第28話 ゼルダンシア皇族の血筋

「ふぅん。貴族街も物騒なんだなぁ」


「まぁ見方を変えれば、わしらのおった時代とそう大きくは変わらんじゃろ」


「確かに。そう言えなくもないですね」


 俺はフィンの話を聞きながら、ダグドが用意した資料の一部に目を通していた。


 今、部屋にはフィンの他にじいさんとロイがいる。ロイはフィンの話を聞きながら、貴族街の大まかな地図を作っていた。


「俺たちの時代でも貴族は割と狙われやすかったからな。そう思うと、今の貴族は大きな戦乱もなく、安全なところから権力を振りかざせる訳か」


「しかし神殿が今は貴族院という施設になっていたのは驚きましたね」


「そこに帝国貴族の子供を集めて教育を施す、か。当然、帝国の歴史や皇族に対する忠誠心の醸成なんかも行われているだろうし、形は変わってもかつての神殿と役割はそう大きく変わっていないだろうな」


 フィンが調べたところによると、かつて大幻霊石が祭られていた神殿は、今や貴族院という貴族専用の教育機関になっていた。


 いつかみんなでローガの墓参りに行きたいところだが、簡単にはいかなさそうだな……。


「ところでアックスとガードンはー?」


「ああ。何でも最近、武闘派の組織が暴れているらしくてな。ダグドからも何とかしてほしいって泣きつかれたから、二人に出てもらったんだ」


「なんじゃ。わしも行きたかったのぅ」


「じいさんは手加減をしらねぇからなぁ……」


 急速に規模を拡大させた黒狼会だが、今は他組織との抗争はなるべく避ける方向で指示を出していた。しばらくは支配地域での地固め重視だ。


 それにこのくらいの規模になると、殺しをするにも慎重にいきたい。下手に恨みをまき散らすと、黒狼会の庇護下に入っている者たちが復讐の対象になりかねないからだ。


 やるにしても大義名分は必要だ。もっとも、向こうから吹っ掛けてきたら全て買うつもりだが。


「じゃがいずれは他の組織も飲み込んでいくんじゃろ?」


「ああ。特に冥狼と影狼の二つは放っておけねぇ。俺たちなら尚更な」


「そうですね。よりによって僕たちの前で群狼武風を語るのですから」


 群狼武風にルーツがあると宣伝する二つの巨大組織。その名を語って好き放題される訳にはいかない。


 他の誰が許しても、俺たち6人は許さない。だが今はまだその時ではない。何せ情報が余りにも足りていないからな。


「まぁ現状維持をしつつ、徐々に黒狼会を大きくしていけば、いずれどちらかから接触があるだろ。どっちの派閥に入るんだーとか、フェルグレット聖王国民の奴隷をよこせーとか言ってな」


 しかし帝都は何十万もの人が住む超巨大都市だ。そこを二分する裏組織ともなれば、対応は慎重にならざるを得ない。


 最終的に俺たちのフィールド……暴力がものいうステージに引っ張り出せればそれで良いのだが、そこまでが難しい。


「あとさっきアックスとガードンにも伝えたんだが。黒狼会の掟にもう一つ追加する事にした」


「そうなの?」


「ああ。といっても、これは幹部以外には明かす予定のないものだが。内容は単純、皇族は最低1人は守る。それだけだ」


 俺の発言に対し、3人は視線をこちらに向ける。誰もが疑問に思っている様だった。


 まぁ無理もない。何で急に皇族が出てくるんだっていう話だからな。


「ヴェルトさん。皇族というのは、今のゼルダンシア帝国の皇帝一族のことですよね?」


「そうだ。実は俺は今、ダグドにいろいろ資料を用意させているんだが。その中に面白いものがあってな」


 そう言うと俺は、今まで目を通していた一冊の本を3人に見せる。本は高級品だが、ダグドはわざわざこれを用意してくれた。


 この本は帝国史についてまとめられた歴史書の一部だ。本の中でも金があれば、比較的手に入れやすい部類ではある。


「あの時ノンヴァード王国に攻め込まれたゼルダンシア王国が、どうやって今の大帝国を築くことになったのか。それが分かったんだよ」


「ほう……。そいつは興味があるのぅ」


 俺は3人に帝国史について説明を行う。


 かつてノンヴァード王国に攻め込まれ、一度は王都を落とされたゼルダンシアだが、ノンヴァード王国は世界を統一することはできなかった。


「俺たちが未来に飛ばされた後、結局ゼルダンシア王国が保有していた大幻霊石も砕け散ったんだ。そしてノンヴァード王国は、自国の大幻霊石がとっくに砕けていた事実をずっと隠していた」


