第36話 黒き甲冑の猛威 赤柱の後ろで笑うもの
俺は金属製の棍棒を掴み取ると、それを握力で握り潰して見せる。
「な……!?」
すぐさま拳を兄貴と呼ばれていた男の腹に突き立てた。拳は面白い様に腹の奥まで吸い込まれていく。
「ぐぇ……っ!!」
これ以上は貫いてしまうな。途中で拳を引き、男の右肩に手刀を降ろす。肩の骨を砕かれた男は絶叫と共にその場に崩れ落ちた。
「あ、兄貴!?」
「この野郎!」
「構わねぇ、やっちまえ!」
男たちが武器を取り出す。しかし俺は電光石火の速度で距離を詰めると、次々と男たちに打撃を与えていく。
拳の一撃は顎を、ろっ骨を、腕を、足を砕いていく。なるべく殺さない様に気をつけているが、勢い余って死んだら死んだでそれまでだ。
「ふんっ!」
既に甲冑を着こんだ人間の動きではないだろう。何も身に付けていない人間よりも素早く動いているのだ。
どれだけ武装しようが、この速さと黒曜腕駆の防御力の前では無意味。騒ぎを聞きつけて多くの男たちが集会所から出てくるが、目についた奴から潰していく。
「ぐぎゃ!」
「ぴぇ!」
「ぎゃ!」
もはや争いと言えるレベルではなかった。1対多でありながら、圧倒的な暴力が全てを塗りつぶす。
じいさんではないが、力で圧倒することに快感を覚える俺は、やっぱり外道の道からは抜けられないのだろうな。
「ぐぅ……! ま、待ちまがれ……!」
周囲には何十人もの赤柱構成員たちが転がっている。そんな中、兄貴と呼ばれていた男は立ち上がった。
「ほう。まだ立ち上がれるとは恐れ入った」
だが既に応援に駆け付けてくる者もいない。俺は男にゆっくりと近づきながら距離を詰める。
「まだ集会所の中に人の気配がするな。ボスは中か?」
「誰が……言うかよ!」
男は地面に落ちていた剣を左手で握ると、俺に振ってくる。しかし俺はその剣を腕で弾くと、男の左耳に裏拳を叩き込んだ。
「ぐぇ!」
「根性とその意気は買うが。力が伴わなければ、子犬が喚いているのと変わりはない」
男の胸倉を掴み上げると、集会所に向けて投げ飛ばす。そのまま集会所の扉を破壊し、男は吹き飛んでいった。
「さて……」
あらかた片付いたのを確認し、俺は集会所へと足を踏み入れる。中には5人の男がいた。その足元には俺が投げ飛ばした兄貴と呼ばれていた男が転がっている。
「改めて名乗らせてもらおうか。俺は黒狼会のボス、ヴェルト」
「お前が……!」
「これ全部、お前一人でやったっていうのかよ……!」
これだけの騒ぎだ、男たちも戦いを見ていただろう。そして自分たちでは敵わないと十分理解したはず。
「わ、分かっているのか!? これは冥狼に対する敵対行為だぞ!? 新参の組織風情が、俺たちに逆らって生きていけると……!」
「何を言っている? 先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはお前たちの方だ。これは黒狼会に対する明確な敵対行為だ。黒狼会は売られた喧嘩は全て買う。そして敵には容赦しない。水迅断の元幹部やボスがどの様な最後を遂げたのか、知らぬ訳ではあるまい?」
強めの語気で脅しをかける。相手の規模は関係ない。仕掛けてきたのなら全て倍にして返す。これはそれだけの話。
「下っ端はなるべく殺さない様に気を付けていたが。お前たちは赤柱の幹部だな? 今日まで村人に迷惑をかけた罪、死をもって贖え」
「ひ……」
瞬き一回の速さで男の一人に距離を詰める。そして加速をつけた高速の拳でその肉体を殴りつけた。男は集会所の壁端まで吹き飛ばされていく。
「な……!?」
続けて側に立っていた男の腕を掴む。そしてゆっくりと握力を強めていく。
「い……いぎゃああああああ!!」
