第34話 秘書と帝国史 ライルズからの依頼
ライルズさんとの会合を終えた次の日。早速秘書がやってきた。
「ミュリアと申します。父からヴェルトさんの助けとなる様に言われております」
ライルズが貸し出してくれたのは、自身の娘だった。
黒狼会は表面上真っ当な商いをしているとはいえ、その実態は無頼漢の集いだ。当初は若い女性で務まるかと思ったが、ミュリア自身は有能な人材だった。
ダグドからある程度の引き継ぎを終えると、俺以外の幹部たちのスケジュール管理も行う。
またライルズさんの娘というだけあり、他商会への折衝能力も高く、俺はそれから幾人かの商人たちと面会する機会を得ることができた。
「これで関係が作れた商人は7人目か。みんな黒狼会に対しては好意的だし、正直場をセッティングしてくれたミュリアには助かっているよ」
「いえ。父も自分の商会と関係のある商人たちとの橋渡しを兼ねて、私をヴェルトさんの元へと派遣いたしましたので」
実務能力も高く、性格的にも問題はない。
ライルズさんからすれば、俺が秘書を求めているのにかこつけて、娘を使ってある程度こちらの内情を探っておきたいという狙いもあると思うが。見られて困るものは魔法くらいなので、一旦その点は捨て置く。
またライルズさんを含め、いくつかの商会から帝都の外へ出る際の護衛依頼を受けた。これには覇乱轟を中心に、何人かの黒狼会構成員で組を作り、仕事をしてもらう。
護衛の仕事自体は大きな儲けはないが、商人たちと良好な関係を築いていく上では欠かせない仕事だ。
そうして特に他の組織や貴族からちょっかい出されることなく、しばらくは平和な日々が続いていた。
「ヴェルトさん」
「はいよ」
部屋にノックが鳴り、ミュリアが入ってくる。手には多くの資料を持っていた。
「ダグドさんからです。頼まれていた資料だと」
「そういやいろいろ頼んでいたな。ありがとう、置いといてくれ」
「……はい」
僅かに返事が遅れたミュリアが気になり、突っついてみる。
「どうした?」
「いえ……その。実は資料の一部を見てしまいまして……」
「うん?」
「あのダグドさんが用意した資料です。何かろくでもないものではないかと思ったものですから……」
「それで俺が見る前にのぞいてみたのか」
「すみません」
ダグドの奴、ミュリアからあまり良く思われていない様だな。きっと水迅断の時の評判を知っているからだろう。
しかしダグドが用意した資料は、ここ30年の帝国史や近隣国の貴族家についてなど、怪しい仕事関連のものは何もなかった。
ダグド自身、別に見られても構わないからこそ、こうして人づてに資料を寄越したのだろうが。
「何故この様な資料を集めさせていたのかお聞きしても?」
「ああ、構わない。俺たちは最近帝都に来たばかりだからな。歴史の推移など、その地にまつわる情報を知っておきたかったんだ」
「知っている者を雇うのではなくですか?」
「そんな金持ちの発想は出てこなかったな。俺自身、こういう教養を身に付けるのは嫌いじゃないんだよ」
昔は勉学に励まなかったせいで、苦労したこともあったからな。身に付けた知識はいつどこで役に立つかは分からないものだ。
ミュリアは納得した顔ではなかったが、大人しく部屋を出て行った。
「美人で優秀なんだが、探ってる感はやっぱり強いんだよなぁ。まぁ隠しているつもりもないんだろうが」
早速運ばれてきた資料に目を通す。近年の帝国史にはなかなか面白い事が書かれていた。
「ゼルダンシア帝国は長く拡大路線を続けてきたが、7年前に今の皇帝が即位してから、大きな戦争はやっていないのか……」
最後に併合した国は5年前のフェルグレット聖王国。そこも本格的な大戦争は行っておらず、いくつかの小競り合いと圧倒的な軍事力、そして交渉によって帝国に併合された。
この時、帝国側の総大将は皇帝の息子……第二皇子が務めていたらしい。
「何故フェルグレット聖王国民の奴隷は違法なのか、その理由は書かれていないな……」
この辺りの事情はライルズさんも知らなかった。聖王国も奴隷自体は違法ではなかった様だが。
「しかし30年前のルングーザ王国併合に始まり、帝国は大きな戦争を経験していないのか」
今も国境では小競り合いが多いが、それは遥か遠方での話だ。そして現在は国境を超えた侵攻は行っていない。
こうした点で考えてみても、やはり最近の大陸は平和なのだと思った。
(どこへ行っても殺伐としていたあの時代とは違うな……)
だからこそ戦場の英雄たる傭兵が成り上がれる時代も終わったのだと思うが。
今や貴族と関係のある平民など、一部の商人や俺たちみたいな奴だけだろう。それも末端の小者貴族に限定される。
この辺りは30年前のルングーザ王国でも大きくは変わらないと思うが。