 こうなるとノンヴァード王国が侵略してきた国の貴族たちから、大きな不満が生まれる。


 そいつらが大人しくノンヴァード王国の支配を受け入れたのは、大幻霊石による祝福を受けられると考えていたからだ。


 しかしノンヴァード王国に大幻霊石はとっくになく、強引に奪おうと考えていたゼルダンシア王国の大幻霊石も砕けてしまった。


「ノンヴァード王国の強引なやり方に不満を持っていた貴族たちは多かった。特に重鎮貴族の多くは、元々ノンヴァード王国に侵略された国の大貴族だからな。ノンヴァード王国はあっという間に割れ、大きな内乱が起こった」


「確かに、あの時の貴族にとって祝福を受けられるというのは、とても神聖なものでしたからね」


 同時に貴族とそれ以外を分ける明確な線引きでもあった。


 大幻霊石が既に砕けていた事実を隠されていた者たちからすれば、よくも今まで都合よく利用してくれたなと怒り狂う者もいただろう。


「そしてその波はゼルダンシア王国も巻き込んだ。幻魔歴の最後は、魔法の存在しない世界で再び大きな内乱が続いたんだ」


「うへぇ……」


 しかし長い戦乱で疲れていたのは、どこも同じだった。


 そもそも世界から大幻霊石が無くなった以上、争い続ける理由もない。その事に気付いた貴族たちは、地域ごとにまとまりを見せることになる。


「決定的だったのは、ノンヴァード王国の王族が全員処刑されたことだ。当時諸悪の根源的な扱いを受けていた一族が絶えたことで、世界は緩やかに落ち着きを取り戻していった」

「あれだけ隆盛を誇っていたノンヴァード王国が……」


 ゼルダンシア王国を破り、覇者として立ったノンヴァード王国であったが、その立ち回りが原因となり世界中の貴族たちの恨みを買うことになった。そして王族の死を以て、人々は新たな枠組みを作り上げていく。


「で、だ。ここからが重要なんだが。混迷極めた幻魔歴末期だが、そんな中でもシャノーラ王女は生きていたんだ」


「え!」


「ほう。あの後ノンヴァードの奴らに殺されなかったのか」


「おそらくだが、大幻霊石が砕けたことで殺す意味が失われたのだろう。それに当時ゼルダンシア王国は南方にまだいくらか戦力が残っていた。王族を生かすことで、それらの戦力を上手く活用しようとしたのかもしれない」


 王族を根絶やしにすると、ノンヴァード王国の治世を受け入れない勢力との戦いは避けられないものとなる。


 それでも大幻霊石が手に入るのなら良かったが、新たな魔法使いが誕生しないのに自国の貴重な魔法使いを戦場で消耗はしたくない。理由としてはこんなところかな。


「ノンヴァード王国は割れに割れ、ゼルダンシア王国領でも混乱が続いたが。南方に駐屯していた戦力はその地を捨て、王都へと戻ってきた。そして混乱の隙を突いて王都を奪還。後は放っていたら、いつの間にかノンヴァード王国は滅んでいたという訳だ」


「結果的にゼルダンシア王国は、王都にそれなりの戦力を擁することができたのですね。そして王都を守ることに徹していたため、ノンヴァード王国の内乱にも巻き込まれずにすんだと?」


「詳細は分からないが、そんなところだろう。とにかくノンヴァード王国という大国が滅んだ中、ゼルダンシア王国はそれなりの勢力を維持することができた。そして各地に台頭する都市国家を吸収していき、新鋼歴になってさらに大きくなっていくのだが、今重要なのはそこじゃない」


