第25話 多勢に無勢
突然の来訪者に、颯希は若干の緊張を走らせる。一応、見知った人物ではあったが、会話したのはほんの数分だけ。
これで、人見知りを発揮しないわけもなかった。
「ちょっと、
「あはは、ごめんごめん」
一方で、やはりこの二人は仲が良いのか。口でこそ文句を言う氷銫さんだったが、険悪な雰囲気はまるで漂っていない。
「水野くん、聞いた今の声? ひゃっ、だって」
「っ……だ、誰だってああなるでしょっ」
からかうように聴かれるも、颯希は苦笑いで返すしかない。その飄々とした態度もあり、いまいち接し方が掴めなかったのだ。
「まあそれは置いといて。二人で何してたの?」
「ば、バーベキューセット、作り終わったとこだよ。ええっと……」
しかし、向こうはそう思わないらしく、普通に質問を投げてくる。颯希はそのままのことを話し、彼女の名前を呼ぼうとするも、もちろん出てこない。
「
「あ、ありがとう。澤谷、さん」
そんな意図を察した彼女──澤谷さんは、漢字まで事細かに教えてくれた。
──ん? どこかで聞いたような……。
すると、ここでその名前に思い当たる節があることに気がつく。
「……もしかして、お姉さんとか、いる?」
「あ、やっぱり知ってるんだ! 水野くんもでしょ?」
「うん、姉がその、友達の妹が同じ学校にいるって、言ってて」
「あはは、うちとおんなじだ」
もしやと思い尋ねてみれば、どうやら本当にそうだったらしい。あの時はどうせ会うことも無いとタカをくくっていたが、世の中奇妙なこともあるものである。
「私のこと、なんか言ってた?」
「いや、特にはっ」
「へー、残念。ま、私もあまり聞いてなかったけどね」
「ははは……」
降って湧いた縁に、グイグイと来る澤谷さん。早乙女さんと言い、氷銫さんの友人は距離感がバグる呪いにでもかかっているのだろうかと疑いたくなる。
──というか、やっぱ足長いな……。
ふと、彼女の格好を確認した颯希は、やはりその美麗な足に目を奪われる。
自身の魅力を理解しているのか。ダボッとしたシャツに、スポーティなショーパンを合わせた服装は、惜しげも無く白い足を晒していた。
また、頭に被ったキャップも、彼女のボーイッシュな印象と相まって非常に似合っていると言えるだろう。
「ねえ、私のこと忘れてない……?」
と、そんな風に考察していた時。澤谷さんの後ろから、銀髪少女が不機嫌そうな顔を覗かせてきた。
しまった、と颯希が思うのと同時、
「あ、ごめん、カレシくん取っちゃって!」
澤谷さんはからからと笑いながら、凝りもせずに冗談を放つ。
「はぁ……もう、そういうのは愛理だけで充分なのに……」
しかし、流石に氷銫さんも耐性が出来ていたのか、疲れたようなため息をこぼすだけだった。
「なんだ、二番煎じかー」
「二番どころか三番煎じ」
「えー、マジかー」
それを聞いた澤谷さんは、興を削がれたように肩を落とす。
「でもさ、実際のとこ珍しいよね。深恋があの二人以外の男子と仲良くしてるの」
「まあ、言われてみればそうかも?」
ただ、興味自体は薄れていないのか。その後も追求は続くが、
「実は、気になってたりくらいはするんじゃないの?」
「別に、そういうのも無いけど」
「本当? 男の子として、ちょっとも良いと思わない?」
「……しつこいってば」
来るのが分かっていればどうとでもなるのか、氷銫さんの対応は冷静だった。
「だって、残念だったね水野くん」
「は、はは……」
攻めあぐねた澤谷さんはこちらに振ってくるが、反応に困るので勘弁して欲しかった。
「重たい〜……!」
「あれ、澤谷さん? どういう状況?」
しかも、ここに来て敵の増援までくる始末。
バーベキュー用の肉などが詰まっているのだろうビニール袋を運ぶ二人の女子が近づいてくると、男女比がさらに傾いてしまい、
「なにやら二人きりで楽しそうだったので、冷かそうかと」
「え〜!? なになにカナちゃん! 何してたの!?」
澤谷さんがわざとらしくそう言えば、親しげな呼び名で早乙女さんが食いついた。まさか、ここも幼なじみ仲間なのかと、驚いている間にも事態はさらに悪化していく。
「……って、水野くん。私との約束忘れたの?」
「え」
「そういうのじゃないって言ってたのに、深恋とイチャイチャしてるなんて〜!」
なんと、袋を投げ置いた早乙女さんがハッとした表情を見せると、バスでの一件を持ち出してきたのだ。
「いやっ、あれは冗談じゃ……!」
「冗談なんてひどい! 純情を弄ばれた〜!!」
その仕草は大げさで、明らかにからかい目的でやっていることは明白だったが、それでも焦ってしまうのが悲しい性か。
「お、なになに? 愛理まで
「わお、水野くんもやるねい」
「そ、え、あ……!!」
他の二人も楽しむようにはやし立て、颯希はひたすらにパニくるしかない。
「…………」
頼みの綱である氷銫さんへと視線を向けてみるも、巻き込まれたくなかったのか、スっと視線を逸らすばかり。
もはや救援は見込めない。そう判断した颯希は、自分の選べる手段を模索し、
「し、写真撮らなきゃだった……!!」
辛うじて出てきたのは、破れかぶれな逃走だった。鞄からカメラを取り出し、役割に集中することで、無理やりに会話を拒もうとしたのである。
「あ、逃げた〜」
「あはは、ごめんね水野くん」
「んー、水野くん、弄りがいあるかも」
意外にもそんな抵抗が功を奏したのか。ここで彼女たちも攻めの手を緩めてくれる。
「じ、じゃあ、とりあえず何枚か撮るよ?」
「いいよ〜」
そのまま、流れで撮影をすることとなった颯希は、並んでポーズを取ったりする少女たちを無心で写真に収めていった。
このまま適当に時間を稼ぎつつ、適当なところでトイレにでも逃げ込もうかと画策し、
「あ、そういえば水野くん写ってなくない?」
しかし、ここで千川さんがいらないことに気がついてしまう。
「ほらほら、今度は私が撮るから変わって!」
「いや、そのっ」
ありがた迷惑なお節介に、抵抗の術もなく連れていかれた颯希は、
「水野くん真ん中にしよ」
「あはは、水野くんモテモテ〜」
されるがままに真ん中に座らされ、
「あ、肩組んでみたりしたらそれっぽくない?」
「え」
「私のサングラスも付け足してー」
「あ」
無理やりに腕を持ち上げられたり、サングラスをかけられたりと、好き放題にいじられてしまう。
結果、両腕をそれぞれ早乙女さんと澤谷さんの肩に回し、サングラスをかけたヤバい男が誕生し、
「あははっ、マジヤバい……大富豪っ……!!」
爆笑する千川さんに、黒歴史な写真を撮られるはめになってしまった。
「ほらほら、氷銫さんも入って!」
「え、私も?」
「そっちのがモテモテ感出るっしょ!」
挙句の果てに、氷銫さんまでハーレムメンバーに加え入れられ、
「見て見て! これ凄くない!?」
「おー、水野くん悪い男だねー」
「…………」
いざ現物を見せられた颯希は、ただただこの写真が出回らないことを祈るしかなかった。
「じゃあ、次は──」
そして、この地獄がまだまだ終わらないことを悟った颯希は、もう好きにしてくれと彼女たちのお人形になることを受け入れるのだった。
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