第28話 ちっぽけなプライド

 彼らのもとを飛び出してからすぐ。バーベキュー会場から離れるように歩いていた颯希は、行き場も無くさまよっていた。



 ──どこに行くかな……。



 ついた嘘の通り、トイレにこもるというのも手だったが、流石に個室一つを貸切状態にするのは気が咎めた。


 ならばと、道のある所を適当に見て回る颯希だったが、どこにもチラホラと人がおり、留まりたいと思えるところもない。



 ──あ、そうだ。



 そんな折、思いついたのは、やはりあの場所だった。人気が無く、落ち着ける空間。正に打ってつけだと、うろ覚えの道順を頼りに歩みを進めていく。


 それから数分歩き、見覚えのある雑木林へと入っていった颯希は、そこを抜けて目的地へとたどり着いた。



「ふぅ……」



 豊かな緑の中を流れる、小さな川。静かで、誰と言葉を交わすことなく、文字通り自然体でいられるその場所にて、颯希は一息をつく。


 手頃な石に腰かけ、背を丸めると、さらさらとせせらぐ水面が視界いっぱいに広がった。こんなに落ち込んでいても、泳ぐ魚たちは変わらず元気で、自分の悩みがちっぽけなものに思えてくる。



 ──まあ、これが身の丈ってやつなんだろうな。



 一周まわって冷静になった颯希は、改めて今の自分を客観視してみることにした。


 しがないゲーム実況者で、学校では孤立気味。人付き合いに難があり、かといって特別な才能があるわけでもない。


 さらに、運動が苦手にも関わらず、学力も並程度。背も平均よりやや低めで、髪型は目が隠れるほどに伸びたくせっ毛と、容姿にさえ特徴が無かった。


 そして唯一、人に褒められた部分もある声も、賛否両論を呼ぶものときた。これで、あの一軍勢揃いのグループにいたことの方がよほど不自然であろう。


 出る杭は打たれる、とはよく言うが、あの男子二人とっては、正にその杭であったに違いない。否、きっと表には出さないだけで、そう思っている者は他にもいるだろう。



 ──氷銫さんは、ああ言ってくれたけど。



 すると、余計に特異に感じるのが彼女の存在だ。彼女は、一緒にいると落ち着くと、そう評してくれたがいまいち実感が湧かなかった。


 優しさから出たお世辞と言われた方がしっくりくるというものである。


 それこそ、元々の優しさに加え、彼女からすれば弱みを握られている相手なのだ。他の人よりも気を遣おうとするのは当然で、好意的に思われているなどとという発想は勘違いもはなはだしいだろう。



「うわっ、本当に降ってきた……」



 と、そんな悲観的な気分に呼応するように、空から雨粒が降り始める。急いで折りたたみ傘を取り出した颯希は、できるだけ雨足の弱い所に行こうと、太い木の横に駆けていった。


 少しして、一気に雨の勢いが強くなると、先ほどまで座っていた場所があっという間に水浸しになっていく。こんな時だというのに、冷静に観察している自分がおかしくなり、乾いた笑いがこぼれた。



 ──傘をさす余裕はあるんだもんなー。



 ラノベやマンガだったら、傘もささないで悲観に暮れるのはよくあるシーンである。


 故に、なんだかんだ雨に濡れるのを嫌ってしまう自分は、どこか冷めているのかもしれないと、颯希は鼻から息を吐いた。



 ──引き際としてはちょうど良かったのかもな。



 ほんの少し気持ちに余裕ができた颯希は、ネガティブな思考を切り替えるため、納得のいく言い訳を考える。


 そもそも、こんな幸運がいつまでも続くとは限らないのだ。どこかでしくじって失望されるよりかは、今のうちにフェードアウトしていった方がマシという可能性も充分にある。


 それに、氷銫さんの秘密に関しても、ある程度は信用が取れているのだ。彼女からしても、無理にこちらと接する理由は残っていないだろう。



「後は──」



 颯希は大木に背を預け、目を閉じる。そうしていると、なんだか心が落ち着く気がしたからだ。


 ここ最近、忙しくも楽しい日々が続いていたが、それもようやく終わりを告げる。物悲しさは残るも、所詮は前と同じに戻るだけ。


 ゲーム実況は変わらず楽しめるし、氷銫さんもきっと見ていてくれるだろう。



「…………」



 一抹の寂しさも、いずれは思い出になる。何も悲観するほどのことではないと、ザワついていた心を宥めた颯希は、ゆっくりと目を開いていき、



「……うわっ!?」



 瞬間、心臓が飛び出るような驚きに、素っ頓狂な声を漏らすこととなった。



「あ、やっと気づいた」



 が、それもそのはず。再び戻ってきた視界には、風にそよめく銀の髪が煌めいていて、



「何してるの、こんなところで?」



 その少女の青い瞳と目が合うと、何のわだかまりも無い様子で、そう話しかけてきたのだから。






 傘をさして目の前に佇む、一人の少女。


 異常に気がついてすぐ、何故ここにという疑問が湧いてくるも、答えは分かりきっていた。雨が降りしきる中、わざわざこんな所まで足を運ぶ理由など、探しに来たということ以外にありえないのだ。



