第35話 帝都の外 冥狼の派閥、赤柱

「ヴェルトさん自らおいでいただけるとは……」


「ライルズさんにはお世話になっていますからね。これくらいの事は喜んでお付き合いさせていただきますよ」


 俺はライルズさんの護衛の一人として、共に帝都を出て目的の村を目指す。馬車の中にはライルズさんの娘で、ミュリアの妹であるアリアという少女も乗っていた。


「実は私には2人の娘と息子が1人おりまして……。全員商才はそれなりにはあります。アリア、ご挨拶を」


「アリアですぅ。ヴェルトさん、よろしくお願いしますね!」


「ああ」


 ミュリアとはまた違う印象の少女だな。ミュリアは物静かながらテキパキと仕事をこなすイメージだが、アリアは話し方や仕草からどこか甘えん坊な印象を受ける。


 ライルズさんの話によると、その内どこかの商会に修行に出すつもりらしい。


 そして馬車には以前にも会ったライルズさんの護衛である二人も乗っていた。


「改めて名乗らせてくれ。俺はグード」


「俺はビルだ。ヴェルトさんが一緒なら心強い」


 馬車の中は全員で5人。それと御者が1人。護衛対象はライルズさんとアリア、それに御者の3人だけだ。


 今回は村に話を付けに行く事が目的だった事もあり、この程度の人数と馬車に絞ったとのことだった。


「アリアには最近仕事を覚えさせているところなのですがね。これがなかなかどうして、上2人に負けないくらいに物覚えが良くてですね……」


「はぁ……」


 ライルズさんの娘自慢が始まる。グードたちの顔を見るに、初めてではないのだろう。


 だが確かにミュリアは有能だし、ライルズさんは娘たちに対して、それなりに質の高い教育を施しているのだと思う。


「そう言えばミュリアから小耳に挟んだのですが。ヴェルトさんは帝国史などを調べてらっしゃるとか」


「ええ。ダグドには無理を言って、簡単な資料の他に本まで用意してもらいましたよ」


「ほう……。失礼ですが、本は読まれたので?」


「もちろん。幻魔歴後期から近代に至るまでのおおよその歴史は読みました」


 何気なく答えたつもりだったが、ビルはやや驚いた表情を見せている。


「どうした?」


「いや……。本、読めるのかと思ってよ」


「そりゃ……ああ、なるほど」


 少し話してビルが何に驚いていたのかを理解する。


 平民間における識字率は決して低くはない。それなりの生まれであれば最低限の文字には触れて育つため、簡単な読み書きは問題ない。だが本となると少し事情が変わってくる。


 本は基本的に高級品であり、一部の金持ちしか所有しない。そしてその代表例は貴族だ。


 貴族は平民よりも高度な読み書きや言語を学んで育つため、平民が使わない様な文字や言い回しなども覚える。


 そして本の多くは、基本的にそうした平民にとっては少し難しい言葉が使われている。


 具体的に言うと、幻魔歴よりも昔……古代魔法文明期から伝わっている言語などだ。


「すごーい! ヴェルトさん、どこで本に書かれている文字を覚えたんですかぁ?」


 ライルズさんも興味深そうな視線を向けている。少しうかつだったか。


 物心がついた頃には身に付いていたものだったので、ごく自然なものとしてそこまで気が回らなかった。


「昔ちょっとした伝手があってな。というかアリア、親が聞きにくい事を子供の無邪気さで誤魔化して聞いてくるんじゃない」


「えー、私そんなつもりはありませんでしたよぅ」


 計算されたかの様に、可愛らしく首を傾けてくる。だが目を見れば分かる、この子は頭が良い。


 今のもライルズさんに代わって俺に質問したのだろう。しかし俺が詳しく話す気がないというのは伝わったはずだ。


 ダグドには本でも構わないと話していたが、少し気を付けた方がいいかも知れないな。まぁ俺を元貴族だと信じる奴はいないと思うが。


 馬車はしばらくすると大きな街に到着した。普段ならこの街で一泊するそうだが、今日はこのまま真っすぐ村を目指す。


「ここからは街道を外れます。少し揺れますよ」


「街も近いし、大丈夫だとは思うが。念のため野獣や賊の類に注意しておこう」


 ビルが警戒を促してくる。だが今はかつての戦乱の世に比べると、比較的平和な時代だ。亡国の騎士や傭兵崩れの賊が溢れている様には思えない。


「この辺りに賊なんて出るのか?」


「ああ。確かに帝都にも近いし、辺境に比べると多くはない。だが賊にとってはリスクがある分、人も多いから稼ぎやすいと考える奴もいるのさ」


