいた。男は俺にぶつかった後、おおげさに倒れ込む。


「あいたたたたー! おいおい兄ちゃん、どこ見て歩いてやがんだ! 怪我しちまったじゃねぇか!」


「……え? もしかして俺に言ってんのか?」

「お前以外に誰がいるんだ、おぉ!? こっちは痛いって言ってんだ、分かってんのか!?」


 男は荒々しく叫ぶ。周囲の人々はこちらに視線を向けていたが、積極的に関わってくる者はいなかった。


「おいおい、人に怪我させておいて詫びもねぇのかよ!」


「何言ってやがる。詫びも何も、お前が勝手にぶつかって転んだだけだろう」


「はぁ~!? おい聞いたかよ、ジョン!」


「おう。確かに聞いたぜ」


 気付けば俺の周囲を固める様に、2人の大柄な男が立っていた。なるほど、そういうことか。初めからはめる気だったな。


「身体の弱い兄貴に怪我をさせたんだ。償ってもらおうか」


「おい。こっちに来い」


 男たちは俺を逃がさない様に両脇を固めると、そのまま路地裏に連れて行こうとする。目撃者は多いが、やっぱり助けに入ってくる者は誰もいなかった。


(しかしせこい奴らだな。だが放っておいて他の帝国民に同じことをされても厄介だ。こいつらはここで絞めておくか……)


 そう考え、俺は男たちの指示に従って路地裏へと移動した。


「そういう事だ、兄ちゃん。痛い目みたくなかったら金出しな」


「お前、いつもこんなことしてるのか?」


「あぁ!? てめぇに関係あんのかよ! 早く金を出せっつってんだろ!」


「はぁ……」


 俺はその場で両手を上げる。


「あん? 何のつもりだ?」


「残念ながら金は持ってない。使う予定がなかったからな。持ってこなかったんだ」


「はぁ~? それで通じると思ってんのかよ! どうやら一発良いのをもらわねぇと分からないみたいだなぁ……!」


 くるか。こいつらを片付けるのは、先に手を出させてからだ。暴力一つ振るうにも大義名分は欲しい。


 ……何だか昔よりも丸くなったな、俺。


「ジョン! 金がねぇなら身ぐるみ剥いでここに転がせておけ!」


「おう!」


 ジョンと呼ばれた男が拳を振るい上げた瞬間だった。路地裏に若い女の声が響く。


「そこまでですわ!」


「!?」


 声のした方に視線を向けると、そこには上等な服を身に付けた女が立っていた。その隣には動きやすそうな服装をした女が立っている。


「あなたたちの振る舞い、目に余ります! その方を解放なさい!」


 どうやら助けに来てくれたようだ。おそらく先ほどの騒ぎを遠目に見ていたのだろう。


 隣に立つ女は剣を装着している。見たところ良いところのお嬢さんっぽいし、護衛だろうな。


「あ、兄貴……」


「びびるんじゃねぇ! こっちは3人だ! それに相手は女が2人じゃねぇか! おい、女! 丁度いい、この男を無事に解放したければお前が金を払いな!」


「え……えぇ!?」


 ここで何故かお嬢さんは狼狽えた。いや、強気で突っぱねろよ。そもそも俺とあんたは初対面なんだから。


 まぁ育ちが良いんだろうな。しかし隣に立つ女は一歩前に出ると剣を引き抜く。


「ふん……。恐喝にゆすり、ここまで揃えば十分だ。帝国法に則り、お前たちはここで斬る」


「なぁにぃ!?」


「言っておくが、逃げ場はないぞ」


 女の言葉が終わるとその背後から2人の護衛らしき者たちが姿を現す。さらに男たちを挟み込む様に、反対方向から2人が姿を現した。


 全員帯剣しており、若いがそれなりに鍛錬を積んでいる事が伺える。


「な……」


「あ、兄貴、こいつら……」


「……お前ら、騎士かよ」


 なに……!? どういう事だ。騎士が平民の装いで街中に出ているっていうのか……? 


 指摘された者たちは特に否定せず、距離を詰める。男たちは観念した様に両手を上げた。


「くそ……! 何で騎士がこんな小さな事に関わってくるんだ! 他にもっと凶悪な犯罪者もいるだろうがよぉ!」


「あら。それはあなたたちを見逃す理由にはなりませんわ。……ジークリット、それに皆さん。ご苦労様でした」


「いえ……。ダンタリウス、アリゼルダ。この者たちを連行しろ」


「わ、私がですか?」


「そうだ。早くしろ」


「は、はい!」


 俺を脅していた3人は2人の若い騎士たちに連行されていく。この中でどう見ても騎士に見えないお嬢さんが俺に近づいてきた。


「お怪我はありませんか?」


「はい。おかげで助かりました。なんとお礼を述べればいいか……」


 昔のゼルダンシア王国と変わらなければ、騎士の位を授かれるのは貴族のみだ。そしてその騎士が護衛する者といえば、総じて貴族の中でも高い身分に当たる者が多い。


 もしくは貴族に影響力を持つ豪商の娘か。いずれにせよこいつらが身分の高い者であることには変わりないだろう。


 先ほどこのお嬢さんにジークリットと呼ばれていた女が口を開く。


「見たところお前も随分鍛えてはいる様だが。余計な手出しだったか?」


「いえ。武器なんて持っていませんし、相手は3人でした。助けていただけなかったら、今頃どうなっていたか……」


 結果的にあの3人は捕えられたのだ、良しとしよう。


 しかしパッと見たところ、ジークリットではない方の女騎士。こいつがこの中では一番腕が立つな。


 年齢はおそらく10代半ば。それでこの佇まいとは。世が世なら、英雄として名をはせていただろう。


「では私たちはこれで。帰り道もお気を付けくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 お嬢さんは騎士たちを伴って去っていく。


 しかし騎士団にはあんなに若い者たちも所属しているんだな。できればこの先も、騎士たちとは事を構えたくはないものだ。

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