必死に振りほどこうとするが、いくら暴れられても俺はその場から一歩も動かない。
そしてさらに力を込めていき。ぼきぼきと骨が砕けた音を聞いたところで、俺はその手を離した。
「あ……があぁぁああ……!」
「あと3人か。選べ。高確率で死ぬが、一撃で吹き飛ばされるか。死にはしないが、時間をかけて腕を握りつぶされるか」
「ひ……」
黒い甲冑を着こんだ男が突きつける、理不尽な選択肢。男たちにとっては絶望そのものだろう。だがここで男の一人がニヤリと笑みを浮かべた。
「アリア!」
後ろからライルズさんの声が聞こえる。振り向くと出入り口の先で、アリアにナイフを突きつける男の姿が見えた。
その後ろにはグードとビルも確認できる。
「すまねぇ! お嬢ちゃんがトイレって言うから、少し目を離したんだが……!」
その隙に一人でここまで来たということか。そして赤柱の一員に見つかり、人質に取られたと。
アリアはその顔を恐怖に染めていた。残った男は勝ち誇った様に声をあげる。
「残念だったなぁ! お前と商人が娘を連れてこの村に向かっていた事は、とっくに掴んでいたんだよぉ! 初めから娘をこうして人質にするつもりだったのさ!」
「ほう……。冥狼から情報を渡されていたのか?」
「そうだ! ヴェルトォ! 冥狼の誘いを蹴ったお前にはたっぷり後悔してもらう! まずは黒狼会と関わった商人がどうなるか、その見せしめだ!」
商人たちの中でも最初にライルズに手を出したのは、おそらく黒狼会が懇意にしている商人たちの中で最も大きな商会だったからか。
そして今のではっきりした。やはり狙いは黒狼会。そしてそのために庶民を巻き込んできやがった。
これは黒狼会の責任だ……とは考えない。むしろその庶民を巻き込んだ宣戦布告、喜んで買おう。大義はこちらにある。
「さぁヴェルト! 武器を捨て……て、武器は持っていなかったな。その鎧を」
「黙れ」
強い殺気を込め、ただ一言告げる。それだけで男たちは言葉を発しなくなった。
俺は右手の人差し指を、アリアを捕まえている男に向ける。
「3秒やる。アリアを離せば命は助けてやる。3、2、1……」
ゼロ。俺は指先から極小の黒い魔力を飛ばす。これは以前、矢を放った際の着想を経て会得した魔法だ。
そもそも俺は自前で剣を作り出すこともできる。そういった意味で黒曜腕駆は、全身に纏った時の汎用性は非常に高い。
これもその一つ。指先から飛ばされた魔力は、アリアを捕えていた男の顔面を貫く。男はかなり離れたところまで吹き飛ばされていった。
「え……」
直接見た者も、何が起こったのか理解できなかっただろう。俺がカウントを終えると同時に、男が吹き飛んだ様に見えたはずだ。実際その通りなのだが。
幸い男が遠くまで吹き飛んだおかげで、アリアに血は付かなかった。
極小とはいえ、顔を撃ち貫かれたのだ。生きてはいまい。俺は再び残った男たちに振り向く。
「ひ……!?」
「さて。邪魔が入ったが、続きといこうか」
「まま、まて、まってくれ……! お、俺たちは言われた通りにしただけなんだ、あんたたち黒狼会と事を構えるつもりなんて、微塵もねぇんだ!」
「そ、そうだ! こんなこと、俺たちも本意じゃなかったんだ!」
「頼む、村からは出ていく! 二度と手をださない! 助けてくれ……!」
さっきまでの強気がなりを潜めている。どうやら他に奥の手は残っていない様だな。
「では片腕で勘弁してやろう」
「そんな……!」
「売られた喧嘩は全て買う。相手が誰であれ関係ない。それが黒狼会だ。安心しろ、命までは奪わん」
集会所の中で男たちの悲鳴が響く。黒狼会に仕掛けてきた以上、無事では済まさない。これを徹底させる事で、うかつに手を出すには危険な組織だという認識を裏社会に浸透させる。