 下手に死人を出すと、帝都から騎士団がやってくる。そのため多人数で囲って金銭を要求する賊が稀にいるらしい。幻魔歴後期と比べるとマイルドな賊だな。


「一応そこそこ名の通った賊もいるんだ。裏では帝都の暴力組織と繋がっているっていう噂もあるくらいだぜ」


「ここでも組織か……」


 賊が得た金の一部を組織に献上することで、騎士たちが出張ってこない様に働きかけてもらっているのかね。


 庶民に迷惑をかけるその姿勢は黒狼会として見過ごせない。もし遭遇すれば、即殺でも構わないだろう。しかしその様な賊に遭遇することなく、俺たちは件の村へと到着した。


「おお、ライルズさん!」


「みんな、ライルズさんが来てくれたぞ!」


「ライルズさん、騎士たちはきてくれるのか?」


 ライルズさんの姿を確認した村人たちが駆け寄ってくる。しかし当のライルズは難しい表情だった。


「ここでは人目もつきますし、場所を移動しましょう」


「それならうちの宿に来てくれ。後で村長にも顔を出す様に言っておく」


 俺たちは先導されるまま宿を目指す。村といっても規模はかなりのものだった。街とまではいかなくても、人口でいえば数百人はいるだろう。幻魔歴時代の村とは規模が違う。


(まぁ当然か。争いが無ければ人口は増えやすいだろうし。村といっても幻魔歴の村とは大きさが違う)


 宿の一室に通される。やがて部屋に村の村長がやってきた。


「ライルズさん。騎士団はどうなったのでしょう」


「それが……どうやら直ぐには動かないみたいです」


「そんな……!」


 ライルズさんは村長から、今の村の現状について詳しく話を聞く。


 赤柱は相変わらず村に居座っており、今ではその人数も50人まで増えたとのことだった。彼らは村の集会所や一部の民家を占拠しているらしい。


「あげくにライルズさんたち商人には、顔料など村の特産品を売るなと言ってきまして。売る場合は赤柱を通して買う様に伝えろと……」


 つまり一時的に赤柱が安く買い叩き、商人たちにはこれまで卸していた価格よりも高い値で売るつもりなのだ。


 赤柱はそれを暴力という分かりやすい形で、村人たちに強要していた。


(だがそんな事をすれば、村人や商人が騎士団に陳情を出す事は想像できるはず。しかし騎士団は動かない。もし奴らがそこまで計算していたとしたら)


 次に村人や商人がどう動くか考えるはずだ。そしてライルズさんは、自身の護衛と俺を連れて村までやってきた。案外ここまでは想定通りなのかも知れない。


「……仕方ありません。一度私から話してみましょう」


「ライルズさん……その、大丈夫ですか?」


「なぁに、奴らも下手に手は出せないでしょう。庶民に何かあれば、それこそ騎士団が動く口実を作る様なものですから」


 流石に怪我など実害を負わされた一般庶民……しかもそれが豪商だとすれば、騎士団も動かざるをえない。


 そこまではっきりした証拠がありながら動かなかったら、多くの帝国民の信頼を裏切ることになるからだ。


「アリアはここで待っていてくれ。ヴェルトさん、護衛を頼めますかな」


「もちろんですよ」


「えぇー! お父さん、アリアも一緒に行きたいですぅ!」


 甘える様なアリアの声に、ライルズさんはどうしようか考える素振りを見せる。おいおい、流石に娘に甘すぎだろ。


「ビルとグードはここでアリアと御者の護衛、俺はライルズさんの護衛をしながら赤柱の元へと行く。それでいいでしょう」


「そ、そうですね。アリア、お願いだからここで待っていておくれ」


「ぶー。仕方ないですねぇ」


 この娘、絶対分かってやっているな……。





 ライルズさんと共に村の集会所へと向かう。遠目には大きな建物が見えていた。


「ヴェルトさん。もし彼らの狙いが黒狼会と商人たちの亀裂を生むことだとしたら……」


「黒狼会の掟にこういうのがあるのです。受けた恩は返す、売られた喧嘩は全て買う。もし本当に喧嘩を売ってきたのなら。相手の態度次第では、何人かここで永眠する事になるでしょう」


 あらかじめ死人がでる可能性を伝えておく。俺は宿を出た後、準備があると言って一度馬車へと戻った。


 そしてそこで黒曜腕駆を発動させ、全身を黒い甲冑で纏う。いかにも着替えてきましたという呈で、ライルズさんと共に村を歩いていた。


この格好を初めて見たライルズさんは、さすがに驚いた表情を見せていた。だがグードとビルからも話だけは聞いていただろう。


(じいさんやガードンと違い、俺はこの状態じゃないと身体能力が強化されないからな……)