「まったくもう。様子がおかしいと思ったら、こんなとこにまで来て……みんな心配してたよ?」



 呆れるような目で見てくる彼女に、しかし心の整理がつかない颯希は言葉が出てこない。



「それは、ごめん……」



 精々口にできるのは、彼らの気持ちを無下にしていることへの謝罪のみで、



「別に、責めてないよ。ただ、ちゃんと理由を説明して欲しいなって、それだけ」



 申し訳なさから視線を逸らすも、彼女は首を横に振って否定する。



「理由……」

「さっきの、嘘なんでしょ?」

「っ!」

「付き合い短いけど、それくらい分かるって」



 ぼそりと繰り返す颯希に、彼女はハッキリと確認してくる。どうやら、自分が思っている以上に演技が下手だったらしい。



「よく分からないけど、あの後何かあったの?」



 なんとか挽回できないかと頭を回すも、彼女の中ではすでに考えが固まっている様子。下手に嘘をついても簡単に見破られてしまうだろう。



「……氷銫さんとは、関係のないことだから。気にしないで大丈夫だよっ」



 結果、颯希が選んだのは黙秘だった。いっそのこと話してしまうのも手ではあったが、それはちっぽけなプライドが許さなかった。


 他の人に迷惑をかけたくない、女の子に頼るなんて情けない、弱みを見せたくない。


 どちらにせよ、女々しいことには変わりなかったが、それでも自分の中で完結している分には恥も少ないのだ。



「…………」



 沈黙を貫けば彼女もいずれ諦めるだろうと、そう判断した颯希は、じいっと見つめてくる彼女の視線に耐え続ける。



「ふーん……」



 しかし、やがて彼女は何かを理解したように声をこぼすと、



「私に隠しごとするんだ」

「え」



 一転して、責めるような口調で詰め寄ってきた。



「水野くんは私の秘密、知ってるのに」

「いやっ、それは不可抗力で……!」



 ジトッとした目で睨まれ、颯希は怯むも、後ろには大木があり後退することはできない。



「ずるい」

「っ……」



 そして、シンプルに三文字で不満を表明されようものなら、全身から汗が止まらなくなる。そのあどけない表情に、段々と悪いことをしている気になってきてしまう。



 ──ぐっ……いや、でも……!



 だが、それでもなお、颯希の心は固かった。ここまで来たら意地だと、氷銫さんの目を強く見つめ返す。



「……ふぅ」



 すると、彼女にも意思の強さが伝わったのか。脱力するように息を吐く。


 ようやく諦めてくれたかと、颯希も安堵の息をこぼしそうになり、



「多分だけどさ、私のせいだったりするんでしょ?」

「えっ」



 そんな油断を見抜いたかのように、核心を突く発言が飛んできてしまった。不意の攻撃に、図星だった颯希は動揺を隠せない。



「……やっぱり」

「いや、今のは、そのっ」



 当然、彼女がそれを見逃すはずもなく、焦りはさらに加速していく。



「昔からさ、何度かあるんだよね。ハルとか大也も、最初はそういうことあったし」

「…………」



 しかし、そこまで答えに迫っても、彼女が慌てる様子は無かった。その口ぶりからして、過去にも似たような経験があるらしい。



「だから、別に隠したりしなくていいよ。誰になんて言われたのかは知らないけど、誰と仲良くするかは私が決めることだから」



 余裕の態度でそう宣言する彼女は、



「だからまあ、邪魔する人にはちゃんと対応しないとだし、詳しく教えてくれる?」

「うっ……」



 沸々と怒りが湧いてきたのか、目の奥に闘志を燃やしながら尋ねてくる。その迫力に、やはり彼女は凄い人なのだと、改めて畏怖を覚えさせられた。



 ──氷銫さん……。



 同時、彼女の気遣いについ涙ぐみそうになった颯希は、なんとか堪えながら考える。ここで話せば、おそらく全ては解決するのだろう。


 そして、ほとんどバレている現状、隠す理由もほとんどない。ならば、すべきことは決まっていると考えをまとめた颯希は、



「やっぱり、言わない」

「っ!?」



 しかし、彼女の期待に応えることは無かった。



「な、なんで? そんなに言いにくいことなの?」



 まさか、この流れで断られると思わなかったのだろう。正しく面食らっている彼女に、颯希は思わず笑みをこぼすと、



「自分で、頑張ってみたくなったから」



 彼女の目をしっかり見据えたまま、そう答えた。


 なんてことはない。彼女の強さを目の当たりにした颯希は、自分の悩みがいかにくだらないことか気づいたのだ。


 それこそ、ツーショット写真がなんだというのか。そんなことで彼女の手を煩わせるなど、自分が情けない人間であることの証明に他ならない。



 ──俺だって、やる時はやるんだ。



 もちろん、今まで誰かに反抗したことのない颯希にとって、高いハードルであることは間違いないだろう。


 それでも、ここで行かねば男が廃ると、ちっぽけなプライドが背中を押してくれたのだ。



「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「え、あっ──」



 そうして、かつてなく意気込んだ颯希は、驚きに固まる少女を置いて駆け出すと、雨がかかるのも気にせず前へと走るのだった。

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