「とにかく大陸の半分以上の領土を得た帝国は、今や多くの文化や特産品を生み出す覇権国家となった訳だ。ローガが知ったら驚くだろうな」
ダグドが用意した資料には、ルングーザ王国のその後についても記載されていた。ルングーザ王国は帝国に併合された後、ゼルダンシア帝国ルングーザ領へと変わったそうだ。
元王族は高位貴族の位に納まり、広い領地を与えられたらしい。そしてある名のところで、俺の目はピタリと止まった。
「ローブレイト家……!」
忘れもしない、あの日国王と組んでディグマイヤー領に攻め込んできた貴族だ。ローブレイト家は王族に次ぐ待遇で、帝国貴族として迎えられたらしい。
おそらくあの後、父の派閥を潰し、国王と共にルングーザ王国を帝国に売り渡す準備を整えたのだろう。
そして自分たちは帝国貴族として、新たな人生を手に入れた。
だがその足元には、父を始めとした多くの死体が転がっているはずだ。
「ローブレイト家は今も旧ルングーザ王国領に家があるのか……」
帝都からだと遠いな。もう少し黒狼会が落ち着けば、一度帝都を出てお礼参りに行きたいところだが。
「まぁいい……。やる事が一つ増えただけだ。それまでその首、預けておく。……まてよ」
父はディグマイヤー領の領主ではあったが、王都には別に屋敷を持っていた。
地方領主の中でも特に上級貴族なんかは、王都滞在中はホテルではなく自ら用意した屋敷で寝泊まりするのだ。つまり。
「高位貴族として迎えられたルングーザ王族は、この帝都に屋敷を持っている可能性がある……。もしかしたらローブレイト家も……?」
フィンに貴族街に入ってもらい、探らせてみるか……?
いや、しかしこれは俺の問題だ。事情を話さずに協力してもらうには、少し抵抗がある。
(では事情を話すか? ……いや)
言い方に気を付けないと、単に不幸自慢になってしまう。
正直、俺なんかよりも皆の方が過酷な人生を送ってきているのだ。そんな皆を前に、貴族時代の因縁の話をしたところで、だから何だとなりかねない。
なんていろいろ理屈をこねているが、要するに。
「下手に話して小さい男だと思われたくねぇ……」
結局ここにいきあたった。きっと話せば、みんなは協力してくれるだろう。あとは俺のプライドの問題だ。
そして24歳という年齢は、なかなかこのプライドとの付き合い方が難しい。舐められたら終わりの傭兵として身に付けた習慣もあるとは思うが。
「まぁ落ち着いたら話す。その方向でいこう」
逃げともとれる、無難な方向で話を決着させる。だがフィンをまた貴族街に入り込ませるために、騎士団には例の暗殺者を早く何とかしてほしいものだ。
■
「賞金首ぃ?」
「ああ。ミュリアがくれたんだ。最近更新されたからって」
その日の夜。俺たち6人は一同に集まり、会議を開いていた。いわゆる最高幹部会だ。
といっても運営などの細かいところはダグドに放っているので、実質それほど重要な集まりではないのだが。
それでも最近の帝国史など、俺が知り得た事は共有しておく。そして今はミュリアから渡された賞金首リストを全員に回していた。
「へぇ。物騒な奴が多いな」
「強盗殺人や放火の前科がある者は生死問わずで賞金がでるのか」
「見て見て! こいつなんてやばくない? 帝国兵に狙いを絞っている殺人鬼だよー!」
「帝国もこれだけの大都市ですからね。犯罪者も多いのでしょうが……」
わざわざ帝国が賞金を懸けるだけあり、リストには一癖も二癖もある奴が多い。しかし俺が注目していたのは、とある殺人鬼だった。
「みんな。こいつの金額を見てくれ」
「どれどれ……。って500万エルク!?」
「じゃがふざけている様にしか見えんのぅ……」
その殺人鬼は名も人相書きもなく、ただモンスターとだけ記載されていた。
しかし既に帝都では5人の犠牲者が出ており、その異様な殺し方から高額の懸賞金がかけられている様だった。
「うへぇ……。死体は四肢がもがれ、内臓もめっためたにされているってか……」
「しかも目撃談によると、内臓を貪っていたともありますね。そして見た目は人ではなく、人型の怪物……まさにモンスターだったと」
「興味あるのぅ。その話が本当であれば……じゃが」
実際、そんなモンスターなどいはしないだろう。だが本当に殺した相手の内蔵を貪るというのなら、それは怪物と呼んでも間違いではない。
「賞金首を捕えて得た金は、全額個人のポケットに入れて構わん。まぁ思い出した時の暇つぶしゲームとでも考えておいてくれ」
「お、まじか!」
「私はお金は別にいいけどー。賞金首ゲームは面白そうかも!」
戦いに飢えているみんなはそれなりにやる気を見せている。賞金首たちには悪いが、みんなの良い遊び相手を務めてもらおう。
とはいえ、この広い帝都で簡単に見つけられるとは思えないが。