 強化率自体は相当高いのだが。それに腕だけでも発動させておけば、腕力の向上効果は得られる。


 しかし一部だけ甲冑を纏うのも変な話だし、どうせならと俺は全身を黒曜腕駆で覆った。


「ヴェルトさんの戦闘態勢については聞いていましたが、見事な甲冑ですね。いえ、甲冑というより身体の一部の様に見えます」


「曰く付きの一品ですからね。あまり見ない方がいいですよ」


 集会所の前では数人がたむろしていた。中には顔が赤い者もいる。夜が近いとはいえ、酒を飲んでやがるな。


「おぉ!? なんだ、てめぇらは!」


「待て、こいつ村の住民じゃねぇぞ!」


「けったいな甲冑なんざ着こみやがって! ここに何の用だ!」


 ライルズは無頼漢どもにたじろいだ様子を見せず、一歩前へと歩み出る。


「私はこの村と取引している商人だ。お前たち赤柱が不当に村を占拠し、勝手しているのは聞いている。即刻ここを立ち去ってもらいたい。場合によっては騎士団を呼ぶつもりだ」


 毅然とした態度で言い放つ。しかしよくもまぁ、護衛は俺1人だというのにこれだけ強気に出られるものだ。


「はっはっは! こいつ何言ってんだ?」


「帰りな! お前に用はねぇよ!」


「騎士団だぁ? 連れてこれるもんなら連れてこいよ!」


 どうやらボスと会うことすらできないみたいだ。しかし黒狼会としては、村人に迷惑をかけるこいつらを放っておくことはできないな。


「諸君らの違法行為は目に余る。騎士団が来たら全員縛り首だぞ」


「うるせぇ! 騎士団なんざ呼んでみやがれ、この村の住民がどうなっても知らねぇぞ!」


「そーそー。だいたいあんた、もし本当に騎士団に告げ口したとして。帝都で家族が平和に暮らしていけると思ってんの?」


「俺たちは冥狼の派閥だぞ! いや、直に冥狼の下部組織になる! そんな俺たちに睨まれて無事でいられるとは思うなよ!」


 既にライルズさんと村人は騎士団に陳情を出した後なんだがな。


 しかしこいつらの態度と言葉には引っかかるものがあった。どうするかと考えていると、集会所の扉が開く。中からは大柄な男が出て来た。


「うるさいぞ、お前ら」


「あ、兄貴!」


「商人が来やがったんでさぁ!」


「丁度いい、商人なら金持ってるだろ! ここに置いていきやがれ!」


 兄貴と呼ばれる奴が出てきたことで、より勢いが付く。ここまで明確な意思表示をされたら、もう構わないだろう。


 俺はライルズさんに小声で、ここからは俺がやりますと告げる。そうして一歩前へと出た。


「なんだ、てめぇは。えらく時代がかった恰好なんざしやがって」


「俺は黒狼会のボス、ヴェルトだ。商売仲間であるライルズさんが迷惑してるって聞いてなぁ。帝都からわざわざここまで来てやったんだ」


「あぁ!? 黒狼会だと!?」


 赤柱の構成員たちの空気が微妙に変化する。この反応、あらかじめ名を聞いていたな。兄貴と呼ばれた男が前へと出てくる。


「お前が新参で調子に乗っているというヴェルトか。帰れ。お前と話すことは何もない」


「そっちになくても俺にはあるのさ。村人に迷惑をかけているお前らをこのまま放ってはおけない」


「……ぶっははは! なんだ、それは! 正義の味方気取りか!?」


「もっと単純さ。黒狼会の掟に、一般庶民に迷惑をかけない、困っていたら手を差し伸べるってのがあるんだよ」


 そしてそれは俺が定めた掟だ。ボス自らこれを無視する訳にはいかない。


「お前らのこの行動は、誰の指示だ? 何が目的でこんな事をやっている?」


「何を言っているのかは分からねぇが、お前がガーラッドの誘いを蹴った話は聞いている。そして俺たちは冥狼の派閥だ。ナマ言った黒狼会の連中は、問答無用で殺しても良いと言われている」


 兄貴と呼ばれた男は、手に金属の棍棒を持ちながら近づいてくる。


「はぁん? お前まさかそれで、僕たちの仲間にならなかった黒狼会は絶対に許さないぞぉ! ……て脅しているつもりかよ」


 子供の様な声を出し、嘲る様な口調で話す。男は無言で棍棒を振るってきた。


「ヴェルトさん!」


 普通の甲冑であれば、男の膂力と合わさって甲冑は大きく変形していただろう。中身も無事ではいられなかったはずだ。それくらいの強さはあった。


 だが黒曜腕駆は魔法で作られた神秘の鎧。俺は棍棒で殴られながらも、その場を微動だにしなかった。


「な……!?」


 頭部に棍棒を受けた状態で、ゆっくりと口を開く。


「今の一撃、黒狼会に対する宣戦布告と取るには十分だ。こんなところで死体の山が築かれても、村人に迷惑だろうからな。なるべく殺さないように手加減はしてやる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る