 俺は3人に改めて視線を向ける。アックスとガードンも、ここからの話には驚いていた。


「ゼルダンシア帝国は今も王国時代からの王族が血を繋げている。そして今の皇族は、シャノーラ王女の直系に当たる」


「え……!」


「王女様、生き残った上に子供まで残したんだ!」


「どこかの有力貴族と結婚したということかのぅ?」


 俺はゆっくりと首を横に振る。


「シャノーラ王女はその生涯において、誰も伴侶に選ばなかったそうだ。実際王女が結婚したという記録は貴族籍にも記されていないらしい」


「え……?」


「考察では、血を残すためにどこかから種を取り入れたのだろうとも、貴族籍から消されたほどの、問題のある貴族との間にできた子だとも言われているそうだが。しかし王女は生涯独身でありながら、確かに子を1人生んだ。そして生まれた子にアルグローガと名付けたそうだ」

「…………!!」


「ろ、ローガ!?」


「まさか……その子というのは……!」


 シャノーラ王女とローガは互いに想いあっていた。そしてあの最後の日の前日。ローガは王女と会っている。


「もちろん本当のところは本人にしか分からないがな。しかし帝国の礎を築いたと言われるアルグローガが生まれたのは、大幻霊石が砕けてから1年も経っていない時期だ。俺は信じるね。今の皇族に団長の血が流れていることを」


「…………」


「ふぉっふぉ。あいつめ、年甲斐もなく若い娘に熱中しておると思ったら。これは未来へ飛んだわしらに対する、あいつなりの土産かのぅ?」


 土産、か。まったくだ。シャノーラ王女とローガの子孫と思えば、俺たちも無関係ではいられない。ローガの血は皇族に中に確かに残っているのだ。


「なるほど。それで皇族も守ろうという話なんですね。確かにこれは僕たち以外には、話したところで理解されないでしょう。ですが何故最低1人なんです?」


「現実問題、皇族全員を守るなんて事は不可能だ。数も多いし、他家に嫁いだ分もカウントしだすとキリがない。それにいくらローガの血を引いているからといって、そいつらに直接恩がある訳じゃないし、今の俺たちとは主義や思想が相容れない可能性もある」


 何せ向こうは生粋の貴族様だからな。しかも時代は変わり、平民と貴族の間には大きな隔たりもある。


 魔法という差別化ができなくなったことで、より権力や金、高貴な血という点でブランド力を上げる枠組みを築いたのだろう。そしてそれは上手くいった。


 結果として魔法が存在していた時代よりも、貴族と平民の間で差がより明確なものになったのだ。


「まぁ最低でも一人は守れば、ローガの血は残せるだろ? だが放っておいても、これだけの大帝国の皇族が根絶やしになる事はないだろうからな。あってない様な掟だ」


 そう。別に俺たちが守らなくても、1人でよければ何もしなくても良いだろう。だが心のどこかでローガの血筋を守るという意識が働けば。それで十分だと考えている。


「なるほどねー。群狼武風をルーツにしているのは冥狼と影狼ではなく、黒狼会と帝国の方だったかー」


「まぁ僕たちはルーツというか、そのものという感じですが……」


「ふぉっふぉ。わしらと帝都は縁が深いようじゃの」


 確かにな。これでまた1つ、帝都で活動する理由が増えたと言ってもいいだろう。まぁ俺たちの様な存在が皇族を目にする機会なんて、まずこないだろうがな。


 しかし一方で気になる点もある。シャノーラ王女は結果的に生き延びた。つまり俺たちを未来に飛ばしたことを知る唯一の人物となった訳だ。


「ヴェルト? 難しい顔してどうしたの?」


「ん? ……いや、何でもないよ」


 王女はあの後、俺たちの事を誰かに話したりはしなかったのだろうか。


 もしかしたら今日まで群狼武風の名が残っている理由の一つに、シャノーラ王女の存在があるかもしれないな。

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