お酢と梅とマダム

地方のスーパーでの仕事をしていた頃、あるお客様に声を掛けられた。お客様は花柄の洋服にやや縁が尖った眼鏡をした女性で、地方によくいるマダムといった印象であった。

最初は「このお酢とこのお酢の種類の違いは何かしら?」と、次に「この会社とこの会社の商品の違いはどんなところ?」と熱心に質問が続いた。よく聞くと、紫蘇ジュースを作っているそうで、今年は黒酢で作ってみたところ格別だったから継ぎ足そうと考え、買いにきたそうだ。マダムの買い物カゴには梅も入っており、梅もつけられるのですか?と聞いたのが引き金だったらしい。彼女は「漬けるのは良いが、この周辺の住民はブランド梅しか興味を示さず、配っても捨てられてしまうのヨ」と言った。突然始まった殺伐エピソードに僕はなんだなんだと動揺しかけたが、そんなひどいことがあるんですね、となんとか同情を表す返しができた。


しかし、彼女は「昨晩もねエ、障子を張り替えようとしたら戸が外れて金槌で叩いて直した」と突拍子もない話を展開した。なぜ突然障子トーク?と思ったが、「障子が破れてたままだと近所のお婆さまに怒鳴られた」と笑いながら語った。僕はその姿がとても寂しく見えた。


マダムはおそらく、誰かに話をしたかったのだろう。僕との会話は5分もなかっただろうが、聞いてほしいことが飽和しており矢継ぎ早に言葉が飛び出していた。消防士は地域のことを全部知っている、隣の奥さんは子供が3人いるのに離婚したが中流ほどそうなのだろうか、私は地主の一族だがそれは過去のことで慎ましく生きてきたはずなのに、離婚をしたくても年金はないし私の身内はおばあちゃんばかりでどうしようもない、溢れ出した言葉は脈略なく流れ続けて、僕はうなづくことしかできなかったが、彼女の陽気な印象の裏にある、村文化の鎖が見え隠れしていた。


「祖母の漬けた梅は絶品だった。当時は庭に梅の木があって実がなったらそれを漬けて梅酒にしたり梅干漬けにしたり、私たちは慎ましく生きてきたのよ」

最後にマダムがぼそっと言った。


お仕事中にありがとうね、と言い彼女はお酢を手にして去っていった。


僕は彼女の後ろ姿を見つめ、仕事に戻った。

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コーラとビールとコーヒーで ヒビヲツヅル @coorin

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