一度事を構えた以上、降参の意を示しても無傷で許すという選択肢は存在しないのだ。俺の気が変わらない限りはな。
「がぁ……! はぁ、はぁ……!」
「さて。話の続きを聞こうか」
「つ、続き……!?」
「指示を出したのは冥狼の誰だ? いつこの村を占拠する様に指示された? 他に進んでいる計画は?」
「そ、それは……!」
俺は男に右手の人差し指を向ける。それだけで男はびくりと震えた。
「答える答えないの選択肢はくれてやる。だがその結果は大きく違うものになるだろう。……3秒やる。3、」
「雷弓真だ! 冥狼は雷弓真を通じて俺たちに指示を出してきた!」
口を割るのが早いな。たった今、俺がこの距離から男を遠くに吹き飛ばす様を見たからな。まともに受ければ死は免れないと悟ったのだろう。
「冥狼が俺たちの様な組織に直接連絡を取ってくることはまずない! 雷弓真の幹部を通じて俺たち赤柱に指示がきたんだよ! これが上手くいったら、俺たちを冥狼の下部組織に加えてくれるって条件で!」
そういえば先ほどそんな事を話していたな。なるほど、餌をぶら下げられていたか。
「指示を受けたのも最近だ! 目的はあんたら黒狼会と、商人たちの間に亀裂を与えることだった! 他には何も指示を受けていない! 本当だ!」
「……他に知っていることは?」
「何もない、本当なんだ信じてくれ! 俺たちも冥狼の誘いを蹴った新参の組織を思い知らせるってこと以外は何も聞いていないんだ!」
これ以上は何も聞きだせそうにないな。俺は行って良いと顎で合図を出す。
「外の奴らは動ける奴らでちゃんと運べよ。村人の迷惑になるからな」
「は、はいぃ!」
赤柱に指示を出したのは雷弓真か。どうやら本格的にぶつかる事になりそうだな。
■
次の日。村で一泊した俺たちは村長に礼を言われ、その場を後にした。
「村長もヴェルトさんには感謝していましたよ」
「そうですか。助けになったのなら良かったです」
しかしまた同じ手が使われる可能性はある。冥狼は早いとこ潰さないといけないだろう。
やり方は定まっていないが、やはり下部組織だという雷弓真から辿っていくのが確実か。
「ヴェルトさん! 助けてくれてありがとう!」
「ヴェルトさん、私からもお礼を言わせて下さい。それにしてもアリア。あれほど待ってなさいと言ったのに……」
「ごめんなさい!」
「俺たちも冷や冷やしたぜ……」
あの時アリアはやはり一人で宿を出た様だった。集会所の様子が気になっていたのだろう。
「しかしどうして一人で行こうとしたんだ?」
「だって。グードさんもビルさんも、絶対連れていってくれないだろうし。いくら護衛を連れているとはいえ、ヴェルトさん一人だけだし。お父さんが心配だったの……」
「アリア……」
ライルズは娘に心配されて感極まっているが、俺は言葉通りには受け取らなかった。純粋に好奇心が勝ったのだろう。
「でもヴェルトさんがあそこまで強いなんて、私知らなかった!」
「ほんとほんと。やっぱりあんた、半端ねぇな!」
「ほとんど一人で片付けたんだもんなぁ……」
相手は全員、武器を振り回すだけの素人だったからな。兄貴と呼ばれていた男はそこそこ骨のある奴だったが。
「それにしてもぉ。ヴェルトさん、あの時の甲冑はどこにしまってあるんですかぁ?」
「この馬車のどこかにあるから、探してみたらどうだ?」
「えぇ、本当ですかぁ?」
一々着替えた様に見せかけるのは少し面倒だな。何か良い手がないか、考えてみるか……。
馬車は街を通過し、真っすぐに帝都を目指す。いよいよ冥狼との抗争が始まる。俺は新たな戦いの予感を前に、血が滾るのを感じていた。
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