「それと。俺は明日、ライルズさんと一緒に帝都を出る」
「ライルズといえば、ミュリアちゃんのお父さん! ヴェルト、どうかしたのか?」
アックスの声のトーンが跳ね上がる。なんだ、テンション高いな。
「実は少々面倒な頼まれ事をされてな……」
先日行われたライルズさんとの話の内容をみんなに聞かせる。ライルズさんは帝都郊外の街にも店を持つ。そして郊外の生産工場にはいくつかの村から働きにきている人もいた。
「で、一部顔料なども村から買い取っているらしいんだが。その村の一つに、最近赤柱とかいう名の組織が陣取っているんだと」
赤柱は村の一角に拠点を構えると、村人たちを脅し始め、好き勝手振る舞う様になったそうだ。
ライルズさんは自身の商売にも関わってくるため、村人からの訴えを受けて帝国兵に陳情を出した。
「そりゃ帝都の近くでそんな勝手は許されないだろ。で、帝国兵が出張ったのか?」
「それが結局出なかったらしい」
「何故じゃ? 無頼漢どもが暴れておるのじゃろう?」
「ここからはライルズさんの想像になるんだが……」
赤柱というのは、冥狼の派閥に属する組織とのことだ。そしてライルズさんの商売相手である村の一つを押さえ、これまで通りの値段と量で顔料を仕入れるのが難しくなった。
「多分だが、黒狼会に対する間接的な嫌がらせだろうってよ」
「なんで?」
「ライルズさんを始め、いくつかの商会と黒狼会は距離が近くなった。だが俺は冥狼の派閥入りをはっきりと断っている。その意趣返しとして、黒狼会と関係ができた商会を狙っているんじゃないかって話だ」
特にライルズさんの商会は最も大きいところだし、支援してもらっている金額も大きい。
商人たちに黒狼会に協力すると損するぞ、という姿勢を見せつけ、かつ黒狼会に入る金を制限しようというものだろう。
「冥狼は貴族に働きかけ、帝国兵の派兵を食い止めているという訳か」
「その通りだ。と言っても、全てライルズさんの予想でしかないが」
「なるほど。で、ヴェルトが行ってどうするのだ?」
ガードンの問いかけに俺は溜息を吐く。正直、赤柱のやっていることについては全てライルズさんの想像だ。冥狼が関わっているかは証拠がない。
「行ってから考えるさ。だがこれがもし本当に冥狼が売ってきた喧嘩なら。俺はその全てを買うつもりだ」
そして改めて黒狼会の姿勢を強く打ち出す。同時に、商人たちに黒狼会には並以上の武力があること、それらが後ろ盾になるという心強さをアピールする。
さらに黒狼会と関係の深い商会であれば、例え冥狼が相手でも全力で支援するという方針を見せつけることもできる。
これは新たに黒狼会と関係を結びたいと考える商人たちを増やす機会にも繋がるだろう。
「面白そう! 私も行きたーい!」
「俺も! ミュリアちゃんのお父さんが困っているんだ、男アックス、大人しく待ってはいられねぇ!」
「わしもその何とかという組織には興味があるのぅ……」
予想通り、血の気の多い奴らが立候補してきたな。だが今回は俺一人で行くつもりだ。
「悪いがみんなには冥狼に備えてもらいたいんだ」
「冥狼に……?」
「ああ。もし本当に赤柱の行動が黒狼会を狙ったものだとすれば、冥狼はこの本拠地や黒狼会が管轄する地区を狙ってくるかもしれない。みんなには留守を任せたいんだ」
それにライルズさんが俺を帝都から引っ張り出すのを狙っている可能性もある。ボスのいない間に何か仕掛けてくる可能性も捨てきれなかった。
「それならヴェルトはここに残って、俺らの誰かが村に同行すればいいんじゃないか?」
「おいおい、ライルズさんは最も金を出してくれている黒狼会の支援者だぞ。ボスである俺自ら出向かないと、他の商人たちに示しがつかないじゃねぇか」
こういう時に出張れるからこそ、ボスでいる価値があるというものだ。そしてボス自ら動くからには、失敗は許されない。
今回の立ち回りによっては、黒狼会はこれまで積み重ねてきた信頼を損なう可能性もある。それでも売られた喧嘩は全て買う方針に変更はなかった。
「確認じゃが。もし冥狼が仕掛けてきた場合。やってしもうても良いんじゃな?」
「もちろんだ。そして赤柱が冥狼の仕掛けてきた先遣隊だと判明した時点で、今度はこちらから仕掛ける。具体的に言うと、冥狼の派閥を片っ端から潰していく」
「ほう……面白そうだ」
だが相手の規模が分からない以上、口で言うほど簡単ではない。下手に散発的に仕掛けると、黒狼会の管轄地区に住む庶民たちを巻き込むことになりかねないからだ。
やるにせよいかに庶民たちに迷惑をかけずに仕掛けられるか。それがポイントになってくる。
そして翌日。俺はライルズさんと共に帝都を出た。
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